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第八十三話 「因果応報」

本章は陽織の視点で書かれています。

 陽織と紫園は座布団を敷いて向かい合っていた。


 ここは神水流家の道場。

 神水流家の落陽昇月流において、道場は神聖な場であり武に不要な道具は持ち込まないのが原則だ。


 ただし、家が壊されて生活ができないほど困窮しているのに守るほどの戒律ではない。

 人があってこその武道。

 紫園は台所や洗面を流家に借りて道場で生活しているらしい。


 もう五度目になるのか。

 紫園が疲れたようにため息を漏らす。


「……ハァ、どうしてわからないの」

「お母さんこそ。私たちのことを理解してよ」


 陽織もいい加減疲れてきていた。

 でも、せめて紫園に理解してもらいたいと思って、繰り返し説明をする。


 納得はしないだろう、と諦めている。

 紫園には信じている愛があるのを陽織は知っている。

 故に平行線が続いている。


「陽織もお父さんの話は聞いているでしょ?」

「知ってるわよ……」


 陽織の父、神水流 晶斗(かみずる あきと)は神水流家の入婿だ。


 武道とは何に関係もない家庭に育ち、勉強とスポーツの良くできる爽やかな青年だったと聞いている。

 陽織の知る父、晶斗は爽やかな中年だったけど。

 優しい父親であったことは覚えている。


 道場の壁際にある仏壇。

 そこには父の笑みを浮かべる写真が飾られている。

 晶斗はすでに亡くなっている。

 陽織が小学生の頃に外国の飛行機事故で死んだのだ。


 父は小学生、中学生、高校生、大学生、と成長するにつれて三人の女性と出会った。

 一人は、小学生の頃に出会った幼馴染。

 一人は、高校生の頃に出会った初恋の人。

 一人は、大学生の頃に出会った運命の人。


 母、紫園は運命の人だったと晶斗は言っていた。


 父と母が自分たちの馴れ初めを子供に語り聞かせるってどうなのよ、と思わなくもない。

 運命の人と言うあたりがもう臭い。

 でも、子供心にロマンチックな話だなと陽織はときめいたものだ。


 陽織にとって玲樹は幼馴染だ。

 運命の人ではないが最愛の人である。


「お父さんが悩んで最後にお母さんを選んだのは知っているよ。でも、私たちは五人で上手くやっているし、お互いに愛しているし、何も問題はないわ」

「……何度でも言うわ、陽織。人は一対一でしか愛を共有することはできない。複数の女性と愛を育むなんてことは無理よ。いまは上手くいっているかもしれないけど、そのうち玲樹君の取り合いになってしまうわ」

「ちゃんとルールを決めているわ。それに、一対一で上手くいっていない男女もいるでしょうに。ハーレムに愛がないなんて一概に言えないでしょ」


 千夜一夜物語の世界にあるようなハレムでは男女の愛など存在しないかもしれない。

 当然、ハレムの女性たち同士で仲が良いなんてこともないだろう。


 が、玲樹のハーレムは違う。

 少なくとも陽織はシャウナやアウローラやセリアを認めている。

 向こうが本心で何を思っているかは知らないけど、親友と言ってもいいくらいの感情を持っている。


「ルールって……、その関係が歪だと言いたいのよ! 何故、あなたたちが、女がルールに縛られて男を愛さなければいけないの。玲樹君は誰か一人、愛する人を選ぶ義務があるわ!」

「ないわよ! 玲樹には無理をして結婚してもらったから……! ……あ」


 紫園が首を傾げる。


「……無理をして結婚してもらったってどういうこと? 玲樹君が浮気をしたわけじゃないの?」

「あ、いや、えと……その……」


 紫園が玲樹を不義理であると罵ったのは、奥さんが居ながら、二人目、三人目、四人目、と浮気を重ねていったからだと誤解しているようだった。

 そうではない。

 浮気などしていない。


 根回しの末に逃げ場のなくなったところで結婚式である。

 ……あれだけ結婚が嫌だと逃げ回っていたにも関わらずだ。


「もしかして、あなたたちが嫌がってる玲樹君に結婚を迫ったってこと?」

「あ、や、……嫌々ではない、……ないと思うけど」


 へどもどと言葉を連ねようとすると、ぴしゃりと跳ねのけられた。


「あなたの感想はどうでもよろしい。どういうことか、何が起きたのか、ちゃんと聞かせてちょうだい」


 どうにか捩じ上げようと話を曲げて誤魔化そうとするものの、紫園は曖昧な答えを決して許さない。

 まずったなぁ、と頭を抱える陽織だがもはや手遅れだ。

 観念した陽織はポツポツと結婚の経緯について語りはじめた。


「で、何故故、余がここに呼ばれねばならぬ」


 仏頂面で両腕を組むのはアウローラだ。


「元はと言えばあなたが画策したことだと聞いています。他人の母を差し置いて言うのもなんですが、人を騙してムリヤリに婚姻するとは何事ですか!」

「ふん、ヒオリの母君であろうとも余の意見は変わらん。何をしようと余の勝手……、うぎゃ!?」


 紫園の拳がアウローラの脳天に炸裂する。

 神気障壁魔術(サンクチュアリ)闘気障壁闘術(シールド)も発動させていないので、ゴチンとえらい痛そうな音がこちらにまで聞こえてきた。


「な、何をするかーーーっ!?」

「子の悪さを叱るのも大人の役目よ」


 アウローラの眦に涙が見える。

 かなり痛かったと見える。


 陽織は頭のたんこぶを押さえつつ思い出す。

 昔から紫園は道理に厳しかった。


 悪さをした陽織は当然ながら、玲樹を叱るのも容赦がなかった。

 そして紫園に関わる子供にも同じように悪いことをすれば叱りつけていた。


 近所の親から他人の子供を勝手に怒るな、と怒鳴り込んでくる者もいたけれど一蹴していた。

 子が悪いことをしたら叱るのは大人の役目。

 そう言って憚らなかった。


「私はレイキときちんとお話しした上で開催をしたほうがと言ったのに……、あいたっ!?」

「言い訳しない! あなたはこの中では年長者と聞いています。どうして止められなかったのですか!」

「……申し訳ありません……」


 道場で正座をさせられていたシャウナに拳が落ちる。

 耳を震わせ、尻尾を足の間に挟んでしおらしくなっている。

 一番の年長者の部分が仇になってこっぴどく怒られている。


「あの、ヒオリの御母様。お言葉ですけれど、レイキの奥手の性格を考えれば、すこし、その、……強気にでて事を進めるのも大事だったと……あぅ!?」


 果敢に抵抗するセリアの頭にも拳が振り下ろされた。


「だからと言っていきなり結婚をさせてしまう人がありますか! だいたい、玲樹君に結婚の意思はなかったと聞いていますよ? 理由は聞いているんですか!」

「……いいえ……」


「……あなた達は夫、玲樹君の事を何だと思っているんですか? 奴隷かペットですか」


 しかも、余計なことも諸々バレた。


 シャウナが勇者と戦うために肉壁として玲樹を育てていた事とか。

 陽織が羽田空港へ誘ったことで玲樹が死んでしまった事とか。


 あとはエイルの研究の事とか。

 結婚する前までは、エイルが玲樹の生殖細胞を採取するのは阻止していた。

 しかし、夜の営みをはじめたので子供の一番乗りがエイルに取られることはない。

 好きに研究していいですよ、とセリアが許可を出してしまったのだ。

 玲樹に確認も取らずに勝手に、だ。


 たまに玲樹がお股を押さえて顔面蒼白で歩いているのはそのせいだろう。

 最近は魔法の研究もしていたから、いろいろ実験台にされていたのも洗いざらいしゃべらされてしまった。


 紫園は盛大なため息を吐く。


「あんまり苛めるとさらっといなくなるわよ、玲樹君。思い込んだら一直線の子だから」


 陽織の心に衝撃が奔りぬけた。


 思い込んだら一直線。

 多聞に心当たりがある言葉だ

 他の面々の顔と言ったら、ムンクの叫びか、この世の終わりか、と言わんばかりである。


 ついてきなさい、と紫園が冷たく言い放つ。

 陽織は立ちあがる。

 紫園に連れられて、アウローラ、シャウナ、セリア、と一緒に流家へと向かった。

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