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第八十二話 「母」

 詩乃は玲樹を抱き寄せる。

 その目に光るものがあった。


「良かったわぁ、置手紙が無くなっていたから信じていたけど、戻ってこなかったから心配したのよ?」

「悪ぃ……、色々あったんだよ。本当に色々ね」


 俺は詩乃の抱擁から逃れると、後ろに並んでいる陽織たちを紹介する。


「俺だけじゃなくて陽織もいるんだ。他の面々も紹介するけど、紫園さんはいないの?」

「陽織ちゃんも無事だったの! すぐに紫園ちゃんを呼ばないと……、紫園ちゃん! 紫園ちゃーーーーん!?」


 詩乃は陽織の姿を認めると仰天し、あわあわと壊れかけた家へと駆けこんでいってしまった。

 当然の反応か。

 行方知れずになっていた息子と友人の娘が二人そろって現れれば。


「……悪いな、皆。紹介はもうちょい待ってくれ」


 陽織の後ろにいた、アウローラ、シャウナ、セリアの三人。

 視界に入っていたはずなのに見事にスルーされていた。


 が、些末なことに腹を立てるような嫁たちではない。

 シャウナとセリアは気にした様子もなかった。


「構いませんよ。親子で話すこともあると思いますので、私たちは後回しにしてください」

「久しぶりの再会ですもの。積もる話もあるでしょう。わたくしたちは外の瓦礫を掃除しておきますわ」


 一人、複雑な顔をしているのはアウローラだ。


「どうしたんだ?」

「いや、なに……気にするな。陽織の母親もいるのだろう? 二人とも話をしてくると良い」


 どうしたのだろう。

 一瞬だけ見えた、アウローラの寂しそうな顔に心を奪われた。

 いまはいつもの不敵な面構えに戻っているので、話を掘り起こすのもなんだかな。


 夜にでも話を聞くことにしようかな。


「……話のきりがよくなったら呼ぶよ」


 その場は切り上げて、詩乃の後ろを追って家へと入った。


 玄関から居間へと続く通路は土埃で灰色になっている。

 通路の隅には割れたガラスや陶器が新聞紙の上に所狭しと積み重ねられていた。

 まるで洪水か台風か荒れ狂ったかのような有り様だ。

 いまは詩乃と紫園で荒れた家の片づけ最中ってわけか。


 と、居間の扉が勢いよく開いて誰かが飛び出してきた。


「陽織! 無事だったのね」


 走ってきたのはほっそりとした長身の女性。

 陽織の母、神水流 紫園(かみずる しおん)その人だ。


「お母さん、……わっぷ!?」


 紫園は陽織を胸に抱き寄せる。

 遅れて詩乃もやってくる。

 俺の隣に並ぶと二人を邪魔しないように小さな声で話しかけてくる。


「……ここ半年で一番驚いたわぁ、今までどこにいたの? 置手紙を持って行ったのはわかったけど、学校はあの大穴だし、もう生きてはいないかと……」

「説明するよ……、見てもらった方が早いと思うけどさ」


 魔術のことなら、百聞は一見にしかず。


 俺は家全体に修復魔術(リペア)清潔魔術(リフレッシュ)を発動させる。

 積もった汚れを一掃し、傷だらけになった壁を埋めていく。

 壊れた窓ガラスを早回し動画のように元通りに修繕し、眩いばかりの光沢に磨き上げる。


 瞬きする間に、崩壊寸前になっていた家は新築同然の真新しい家へと早変わりしていた。


「あらあら、まぁ……!? これは?」


 俺はこの半年の間に起きた出来事をひとつひとつ話しはじめた。


 ショッキングな事は心配させたくないので省いている。

 苦労はしたけど元気にやれていたんだよ、と。

 日本に帰るのが遅くなってごめんね、って感じだ。


 長い話になってしまったので、話の節目に居間へと移動する。

 詩乃と紫園。

 話を聞いている間は半信半疑であったものの、魔術を含む不思議な力を見せてあげると、ようやく理解をはじめてくれた。


 ……だから、可哀想な目をしながら病院に連絡するのはやめよう。

 その受話器を置いて、良い子だから!


「……魔法かぁ、見せられると違うのね。玲樹ちゃんがストレスのあまりお薬に手を出したのかと思ったわぁ」


 普通はそんな反応だよね。

 そのうち右手を押さえながら邪気眼がどうのとわめき出すだろう。

 おっと、それは違う病か。


「ここまで大変だったわね。それで、最後の話って何かしら? 私と陽織にも一緒に聞いてていいの?」


 勿論ですとも紫園さん。

 むしろ聞いてくれないと困る。


「ええ、実はですね。外に連れがいまして。……異世界の旅で出会った子達なんですけど……、入っていいよー!」


 念話魔術(テレパシー)で呼んでおいた、アウローラたちがゾロソロと入ってくる。

 適当に皆を座らせてから居住まいを正す。


 精神統一霊術(クールマインド)を発動させて、深呼吸。


「俺達、結婚しました……。陽織と、右から、シャウナ、アウローラ、セリアです。四人とも俺の奥さんです」


 ……。

 …………。

 ……なんかしゃべってよ。


 詩乃と紫園は固まっている。

 冷や汗がでる、

 驚きの連続すぎて脳みその血管が切れていたりしないだろうな。


「……うふふ、あはは、……玲樹ちゃんが結婚……。もうそんな歳なのね。お赤飯でも炊いたほうがいいのかしら。それとも、ウエディングドレスを探さないと……?」


 オーケー、詩乃は錯乱しているようだ。

 宥めようと腰を浮かしかけたところで、鋭い声が割り込んできた。

 バンッとダイニングテーブルを叩いたのは紫園だ。


「玲樹くん! あなたが、まさかそんな不義理をするなんて思っても見なかったわ! 四人もの女の子を囲って愛するなんてこと、許されない!」


 紫園の眉はつり上がり、瞳は怒りに燃えている。


 紫園は終始穏やかだった。

 陽織に武道を教えているときは厳しいけれどあまり怒ったところを見たことがない。

 その紫園が感情的に、溢れる気持ちを隠さずに、怒っている。


「陽織! 帰るわよ!」

「ちょ、ちょっと、お母さん!?」


 腕を捕まれて陽織が引っ張られていく。

 紫園と陽織は止める暇もないくらいに家を出ていってしまった。


 やべえな、こんなに話がこじれるとは……。


「説得するから、ちっと待っててもらっていいかな?」


 俺はそれだけ言うと、夢の世界に旅立ちつつある詩乃に向き合った。

 念話魔術(テレパシー)で陽織から連絡があった。

 紫園さんのほうは何とかしてくれるらしい。


 今日は長い夜になりそうだ。

 俺は勇者に挑んだときのような面持ちで気を引き締めた。

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