第八十話 「魔法剣」
ラテラノの世界、アトランティス。
魔法少女たちが使う魔法の研究がはじまった。
俺は旅をしているので研究にはほとんど参加できない。
夜に帰ってきた時だけ魔法を教えてもらっていたんだが、コイツがどうも上手くいかない。
睡眠時間を削りつつ、ラテラノを連れてきて魔法の練習をしている。
魔法を発動させるエネルギー、アニマとアニムス。
この二つのエネルギーには独特のルールがある。
まず第一に、ラテラノの世界では男と女で使える魔法が異なるらしい。
男はアニマ、女はアニムス、と魔法を発動させるエネルギーが違う。
そして魔法を発動させるには道具が必須となる。
「……ダメだ、動かない……」
俺はラテラノから借りている天球儀を指先で回しながらぼやく。
この天球儀の形をした武器、アニムス・オルガヌムは女性専用らしく、うんともすんとも反応しない。
「アニムス・オルガヌムは魔法少女の武器。男性は使えない。あきらめて」
「それをなんとかしたいんだけどなあ……」
以前、魔力供給魔術を使ってシギンの潤滑魂を回復させたことがある。
同様に魔力供給魔術を使ってラテラノのアニムスを回復させようとしたところ、上手くいかなかった。
どういう原理か知らないけれど、異世界人もアニマとアニムスを性別によって区別されている。
俺はラテラノに魔法を教わっても一切使用することができない。
男の魔法使いに魔法を教えてもらえればいいんだろうけど、ラテラノの世界であるアトランティスはすでに無く、生き残りはすべて魔法少女ときたもんだ。
仕方がないので裏技を使う。
俺は性転換魔術を発動した。
すると、アニムス・オルガヌムが輝きだす。
金色の歯車を回転させて天球儀が回りはじめた。
「アニムス・オルガヌムが反応した。アニムスを練り上げて。願いが形になればカードが生まれる」
魔法には魔術の様な呪文がない。
すべて使用者のイメージで魔術の威力と効果が決定する。
願い、願い……、急に言われてもな。
適当に明かりが欲しいと願ってみた。
アニムス・オルガヌムから銅のカードが飛び出す。
魔法のレベルによって、金、銀、銅、にカードの色が分かれると聞いている。
明かりの魔法は低レベルってことか。
「カードの言葉を読み上げれば魔法が使える」
ラテラノに言われるがままカードの文言を読み上げる。
「ええっと、……光、一○秒」
小さな光源が現れる。
と言うわけで、女になれば魔法少女の力を使うことができる。
以前、魔神王が性転換魔術で使用していた力は魔法少女の力に違いない。
俺にも時間停止の魔法が使えるのだろうか。
試しに時間を止める願いを掛けてみる。
アニムス・オルガヌムはリンリンと煌めきを放つのみ。
カードは生まれない。
時間の止まった世界への入門はまだ早いらしい。
もしくは、イメージが甘いのか?
時間停止のイメージは、オラオラの人とほむほむの人だが……、時間を止めるという概念を理解しないといけないのかな。
一方、魔法の適正に恵まれた人もいる。
「良い、実に良いぞ! 空を舞うというのは楽しいものだな! フハハハハ――!」
夜天から哄笑が聞こえてきた。
アウローラだ。
魔力で作りだした翼を羽ばたかせて、魔王城の空を凄まじい速度で飛翔する。
ちょうど真上を通り過ぎた。
アウローラの背中から伸びた翼がはためくたびに黄金色の魔力の残滓が舞い落ちる。
遅れて衝撃波が吹き荒れた。
梢がざわめく。
はらはらと降り注ぐ葉を払いのけながら上昇していくアウローラを見上げた。
空を舞うってレベルじゃないよね。
アウローラ、いま君は空をかっとんでいるよ、超音速で。
アウローラの額に燦然と輝く兜が見える。
あれはアニムス・オルガヌムだ。
エイルによってアニムス・オルガヌムを解析して、シャウナによって制作された新しいアウローラの装備になる。
全身鎧は時間が掛かるので、とりあえず兜と剣と盾を制作してもらったらしい。
「あそこまで飛べるようになるにはどうすればいいんだろうな」
「無理。アウローラは魔法少女の才能がある。アトランティスに生まれていたらスカウトされていたはず」
どうやら魔法少女はスカウトされるものらしい。
ボクと契約して魔法少女になってよ、てか。
魔王城を一周したアウローラが戻ってくる。
魔力の翼を折りたたんで離宮の庭に降り立った。
魔法を体得したことで、アウローラの称号、戦神姫の強さはさらに跳ね上がっている。
見た目も神々しい気配で溢れていた。
黄金の翼が生えたことでますます人外離れした美しさに見惚れそうになる。
月と星の光を背負う戦神姫を堪能していると、件の姫がズラリと剣を抜き放つ。
アニムス・オルガヌムとして打ち直された愛用の剣をまっすぐに構えた。
「レイキ、勝負だ。模擬戦をするぞ」
「ええ~……」
予想はしていたけど即答できずにいた。
「昨日も勝負したじゃないか……」
「そう言うな。新しい技を試したいのだ」
アウローラは魔法の力を習得して新たな技を編み出そうとしている。
俺が魔術と闘術の融合技をやってのけたように、魔法と闘術の融合技を考えているそうな。
実際、いくつかの技は上手く行っている。
剣技ばかりなので、魔法剣、と皆で呼んでいる。
この魔法剣、けっこう痛い。
模擬戦をするなら本気で防御しないと死ねるので、対消滅障壁魔術で無効化をしている。
ただ、防御に成功してしまうとアウローラが拗ねる、ダメージを受けたフリで誤魔化すと怒る。
どないせーっちゅうんじゃ……。
模擬戦をするたびにそんな感じなので対応が大変なのだ。
「一回だけだぞ?」
「勿論だ。レイキの防御を突破できれば余は満足である」
それ一回で済まないかもしれないよね?
昨日は何度戦わされたことか。
「で、どうするんだ? ここで戦うと離宮が壊れるかもしれないぞ」
「安心せよ。昨晩のように大規模な技を使うわけではない」
「本当だろうな……?」
昨晩は魔獣の平原に移動してよかった。
アウローラが神気と闘気を最大限に放出する大技をぶっ放したから、平原の一部が消し飛んでしまったのだ。
魔王国の市街地では、あの光はなんだ、敵襲か、などと大騒ぎになりセリアにカンカンに怒られてしまった。
アウローラだけならまだしも俺も怒られた。
完全にとばっちりだ。
アウローラから神気と闘気が放たれる。
「余が一太刀だけ振るう。レイキはそれを防御すれば良い」
「……それだけでいいのか?」
「うむ、準備ができたら声を掛けよ!」
自信たっぷりなアウローラが逆に怖い。
とんでもないことになったりしないだろうな。
「いつでもいいよ。……死んだりしないよな?」
アウローラがはじめて目をパチクリと瞬かせた。
スッと視線を反らす。
「……いざと言うときは陽織を呼べばよい」
良くないよ!?
旦那殺しだよ、ドメスティックバイオレンスだよ、嫁さんが怖いです。
非常に不安になってきたので防御を厚くしておく。
対消滅障壁魔術の内側に、闘気障壁魔術、魔力障壁魔術を重ね掛けしておく。
アウローラの大剣が神気と闘気に包まれて白金に輝く。
「往くぞ、……魔法剣、飛剣閃闘術」
アウローラが動く。
リィンと魔法が発動する音と共に流れるような一閃が振るわれた。
弧を描く闘気の刃が迫る。
飛剣閃闘術か?
飛来する闘気の刃を正面から受け止めた。
対消滅障壁魔術は、……破壊されていない。
パキィンと音がした。
闘気障壁魔術と魔力障壁魔術が砕け散った。
頬に流れる液体の感触。
指でなぞると、皮膚が薄く切れて血が流れていた。
痛覚遮断魔術のおかげで痛みはないけど治癒しておく。
貫通した?
何でだ、対消滅障壁魔術は破壊されていないのに。
「……成功のようだな。威力を弱めにしておいたのでダメージはないはずだ」
「どういう魔法剣なんだ?」
「障壁破砕闘術と飛剣閃闘術を、魔法の力で透過させたものだ。レイキの防御魔術はどういうわけか相殺ができぬ。となれば、貫通させるほかなかろう」
相殺できないのはわかる。
対消滅障壁魔術を構成する粒子、反物質はエネルギー衝突をすべて消滅させてしまうから、障壁にダメージを与えて減衰させることはできない。
対消滅障壁魔術をすり抜ける攻撃でダメージを与えればいいって考えはわかるけど、反物質に触れればすべてのエネルギーは消滅するはず。
透過させているってのはアウローラが思っているだけであって、反物質に影響を与えないエネルギーに変換させて障壁を突破させているとか?
……だんだんこんがらがってきた。
「魔法の力は己の願望を具現化する力と聞いている。不確かな力であっても、己の中で形と為せば実体化できる。理屈ではなく、自分が思うがままの力を形にすることができるわけだな」
「そんなんありかよ……」
俺はそれをやろうとして、時間停止の魔法に失敗しているんだけど。
アウローラだけ成功している理屈がわからん。
「余は満足だ。世話を掛けたな、レイキ。……これで、余も戦える自信がついた」
妙にご機嫌になってしまった、アウローラ。
うきうきとした足取りで中庭を駆けると、助走をつけて飛び出す。
再び大空へ飛び立っていってしまった。
「俺にダメージが通ったのがそんなに嬉しかったのかね」
「それだけの理由ではない」
いつの間にか後ろに立っていたラテラノが独り言に答えてくれた。
「それだけじゃないって?」
「……強くなりたいと思う理由は人それぞれ」
ラテラノは達観した様子でうんうんと何度も頷いていた。