第七十五話 「いざ、日本へ」
バルトロメア海の浜辺で一泊した翌朝。
朝一で魔王国に戻ると、国営に関わる人物を全員集めて会議を開いた。
そして、異世界の脅威に対抗すべく異世界技術の探求の旅にでる、という政策を発表した。
魔王国の建国メンバーが二度と戻ってこない旅にでるのではないか、と勘違いされると困るのできっちりと説明はさせてもらった。
陽織、シャウナ、アウローラ、セリア、と言った主要な面子は、異世界を発見するまで普段と変わらない生活を過ごすこと。
エイル、シギン、は転移魔術施設の調整と制作のためにヴィーンゴルヴに滞在すること。
会議室に集められた面々は反対することなく了承してくれた。
ただし、俺は転移魔術施設を運ぶために旅が必須になる。
昼は働いて夜は家に戻るサラリーマン生活。
毎日が嫁と日曜日の生活を送っていたのに、なんということだ。
旅に出るのやめようかな……。
「腐るな。私がサポートのために同行することになっている」
傍らに立つのはライルだ。
サポートは嬉しいけど違うんだ。
欲しいのは人肌の温もりなんだよ。
「ところで、いつまでここで待てばいいんだ?」
「間もなくのはずだ」
俺たちはヴィーンゴルヴにある飛行場にいる。
旅の移動手段にサモン・ライディングワイバーンを使うと遅すぎるため、戦略戦闘機なる乗り物を借りることになったのだ。
「飛行機を貸してくれるのはありがたいけど撃墜されたりとか大丈夫なのか? 俺の防御系の魔術は物に発動できないけど?」
「問題ない。用意される戦略戦闘機はヴィーンゴルヴ製であるが、シギンとエイルの改修を受けてチューンナップされている。魔物くらいでは相手にならんさ、優秀な機体だからな」
頭上に影が差す。
「訂正なさい。機体が優秀なだけでなく、搭載されているティターンが優秀だと」
突然、頭上から怜悧な女性の声が降ってきた。
無音で現れた巨影に空を仰いだ。
頭上には全長一五メートルほどの細長い飛行機が静止飛行していた。
イメージしていた飛行機と全然違う。
何しろ揚力を得るための翼がない。
飛行原理はなんだろう。
半重力装置でも積んでいるのかな。
怪しいのは細長い胴体の前部と後部に取り付けられた金属製の板だ。
少なくともエアインテークが存在しないので吸気を必要とする動力ではなさそうだ。
「ええっと、あなたが……?」
硬い印象の女性の声に思わず丁寧語になってしまった。
ちょっと怖そうなお姉さんだから軽い口調で話しかけるをためらってしまった。
第一印象から受ける影響って大きいよね。
女性の声で話す飛行機は滑走路に着陸すると名乗り上げた。
「お初お目に掛かります、大魔王殿。本官は異世界探索部隊として派遣されました、戦略戦闘機型のティターン、名をレギンレイヴと申します。以後、お見知りおき下さい。本官に敬語は不要にございます」
ビシッと敬礼をする真面目そうな女性の幻影を見た気がした。
ライルよりもガチガチの軍人さんだ。
敬語は禁止だそうで。
ビビっていてもしょうがない。
精神統一霊術で気持ちを落ち着けてからしっかりと受け答えする。
「……わかった。長い旅になると思う、よろしくな」
「こちらこそ。安全、安心、安定、の快適な旅をお約束致します。では、早速……」
そこへ、不満そうなライルの呟きが聞こえてきた。
「……私に挨拶はないのか?」
「おや、ライルもついてくるのか? 競技用ティターンが戦場で役に立つとは思えないが……。大魔王殿に迷惑をかける前に同行を辞退したらどうだ?」
うわ、冷たい。
心臓がやられかねない凍てつく声音にゾワッとした。
「私の体は最新鋭機種と変わらない仕様になっていることは知っているはずだ」
「戦闘経験値の足りないティターンは足手まといになる。最新鋭機種であろうと戦場ではいい的だ。回避成績が悪かった行動思考は改善されたのか?」
「昔のことをネチネチと……、相変わらず可愛くない女だな……!」
「軍から脱退した根性なしに媚びる女などいない」
……大魔王ですが、異世界探索メンバーの雰囲気が最悪です。
話を横で聞いていると、ツンケンしているけれどお互いを良く知っているようだ。
でも、顔見知りにしては遠慮がない。
旧知の仲にしては険悪だ。
まさかと思うけど昔の恋人同士とかやめてくれよ。
「二人は知り合いなのか?」
これから一緒に働く者の背景を知っておきたいなと思い質問してみた。
が、これは悪手だった。
「性能測定施設以来の腐れ縁だ。……目の敵にされていてな。出会うたびに厭味ったらしく昔のことを持ち出す。今回もコイツが派遣されてくると知ってうんざりしていた」
「この男は測定施設時代は高性能成績を収めていたので軍に配属されていました。ですが、何を血迷ったかラグナロク・トーナメントに出場すると宣言して脱退、軍の戦略兵器部隊への所属権利を放棄したのです。愚か者にもほどがある!」
二人同時にしゃべるんじゃない。
双方の主張を機関銃のように浴びせられて耳鳴りがする。
しかも、今度は鼻を突き合わせて睨みあっている。
ロボットと戦闘機の喧嘩ってシュール過ぎるだろ。
「オーケー、オーケー……、なんとなくわかった。とりあえず落ち着け。仕事だからな。喧嘩はやめてくれ」
要するに幼馴染みたいなものか。
俺と陽織は仲良くゴールインしたけど、ライルとレギンレイヴは喧嘩別れしてそのまんまと言うわけだ。
「レギンレイヴだ。よろしく」
「……ライルだ。よろしく頼む」
仕事だと言われたのが利いたのか。
二人は不承不承ながら互いに名乗りあい、形ばかりの挨拶を済ませた。
「では、搭乗願います。これからの行動指針について決定しましょう」
レギンレイヴは腹部の格納扉を開いた。
鋼鉄のスロープがスライドしてくる。
俺とライルは言われるがままにレギンレイヴに乗り込んだ。
中は広々としている。
ここは貨物室になるらしく武器・弾薬の箱が固定されていた。
お、黒い装甲が鎮座している。
これはカイザー・ガイスト装備だ。
聞くと、ライルのために積んであるらしい。
俺たちが乗り込んだのを確認すると格納扉が閉じていく。
「軍用機って中は鉄板や配線剥き出しのイメージがあったけど、ちゃんと部屋があるんだな」
「当然だ。戦略戦闘機は作戦本部の役割を果たすこともある。魔王城の離宮ほどの広さはないが、会議を開いたり、数日間は暮らせる設備があるぞ」
ライルを先頭に奥へ進む。
貨物室を抜けると、ダイニング兼キッチン、さらに奥には二段組みのベッドが置かれている。
ベッドルームの奥はシャワールームとトイレになっていた。
他に大部屋と小部屋がひとつずつ存在する。
簡素ながら生活空間が用意されていた。
一番奥の部屋に進むと一面がモニターに囲われた部屋に出た。
ここはコクピットルームのようだ。
ただし、レギンレイヴがコントロールするこの機体に操縦桿など存在しない。
さて、外の景色はどんなかな。
モニターのひとつに視線を落とす。
「え、もう飛んでるの!?」
モニターを見て驚いた。
すでにレギンレイヴは離陸しており、ヴィーンゴルヴの空港は影も形もなかった。
エンジン音がまるで聞こえない。
離陸時の強烈なGも感じなかった。
静かすぎる。
空を飛んでいる感覚はまったくないにも関わらず、モニターの景色は凄まじい速度で流れていく。
機体腹部のカメラには魔王国の市街地が小さくなっていく様子が映しだされている。
だんだんと広大な魔獣の平原が雲間に隠れていく。
あっという間にレギンレイヴは雲を割って真っ青な空へと到達した。
雲の絨毯の彼方に眩い太陽がサンサンと輝いている。
広がる雲の上をレギンレイヴは飛翔する。
「高度、一○○○○メートルに到達。安定飛行に入りました。……現在はヴィーンゴルヴが進路を取っていた北北西に向かって飛行をしています。特に異論がなければ現在の進路を取りつつ、周囲の索敵をしながら日本列島の捜索を開始したく思いますが……宜しいですか?」
「ああ、頼む。正直どちらに向かえばいいかはわからないんだよな。申し訳ないけど探索は任せるよ」
「承知致しました」
「ライルはレギンレイヴの支援を頼む。空中戦、できるんだよな?」
「任せてもらおう。カイザー・ガイスト装甲があれば戦場は選ばない」
頼もしいお言葉だ。
実を言えば俺は空中戦ができない。
サモン・ライディングワイバーンに乗りながら戦うことはできるけど、レギンレイヴの速度は超音速の域に達している。
とても並走しながら戦闘はできない。
空を飛ぶ魔術もないしな。
レギンレイヴにしがみ付きながら戦闘くらいはできるかもしれないけど、危ないのでいざと言うときの手段だ。
「余程のことがない限りレギンレイヴに攻撃がくることはないだろう。退屈に殺されないようにな」
「それは大丈夫」
こんなこともあろうかと、暇潰しは用意している。
シャウナに用意してもらった霊術と魔術と闘術の本があるから新しい戦術でも考えるとするかな。
収納魔術にある本を並べていると、レギンレイヴの釘を刺す声が聞こえてくる。
「ライル、抜かるなよ。お前が敵を見過ごせば本官に甚大な被害がでるのだからな」
「言われなくてもわかっている。そちらこそ、日本を見逃すなよ」
「ふん、言われるまでもない」
何か話すたびにいがみ合っているな、君たちは。
仲が良いほど喧嘩するとも言うし久々に出会ったからはしゃいでいるのかもしれない。
そっと見守ることにしよう。
「――ライル、カイザーガイストモジュールで出撃するぞ」
俺の生温かい感情を他所に、ライルは格納庫に戻ると、外へと飛び立っていった。
空の旅のはじまりである。