第八話 「お仕置き」
俺とシャウナは訓練場へやってきていた。
訓練場とは勝手に命名しているだけであって、淵ヶ峰高校から少しだけ離れた大通り公園である。
本来はベンチが設置され木陰をつくる背の高い樹木が植えられているのだが、訓練の邪魔になるので更地となっている。
俺とシャウナは互いの声が聞こえるくらいの距離で向かい合っている。
「勇者は剣を使った闘術を主体に戦います。いつもは木刀で相手をしていますが、本日は真剣を使います。防御を怠ると体が真っ二つになりますので注意してくださいね」
シャウナが腰の剣をスラリと抜き放つ。
陽光に輝く刃に心臓が跳ねる。
「ちょっと待ってください、先生。それは俺の防御魔術で防げるレベルですよね!?」
シャウナは眉根を寄せる。
あれは、出来の悪い生徒に対する教師の目だ。
でもね、確認しておかないと危ないと思うんだ。
うっかり防御に失敗して合体ロボの強制分離したら人間は死んでしまうからね。
シャウナは、復習です、と先生っぽく指を立てる。
「レイキ、魔術と闘術を防ぐにはどうすべきか覚えていますか?」
「防御魔術で防ぎます」
「そうですね。防御する闘術や魔術にもよりますが、攻撃闘術、攻撃魔術、を防御できる魔術は、魔法障壁魔術、反射魔術、になります。闘術にも闘気障壁闘術がありますが、レイキは使えないので省きます」
俺は魔力はあるが闘気がない。
闘術は使えないのである。
ミシュリーヌでは魔力と闘気どちらかの適正がある兆候はあるが、魔力と闘気のどちらも所持しているのが普通らしい。
「しかし、魔法障壁魔術、反射魔術、は弱点があります。覚えていますか?」
「えっと……、使用者の魔力総量によって強度が変動するんですよね」
「その通りです」
例えば。
俺とシャウナを比べると、シャウナのほうが魔力総量が多い。
シャウナが攻撃魔術で俺を攻撃する。
俺は防御魔術でシャウナの攻撃を防御する。
この場合、魔法障壁魔術、反射魔術、を掛けていても相殺されるか貫通する。
シャウナの攻撃魔術ならばおそらく貫通する。
俺は血反吐と内臓をぶちまけて倒れることになり、リスタもワイプもコンティニューもない。
闘術の場合も同様。
闘術総量が魔力総量を上回る場合は相殺されるか貫通する。
ただし、防御に成功しても安心はいけない。
防御魔術はダメージを受け止めると減衰するので、魔力を流し続けて補強するか再構築の必要がある。
一発耐えて二発目でパリンってあり得るからね。
「相手の攻撃が強い場合はどのように対処すれば良いと思いますか?」
「魔術で物理的な壁を作ります」
「正解です」
攻撃魔術は物理的にダメージを与えるものだ。
例えば。
炎閃魔術は超高熱の光線を飛ばして攻撃する魔術。
高熱に耐えられる分厚い土壁魔術か水壁魔術を作れば防御できる。
また、風壁魔術や炎壁魔術であれば、襲いかかってくる敵にダメージを与えながら防御できる。
「ただし、各属性の壁魔術は副次効果を防ぐことはできません」
最上級の風魔術で、烈風魔術がある。
超巨大な竜巻で敵を切り裂く魔術であるが、竜巻の中心点は真空状態になる。
壁魔術に守られて体がバラバラになることはないけど、酸素がなくなることで呼吸できなくて死んでしまうと言うわけだ。
ちなみに、魔法障壁魔術、反射魔術であれば副次効果も防げる。
近代兵器の場合はどうなるんだろうね。
拳銃・機関砲くらいなら防げる気がするけど、対戦車ミサイルとか滑腔砲になったら無理だ、たぶん。
シャウナなら防げるのかもしれない。
「それに視界が遮られてしまいますから不便です。対人戦では使い方に工夫が必要ですね」
「はい、わかりました」
再び、シャウナは剣を構えた。
体から闘気が放出され、剣の先端まで染み渡る。
「では、私がどのような攻撃を仕掛けたとしても防御する方法はわかりましたね?」
「…………はい、たぶん……」
「では、いきますよ――!」
シャウナが地を駆ける。
最短距離で突っ込んでくる。
俺は水閃魔術を右手に、左手に炎閃魔術を左手に、円を描くように走る。
シャウナが剣を一閃。
剣から飛剣閃闘術が発射され、俺の進路上の土を抉り取った。
お返しに水閃魔術を撃つ。
シャウナは剣で水閃魔術を撃ち返してきた。
やばい。
急いで左手で魔法障壁魔術を展開。
他所へはじき返した。
闘術ってのは単純だ。
武器に闘気を流し込むことで、魔法障壁魔術のように防御したり、反射魔術のように反射できる。
闘気を飛ばして遠距離攻撃もできるし、体に闘気を流し込むと身体能力や抵抗力が上がり、自然治癒力が高まるらしい。
闘術は魔術とは異なり人間の能力を極限まで高める技術なのだ。
逆言うと搦め手がない。
接近戦か遠距離戦。
止めを刺すには俺の触れる距離にいなくてはいけない。
俺は起死回生の一撃を待ちながら耐えるのだ。
接近戦に持ち込まれた瞬間に必殺の一撃を叩き込んでやる。
俺は右手の水閃魔術を溜め始めた。
魔術は、規模、座標、効果、を設定することで発動できる。
が、無詠唱魔術を練習するにつれて設定値が他にもあることに気づいた。
原理や理屈はもやもやとして言葉にできないのだが、魔術は溜めることができるらしい。
今の俺は三発分の魔術を溜めてから発動できる。
シャウナも俺が右手を使わないことに違和感を覚えたようだ。
左手の方向へ回り込もうと速度を上げた。
速すぎる。
首を巡らせてもシャウナの姿を捉えられない。
しかし、問題ない。
召喚魔法を発動。
輝く魔法陣から一体の魔物が現れる。
サモン・リビングシールド。
見た目そのままの盾であるが、れっきとした魔物である。
湾曲した五角形の金属板にきらびやかな金細工で飾り立てられた盾だ。
ちなみに、召喚された魔物は接頭語にサモンがつく。
これは野生の魔物と区別するためだ。
背後からの斬撃をサモン・リビングシールドが受け止めた。
振り返る。
シャウナが二閃目を振りかぶっていた。
「はぁぁぁ――っ」
裂帛の太刀筋の前にサモン・リビングシールドは断ち割られた。
キラキラと魔力の残滓を散らして消えていく。
振り返る時間を持ちこたえてくれれば良かったのである。
俺が溜めた魔術、集束水閃魔術を放つチャンスをもらえれば良かったのだ。
集束水閃魔術を放つ。
シャウナが、サモン・リビングシールドを破壊した返しの太刀で集束水閃魔術を切り払う。
ガキィンと金属音が響く。
弾き飛ばされた剣が円を描いて飛んでいく。
「えっ……!?」
シャウナは驚きに目を見張っていた。
取った。
俺は確信して、泥縄魔術でシャウナを拘束する。
だが。
泥を滴らせた魔術の蔦が絡みつくより先に、シャウナの姿が文字通りかき消えた。
両足を刈り取られたかのような勢いで足を払われた。
「へぶっ――!?」
俺の体が地面に倒れるより先に両腕を固定され、顔面を地面に押し付けられる。
柔らかく温かいモノが背中に圧し掛かっている。
体が動かせない。
完全に抑え込まれてしまって身動ぎひとつできない。
荒い息が首筋に吐きつけられ、鋭い刃のようなものが首の根元に突き立った。
「先生、先生! 死ぬ、死にますって!」
動きが止まった。
「……失礼、剣を飛ばされてちょっと本気になってしまいました」
シャウナは俺から降りると再生魔術を掛けてくれた。
「殺されるかと思いましたよ」
首筋を撫でるとぬるりと血がこびれついた。
シャウナの手には小さなナイフが握られていた。
装飾品のようだが切れ味の良さそうな刃を持っている。
本気で首を取られるかと思った。
「さっきの私の剣を飛ばした魔術は水閃魔術ですか? ずいぶん威力が高かったように思えますが」
「魔術を溜めて発動させたんですよ」
「溜める?」
俺はシャウナに魔術を溜められることについて説明した。
シャウナは腕を組んで頭を傾げた。
「初めて聞きました。魔王の称号を継承したことによって、魔術の隠された発動条件に気づいたということでしょうか」
「そんなことあるんですか?」
「わかりません。魔王の称号を継承した人間はレイキがはじめてでしょうしね」
シャウナは剣を拾ってくると鞘に納める。
そのまま帰り支度を始めた。
「今日は終わりにしましょう。レイキも休んでください」
「そうします……」
魔力は無くなる寸前まで減っている。
あ、でもまずい。
陽織と明日の朝食を狩りにいかないと食べる物がないんだ。