第七十二話 「トロピカル・ハンター」 前編
陽織とアウローラが言うレアな食材。
それは、アスピルと呼ばれる果物だ。
アスピルは、アスピドケドロンなる魔物の背中に生える果物らしいのだが、話を聞いてもまったく想像が沸かない。
シャウナに聞いてみたところ詳しく説明をしてくれた。
アスピドケドロンは海の魔物だ。
まるまるとした巨大な胴体に四枚のヒレをもつ鈍間な魚で、海上に浮かんだまま何十年も動かない。
そのため背中には砂が積もり、種が芽吹き、長い年月を末に小さな島が出来上がるそうだ。
アスピルは、アスピドケドロンの背中にだけに生える木に実る果物なんだとか。
しばらくの間、妄想に浸る。
照りつける日差し。
はじける水飛沫、サンオイル肌に映える鮮やかな水着。
キャッキャウフフのシャイニーパラダイスである。
シギンに頼めばヴィーンゴルヴで流行の水着をサササと用意してくれるだろう。
「海か……、良いんじゃないかな?」
「……玲樹、エッチなことを考えていたでしょ」
「何をおっしゃる。俺はいつだって奥さんを第一に考えているよ」
適当に誤魔化しつつ、シギンに念話魔術で連絡をしておく。
余計な詮索を受ける前に話を元へ戻す。
「それで、俺は何を手伝えばいいんだ?」
「いざと言うときの足止めを頼みたい。アスピドケドロンは臆病な魔物だ。敵に遭遇すると海中に逃げるので、背中の植物は潰れてしまう。何とか気づかれずに接近してアスピルの苗ごと回収したい」
どうやらアスピルを魔王国の特産品にしたいらしい。
いままでは冒険者たちが回収してくるレアアイテムだった物を流通に乗せるのが狙いだ。
冒険者たちには申し訳ないが美味しい食材を人々に提供するためには仕方がない。
「それじゃあ早速向かうとしようか。シャウナも来るよな?」
「ええ、お供しますよ」
あとはセリアとエイル、シギンにも声を掛けておくか。
「準備ができたら魔王城の中庭に集合で。サモン・ライディングワイバーンで移動しよう」
こうして俺たちは海へ向かうこととなった。
魔獣の平原を南へ。
ヴィーンゴルヴが上陸してきた海岸へと向かう。
バルトロメア海。
四の大陸で形作られるミシュリーヌの中央に位置する海だ。
ヴィーンゴルヴは三ヵ月を掛けてこのバルトロメア海を横断して魔獣の平原に上陸している。
「暑ぅ……、日差しが凄いな……」
髪を伝って流れ落ちた汗を拭う。
じりじりと照り付ける太陽はビーチパラソル越しでも強烈だ。
が、この暑さがあったとしても広がる光景は壮観だ。
俺が墜落してきたヴィーンゴルヴ近くの海岸も綺麗な浜であったが、このバルトロメア海の海の蒼さと言ったら……。
熱帯諸島の旅行ツアーチラシに載っているリゾートビーチのようである。
サラサラの白い砂に人数分のビーチパラソルを突き立てる。
サンデッキチェアを並べていく。
休憩や調理ができるように、俺は召喚魔術で家型のミミックも召喚しておく。
こんなものだろうか。
そこへ砂を踏みしめる音が聞こえてきた。
「すご~い、こんな真っ青な海、はじめて見たかも!」
サンデッキチェアを追い抜いて波打ち際まで走りぬけたのは、陽織だ。
白いスカーフを巻いた麦わら帽子に白いビキニ、日焼け対策なのかチェックブラウスを羽織っている。
「海は青いものだと思いますが……、そんなに珍しいでしょうか」
続いて現れたのはシャウナ。
抱えていた本をドサドサとサンデッキチェアの一つに並べる。
たちまち一席占拠してしまった。
オレンジ色のビキニにサンダル、寒がりなのかボーダーパーカーを着ている。
そして、本が読みやすいようにサングラスを掛けていた。
「うむ、良いぞ。ヴィーンゴルヴ製の水着は動きやすいな。魔王国でも考案してみてはどうだ?」
「こんなもの……裸同然ではありませんか!? 魔王国でだなんて、冗談ではありませんわ……!」
遅れてきたのは赤と青の水着姿の者たち。
威風堂々と胸を張るアウローラ、羞恥に頬を染めて前屈みになっているセリアだ。
「どうだ、レイキ。余の水着姿は!」
「お、おう……似合っているよ」
「そうであろう、そうであろう……、フハハハハ――!」
背景にドンッと効果音が付きそうな勢いである。
が、アウローラの水着を見て目が泳いでしまう。
鮮烈な赤い水着はシークレットゾーンを最低限に隠すマイクロビキニだったからだ。
人目のない浜辺だからいいけど、さすがに大胆過ぎるだろうと言わざるを得ない。
「セリアはパレオなんだな。似合ってるよ」
「あんまりジロジロと見ないでくださいな……」
いまさら夫婦で恥ずかしいもないと思うけどな。
と言うか、恥ずかしいならシャウナみたいに何か羽織ってくればよかったのに。
けど、大弱りなセリアを眺めているのも悪くない。
「お待たせ、ご主人様。ボクは昼食の準備をはじめるとしよう。シギンは、本物にあまり無理をさせないように頼むよ」
「言われなくてもわかっています。体調管理は万全です、いざとなればライルに搭載した潤滑魂キットもあります、……お願いね、ライル」
「了解だ。隊長のサポートは任せてもらおう」
最後に現れたのは、エイルとシギン、それにカイザー・ガイスト装備のライルだ。
エイルは南国風の柄をあしらったショートスリーブシャツにショートパンツ姿。
サマースタイルって感じだ。
シギンは花柄のワンピース水着にでかい浮輪を抱えている。
お子様らしい格好で可愛らしい。
ライルはそのまんまだ。
しかし、金属製で黒い装甲って……、太陽の直射と砂浜の照り返しで熱暴走を起こしたりしないだろうな。
皆が思い思いにビーチに散らばっていく。
シャウナはサンデッキチェアに寝そべると黙々と読書をはじめた。
セリアはエイルと転移魔術の中継設備をどこに設置するかを相談している。
シギンはライルを連れて波打ち際で遊んでいる。
そして、今回の企画を立ち上げた陽織とアウローラは浜辺で準備運動をしている。
二人はスコップを担いでいる。
「アウローラ、早く探しに行きましょ!」
「うむ。アスピドケドロンは危険を察知するまでは決して動こうとしない。隠密歩行魔術と迷彩魔術を使って気付かれぬようにしろ」
「オッケー! 言ってくるね、玲樹~!」
陽織は手を振ると海へと入る。
ザブンッと飛び込むとあっという間に波間に消えていった。
「余も行くとしよう。アスピドケドロンを発見したら念話魔術で知らせるので、すぐに来てほしい」
「わかったよ。無理はしないようにな」
「ふ、抜かりない。布きれ一枚でもこの辺りの魔物では傷ひとつつけられんよ」
アウローラは自信に満ち溢れた笑みを向ける。
それから海に向かって全力疾走、勢い落とさぬまま走っていった、……海の上を。
「器用なことするなぁ……」
アウローラは念力魔術を使い、蹴り足を踏み抜く一瞬だけ空間を固定しているのだろう。
面白いことを考える。
アスピドケドロンが見つかるまでは暇だ。
俺もシャウナの隣で惰眠を貪るか。
「レイキ、少しだけ時間を取れますか?」
サンデッキチェアに吸い寄せられそうになっていると、セリアが声を掛けてきた。
「どうしたんだ?」
「エイルと相談していたのですが、あの丘に転移魔術中継設備を設置してもらえないかしら」
セリアが指をさすのは海岸からほんの少しだけ離れた丘だ
高潮が来てもあの場所ならば水没することもなさそうな高さがある。
「いいよ。ちょっと行ってくる」
エイルに乞われて中継設備を収納霊術に保存しておいたのだ。
どんな巨大な建物であろうとも魔力として保存できるのであれば持ち運びできるのは便利である。
召喚魔法をと思ったが、セリアのほうが先んじてサモン・ライディングワイバーンを呼び出していた。
気が利いているね。
助かります、セリアさん。
「私が送りますわ。丘の状態も確認したいんですの」
「頼む」
ほんの数分で俺たちは丘の頂上に到着する。
丘の広さは申し分なさそうだ。
背丈を越えないくらいの低木と雑草が生い茂っているけど、大地噴出魔術で地ならしをすれば問題ない。
すぐさま丘の整地をはじめる。
四○平方くらいの敷地を作り上げると転移魔術中継設備を物質化させる。
「これなら問題ありませんわ。荒らされると困るので、防衛用にゴーレムを設置します」
「ここに設置するのはどうしてなんだ?」
「ミシュリーヌは海産物や塩を入手する手段が限られておりますので、ここに港町を建設出来たら生産性が増すと考えておりますの」
「ほぉ……、なるほど」
魔王国は海産物の入手が難しい。
現在はヴィーンゴルヴからの輸入に頼っている。
塩も同様だ。
ここに港町があれば、海産物も塩もすぐさま魔王国に運べる。
刺身や寿司も食べられるようになるといいなあ。
しかし、米がない。
米と言えば日本だけど、転移魔術中継設備が使えるならば、日本へ一旦戻ることも考えておかないといけないな。
母さんや陽織の母、紫園さんにも会いに行かねば。
……おっと、念話魔術の着信がきた。
どうやら陽織がアスピドケドロンを発見したらしい。
レア食材とやらを拝ませてもらおうか。