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第七十話 「離宮の日常」

 結婚してから一ヶ月の月日が流れた。


 俺の生活は変わった。


 朝、起きると傍らに嫁がいる生活だ。

 一緒に寝る順番はしっかりと決められていて日替わりだ。


 隣を見るといつも違う発見がある。

 陽織の幸せそうな寝顔であったり、アウローラの悪戯っぽい眼差しであったり、小さな欠伸をするセリアであったり、シャウナが尻尾と戯れている姿であったり、様々だ。


 本日は、シャウナが横で眠っている。

 シャウナは耳と尻尾が気になるのか、寝るときはいつもうつ伏せで枕を抱いて寝ている。


 耳がぴくりぴくりと何かに反応している。


 出会った頃も耳の毛並みが気になって撫でたいなあと思っていたのだった。

 ちょいと堪能させてもらおう。

 指の先で摘まんでみる。


 モフモフだ。

 尻尾の毛並みよりもさらに柔らかく、地肌に近いため温かな体温が伝わってくる。

 遊んでいると視線を感じた。


 シャウナの瞳がこちらを見上げていた。


「……おはよう、シャウナ」


 何事もなかったかのように手を戻す。


「おはようございます、……触るのは構いませんけど、優しくお願いします」

「俺の触り方はどうでしたかね?」

「くすぐったいですけど、だいじょうぶです……はい」


 シャウナはもじもじと尻尾を弄りながら目を合わさない。


 ベッドの上ではいつもこんな感じだ。

 嫁たちの中で一番初々しい。

 アウローラやセリアの教師であり、最年長者であることを強調していたが、ふたを開けてみれば一番未経験だったのはシャウナであった。


 魔王になる前にミシュリーヌ大陸を放浪していたときも一人旅が多かったそうだ。

 男との付き合いもまったくなかったらしい。


 いつもキリッとしているシャウナを知っているばかりに苛めたくなってくる。


 ベッドの上で向かい合う俺とシャウナ。

 このままもう一戦はじまってしまうのかと思いきや、スッと影が差した。


「貴様ら、返事をせんかぁー!」


 怒号に窓枠がビリビリビリと振動する。


「ぉわあ!?」

「ぴゃぁぁぁあああ!?」


 俺とシャウナは抱き合い跳び上がった。


 いつの間に寝室に入ってきたのだろうか。

 メイド服姿でおたまを持ったアウローラが睨みつけている。


「なんだなんだ、いきなり……」

「何度も呼んでいるのに、何度もノックしているのに、無視をするからだ――!」


 どうやら何度も呼ばれていたのに気づかなかったのが問題らしい。

 二人の世界に浸り過ぎてしまっていたのか。

 そいつは失礼いたしました。


「朝食がもうすぐできる。風呂に入ってさっさと来い」


 フンと鼻を鳴らすと大股で部屋を出ていった。

 ひとまず、俺とシャウナは朝風呂へ向かった。


 着替え終えてから居間へと向かうと皆が揃っていた。


「待たせてごめん。皆、おはよう」

 挨拶をして着席する。


 本日の朝食はアウローラが作ったらしい。

 普段はエイルが朝・昼・晩とやってくれるのだが、陽織とアウローラが調理をしたいときは交代している。


 魔王城には宮廷料理人がいるのだが、離宮に移ってきてからは食事を頂く機会もなくなってきている。

 食べるとするならパーティがあるときくらい。

 毒見役なりテーブルに並ぶまでの作法なりとうるさいから、運ばれてくるころには冷めているんだよな。


 離宮ではいつでも温かい料理が食べられるからどうしても戻ってきてしまう。


「では、頂くとしよう」


 俺と陽織はいただきます、と。

 アウローラとセリアとシャウナは簡単なお祈りを。

 エイルは何をすることもなくパンに手を伸ばした。


 楽しい食事のはじまりだ。


「……このスープ、美味しいわね」

「うむ。鍋を借りていただろう? あれで煮込んでいた出汁が完成したので使ってみた。余分があるので使ってみるのもいいだろう」

「ふぅん、あとで見てみるわ。ありがとう」

「良い、礼には及ばぬ。前に面白い調理法を教えてもらったからな」


 陽織とセリアは料理の話をしている。

 たまに二人で並んで調理場に立つこともあるので馬が合うのかもしれない。

 仲が良いのは良いことだ。


 右隣を見る。

 おっと、こちらも話がはずんでいるようだ。


転移魔術(テレポーション)の効果を持つ設備など、本当に作れますの? 技術的に可能であればミシュリーヌの流通を変える技術になりますけど……」

「やってはいるけどなかなか難しくてね。レイキに協力してもらって実験はしているけど、転移魔術(テレポーション)の使用者の力を利用した転移しかできていないんだ」

「難儀しておりますのね。現時点では、何人が、どこまで、移動できますの?」

「……その気になれば、一○○○人をミシュリーヌの端から端まで移動させることも可能だよ。ただし、移動先には中継設備が必要だけどね」

「がんばってくださいね、魔王国で活用される日が待ち遠しいですわ」


 セリアとエイルは転移魔術(テレポーション)の研究についての話をしているようだ。

 エイルとシギンは機械人たちのワープ技術の解析を急ぐと共に、魔王国から長距離の移動ができるようにと転移魔術(テレポーション)設備の開発に取り組んでいる。


 俺もエイルに頼まれては研究に協力している。

 ひとつの物がだんだんと形になっていく様を眺めているのは感慨深いものがある。

 歴史的瞬間に立ちあっている感じだ。


 魔王だけが使える転移魔術(テレポーション)

 その技術を一般市民へ。

 前代未聞の挑戦にある女たちが立ち上がった。


 転移魔術(テレポーション)解析の壁が道を阻む。

 圧倒的な人材不足。

 次々と問題が降り注ぐ。


 これは異世界人の少女たちが挑む伝説の物語である。

 プロジェクト、エーッ○ス。


 ……話が脱線してしまった。


 ともかく、セリアは転移魔術(テレポーション)設備が確立出来たら魔王国の運送手段として利用を検討しているらしい。

 通常運用が始まればありとあらゆる流通が変化するだろう。


 とまあ話を聞いているくらいはできるんだけど、料理の話や小難しい話はついていけない。

 俺は蚊帳の外になる。

 うーん、寂しい。


 卵焼きに舌鼓を打ちつつ、厚切りベーコンをモグモグしていると、シャウナが話しかけてきた。


「そういえば。レイキの言っていた本を探しておきましたよ」

「おぉ、霊術の本、見つかったんですね」


 魔神王はもっと勉強をしろと言っていた。


 勇者や機械人オメガの話もある。

 対消滅魔術(アナイアレイション)英雄憑依霊術ヒロイックアクティベーションだけでなく、多くの魔術の特性を理解して戦術を編み出していかなければいけない。


 そこでシャウナにお願いして魔王国の図書館から霊術関連の本を探してもらうようにお願いしていたのだ。


「忙しいのにすいません。仕事のほうは大丈夫ですか?」

「問題ありませんよ。ほぼ実務は後任の方にお任せをしていますので、時間の余裕があるんです」


 思えばこんなゆっくりとした時間が取れるのもここ最近の話だ。


 魔王国の運営は安定期を迎えている。

 そこで、皆が抱えていた業務を少しずつ引継ぎしはじめたのだ。


 まず、軍務。

 亜人族の王姫三人。

 それといつぞやに謁見を申し出てきた、人族の女将軍、同じく人族の王女。

 この五人は人柄も良く指揮をとる能力もあるので魔王軍の将軍に抜擢された。


 魔王軍の将軍は防衛を任された地域であれば開戦・停戦の権限まで与えられている。

 魔王国の防衛方法については完全にお任せ状態になっており、決裁だけがセリアの元に降りてくるように変えたんだとか。


 次に、政務。

 これはアウローラを補佐していた官僚たちとセリアを補佐していた官僚たちが方針を決めている。

 おかげでアウローラとセリアの負担がかなり軽くなった。

 決裁だけはアウローラ、セリア、最後に俺に回ってくるのは変わらない。

 

 問題があれば、アウローラとセリアが待ったを掛けるわけだ。


 おっと、国営事業についても話しておこう。

 国営の伐採地、採掘地、また、アヴァロンを含む国営店の管理はアウローラの官僚へと移っている。

 陽織とシギンは顧問としてだけ名前を残しており、新しい企画や商品の立案をアウローラの官僚たちへ提出するだけを仕事としている。


 最後に、外交。

 亜人族を含む外交を担う人材を雇用して、亜人族への訪問など実務をシャウナから後任の人物へ移してある。


 以上。

 ざっくりと説明してしまったけれど、皆は魔王国の業務から解放されつつあるのだ。


 いかん、何の話をしていたんだっけか。

 そうだ。

 霊術の本を探してもらっていた話だ。


「本は図書館ですよね?」

「はい、机に積んでありますので案内しますよ」


 勉強は嫌いだけど勝つためには努力も必要だ。

 朝食を終えたら図書館へ向かうことにした。

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