第六十九話 蛇足 「夜の魔王姫」
駄文です。
思いついてしまったので書いてしまいました。
英雄憑依霊術のおかげで夜の生活は楽しい。
野獣となったセリアは驚異であるが、夜の英雄の技をもってすれば負けることはない。
連日の勝利に俺は浮かれていた。
いまも息も絶え絶え熱い吐息を漏らす、アウローラ。
いまのところ負けなしである。
ふ、敗北の味を知りたい……、なんてね。
「……納得、いかん。何故に体力のないレイキが、そんなに……。何か手妻があるだろう!」
「な、ないよ、そんなもの……。いちゃもんつけるなよ」
アウローラはベッドに寝転がりながら恨みがましく睨んでくる。
俺は視線をそらす、
「……たいだ」
アウローラがやおら身を起こす。
形の良い胸がふるんと揺れた。
胸に視線を奪われてしまっていた全然聞き取れなかった。
「なんだって?」
「交代するぞ!」
アウローラは叫ぶ。
魔術を発動させると虹色の光に包まれた。
光が晴れる。
筋肉に覆われた細身の体。
そこには、燃えるような朱色の髪を短く切り揃えた青年の姿があった。
性転換魔術の効果を受けたアウローラだ。
やや声変わりのはじまった少年の声が投げかけられた。
「性転換魔術を使え。貴様のまやかしを暴いてくれる」
「うぇぇ!? ちょ、おま、……ふざけんな! そんなことできるか!」
男女を入れ換えて……だなんて、冗談ではない。
にじり寄るアウローラからはたふたと逃げ回る。
逃がさんと立ち塞がるアウローラにベッドの中に追い込まれた。
やめろ、その聖剣を俺に向けるんじゃない……!
「魔術を使わずそのままでも余はいっこうに構わんぞ。女のように泣きわめくレイキを眺めるのも一興だ」
アーッ。
それだけはやめてくれ、俺は新しい世界に目覚めたくはない。
「お前の性癖はおかしい!」
「ククク、なんとでも言え。さあ、覚悟しろ……」
男か女か。
百万歩譲っても選びたくない究極の二択だった。
アウローラの体が迫ってくる。
数秒間。
悩む時間すら与えられない思考の末、俺は性転換魔術を発動させた。
男のままよりはまだマシだろうと、思ったからだ。
アウローラがニヤリと笑う。
「愛らしいぞ、レイキ。なかなか良き趣向だ」
「く……っ、そっちこそ。吠え面かくなよ……!」
この姿でも霊術は問題なく使える。
夜の英雄を呼び出すべく、英雄憑依霊術はを使用した。
あれ?
霊術は発動しているのに力が宿らない。
再度、発動させるが効果はない。
ザァーと冷たいものが頭から背中に流れ落ちていった。
血の気が引くとはこの事だ。
「どうした、レイキ。顔色が悪いなぁ……ククク……」
「ちょ、……タイム、まて……まっ…………!」
止める間もない。
立場の逆転した性獣に組み伏せられてしまった。
嵐のような夜が過ぎ去り夜が明ける。
気づけば、小鳥の鳴き声が外から聞こえてきていた。
「ぅぁー…………」
寝返りを打って仰向けになる。
昨日の夜は思うがままにお楽しみされてしまった。
俺だって初めてなのに。
まだ最初だから遠慮していた嫁に要求していないこともあったというのに。
アウローラは全く頓着しなかった。
あんなことをされて、そんなところまでやらされて、精神的にズタボロである。
精神統一霊術を発動させていなければ、顔を覆い隠してベッドをのたうち回りかねない所業だ。
黒歴史だ。
封印された歴史としよう。
「やはり何かの魔術で強化していたようだな」
アウローラだ。
すでに性転換魔術は解除しており、女性の裸身を惜しげもなくさらしていた。
「……そりゃあ、体力がないことは自覚しているからね。先にへばっていたら格好がつかないじゃないか」
「男の矜持というものか。わからんでもないが、余は気にしない。ありのままのレイキを受け容れるつもりだ。要するに余計な気を回すなという事だ……」
力強いレイキも悪くはないのでアレはアレで良いがな、と小さな声で呟いている。
アウローラが温もりを求めるように寄りつく。
細い指先が俺の胸元にぺたりと張り付いた。
「か弱いレイキも悪くなかったぞ。ふむ……、皆にも教えておいてやるか」
「おい!?」
ないとは思うけど、我も我もとなったらどうするつもりだ。
こんな経験はもうたくさんだ。
そこへ、矢継ぎ早に念話魔術がなだれ込んできた。
一対一のプライバシー念話になっている。
「玲樹、いまアウローラから聞いたんだけど……」
「レイキ、いまよろしくて? アウローラから伺ったのですが……」
「あの……、レイキ、つかぬ事をお聞きしますが……」
犯人は言わずもがな。
横から忍び笑いが聞こえてくる。
「クックック……あーあ、言ってしまった。夜が楽しみであるな、レイキ」
悪魔だ、悪魔がいる。
嗜虐に満ちた微笑みを浮かべるアウローラの背に、蝙蝠の翼が生えている幻視が見えた。
夜の英雄憑依霊術は相手と合意の上、正しく使いましょう。
大魔王様との約束だ。