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第六十七話 「知らぬが仏」

 近頃は円卓会議室に集まってばかりの気がする。

 人目がないから秘密の話をするにはうってつけなんだよね。


 円卓に座する面々に問いただす。

 無論、集まっているのは、陽織、シャウナ、エイル、アウローラ、セリア、シギン、だ、


「縁談の話はなくなったはずだろ? どうしてこんなことになっているんだ、説明してくれ」


 しんとする会議室。

 俺は首を傾げた。

 いつもならアウローラの強気な発言があっておかしくない。

 しかし、アウローラを含めて皆が俯いたままだ。


「……どうしたんだ?」


 誰も答えない。

 重苦しい空気だけが深まっていく。


「黙っていたところでしょうがないんじゃないかな~、悪い報告は早めにしないと」


 意外にも、話を切り出したのはエイルだ。

 それよりも悪い報告ってなんだ?


 アウローラが重い口を開く。


「先の戦争で宝物庫を荒らされた。国庫の財宝を奪われて運営が回らん。いまは、手形で何とか凌いでいるが……支払いができぬとわかれば、紙くずになる」

「宝物庫が? 機械人がお金に興味をもつとは思えないんだけど……」

「機械人かどうかは不明だ。だが、奪われたことは事実。魔王国の財政は危機に瀕している」


「国営事業の稼ぎで何とかならないのか……?」

「やってるけど、元手を宛にしてた部分があってそれが回らないのよね……、まいっちゃうわ……ほんと」


 宝物庫は一回だけ見たことがある。

 宝石や金細工の他にリリエンソール金貨を詰め込んだ袋が山積みになっていた。

 あれの総重量は凄まじいことになっているから担いで逃げるなんて当然無理だ。

 重力霊術(グラビティ)収納魔術(インベントリ)のような魔術が使えない限りは。


 もしや魔神王が?

 俺の知らない時間を停止させていたのか。

 でも、彼は召喚獣だ。

 さすがにあり得ない。


 いったい何者の仕業なんだ。


「財宝が奪われたのはわかった。でも、なんで縁談が進められているんだ?」


「断っていたのですけれど、……どこからか財宝が奪われた件を嗅ぎ付けた者がおりまして……。婚姻の持参金をリリエンソール金貨で二○○○枚支払うと提示してきたのです。金貨を積まれても困ると突っぱねましたら、断れば空手形の事をバラすと……」

「……脅されてるのかよ。俺が洗脳魔術(マインドブラスト)で片付けてこようか?」

「縁談を断っても魔王国の財源は確保できん。……ならば素直に縁談を受けたほうが良いと結論に達したのだ」


 持参金目当てで縁談、て。


「……お前らな、勝手に大魔王を売るんじゃない!」

「……すまぬ。先の戦いで無様を晒した挙げ句、このような策しか思い浮かばぬ。余は、……無力だ」


 ほろりとアウローラの眼に涙が浮かぶ。

 衝撃である。

 アウローラが泣くなんて初めて見た。


 俺は細心の注意を払いつつ宥めにかかる。

 精神統一霊術(クールマインド)で冷静さを取り戻す事すら忘れていた。


「お、落ち着けよ。お金は稼げばいいんだ、そう、何か……良い金策術とか、ないのか……?」

「古代遺跡を探索するとかは考えてみましたが、換金や査定に時間が掛かります。他国を侵略するのはもっての他ですし……、案がないのです」


 シャウナの耳が力なく垂れている。

 それに、あんなに元気のない尻尾を見るのは初めてだ。


「それなら、潤滑魂(マナ)を使ってリリエンソール金貨を生成すればいいんじゃないか……!」


 俺は即座にリリエンソール金貨を十枚精製して並べる。

 これならば魔王国の財政は無限大になるんじゃないのか?


 陽織は眩く輝く金貨を二枚手に取り見比べる。

 そして、溜息をつく。


「ダメよ、玲樹。魔王国で奪われた金貨がどこで使われるのかわからない以上、下手に金の流通量を増やしたら経済が混乱するわ。それに、私たちの世界の貨幣と違って不揃いだし、玲樹の潤滑魂(マナ)だと綺麗な金貨になっちゃうんじゃないの? 金、銀、銅、の含有量の調整もあるのよ? これ、すべて金で出来ているじゃない」


 確かに潤滑魂(マナ)で生成する人工物はコピー品の製造になる。

 一つ一つを異なる形状にするのは不可能だ。

 金貨に含まれる金属調整はできるだろうけど生成に時間が掛かる。


 って言うか、金貨って言うから金で出来てるんじゃないのかよ。


 陽織の補足によれば硬貨として使う硬さのために混ぜ物を入れるんだとか。

 俺が作った金貨は両手で持つとくんにゃりと曲がってしまった。


 他に何か、何か手はないのだろうか。

 頭を抱えながらうんうん悩んでいると、ポンポンと肩を叩かれる。

 エイルだ。


「ボクから告げるのもなんだけど。ご主人様(マスター)、縁談を受けて結婚して欲しい」

「は、はは……、本気、か……?」


 エイルの言葉に乾いた笑いしかでない。

 円卓を見渡した。

 皆の真剣な眼差しにごくりと生唾を飲み込む。


 無言の時間が流れる。


 じょ、冗談じゃ……。

 おい、誰かフォローしてくれ……!


「本当に嫌なら逃げればいいんじゃないですか」


 皆の視線が集中する。

 声の主は、シギンだった。


「魔王国を捨てて、ヴィーンゴルヴを動かして、日本へ向かう。最初はその目的だったのではありませんか?」

「それは……」


 すべてを放り出して逃げてしまえ。

 嫌なことを無理して続けることはない。

 そんな気持ちが首をもたげてくる。


 待てよ、と内なる声も聞こえてくる。


 レオンにガス、アリチェの顔が過る。

 大魔王様に感謝しているのです、と言っていたアリチェの言葉を思い出す。


 本当にすべてを捨ててしまっていいのだろうか。


「逃げる手助けはします、今後は大規模な人助けはしないようにしましょう」

「……っ、待て、……待ってくれ」


 いままで任せきりだったのだ。

 むしろ良くやってくれていた。


 よくよく考えてみろ。

 下手すれば魔王国がバラバラになってしまいそうな難局だと言うのに打開策を見つけてくれているのだ。

 俺の犠牲で済むのならマシな方ではないだろうか。


 ここですべてを打ち捨てて逃げるのは、陽織たちの努力を無にすることになる。


「……わかった」


「ちなみに相手はどんな人なんだ?」


「亡国の姫だ。誠に映えのある性格……ぇほん! 悪くない性格、と思われる……」

「うんうん、ご主人様(マスター)なら上手くやっていけるよ」


 アウローラ、エイルが並んで頷く。


「俺が結婚しても、いままで通りに助けてくれるんだよな……?」


「当たり前です。末永くかわ……、コホン……、貴方のために力を奮いますよ」

「研究させてもらえるならいくらでも助けますよ。ギブアンドテイク、です」


 シャウナの言葉にシギンが賛同する。

 俺は心を決めた。


「……わかったよ、結婚するよ」

「決心して下さったのですね……! わたくしの愛……、んん。……いえ、レイキの判断を心から尊重致しますわ」


 お金のための結婚は気に食わないけど、せっかくここまでやった魔王国だ。

 ここで終わらせてしまうのは惜しいと思ってしまった。


 前向きに考えよう。

 きっと良い人と巡り合わせになると。

 申し訳ないのは陽織か。

 恋人の関係は解消となるわけだし、落ち込ませてしまうかもしれないな。


 俺は陽織に向き直る。


「陽織、おい……?」

「ふふふ、ふふ……。ついに、……ついに……、うふ、うふふふふふ……」


 当の陽織に声かけようとして躊躇う。

 何やら虚空を見上げて怪しげな笑みを浮かべている。


「おい、……おい! 大丈夫か、陽織?」

 トリップしている陽織の肩を掴む。

「……ふへぇ!? はい、はい、はいはい!? ……、大丈夫だよ。どうしたの、玲樹?」

 ゆさゆさと揺さぶってやるとようやく我に返った。


「どうしたのじゃないよ。俺とお前は恋人同士だったろうが、……その、これまで通りの関係とはいかないけど、……よろしくな……」

「うん、うん、……そうだね、今までの関係とは違っちゃうよね……、これからもよろしくね、えへへ……」


 ニマニマと笑いながら陽織は言う。

 本当にわかっているのかな、コイツは。


 その後、結婚式についての詳細な日程を教えてもらった。

 開催日は二週間後。

 式は大聖堂で行われる。


 ずいぶん時間が空くんだなと思ったけど、衣裳制作やら式場準備やら手間がかかるんだそうな。

 結婚式と言うのも大変なもんだ。

 俺は準備をしなくていいのか尋ねると、式の流れを覚えるくらいで、あとは全部やってくれるらしい。

 待っているだけで良いみたいだから気楽なもんだ。


 大魔王が結婚する。


 話を聞きつけた名のある役職者たちはこぞって挨拶に訪れた。

 亜人族からは王姫とそれぞれの種族の王がやってきた。


 出席する者たちを泊める宿が賑わい、露店がそこかしこで物を売り始める。

 魔王国は自然と盛り上がり華やかになっていった。


 そして、いよいよ結婚式当日となった。

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