第六十四話 「選択肢」
オメガ、と名乗る人物の提案は仮想世界を脱出すること。
魅力的な提案だ。
ただ、オメガの提案は俺だけを誘っているように聞こえる。
仮想世界に取り込まれてしまった世界や世界の人々は無視なのだろうか。
「仮想世界の脱出は、俺とお前の仲間だけの話なのか? この世界はどうなるんだ?」
「疑問は最もだと思います。第一段階は限られた人員で仮想世界を脱出、仮想システムの掌握を目指します。仮想世界に囚われている物理世界を解放する方法を調査しないといけませんからね。仮想システムの解析が終わり、現実世界への帰還の目途が立てば、物理世界の切り離しをはじめます」
オメガの説明は理に適っている。
仮想システムはフェミニュートが守っているから少数精鋭でいくのはわかる。
仮想システムがどんなものかまったくわからないから、現実世界に復帰するにはどうすればいいのかさっぱりなわけで、調査も必要だ。
仮想世界の脱出はしたい。
同じ目的を持つ者同士手を取り合うのは賢い行動だ。
オメガの提案に乗るか?
いやいや、ちょっと待て、と内なる声がする。
それを決める判断の基準は、オメガを信用できるかってことだ。
「仮想世界の脱出についてはわかったよ。次の質問だ。なんで他の世界を侵略するんだ? 協力者が欲しいにしても穏便な方法があるだろ。ミシュリーヌを攻めている理由もわからない、なんでだ?」
骸骨の男は額を手で覆う。
なんて言えばわかってもらえるだろうかと思案するように、ゆっくりと話しはじめる。
「……仮想世界に進出しているフェミニュートに対抗するためには軍隊が必要です。軍隊を維持するためには、工場や、資源が、必要になります。機械人は私一人しかいませんからね。戦力がいないのです。……仮想世界の脱出にはフェミニュートの指揮官クラスを捕えることが必要不可欠。多少の犠牲は目を瞑っていただきたい」
「……犠牲にされる方はたまったもんじゃないな」
俺の呟きに、オメガはわかっていますと頷く。
物事を成し遂げるには犠牲はつきものであると言いたげだ。
「当然のことですが。ナガレさんと協力関係になれば地球は攻めません。お仲間にも危害を加えることもありません。……敵対して共倒れになるよりは、フェミニュートから仮想システムの管理者権限を奪い取るために共闘するのが最善と思います」
地球や魔王国が見逃されるならば共闘したほうがいいんじゃないか、と考える気持ちはある。
フェミニュートたちの研究が終われば仮想世界は解体される。
エイルやシギンは研究を完成させれば仮想世界から連れ出してもらえるよと言うけれど、信用しきってしまっていいのか、と思う。
研究が上手くいかなければどうなる。
研究が完成してもエイルやシギンはともかく他のフェミニュートが拒否したらどうなる。
また、オメガたちを止めなければならない、と焦燥感も覚える。
エイルたちの話によれば、仮想世界のハッキングを考える勢力が居た場合は問答無用で仮想世界を破壊してしまうらしい。
もし、オメガの存在を仮想世界を管理しているフェミニュートたちに知られたら……、終わりだ。
「仮想世界の奪取が、もし外の世界のフェミニュートに知られたら……どうする? 絶対に大丈夫と言えるのか?」
「――仮想世界を破壊されると危惧しているのですね、ナガレさんは。そのお話は勇者さんが連れていたフェミニュートから得ています。……ご心配なく、すでに一部のシステムは掌握しておりまして……、仮想システムのシャットダウンコードやデータベースのデリートコードの最上位実行権限は潰してあります。仮想世界を強制停止されることはないと思っていただいて構いません」
「……マジかよ」
オメガはすでに仮想システムへのハッキングを開始している。
実行権限を潰すってのはよくわからないけど、仮想システムを全掌握するのも時間の問題という事なのだろうか。
「……その代わりシステムを少々破壊してしまって、際限なく物理世界を取り込むようになってしまいましたけど。プログラムを読み間違えちゃいました、ハッハッハ」
「笑ってる場合か! 際限なく取り込んだらどうなるんだよ!」
「容量限界に到達したら、仮想システムがパンクして強制停止するんでしょうねぇ……」
結局、止まるんじゃないか。
やるだけやって「システム壊れちゃった、でも動いてるからいいよね」とかやめてほしい。
「安心してください。少なくとも仮想世界の時間で一○○○○年くらいは持ちますよ」
それを一○○○○年後に仮想世界で生まれる奴に言ってやってほしい。
間違いなく腰の利いた正拳突きを顔面に叩き込まれることだろう。
まあ、それはいいか。
問題の先送りはいつの世も常である。
オメガは再度、問う。
メタリックに輝く手の平を差し出してくる。
「さて、ナガレさん。一緒に仮想世界を脱出しませんか? 悪い提案ではないと私は思っています」
共闘か、闘争か。
俺の選択は――。
「断る。お前を、そこまで信用できない」
必要だからと言って他所の世界の人間をバンバン殺しているような奴が、最後まで共闘してくれるかどうかわからない。
それに、陽織たちをボコボコにしてくれた奴といきなり仲良し小良しでいきましょうとはとても考えられなかった。
「……そう、ですか……残念です」
オメガは肩を落とす。
金属の掌ががっくりと下がった。
恋に破れた乙女かよ。
そんな落ち込まれると凄い悪いことをした気分になってくるじゃないか。
「共闘とはいきませんでしたが……、今後、魔王国に攻め込むことはしません。互いに干渉しない関係であり続けたいと思います」
「そうしてくれるとありがたいな」
オメガは懐から何かを取り出す。
ギターピックのような金属片を投げて寄越してきた。
いきなり大爆発したりしないだろうな。
おっかなびっくりギターピックをキャッチする。
「気が変わったらご連絡を。そのチップは通信端末になっています」
鑑定魔術でギターピックを調べると、キベルネテス製の通信機器と分かった。
特に仕掛けもなさそうだ。
収納魔術で魔力に変換して仕舞っておく。
オメガは無防備に背を向ける。
「皆さん、帰りますよ! ほら、勇者さん……立って立って。カイゼリンは、あー……いけません、……修理しないと。マリルーさんも担いでいかないといけませんね」
オメガは大破して動けないでいる褐色肌の女性とマリルーを両脇に抱える。
どちらも機械だから相当な重さがあるだろうに。
機械の体だから力は強いのかもしれないな。
勇者は再生魔術で左腕を治癒している。
僅かに残った盾の破片を大事に抱えていた。
そんなに大事なものなんだろうか。
「……大魔王、お前は……いずれ、俺が殺す。覚えとけ」
物騒なことを言い放つ、勇者。
俺はしっしっ、と手で追い払ってやる。
「お前はとっとと異世界に帰れよ。俺に構ってる場合か」
「帰るさ、お前を殺ったらな」
勇者は踵を返す。
いずれまた相見えるだろう。
オメガも見ていることだしここで叩き潰しておくわけにもいかない。
力をつけて勇者に追い抜かれないようにしておかなければ。
オメガはぺこりと頭を下げる。
そして、光に包まれて消えた。
褐色肌の女性とマリルーと勇者の姿も光の中に呑み込まれる。
ワープ技術だろうか。
東の空から陽が差そうとしていた。
朝だ。
魔獣の平原のかなたに見える山が淡い紫から橙色に変わろうとしている。
これからどうしよう。
陽織たちの治療。
魔王国の再建。
それから、どうしよう。
俺は疲れた頭でぼんやりと考えていた。