第六十三話 「憤怒」
ほつれた髪を整えつつマリルーが立ち上がった。
破損した胸元から激しい電光が生じる。
装甲には微細なヒビが入り、立ち上がろうとすると破損した金属片が剥がれ落ちていく。
大損害だ。
関節部からは歪んだ金属のこすれ合う音が聞こえてくる。
「……システム、スキャン……モード、起動。耐久値三○%……、左腕、脱落。胸部、大破。メインウエポン大破……、ハンガーウエポン装着」
スカートに隠された格納庫からソードビットを六本生成する。
魔力の残滓を振りまきながらソードビットが守るように立ち塞がった。
「……動きが、良くなった。魔術の威力が変わ、った。……何故だ。魔神王が現れて、消えたと思った間に、何が、起きた……」
相変わらずの無表情。
しかしながら声は困惑の色を隠せていない。
「魔神王は時間を停止させる魔法を使えた。時間を停止している間に新しい魔術を教えてもらっていたんだよ、お前に勝つためにね」
「……時間を止める魔術など存在しない」
マリルーはひそかに修復魔術を発動させていた。
ソードビットで体を隠しながら胸部装甲と左腕を修理している。
質問は時間稼ぎか。
「魔術じゃなくて魔法だ。称号に関係ない力なんだろ。俺が使っているのも称号に関係ない力の合わせ技だ、お前には防げない」
「……システム、ターミネートモード再起動。防ぐなどと生ぬるい戦法をとるつもりはない。貴卿の一撃の前に、我の一撃を叩き込む」
マリルーは闘気を集めて練り上げる。
「そう何度も先手を取らせるか!」
俺は闘気推進闘術で前にでた。
大地を疾駆してソードビットの待ち構える範囲に飛び込んでいった。
ソードビットが一斉に反応する。
「……愚か者め。なます斬りにしてくれるわ……!」
一本目のソードビットが刀身を突き入れてくる。
遅い。
右手で刀身を滑らせて柄を握る。
一本目のソードビットを力任せに振り回して、背後に控えていた二本目と三本目のソードビットを両断した。
鮮やかな爆発の花が咲く。
「……なに……!?」
まだ終わりじゃないぞ。
振り抜いた勢いのまま一本目のソードビットを投擲する。
狙いたがわず四本目のソードビットに撃ち貫く。
双方、硝子のように砕け散る。
これで四本のソードビットを破壊だ。
残りの五本目、六本目のソードビットに掌を向ける。
反物質を撃ちだす魔術、対消滅弾魔術を放ち、一撃で消滅させた。
マリルーを守る壁はなくなった。
勢い落とさず距離を詰める。
「……速すぎる、化け物、か……!」
マリルーの顔が驚愕に歪む。
涙と言い、表情と言い、強烈な揺さぶりがあると感情が見えてくる。
この少女は機械に改造されているけれど、人間らしい部分はけっこう残っているんじゃなかろうか。
「失礼なこと言うなよ。まだ、人間だぜ!」
捕まえたらあとで背後関係を話してもらおう。
そのためには、殺さない程度に戦闘不能にする。
俺は滅砕掌をマリルーにお見舞いする。
右腕の射突武器で迎え撃つ、マリルー。
そんなものは無意味だ。
滅砕掌の打撃でマリルーの右腕が消滅した。
上段、下段の蹴りを放つ。
打撃の瞬間に対消滅魔術を発動。
左腕と左足を完全に破壊する。
「……く、……、ば、かな」
茫然自失。
マリルーは半ばから失われた腕を見つめるのみ。
「終わり、だ!」
赤の瞳が悲しげに揺らぐ。
可哀想だけど仕方がない。
止めとばかりに渾身の闘気掌を顎に叩き込んだ。
強烈なアッパーカットにマリルーの体が舞い上がる。
通りの家を飛び越して市街地中央の広場へと落下していった。
あそこは俺とセリアが石像劇を見ていた広場だ。
俺がマリルーを追って広場に入ると、パチパチパチと軽快な拍手が聞こえてきた。
「素晴らしい! とても素晴らしい! 最高だ、ナガレさん。貴方はやはり見込んだ通りの人だ!」
拍手をする人物。
広場には全身が金属でできた骸骨の男がいた。
みすぼらしいローブを頭から羽織って機械の体が見えないようにしているが、炎に巻かれた強風が吹きぶさむたびに、脚の機械部分が露わになっている。
奴が総大将ってわけか。
俺は警戒を緩めぬままに骸骨の男を睨む。
「……誰だよ、お前は」
広場に立つ人物は他に二名。
日本刀を提げた褐色肌の女性と剣と盾を持つ長躯の男。
男のほうは見たことがある、って言うか勇者じゃないか。
連戦の予感をひしひしと感じつつ、油断なく辺りを見渡す。
と、広場に累々と転がる人に気づいた。
「……陽織!? ……、アウローラ、先生! ……エイルとシギンも、か」
陽織とエイルとシギンは全身が血に染まっていた。
出血多量で死んでもおかしくない。
見れば刀傷のようで、どれも浅く嬲るような傷跡が服の隙間から見えている。
どれも致命傷には至らない痛みだけを感じるものだ。
アウローラとシャウナは強烈な一撃を背中か腹に受けている。
致命傷にも関わらず放置されている。
魔力と闘気が残っているようだから死にはしないだろうけど麻痺状態らしい。
痛みに堪えつつじっとこちらを見つめている。
犯人は明らかだ。
「お前ら……ッ!」
頭が燃え上がるような強烈な感情が噴き上げた。
怒りだ。
自分が弾け飛ぶんじゃなかろうかと思うくらいの激情が駆け巡った。
「否定。以下、訂正。……ロボットも忘れている。返す」
褐色肌の女性が無造作に蹴り上げたものが転がってくる。
「……ライル……!」
頭と片腕、そして上半身の装甲だけとなったライルだ。
シギンに修理してもらえば復活できるだろうけど、あんまりな姿だ。
その瞬間に俺は何も考えられなくなった。
まさに、プツン――ッと体の中で何かが切れてしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくださ――!」
慌てて骸骨の男が両手を掲げて叫ぶがそんなものは聞こえない。
粉々に砕いてやる。
バラバラに引き裂いてやる。
頭を埋め尽くす感情に突き動かされて、気付けば走りだしていた。
「オメガ、聞こえちゃいねえよ! どのみちマリルーがやられてるんだ、一発ぶちのめさないとこっちの話を聞かせられないぜぇ!」
「敵対行動を確認。以下、事後申請。……大魔王を排除します」
勇者が喜々として前にでる。
褐色肌の女性も無表情のままどこか嬉しそうに襲いかかってきた。
絶対に許さない。
対消滅弾魔術では一発で終了してしまう。
そんな下らない終わらせ方で許せるはずがなかった。
俺は召喚魔術を発動。
サモン・インテリジェンスソードを呼び出した。
自立行動を禁止させて、自分の武器として扱うことにする。
続けて、対消滅魔術をサモン・インテリジェンスソードに纏わせる。
最後に英雄憑依霊術で古代の剣豪の魂を身に宿らせた。
「以下、感想。……非常に強そうです。ワタシを満足させてくれそうな強敵に悦びを禁じ得ません」
「……うるせーよ、死ね」
褐色肌の女性の腕がぶれた。
刀の刃どころか振るう腕まで見えないほどの剣速だ。
俺はサモン・インテリジェンスソードで剣閃を弾き返す。
刃が衝突するたび闘気の対消滅現象が発生して激しい光が迸った。
「以下、疑問。……ワタシの剣技を受けて折れない武器はないはず。未知のエネルギー反応を確認……解析開始……」
解析などさせて堪るか。
俺は大きく踏み込み、つばぜり合いに持ち込んだ。
そのまま制御をサモン・インテリジェンスソードに受け渡す。
空いた両手に滅砕掌を発動する。
そのまま腹部に強烈なパンチを繰り出した。
危険を察知したのか褐色肌の女性は腰を引いて回避する。
だが、避けきれていない。
褐色肌の女性の鎧がごっそりと削り取られた。
剥き出しの金属の内部機関がむき出しになった。
こいつも機械なのか。
もう片方の拳で左肩口を殴りつけた。
左の胸元から肩が喰われたかのように消え去った。
はじけ飛んだ左腕が地面を跳ねる。
「……!? 以下、警告。……致命的な、……損、傷……」
とどめの一撃とばかりにケンカキックを胸に炸裂させた。
褐色肌の女性はなすすべもなく吹き飛ばされた。
背後から勇者の声が聞こえてきた。
「……やりやがる……、強くなったじゃねぇかよ……!」
「お前も死んどけ……!」
サモン・インテリジェンスソードの制御を取り返す。
振り向きざまに剣を一閃させる。
硬い金属の感触が柄に伝わってきた。
横目で勇者を見据える。
振り向き様の不意打ちは盾で受け止められていた。
勇者というと盾持ってるしな。
実は盾も使えるんですって設定かよ。
でも、構いやしない。
サモン・インテリジェンスソードの持ち手を変えて、柄を両手で握りしめる。
盾ごと真っ二つにする勢いで斬りかかった。
勇者がニヤリと笑う。
構いやしない、と盾を目掛けて振り下ろす。
衝突点で対消滅魔術を発動させる。
サモン・インテリジェンスソードは対消滅に耐え切れずに塵より細かく分解してしまう。
衝突点にあった勇者の盾も勇者の腕の先ごと消失した。
勇者の腕から血が滴り落ちた。
「ぐぁぁ……!? な、に、……、俺の盾が……!」
呻く勇者の横っ面に本気の闘気掌をめり込ませた。
柔らかな肉と奥歯の砕ける感触を拳で感じた。
勇者は仰け反ったものの何とか堪える。
だが、剣を杖代わりに膝をついた。
「いつのまに、こんな……力を……」
「手加減してやったんだ、ありがたく思えよ」
「……ッ、手加減、だと……! ……舐めやがって、くそがぁぁぁあああ! ……く、くぉ……」
怒りに任せて立ち上がろうとするが、頭を揺さぶられたせいなのか勇者は一歩も動けない。
痙攣する膝を地面につけたまま睨み付けてくる。
いつまでも互角のままだと思うなってことだ。
淵ヶ峰高校時代の勇者戦では苦戦したけど今なら余裕で勝てる。
本気でやるなら瞬殺できるだろう。
鬱憤を晴らせたおかげか頭が冷えてきた。
そこへ、骸骨の男が声を掛けてくる。
「そこまでです。大人しくしていただきたい……!」
骸骨の男の腕には陽織が抱きかかえられている。
腕が折れているのか振りほどくこともできないようだ。
得体のしれない兵器を押し当てられたまま陽織は首を振る。
ぱたた、と涙が落ちる。
気にしないで攻撃しろと目が言っている、様な気がする。
出来るわけがない。
やばいな。
見捨てるなんて選択肢ができない以上、待ち受けるのはリンチのみ。
ぬわーーーーっ、てなるのは御免被りたい。
が、助けるためには命を捨てるよりほかない。
俺は無言で闘気掌を霧散させ、対消滅障壁魔術を解除する。
骸骨の男はほっとした様子で武器を下ろす。
動けない陽織を優しく地面に下ろした。
「……こちらに争う意思はありません、いまのは事故です。次はさせませんので話を聞いてもらえませんか?」
「何の話をするって言うんだ? 降伏条件の取り決めか?」
「違います。……ナガレさん、あなたはこの仮想世界から脱出したいと考えていませんか? 我々はいま仮想世界を脱出する術を模索しています、実現方法もある程度把握しています。どうでしょう、協力しませんか?」
そこまで一気に話し終えてから、はたと骸骨の男が手を叩く。
「申し遅れました。私の名前は、オメガ。機械人キベルネテスのオメガと申します」
骸骨の男、オメガは優雅に一礼をする。
仮想世界の脱出を目論むこの男の目的はなんだろうか。
俺はオメガの問いを反芻しながら返答に迷っていた。