第六十二話 「神の教示」
魔神王と大魔王。
マリルーが突如として現れた、魔神王に首を傾げた。
「……大魔王が二人。召喚魔術か……? だが、シェイプシフターにしては魔力が高すぎる……何者だ?」
魔神王は己の胸を叩く。
「魔神王だよ、鑑定魔術できるだろ。調べてみればいい」
「システム、スキャンモード起動。……嘘ではないようだが。二人が掛かりでこようとも我が武威に揺らぎなし。魔神王に対抗できる称号はいくらでもある」
マリルーは大剣を正眼に据える。
背中の巨大ブースターを広げると点火させた。
耳に痛い咆哮を上げながらブースターの噴射炎が細く長く伸びていく。
突っ込んでくる気か。
俺は闘気障壁闘術を展開して身構える。
魔神王は焦らない。
片手をポケットにいれたまま穏やかな表情をしている。
「レクチャーの時間が欲しいから静かにしていてもらおうか」
「システム、ターミネートモード起動。……そんな暇を、与えるとでも思うのか!」
マリルーが吼えた。
体が反り返るほどのパワーを受けて飛ぶ。
背部ブースターによって生み出された加速力でもって、彼我の距離を一気に詰めてくる。
「すぐに終わるさ、瞬きする間にね」
魔神王は性転換魔術を発動。
見目麗しき黒髪の女性へと変じる。
体はほっそりとありながら、緩やかな丸みを帯びた体つき。
服装まで女性のものに置き換わっている。
性転換魔術と共に服装も変えられるように魔術を改良したのか。
胸の谷間が見えてしまうセクシーな衣裳に目が移る。
未来の俺は成長著しい。
勿論、魔術的な意味だよ。
決して豊かになった体の話ではありませんよ。
魔神王が指を鳴らす。
「時間停止、発動……、一八○○秒」
刹那。
視界一面の色が消えた。
揺らめく炎が止まり、肌を焼く熱気が消え去り、風と音が死んだ。
突進してくるマリルーは空中で静止している。
俺と魔神王以外の時の流れが停止していた。
魔神王は自らの魔術の具合に満足したと言うように頷く。
こちらへ振り返る。
胸元を腕で隠すと顔を顰めた。
「どこ見てんだよ、気持ち悪ぃ……自分の体だぞ」
「俺の体じゃないと思うけどな。いやいや、それよりなんだコレ! 時間止められんの!?」
「女の体じゃないと使えないのが不便だけどな。あと、時間が止まっている物体には傷ひとつつけられない」
「あ、そうなの。制約があるんだ……」
「魔法と言えども万能じゃないってわけだ」
「で、時間を止めてどうするんだ? 作戦会議でもするのか?」
「言ったろ、レクチャーするって。どのみちお前の魔力総量じゃ、召喚魔術の維持時間もそう長くない。俺が消えてしまう前に、マリルーに対抗できる魔術を教えてやるから、そいつで戦え」
どうやら一緒に戦ってくれるわけじゃないらしい、残念。
召喚魔術の維持時間の問題もあるわけだししょうがないか。
「わかったよ。何を教えてくれるんだ?」
「まずは潤滑魂と魔術を使った攻撃と防御方法だ。……あんまり詳しい説明はできないんだけど、反物質って知ってるか?」
頭の中に残っているウィキ○ディア情報を必死に掘り起こす。
なんとなく覚えている。
「SFでの話くらいなら……消滅するんだろ?」
「色々とすっ飛ばしているけどそういう認識で良いや……、お前が大雑把なのは俺が良く知ってる」
魔神王は掌に野球ボール大の玉を生み出した。
魔力でも闘気でもない。
不思議なエネルギーの塊だ。
「潤滑魂で生成した反物質を魔素や闘素に置き換えて発動させる魔術、対消滅魔術。これを使えるようにしろ」
驚いた。
潤滑魂は生命を創りだすだけでなく、粒子レベルから物質の創造もできるのか。
「他の奴にも使えるのか? 魔神王なら使えるとか……」
「称号は関係ない。原理がわかれば他の奴にも使えるかもしれないけど、潤滑魂が扱えて、魔素と闘素に置き換えられて、魔術として制御できる、そんな奴は他にいるか?」
そんなアホな奴は他に思いつかないな。
魔神王の称号持ちなら使えるわけじゃなくて、超強化されている俺たちの専売特許と言うわけか。
「対消滅魔術は使い道が多い。防御として使えば、魔術も闘術も物理もすべて消滅させる、対消滅障壁魔術。攻撃として使えば、如何なる防御も削りとる、対消滅弾魔術。闘術に応用もできる……、まぁ、ちょっと練習してみろよ」
言われるがままに対消滅魔術を使ってみることにする。
初回は上手くいかなかったけどコツを掴むとすぐに反物質は作れた。
あとは制御と使用方法だ。
試行錯誤を繰り返しながら反物質の使い方を覚えていく。
数十分後、対消滅魔術を使えるようになった。
「攻撃と防御はこれでいいけどさ。いまって相手の動きについていけないんだけど、何か対抗手段はないのか?」
「あれ? 英雄憑依霊術、使ってないの?」
「何それ?」
「古代の英雄の経験を引き継げる霊術で、使用している間は闘気や魔力で身体能力が強化されるし、反応も良くなる。戦士の英雄を英雄憑依霊術すれば、近接戦闘も困らないで済むぞ」
「マジかよ、そんな情報どこで知ったんだ!?」
英雄憑依霊術はもちろん使える。
でも、頭に浮かぶ使用効果が曖昧だったので使ったことがなかったのだ。
古代の英雄を憑依させる、としか説明がないんだもの。
もしかしたら体を乗っ取られちゃうかもしれないし、効果が曖昧でよくわからない霊術は放置している。
「魔王国に図書館あるだろ……、アウローラやセリアがいろんな蔵書をせっせと集めてるぞ。ちょっとは勉強しろよ」
「自分に言われるとスゲェ納得いかない……」
「……言うなよ」
魔神王はついっと視線を反らして逃げる。
どこかで同じことを言われたに違いない。
それはさておき。
対消滅魔術と英雄憑依霊術。
この魔術と霊術があればマリルー戦を勝てるはずだ。
突破口が見えてきた。
「そろそろ時間だな。悪ぃけど、時間停止が終了したら俺は帰る。あと、がんばれよ」
「ああ、助かったよ」
じゃあな、と声を掛けようと口を開く。
そこで止まった。
目の前にいるのは未来から来た魔神王だ。
いまどんな生活を送っているんだろう。
見た目は大学生くらいに見える。
俺の知らない魔術を使っているから幾多の冒険を乗り越えているだろうし、生活環境も魔王国から動いているかもしれない。
何より皆はどうなったのだろうか。
好奇心に負けて問いかける。
「……そっちはどうなんだ。のんびり暮らしてるのか?」
魔神王はうっすらと笑みを浮かべた。
「すぐにわかるさ」
そして、時は動き出す。
世界に彩が戻ってくる。
街を舐める炎が猛り、熱風が街路を吹き抜ける。
甲高い噴出音が迫ってくる。
マリルーが大剣を引きずりながら空を翔る。
魔神王の姿が消えていく。
消費した魔力は大きいけれどまだまだへばるほどじゃない。
マリルーと戦うことくらいできる。
「……魔神王の消失を確認。維持できずに消したか、無駄骨だったな」
「そうでもないよ。有意義な時間だった」
俺は、対消滅魔術を発動。
反物質を生成して、闘気掌の闘素と置き換える。
重ねて英雄憑依霊術を発動させた。
染み入るように古代の戦士の記憶が蘇る。
そして、湧き上がる自己嫌悪。
今までに自分が使っていた闘気がいかに拙いものだったかを理解して少々がっかりとしてしまった。
闘術のプロってのは闘気の扱い方から違うんだなと思い知る。
肉薄するマリルーが宣告する。
「……四肢をもぎ、抵抗できないようにして連れ帰る。悪く思うなよ」
マリルーが大剣を振り抜く。
腰のスカートに装着されたブースターを使いさらに加速する。
旋回力を上乗せた豪快な回転斬りは俺の足を狙っている。
鉄塊とは思えない速度で振り抜かれた大剣。
俺は左手の手刀で受け止めた。
マリルーの大剣は半ばからごっそりと抉られて消失。
宙に浮いた先端部分が夜空にすっ飛んでいった、
対消滅魔術の効果をもつ闘気掌。
命名するなら滅砕掌って感じかな。
「……メインウエポン大破、破棄する」
マリルーは即座に大剣を捨てる。
左腕に備えた射突兵器を装填して繰り出してきた。
突き出される射突兵器を半身反らして回避する。
再び滅砕掌。
マリルーの魔力障壁魔術をごっそりと抉り取る。
伸ばされた左腕を掴み取ると、腕の付け根から力任せにもぎ取った。
これで終わりにはさせない。
左腕の射突兵器を回転させてマリルーの胸部装甲に押し付けると、膝蹴りを叩き込む。
衝撃でマリルーの体が浮き上がった
さらに射突兵器が誤作動を起こす。
射出された杭がマリルーの胸部装甲を貫いて大爆発を起こした。
もろに爆発を受けたマリルーは街路に叩きつけられる。
石畳を砕いて数メートルも転がってからようやく止まった。
ここから反撃開始だ。
俺はマリルーが立ち上がるのをじっと待ち構えた。