第五十九話 「無敵の盾」
本章はシャウナの視点で書かれています。
もう何度目かになるかわからない。
シャウナは再生魔術を発動する。
さらに、破損した鎧に修復魔術を掛ける。
見るも無残に砕けた胸甲と千切れ跳んだ兜の羽飾りが元通りに修理される。
アウローラは剣の握りを確かめながら礼を言った。
「忝い、師よ……」
「いえ、私が前衛をできないので。こちらこそ申し訳ありません……」
アウローラが敵の攻撃を防ぎ、シャウナはひたすら治癒に努める。
勇者戦でレイキとヒオリが取っていた戦法の焼き直しだ。
だが、この攻防にも限界がある。
いずれシャウナの魔力が尽きれば魔術が使えなくなる。
それに魔術で治癒と修繕ができたとしても体力を回復することはできない。
血を失ったアウローラの顔は青白くなってきている。
このままでは緩やかな敗北が待つのみだ。
シャウナとアウローラに対峙する者。
彼は血塗れの剣を弄びながら、高らかに笑声を上げる。
勇者である。
「ハハハァ、だいぶ出来るようになったじゃねぇか、なぁ、アウローラ。おまけにヒラヒラの綺麗な鎧まで身に着けちまって、まるで花嫁みたいだぜぇ……」
「ふん、復讐の日々は終わったのだ。それより……貴様が機械人とやらに組するとは思わなんだぞ、勇者。尻尾を振るようになったのなら紐付きの首輪でもつけてみたらどうだ。狂犬にはさぞかし良く似合うだろうよ」
「へっ、……別に手下になったわけじゃねぇよ。元の世界に帰るには仮想世界とやらを飛びださなけりゃいけないらしいからな。それまで共闘するだけの話だぜ」
「フ、畜生にも言い訳はできるらしい。いや畜生に失礼だな。機械人の目的も知らぬまま使われるのは狗にも劣る、人形だ」
勇者の瞳に剣呑な気配が潜む。
「うるせぇぞ、おしゃべりはお終いだ」
相変わらず舌戦では強い。
アウローラは勇者を挑発することで雑な攻撃を誘っているのだろう。
正攻法では勝ち目がないからこその奇策だ。
以前の勇者ならばアウローラでも勝てたはずだ。
勇者の技量は、淵ヶ峰高校でであった時よりも数段レベルアップしている。
シャウナでは全く歯が立たない。
戦神姫となったアウローラでもシャウナの援護がなければ競り負けるよほど強さになっている。
勇者もまた機械人に強化されたのだろうか。
厄介なことだ。
念話魔術で援護を呼び掛けているものの、セリアや陽織たちが反応する気配がない。
たぶん。
向こうも強敵に絡まれているのだろう。
「アウローラ、こちらはこちらで何とかするしかないようです」
「百も承知。この程度で苦戦するようであれば、レイキの隣で戦うなど夢のまた夢よ……!」
アウローラは闘気を剣に注ぎ込む。
方を付ける気だ。
いままでとは桁違いの闘気が剣に集束していく。
闘気の輝きは全身に至る。
アウローラは黄金色の光を仄かに放ちはじめた。
「へぇ、戦神姫の能力か。……主と認めた者の愛が強ければ強いほどに闘気を無尽蔵に引き出せるんだっけか?」
「いくぞ!」
アウローラが飛び出す。
一陣の暴風となって勇者に飛び掛かった。
「しゃあねぇな、本気出すか」
勇者は剣を右手に持ち替える。
そして、左手に魔術で呼び出した盾を装備した。
剣の対となる飾りが施された煌びやかな菱形の盾だ。
二刀流の勇者はともかく盾を装備する勇者は初めて見た。
いつものニヤニヤとした薄笑いもナリを潜め、鬼気迫る戦士の顔つきとなっている。
「しゃらくさい! 臆したか、勇者! 盾ごと叩き斬ってくれるわ」
大上段。
アウローラの剣が光の軌跡を伴って振り抜かれる。
硬質な音が轟いた。
振り抜かれた一撃を勇者は盾で防いでいる。
アウローラの動きは止まらない。
目にも止まらぬ連撃を打ちこんでいく。
凄まじい足捌き。
斬り込みの方向と角度を小刻みに入れ替えながら勇者を追いつめていく。
だが、勇者は対応している。
アウローラの大剣に盾を弾き飛ばされないように微妙に盾を傾けて威力を削いでいる。
絶妙な盾捌きだ。
「貴様、剣よりも盾のほうが……!?」
「勇者ってのは盾なんだよ。この世界に来てから使ったことは一度もないけどな」
勇者が盾に闘気を溜めている。
嫌な予感がした。
「アウローラ、下がってください!」
シャウナは無詠唱で泥縄魔術を勇者の足元で発動させる。
避けるか切り払われるだろうことは予想している。
勇者の気を引くための魔術だ。
が、地面から持ち上がろうとした泥は勇者に触れる前に崩れ落ちた。
「魔術は効かんぜ! この盾は俺がこの世界に持ち込んだ装備の一つ。魔力と闘気を吸収する!」
「ちぃ……!」
シャウナは戦法を変える。
魔術ではなく飛び道具で援護しなくては。
懐に隠し持っていたナイフを取り出そうとする。
「しゃぁぁぁぁ、らぁ!」
勇者の咆哮。
盾を構えてアウローラに迫る。
割鐘を叩いたような鈍い音が聞こえてきた。
アウローラの姿勢が崩れる。
羽飾りの兜が割れてこちらに転がってきた。
盾打撃闘術だ。
勇者が拳打の如く高速で撃ちだしてくる盾の一撃は、攻城槌で殴られているかのような破壊力を生み出した。
超高速の盾の乱打。
一瞬にしてアウローラの鎧が粉々に砕け散る。
勇者が剣を引いた。
刺突がくる。
「……アウローラ、避けて!」
アウローラは反応しない。
ダメだ。
盾打撃闘術にはダメージを与えた相手に気絶の効果を与える。
アウローラは気絶はしないまでも意識が朦朧としている。
勇者の刺突をまともに喰らってしまう。
前衛が倒れたら負ける。
咄嗟にシャウナは前に出た。
剣を抜く。
突進剣閃闘術を放ち、勇者の刺突を迎撃する。
ぬるん、と刃の先が滑った。
盾で剣先を反らされた。
ズグッとお腹に硬く冷たいものが押し込まれて、背中から突き抜けた。
シャウナの闘気障壁闘術など紙切れ同然であった。
せり上がってきた血が口の端から溢れ出る。
「クハハ、残念。本命はテメェだよ。シャウナ!」
「ぐふ……、炎の化身よ、我が敵に地獄の……、く、ぁぁぁぁぁぅ!」
勇者が嫌らしくも貫いた剣を動かす。
肉をねじ切るように腹をかき混ぜる。
レイキには偉そうな講釈を垂れていたが、痛いものは痛かった。
「無詠唱ができないと大変だな、魔術は使わせないぜぇ」
「がぁぁぁぁあああ――!」
勇者の背後から獣じみた雄叫びが上がる。
半分意識を失ったアウローラが本能だけで剣を振り下ろす。
「多少色気づいても根っこが変わらんな。狂犬はお前だ、アウローラ」
勇者は盾を仕舞う。
闘気掌でアウローラの剣を弾き飛ばす。
返す手刀でアウローラの首を一撃。
アウローラは完全に意識を失って崩れ落ちた。
「――麻痺魔術」
勇者の状態異常魔術が発動する。
シャウナは指先一つ動かせなくなった。
勇者は剣を抜くと、アウローラに折り重なるようにシャウナを放り投げた。
「さて。殺すなとのお達しだからな、しばらく大人しく寝てやがれ。……セリアもいるって話だから、あとで捕まえて三人並べて愉しんでやるよ……ククク、ハハハハハハ――!」
まただ。
また、この無様な展開だ。
魔王になってから運が悪い。
獣王姫の称号を手に入れたときは、もう魔物にも怯えることなく好き勝手に生きられると思っていたのに。
気づけば、勇者に命を狙われ、良くわからない異世界の敵に捕まり、周りはどんどん強い人で溢れていく。
そして、勇者に三回も負けた。
獣王姫の称号に頼っていられない。
もっと強くならなくては。
もし、無事に生き残れたら強くなるための研究をはじめよう。
――生き残れたら、です、けどね……。
シャウナはお腹の激痛を噛みしめながら、そんなことを考えた。