第五十八話 「戦狂の女帝」
本章は陽織の視点で書かれています。
陽織は冒険者に襲いかかろうとしていた魔物を屠る。
剣を握ったまま腰を抜かしている冒険者を起き上がらせた。
「戦闘はしなくていいから! 避難、急いで!」
「すま、す、すまねぇ、姐さん! あとは頼んますぅぅぅぅ!」
陽織の叱咤に冒険者のパーティが這う這うの体で走っていく。
「ちょっとぉー! 市民の誘導はしてよね!」
「わかってまさぁー!」
逃げる冒険者たちは親指を立てて応じる。
陽織は彼らを知っていた。
大して強くもない低ランクの冒険者だ。
だが、任された依頼を放り出さないことを矜持としていた。
無理はしないでほしいけど最低限の仕事だけはやってくれると助かる。
魔王国は敵に攻め込まれている。
敵を倒すのは任せてほしいけど、市民の誘導まではとても手が回らない。
冒険者たちが頼りだった。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
熱と炎に巻かれた市街地に響く悲鳴。
「もう、また通りの向こうなの……!」
陽織は疲れた体を鞭打って走りだす。
あの日の光景が過る。
日本が異世界に侵略されたあの日と同じ光景が目の前で繰り広げられていた。
助けられなかった友人。
血を噴出して倒れる姿。
まだ腕が動いていた友人に群がる魔物の群れ。
喚く私を必死で捕まえる玲樹の腕の温かさ。
すべてが昨日のことのように脳裏に焼き付いている。
あの光景を一生、私は忘れることはないだろう。
あんな光景は、二度と、自分の目の前ではやらせない。
闘気推進闘術で通りの家を飛び越える。
尻尾に取り付けられたチェンソーを振りかざす魔物の姿が見えた。
真っ白い木刀に流し込んだ闘気を放つ。
飛剣閃闘術は狙いたがわず飛翔。
魔物の尻尾を斬りおとした。
痛みに悶える魔物の隙を突く。
闘気推進闘術で中空を一気に詰めると気合の一閃でもって首を叩き折った。
崩れ落ちる魔物。
陽織はその傍らに着地した。
「大丈夫? 怪我はない?」
「は、はい……ありがとうございました、ヒオリ様」
礼を言う男。
連れている女性と子供は家族だろうか。
命を守ることができて良かったとほっと息をつく。
陽織は木刀を自分がやってきた方向へ差す。
「ここから南方面の敵はすべて倒してあるわ。急げば敵に合わずに避難所まで行けるはず。急いで!」
「はい、ありがとうございます!」
男とその家族はもう一度深々と頭を下げる。
そして、炎の消えつつある市街地へと消えていった。
「陽織~、こっちは終わったよ~」
空の上から呼ぶ声がする。
エイルだ。
飛行機械から飛び降りてきたエイルがこちらへ歩いてくる。
次いでカイザー・ガイスト装備のライルがシギンを乗せて降下してきた。
「こちらも終わった。解析の結果、敵はドラゴロイドと呼ばれる兵器らしいな……、機械仕掛けの魔物の最新形態だ」
「エルフたちが戦ったって言う機械の大蠍よりも強いわけね。他が大丈夫か、不安になるわ。あと残っている敵は何なの?」
「ドラゴロイドだけとするなら終わりだね、ん、……あれは、逃げ遅れかな……?」
エイルが炎に包まれる通りへ振り向いた。
陽織も噴き上げる熱気と陽炎の先にあるものに目を凝らす。
人だ。
人影が二人、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
シギンが叫ぶ。
「市民じゃ、ありません……! 敵です!」
陽織を含めて全員が身構える。
至近距離まで近づいてきた二人のうちの一人が、間の抜けた声を上げる。
「おや? こんなところで鉢合わせた。ひと暴れしなくて良かったからちょうどいいのかな」
全身金属で造られた骸骨の男と大砲を担いだ褐色肌の女性だ。
金属の骸骨はターミ○ーターかと思ってしまった。
ボロいローブを羽織っていると魔物のように見えなくもないが、あれはロボットと言って差し支えないだろう。
もう一人の女性はエキゾチックな中東風の美女だ。
きめ細やかな肌に流れるような髪は女として羨ましく思ってしまう。
が、ピクリとも動かない表情に人間らしさはない。
彼女もまたロボットなのだろうか。
異様。
敵として今までに見たことのない不気味さを感じさせる二人組だった。
「あなたたち、何者なの……?」
「僕はキベルネテス。機械人、キベルネテスという種族さ。名前はオメガ。君たちの世界で言うならば、姓がキベルネテス。名がオメガと言った感じだね」
そのまま骸骨の男は褐色肌の女性の頭をポフポフと叩く。
「この娘は、カイゼリン・ガイスト。そこにいるガイストの変異体を装備しているロボット君と似たような存在さ」
「肯定。ワタシの名称は、カイゼリン・ガイスト。……以下、忠告。敵に名乗りを上げるのは愚の骨頂であると罵ります」
「名乗らないとどこの誰なのかわかってもらえないよ。自己紹介は大切だ」
ちらりと骸骨の男がこちらを伺う。
相手に合わせる理由はない。
自己紹介などしてやるつもりはなかった。
「オメガにカイゼリンね。あなたたちが魔王国に攻めてきた、敵。そういう事でいいのよね」
「そうだよ。でも、滅ぼす気はないから安心してほしい。魔王国の実力を知りたかっただけなんだよ」
一面、炎に包まれた市街地を見渡す。
「実力を知りたいのなら模擬戦でも何でもあると思うけど。これじゃ、ただの侵略よ?」
「勿論、取るに足らない実力であるなら研究材料にするだけさ。君の横にいるフェミニュートだってそういう考えだったろう?」
そこへ心外だと、エイルが口を挟む。
「ボクらはもっと穏便だったけどね」
「ヒヒヒ……、仮想世界に問答無用で取り込んでしまう手法が穏便だって? そりゃ、可笑しな話だね」
「そうよ。元はと言えばあんた達のせいなんだからね」
敵からも味方からも総スカンを受けて肩をすくめる、エイル。
自覚のない悪人はこれだから困る。
肌を刺すような殺気を感じる。
褐色肌の女性、カイゼリン・ガイストが腰の日本刀を抜き放つ。
「……以下、申請。退屈です。会話は嫌いです。戦闘をしたいです。……よって、敵勢力を排除します」
カイゼリン・ガイストの周囲に濃密な闘気が垂れ込めた。
意識してやっているとするなら闘気量に自信があるのだろう。
闘気は無駄遣いしないように薄く均等に展開するのが良い。
闘気障壁闘術が良い例で、防御に特化しつつ闘気消耗量も少ない。
闘気に厚みを持たせて展開させれば攻撃にも防御にも使うことができるものの、常に闘気を垂れ流しにしなくてはならない。
無駄が過ぎる。
戦闘態勢になったカイゼリン・ガイストに骸骨の男が慌てていた。
「せっかちだな、君は!? しかも、排除しちゃだめだからね。無力化だよ。わかっているのかい?」
「肯定。……以下、訂正。可能な限り戦闘不能にします」
骸骨の男は頭を掻く。
すまないねえ、と呟きつつ言葉を続けた。
「……ちょっとやり過ぎてしまうかもしれないけど、頑張ってほしい。君たちの強さを教えてくれ」
実力を図るとか勝手な理由で侵攻してきたあげく、この舐め腐った態度。
さすがの陽織もイライラが限界だった。
「いいわよ、やってやろうじゃないの……。ぶちのめしてやるわ」
陽織は落陽昇月流の構えを取る。
闘気を全身に流し込む。
右手に持った木刀には重ねるように神気を纏わせる。
ライルが拳に潤滑魂力場を展開する。
エイルとシギンは重火器を実体化させると腰だめに構える。
魔王国城下町の通りで戦いの火蓋が切って落とされた。