第五十四話 「貢物」
何かがおかしい。
俺は本日二十九人目の謁見希望者を終えて困惑していた。
大魔王に謁見を申し出る人々は多い。
勿論。
誰も彼も会っていたら時間がいくらあっても足りないので、魔王国の重鎮が大魔王に合わせる前に用件を聞く。
例えば。
魔王国のギルドマスターであれば陽織が。
亜人族の使者であればシャウナが。
他国の難民を率いる代表者であればアウローラが。
それ以外の要人の謁見希望者であればセリアが応対する。
皆が用件を聞いて必要とする場合のみ大魔王との謁見が許される。
ハードル高すぎるだろ、正解率一%の衝撃ミステリーかな。
話を戻そう。
以上の説明を踏まえると、一日三○人という謁見希望者数は異常なのだ。
しかも、吟味されてくる謁見希望者は他国の偉い人ばかり。
俺が畏怖魔術で実現している『なんちゃって王者の風格』ではなく、生まれながらにオーラを身に着けているような人たちがやってくる。
少数の国民を連れて命かながら逃げ延びた小国の王女様、とか。
滅びた国をどうにか脱出できた近衛兵団をまとめる女将軍、とか。
原因は戦争だ。
機械仕掛けの魔物たちに負けた人々が魔王国を目指してきているらしい。
何で謁見希望者が女の子ばかりなのかは知らないよ。
俺が希望しているわけじゃないことは明言させていただきたい。
謁見希望者は魔王国での庇護を求めると共に貢物を捧げていく。
王国の秘宝であったり、財宝であったり、はたまた人であったり。
人である。
奴隷だとか召使だとかを城内で使ってやってほしいと言うのだ。
酷い人だと謁見者自らが大魔王に奴隷としてお仕えするなんて言い出す。
さすがにそんな人は無償で保護している。
ただ、メイドさんが増えるのは助かる。
魔王城は広すぎるため使用していない部屋は鍵を掛けて使えないようにしていたくらいだ。
増員によって魔王城はどこの部屋でも使えるようにしておくのがいいだろう。
何かの役に立つかもしれないしね。
そんなわけで城内のメイドさんの数が増えた。
おかげさまで魔王城の整備は隅から隅まできれいにピカピカだ。
どこに出しても恥ずかしくない魔王城である。
が、困ったことが起きている。
魔王国に在住する大商人や小貴族たちが、城内の行儀見習いに親類の娘を、側仕えの者として家の娘を、なんて話をわらわらと持ちこむようになった。
教育はエイルに任せてあるけどかなり忙しそうだ。
毎日毎日増える人。
最初は華やかになっていいなぁなんて思っていたけど、さすがにこの人数は多すぎるんじゃないだろうか。
国庫のお金は陽織が稼いできてくれるおかげで潤沢と聞いているけど、湯水の如く使えるわけじゃないと思う。
謁見の間に儀仗兵の声が響き渡る
「エルフ族の王、エヴァリスト・エア・コーラル様。ダークエルフ族の王、イグナーツ・ヘル・コランダム様。その他、使節団の皆様、入場致します!」
巡らせていた思考を打ち切る。
本日最後の謁見希望者が謁見の間に入ってくるのを眺めた。
エルフ族とダークエルフ族の王の姿がある。
王たちの後ろにはこれまたズラリと色んな種族たちがいる。
入場した亜人の人々は整列すると一斉に跪く。
うぅ……、やっぱり苦手だ。
人に注目されるこの感覚はいつまでたっても慣れてくれない。
疲れるし、しんどい。
さらに俺は気分の浮き沈みが顔にでるから機嫌が悪いのかなと畏れられるのだ。
さっさと終わらせよう。
俺はいつものようの決まり文句から入る。
「挨拶はいらんぞ、今日は何の用事だ」
「我らエルフ族を助けていただいた恩義に報いるため、エルフ族の戦士八○○名、またエルフ族の者を城内で使って頂きたく一○名連れて参りました。お受け取り下さい」
エルフ族の王の挨拶が終わってから、ダークエルフ族の王が言葉を続ける。
「ダークエルフ族も同じく、兵士と女を連れてきたので良いようにしてくれ」
思わず天を仰ぎたくなる様な気分を押し殺す。
また、人が贈られてくる話だ。
エルフ族とダークエルフ族の王の後ろに控える女性たちを眺める。
居並ぶ女性たちは皆可愛い。
可愛いにも種類があるように女性たちの見た目に被りがないところもまた凄い。
しかし、種族がバラバラだな。
エルフの森とダークエルフの森に住む色々な種族が揃っているのはなんでだろう。
まさか王様権限でムリヤリ連れてきたわけじゃなかろうね。
疑問を隣にいるシャウナにぶつけてみる。
シャウナから念話魔術が飛んできた。
「この使節団は魔王国に住む亜人族すべてを代表しているんです。だから、色々な種族が混ざっているんですよ」
「なるほど……。でも、なんで人ばっかり送り込んでくるんです?」
シャウナはしらっと明後日のほうを向く。
「さぁ、何ででしょうねぇ……」
「意地悪しないで教えてくださいよ……!」
横からアウローラが念話魔術で割り込んできた。
「さっさと返答しろ。相手が待っているぞ」
「……大儀である。兵士は魔王軍に配属し、召使は城内に配備させよう。人の配置はアウローラに任せる」
「うむ、承知した」
これで今日の謁見はおしまいだ。
エルフ族とダークエルフ族が退出したのを見計らい、俺はアウローラを呼び止めた。
「なあ、最近おかしくないか? 特に注意されなかったけど何かまずいことをやらかしてる?」
「おかしい? 何がだ?」
「雇ってくれってやつばかりじゃないか。そんなに人を雇って大丈夫なのか? お金がさ……」
人を雇えばお金がかかる。
霞を食べて生きているわけじゃないのでお給金は発生するのだ。
「問題ない。国営事業も軌道に乗っているしな、それに……今後を踏まえるならば城内のメイドたちを増やしておく必要がある」
「今後?」
「王妃や側室が誕生すれば奥ができる。子ができれば乳母もいる。侍女は多すぎて困ることはないからな」
なん……、だと……。
…………ハッ。
思考がフリーズしていた。
「……ちょっと待てよ!? いま、なんだって……? 王妃とか側室って王様の話だろ。誰が結婚するんだよ」
「お前に決まっているだろう、レイキ」
きみはじつにばかだな、と言わんばかりの呆れ口調はやめろ。
そんな話は今この瞬間に初めて聞いたぞ。
聞いたはずだぞ。
「何を言ってるんだ、俺はまだ結婚なんかしないぞ。ていうか結婚できる年齢じゃないし」
日本の法律で男子の結婚年齢は一八歳からと決まっている。
俺は遅生まれだし高校生を卒業するまでは結婚できない。
アウローラは忍び笑いを漏らす。
「安心せよ。生憎とここはニホンではないのでな、そんな法に従う必要はない」
「て言うか、なんで結婚なんて話が出てきたんだ?」
アウローラは驚きに目を丸くした。
俺の右隣に控えていたセリアに問いかける。
「なんだと……? 話していないのか?」
「まだ話しておりませんね」
最後に。
何も知らないのかなと思っていたシャウナが口を出してきた。
「丁度良い機会です。レイキに話をしておくべきでは?」
当事者は俺なのに完全に蚊帳の外ってひどくない?
あんまり任せきりにしておくと「明日この女の子と結婚することになったからよろしくね」と話を振られかねない。
「わかった、ついてくるが良い。余の執務室に取りまとめてある」
アウローラの号令に、俺、セリア、シャウナ、ぞろぞろと後ろについていく。
アウローラの執務室。
そこには額縁に飾られた肖像画が何百枚と置かれていた。
縦置きにされているにもかかわらず、執務室の半分を占拠しそうな勢いである。
「……縁談希望者の肖像画だ。お前の好きに選んでよい」
「選べるかー!?」
絶叫する。
俺たちが見ている横でメイドさんが追加の肖像画を並べて去っていく。
ここに並んでいる肖像画の女の子全員が縁談希望だって言うのか。
「……なんなんだよ、コレェ……」
アウローラが肖像画の一枚を手に取る。
「顔くらいわからんと会ってもらえないからな。大抵は肖像画を贈る……まぁ、多少は盛っているだろうが気にするな。興に乗らんとあれば、次に行けば良い。レイキは選べる立場にある」
「選んだら結婚しなきゃならんだろう。全部断ってくれよ……」
「断るという事はさらに熾烈なことになるぞ。大魔王様のお眼鏡に叶う娘を見つけなければ忠誠を誓ったとみなされないのではないか、とな」
「なんでそうなる!?」
「お前が何も要求しないからだ。無尽蔵に与え続けられる幸福の見返りは何なのか、皆が怯えている」
「見返りはあくまで建前だよ。別に欲しいものなんてないんだから!」
大魔王様のお言葉はすべてに優先される、なんてね。
俺の知る大魔王はそんな感じだし、俺も真似してそれっぽいことを言ってみただけだ。
実際に何かを要求するつもりなんてさらさらない。
「そうはいっても亜人族には通じていません。今回の提供された兵士を率いている人物を見ましたか? 王姫たちですよ。亜人族の最大戦力を魔王軍に提供しているのです。さらに、亜人族の王姫たちは美姫と謳われる容姿なので縁談もあります」
シャウナが肖像画を引っ張り出してくる。
エルフ族、ダークエルフ族、フェアリー族、の女の子の姿が描かれている。
畳みかけるようにセリアが言葉を続ける。
「怯えている者たちだけではありませんけどね。純粋に大魔王が恐ろしい災害の様な存在ではなく、超越的存在なれど交渉ができる人物であると考えられ始めています。縁談は手っ取り早く大魔王に取り入れる絶好の手段。レイキの隣が開いている限り、縁談の申し出は止まりませんわ」
肖像画に掛かれている女の子たちはどれも可愛い、可愛いけど結婚したいかって言うと、また別の話だ。
会ったこともないのに結婚とかおかしいだろう。
まずは彼女とか、もう少し大人なら結婚を前提におつきあいとか、段階があるだろう。
が、俺の要望はバッサリと断ち切られる。
「王族にそんなものありませんよ。顔を合わせるのが結婚当日などというのもザラですわ」
「俺は王族じゃない。そんな見ず知らずの人と結婚なんてできるわけないだろ!」
「そんなに縁談が嫌ならば名案があるぞ」
アウローラが不敵な笑みを浮かべる。
とんでもない発言の予兆しか感じられないので、しっかりと身構えておく。
「……余が結婚してやろう。互いに知らぬ中ではなし。縁談を組むよりも良かろう?」
ダメに決まっているだろうが、と口を開きかける。
しかし、先に発言した者がいた。
「ダメに決まっていますわ!」
セリアだ。
「何故お前が反対する。余が王妃となってもお前の立場は変わらぬぞ?」
「ぁぅ……いえ……、わたくしは、その……レイキの意思を尊重すべきだと思っておりますから……!」
「まとめると、レイキが選んでくれるなら結婚するのはわたくしです、と言いたいわけだな」
「ち、違います! ……失礼します!」
セリアは顔を俯かせると執務室から飛び出して行ってしまった。
「師もその気はあるのだろう?」
「私は何百年と生きている嫁ぎ遅れですから。レイキに申し訳ないかと」
「では、妾候補と言うことだな」
「……考えておきます」
言葉とは裏腹に耳と尻尾は正直だ。
満更でもないのかよ。
「と言うわけだ、レイキ。顔も知らぬ女を選ぶのか、お前を支えている女から選ぶのか、考えることだ。時間を延ばせば延ばすほど首が締まっていくぞ。……もがく様を眺めるのもまた愉しいな、クックック」
要するに一連の流れはアウローラの仕組んでいることか。
皆の好意は素直に嬉しい。
けど、結婚とかありえない。
高校生には話が重すぎるんだよ。
ふと考える。
この場に陽織がいないってことは話を聞いていないだろう。
知られたら知られたでひと悶着在りそうだし、少しはアウローラを止める手だてになるかもしれない。
「とにかく、俺は結婚なんてしないからな……!」
俺は捨て台詞を叫ぶと陽織に念話魔術を送った。