第五十三話 「ハイパーテクノロジー」
俺はダークエルフ族の森を出た足でヴィーンゴルヴへ向かった。
いまは俺一人。
シャウナは魔王国の入り口で別れている。
アウローラとセリアへの報告をお願いしたからだ。
ヴィーンゴルヴの研究室へ入ると、すでにシギンとエイルが待っていてくれた。
「お待たせ、……って、相変わらずゴチャッとしてるな」
電子端末と飲みかけのカップの置かれたテーブル。
椅子には毛布が掛けられている。
無造作に脱ぎ捨てられた下着と無頓着に干されている下着が酷い。
ここで寝泊まりしているのは確実だ。
シギンは頬を膨らませて怒る。
「失敬な、ちゃんと片付けています。あと乙女の部屋をじろじろ見ないでください」
ここに来いって言ったのはシギンじゃないか、との文句は呑み込んでおく。
くすくすとエイルが笑う。
「シギンは昔から整理整頓が苦手だよねえ。いつもボクが掃除をしてあげていたんだよ」
「この部屋は効率的な配置になっているんです。片付けてしまうと不便なんですよ」
「昔からこんなかよ……」
この仮想世界にやってくる前はシギンとエイルはルームメイトだったらしい。
フェミニュートは居住環境にも制約があるようでルームシェアは普通なんだとか。
フェミニュートの世界のルームシェアを想像する。
何せ女性だけしかいない種族だ。
さぞかし桃色の空間が広がっているに違いない。
雪のちらつく凍える日には、マフラーを交換して登校してみたり。
汗だくになってしまった日には、良い香りのボディソープで洗いっこしたり。
雷雨の吹き荒ぶ夜には、ベッドで一緒に寝たりもするに違いない。
だが。
なんとなくこの二人のルームシェアを想像しても興奮しない。
色気も飾り気もない部屋で黙々と一人遊びをしている二人の姿だけが思い浮かぶ。
それはさておき。
用件は未知の魔物の調査だ。
「回収してきた魔物を出したいんだけど、どこがいい?」
「こっちの部屋に置いてください」
シギンに研究室横のラボへ案内される。
ちょうど小学校の体育館くらいの広さがある真っ白い部屋だ。
エイルが淵ヶ峰高校に設置していた研究施設を思い出す。
俺はラボの中央で金属の蠍を物質化させた。
「こんなもんか?」
「ええ、解析するので離れてください」
シギンはラボを見渡せるコンソールの前に座る。
ラボの壁から作業用のアームが展開された。
アームを操作して金属の蠍を解析していく。
「……表面は混合金属……成分は魔法銀……三○.二%、金剛鉄……二五.八%、……解析不能金属が四四.○%。骨格は……、わかりませんね、何の金属でしょう。人工筋肉組織と一部生体組織がそのまま残っている……、何コレ……。エイル、代わってください」
「ふむ、ボクが見ても変わらないと思うけどね。どれどれ……」
シギンが位置を入れ替える。
今度はエイルがコンソールの前に座り、金属の蠍を調べていく。
「そんなにわからないのか?」
「どういう機械なのかはわかりますけど……、同じものを再現するのは、厳しいです。生物と機械をここまで融合させるとは……」
エイルもコンソールから顔を上げた。
「解析できない。これは、困ったねえ……」
エイルとシギン。
二人は揃って怖い表情をしている。
珍しい。
いつも飄々をしているフェミニュート様とあろうお方が、いったいどうしたというのか。
「解析できないのはそんなにまずいのか?」
「この機械化技術はフェミニュートの技術力を遥かに凌駕するものです。元々、クローン技術に特化したフェミニュートは機械化技術を得意とはしませんけど、そこそこの技術があります」
「ええと、つまり?」
「フェミニュートよりも技術レベルの高い文明が仮想世界に取り込まれてしまった。フェミニュートに制御できない勢力が入り込んでしまった可能性があるんだ」
制御できないってのがよくわからないな。
暗黒魔術の洗脳魔術に簡単にやられていたじゃないか。
あれだって脅威じゃないんだろうか。
「いまいちよくわからないんだけど、魔術やニヴル・ガイストは制御できない技術じゃないのか?」
「未知なる技術だけど仮想世界を脅かす技術ではないんだ。仮想世界というシステムを理解して脆弱性を見つけられるような勢力が怖いんだよ」
「以前、とある脆弱性を突かれてシステムにハッキングされた事件がありました。危うく仮想世界から現実世界への逆侵入をされるところだったんですよ」
現実世界へ逆侵入とな。
マト○ックスみたいな話になってきた。
この世界でもそんなことが可能なんだな。
「それは、どうやって対処したんだ?」
「仮想世界を構築している全システムを強制終了、その後、ハードウェアを物理的に破壊しました。仮想世界に侵入しているフェミニュートとフィジカルコンバートされた世界諸共です」
「……マジかよ……」
想像以上にやばい話だった。
この世界のすべてが消されてしまうと言うのか。
フェミニュートの研究が一段落したらこの世界が消されてしまうことはわかっていたけど、まだまだ先の話と考えていた。
仮想世界を奪うことができる勢力がいると判断されたら、この世界は消えてなくなるのだ。
もしかすると明日には世界が終わるかもしれない。
「おい……だいじょうぶなのか、この瞬間にいきなり仮想世界が終了します、とかなるんじゃないだろうな!」
「落ち着いて。慌てても事態は改善しません」
不安に駆られる俺に、勇ましくも幼い声が聞こえてきた。
シギンである。
「まだ、この勢力の文明レベルがわかりません。ハッキングや侵入といった技術は持っていないかもしれないです。まずは、機械化技術の解析に努め、技術レベルを推測します。それが第一段階です」
「できるのか?」
「他に出来ることもありませんので。まずは敵を知ることです」
エイルは俺の背中をポンポンと叩く。
「迅速にかつ一歩ずつだよ、ご主人様。ボクは魔物の侵入経路が気になる。敵は魔力障壁魔術が地中まで防御できていないことに気がついたんだ。急いで対策をするよ」
「そうか、そう、だよな……」
頭が冷えてきた。
勇者が攻めてきた時と同じだ。
焦ってもダメだ。
ひとつずつ積み上げられている問題に対処していかなければ、先へは進まない。
敵勢力の分析はシギンに任せる。
魔王国の魔力障壁魔術はエイルに任せる。
俺は、この事実をアウローラ、セリア、シャウナ、陽織、に伝えて今後について考える。
「……二人とも悪いな、頼りにしてるよ」
ふとシギンが腕を組む。
何かを思い出したかのように提案をしてきた。
「大魔王様。頼りにされているという事は、褒美をせがんでもよろしいですか?」
「……俺にできることであれば……」
シギンがニタァと悪い笑みを浮かべる。
シギンはサッと医療用のゴム手袋を装着する。
続けて、ギョッとするほど巨大な注射器のような器具を作り出した。
「生殖細胞をください。以前、手に入れようとしたら他の面々に邪魔されたので」
「はぁ!? ふ、ふざけんな、嫌だよ! そんなの!」
そんなでかい注射器で刺されることも無論嫌だけど、生殖細胞だと。
いったい体のどこに注射器を刺すつもりだ。
「ほらほら、落ち着いて」
エイルが子供を諭すような口調で語り掛けてくる。
さりげなく背中から押さえ込みにきている。
「フェミニュートの研究が進めば、世界の崩壊が始まる前に仮想世界を脱出できるかもしれないよ? フェミニュートの未来に貢献した検体として手厚く保護されるだろうし……ご主人様が連れていきたい人だって要望が通ると思うし……ね?」
「ね、じゃねーよ!」
目と鼻の先にシギンの顔と巨大注射器が押し付けられる。
「だいじょうぶです、痛くしませんから……ちょちょいで終わりです」
ズボンのベルトをはぎ取られる。
ジィィィィィとズボンのジッパーを下ろされた。
俺は盛大に暴れ、事態を察した本物が現れて、どうにかこの場は逃れることができた。
いかん、いかん。
最近は助けてもらってばかりだから油断していた。
フェミニュートたちの本来の目的を忘れそうになるよ。