第五十二話 「機械仕掛けの魔物」
エルフの森。
本来は魔獣の平原の南西部に存在する森林地帯のことだ。
でも、悲しいかな。
元々のエルフの森は侵略者の手によって焼き払われてしまった。
いま目の前に広がる森は俺が再生させたものだ。
記憶読込魔術と潤滑魂の力により本来の姿を完璧に再現している。
エルフの森を再現したときは忙しかったので中には立ち入らなかった。
エルフの村の訪問によりはじめて森の様子を知ることになったわけだが、大自然の威容と言うか、壮大さと言うか、森の勢いに圧倒されていた。
まず森の大半を占める巨木の林が凄い。
シャーマン将軍の木くらいの巨木がわさわさと生えている。
地面は苔むした倒木と小さな小川が流れており、時折、ジャッカロープやヒュージスラッグと言った魔物の姿が見える。
森の切れ目には花園や野生の果樹が自生している。
花の蜜や熟れた果物を狙って蜂や蝶の魔物が舞っているのが見えた。
とても豊かな森だ。
「あれがエルフ族の村です」
シャウナが指を差す。
巨木の天辺から中ほどに掛けて家が括り付けられている。
台風が来たらすべてが崩れ落ちそうな造りだ。
耐風耐震の意識など存在しないのかな。
朝起きたら地面の上に家があってもおかしくない。
家と家をつなぐのは人が二人並んで歩けるくらいのスペースの木の足場のみ。
精神統一霊術のおかげで高所恐怖症になることはない。
でも、正直に言って行きたくないと言うのが本音だ。
「先生、エルフ族の人たちに樹上ではなくて地面でお話しするように言ってもらえませんかね……」
「安心してください。この子が乗ったら壊れてしまいますし、問題の魔物の死体も地面にあります。樹上の家にお邪魔することはないですよ」
「それを聞いて安心しました」
エルフの村の入り口にグレートクァールが降り立つ。
すると、歩哨が角笛を吹く。
角笛に応えるように角笛が鳴り渡り、たちまち角笛の大合唱となった。
「念話魔術で訪問は伝えてあるのでこのまま入りますよ」
グレートクァールに騎乗したままエルフの村へと進んでいく。
最奥は巨木が途切れており、ぽっかりと陽が差す空間が開けていた。
広場だ。
広場にはズラリとエルフ族の戦士たちが整列している。
エルフ族だけでなく、背中に羽を生やした子供のようなフェアリー族、浅緑色の肌を蔦と葉の服で隠すアルラウネ族、オオカミの様な耳と尾を持つキキーモラ族。
お、シャウナと同じ種族がいる。
ちなみにシャウナは元々ウェアタイガー族というらしい。
あとは……シャウナに色々叩き込まれたんだけど忘れた。
鑑定魔術でざらっと種族名を覚えていこうとするけど、おそらく半日経てば忘れているだろう。
こりゃ、夜はお説教だな。
内心ため息を吐く。
どうやらエルフの森に棲む種族の代表が全員揃っているらしい。
整列する兵士たちで造られた道をエルフの王が歩いてくる。
俺の前にくると頭を垂れた。
「よくぞ参られました、大魔王様。歓迎致します」
――どうもお気遣いなく、と心の中で呟いておく。
もっとフレンドリーに付き合いたいけどグッと我慢。
俺は大魔王らしく振る舞わなければならない。
畏怖魔術をほんの少しだけ発動させつつ答える。
「出迎えご苦労。時間が惜しい、まずは此度の戦いで負傷、死んだ者の処へ案内せよ」
「は……、それはどういう……?」
「気紛れだ。せっかく救ってやったのに簡単に死なれては敵わん。治療と蘇生をしてやる」
シャウナからエルフの森の状況について報告を受けていた。
エルフ族は再生魔術の使い手がいない。
エリクサーを造ろうにも精製に時間が掛かるため、限られた者しか救うことができなかったそうだ。
俺は治癒魔術だけ施されて、寝かせるがままになっていた戦士たちを快癒させた。
その後。
死亡して埋葬された者たちを蘇生魔術で復活させた。
俺の蘇生魔術は灰になっても一○○%蘇生できる、ロストしないので安心したまえ。
「あとは防衛か。エルフの森を守護する魔物を貸してやろう」
「魔物でございますか……」
「案ずるな。エルフの森の外周を巡回させるだけだ。それに、お前たちも良く知る魔物だ……」
エルフの森を守らせる魔物の創造。
これはシャウナの提案だ。
エルフの森を守護する魔物を置いておけば魔王城で異変を察知できるし、エルフの森の住民が逃げる時間も稼げるはずだと教えてもらった。
名案である。
ちなみに創造する魔物も決めてある。
シャウナが教えてくれたのはエルフの森に住む者たちが信じている伝説の魔物だ。
俺は潤滑魂を使って一匹の魔物を作り出した。
地を這う一匹の巨竜を生み出す。
「ヨルムンガルドだ、恐るべき巨体を持つ魔物だが、精霊化魔術が使えるから邪魔になることはなかろう」
ヨルムンガルドは鈍重な動きでエルフの森を出ていく。
精霊化魔術のおかげで物質をすり抜けるので森にダメージはない。
敵と遭遇した時だけ実体化する。
伝説の通りだ、とヨルムンガルドを見た者が口々に叫ぶ。
そうだろう。
だって、伝説に聞いた通りの性能と姿で創造したんだもの。
エルフの王が尋ねてくる。
「大魔王様は、我らエルフの神話をご存知なのですか?」
「概要だけな」
グレートクァールの背に揺られながら必死こいて覚えた話だからまだ覚えている。
明日には忘れているかもしれないけどね。
「さて、あとは件の魔物の死骸か。どこにある」
「こちらにございます」
俺たちはエルフの王に先導されて森のとある場所へ案内される。
ある巨木はざっくりと斬傷が残されている。
ある巨木は根元からボッキリとへし折られている。
嵐が駆け抜けたような有様だ。
あちらこちらに折れた矢と槍が落ちており、激しい戦闘があったことがわかる。
戦闘痕の終着点。
そこには巨大蠍が横たわっていた。
「これが襲いかかってきた魔物です。もともとは平原で遭遇し、強敵であったため各種族の王姫たちが集結してこの場で討ち取ったのです」
俺は巨大蠍に近寄った。
触れてみると硬い。
金属のように硬く、ひんやりと冷たい。
ていうかコレ、すべて金属だ。
金属の巨大蠍だ。
鋏や背の毒針が失われているけど、完全な姿で動いているところは中々格好良かったのではなかろうか。
不謹慎だけど見てみたかった。
シャウナが傍に寄ってきて解説してくれる。
「見た目は砂漠地帯に生息するヒュージスコーピオンにソックリです。最初はヒュージスコーピオンを模したゴーレムだと思ったんですよ」
「人型でないゴーレムはあるんですか?」
「古代遺跡の門番として動いているゴーレムは人型でないゴーレムがあります。動物を模したゴーレムがありますからね。ただ、これほど巨大なものはなかなか……」
ミシュリーヌ産でない金属の魔物。
割れた装甲の奥には配線のようなものが見えている。
魔物と言うよりは機械だ。
SF武器が盛りだくさんの敵勢力と言えば、エイルたちのフェミニュートだ。
またフェミニュートの一派がこのあたりに潜んでいるってことなのかな。
「これは持ち帰るとしよう」
俺は収納霊術を発動する。
金属の蠍は光となって俺の体に吸い込まれた。
収納霊術は触れたものを魔力に還元して保管しておくことができる魔術だ。
ただし、自分自身の魔力を使い切ってしまうと物質に戻せないので注意しないといけない。
「騒がせたなエルフの王、俺は魔王城へ戻る」
「お待ちを。ダークエルフ族たちにも死傷者が出ております。訪問して頂きたくことはできないだろうか」
「エルフ族はダークエルフ族と仲が悪かったと思っていたがどういう風の吹き回しだ?」
「……折り合いは悪いですが、同じ大魔王様に忠誠を誓う種族。いままでのように無視し合う関係のままとはいきません」
「いいだろう、ダークエルフ族の村にも立ち寄るとしよう」
この後。
ダークエルフ族の村へ訪問し、死傷した戦士たちを治癒・蘇生をしてあげた。
彼らの伝承に生きる魔物もいたので守護獣として創造しておく。
これで亜人族の安全がしっかり守られてくれればいいんだけどね。
由々しきことは魔力障壁魔術の魔法陣を抜けてくる魔物がいるってことだ。
金属の蠍の魔物といっしょにエイルとシギンに相談をしなくてはならない。
俺は急ぎエイルとシギンに連絡をとる。
ヴィーンゴルヴの研究所で話し合いの場を設けることにした。