第五十一話 「亜人の支援」
俺が魔王国を散歩していた日の翌日。
俺の執務室で会議が開催されていた。
アウローラとセリアと俺、そしてシャウナの四人が部屋の中央で顔を突き合わせていた。
会議はほぼ毎日。
国の運営が安定してきたから一日に何回もと言うことはないが、三日に一度は必須である。
いつもはシャウナがいないのだけど本日は特別。
何せシャウナが持ち込んだ議題が一番重大だったからだ。
「……最後だ。亜人族の村へ玲樹が視察へ向かう件だが……。師よ、本当に必要なのか?」
アウローラが師と呼ぶのは、シャウナである。
「ええ、新しい敵の可能性があります。すでに亜人族が交戦しており敵の死体を確保しているので、持ち帰ってエイルとシギンに調査を依頼しようと考えています」
「死体を確保って出来るんですか。死体はゾンビになるはずですよね、先生?」
「それも含めてです。何故、ゾンビにならないのか調べる必要があります。私も見たのですがゴーレムに近い生命体のような……、少なくともミシュリーヌに存在するものではないと考えています」
「レイキが行く必要性は何故かしら、御師様」
「新しい敵は極めて高い戦闘力を誇るためです。エルフ族とダークエルフ族、それにフェアリー族の王姫が三人掛かりで仕留めたと聞いています。それに死傷者も多いので……、出来ればレイキに出てもらって亜人族の信頼関係をさらに強化したいと考えているわけです」
「俺ならすべてを解決できるからですね」
亜人族の王姫がどの程度の強さかわからないけど三人掛かりで倒す魔物だ。
アウローラ、セリア、シャウナ、陽織、エイル、シギン、の誰かが三人抜けると国の運営に支障がでる。
それならば俺が一人で出向いた方が戦力は解決する。
死傷者が多いならば蘇生魔術の出番もある。
やはり俺が一人で出向いた方が蘇生は解決する。
「そういうことならば仕方あるまいな、余がレイキと共に往こうではないか」
「そういうことならば仕方ないですわ、わたくしがレイキと一緒に参りましょう」
アウローラとセリアの声がぴたりと合わさった。
無言で睨み合いをはじめた二人へシャウナの声が飛ぶ。
「お二人は国から動くには難しそうですから、私がレイキを連れていきます。亜人族の王たちとの面識もあるので適任でしょう」
当たり前の人選だろう。
亜人族外務卿などと言う役職にあるのだから、今回は俺とシャウナでお出かけになりそうだ。
が、アウローラとセリアがそわそわしだす。
「い、いや、しかし……。師は亜人族との交渉などで疲れているであろう……」
「そうですわ。た、たまには、のんびりとお休みを……」
「私がレイキを連れていきます、いいですね?」
有無を言わさぬ口調でシャウナは言った。
そして、シャウナは俺に向き直る。
腕を掴まれて椅子から立たされた。
「さあ行きましょう、レイキ。亜人族の村はなかなか楽しいところですよ」
「もう、行くんですか?」
「はじめの襲撃からすでに一日が経とうとしています。これ以上待たせるわけにはいきませんよ」
シャウナが尻尾を振っている。
犬だとすると機嫌の良いサインだけど、猫だとすると気が立っているんだよな。
何かシャウナにやってしまったのだろうか。
怒られてもいいように心の準備をしておこう。
執務室の扉の前で振り返る。
「決裁はシェイプシフターに任せる。アウローラ、セリア。二人とも何かあったら念話魔術をくれ」
椅子に座るシェイプシフターが起立してお辞儀をする。
アウローラとセリアは何か言いたそうで言えないような表情で複雑な表情で俺を見送っている。
何故二人ともそんな顔をするのか。
本当に大丈夫なんだろうか。
移動中にシャウナに聞こう。
いや、……いきなり謝ったほうがいいのかもしれないな。
シャウナは俺を連れると魔王城のバルコニーへと出ていく。
そして。
天を見上げるとオオカミのように遠吠えを上げた。
「何をしているんですか?」
「愛猫を呼びました。私は召喚魔術は使えませんが、獣王姫の能力であらゆる動物の魔物を使役できるんですよ」
「へえ、便利ですね」
俺の頭上に影が差す。
物音ひとつ立てずに巨獣が降ってきた。
「うぉ!?」
頭から尾までの長さは五メートルほど。
バルコニーを半分占拠する大きさだ。
口元には長い髭のようなものが伸びており、パチッパチッと静電気が生じている。
見た目は豹に似ている。
肌触りの良さそうな黄色い体毛には黒い斑点がついている。
「こいつは……?」
「グレートクァールです。彼に乗れば昼前にはエルフ族の村に着けるでしょう」
シャウナが巨大豹の顎を撫でると、ゴロゴロと気持ちよさそうに鳴いた。
背中を鞍がなければ獰猛な魔物が魔王城に侵入してきたかと思われてしまうだろう。
事実。
バルコニーの端で掃除をしていたメイドさんが腰を抜かしている。
申し訳ない。
シャウナを注意する。
「えぇっと、先生。魔物に慣れていない人も魔王城にはたくさんいるので、ここに呼ぶのは今度からなしにしましょう」
「え? あ――!? ……すいません、失念していました」
シャウナはバルコニーにへたばっているメイドさんを助け起こしにいった。
グレートクァールが、メイドさんを見て、俺を見て、首を傾げる。
いやいや。
普通の人が君を見たら怖がりますよ。
俺は、魔力障壁魔術、痛覚無効魔術、耐性魔術、気力転換霊術を常に掛けているから怖くないけどさ。
俺の気持ちが理解できたのか。
グレートクァールはしょんぼりと鳴いた。
シャウナが戻ってくる。
「……遅くなってしまいました。行きましょう」
シャウナはその場で跳躍するとグレートクァールの鞍に収まった。
おいおい。
垂直跳びで二メートルくらい跳んでるぞ。
さあ、どうぞ、と言わんばかりにシャウナが後ろの鞍を見やる。
「いやいやいやいや、無理ですよ!? 梯子みたいなもんはないんですか!」
闘気推進闘術で飛び上がることはできるけど、高速移動や緊急回避はできるものの微調整が難しい。
グレートクァールを飛び越えてバルコニーからダイブをかますことになりかねない。
「しょうがないですね」
シャウナは苦笑すると俺の腕を掴んで引き上げてくれた。
ようやく豹上の人になれた。
「しっかり捕まってください」
「はい!」
俺は鞍を両手で掴む。
クレートクァールは全員が乗ったことを確認する。
一吠えするとバルコニーから身を躍らせた。
力強い跳躍で魔王城の尖塔から尖塔を飛び移る。
魔王城の城壁を飛び越えて、城下町へ。
屋根を恐ろしい速度で駆け抜けると、田園地帯へ。
次々と城壁を突破すると魔獣の平原へと降り立った。
グレートクァールが平原を駆ける。
空を往くサモン・ライディング・ワイバーンに匹敵する移動速度だ。
頬をすり抜けていく風が気持ちいい。
森や渓谷など障害物の多い場所では羽のある生き物は行動を制限されてしまうが、グレートクァールは移動速度を落とすことなく走ることができる。
エルフの森やダークエルフの森を移動するには最適な魔物と言える。
それに、グレートクァールは頭が良い。
一度行ったことがある場所ならばいちいち指示を出さなくても目的地へ向かって移動してくれる。
手綱を持つ必要がないので俺とシャウナは特にすることがない。
せっかくの時間なのでご無沙汰になっていた魔術の講義をしてもらっていた。
いまのグレートクァールの知識もシャウナに教えられたものだ。
「……ですから、召喚魔術は便利ですが魔物の特性を知らなければ活かしきれません。どんな場所で使うのかをしっかりと考えてから、ライディング系の召喚獣は選ぶべきですよ」
「勉強になります、先生」
俺とシャウナは鞍に横向きに座っている。
シャウナが持っていた魔物図鑑を並んで読んでいた。
風の音は煩いもののグレートクァールの走る振動はほとんど感じられない。
彼のしなやかな筋肉が地を蹴る衝撃を吸収してくれるからだ。
「魔術について教えるのも久しぶりですね」
「あまり使わない知識は忘れそうですよ、……また教えてもらわないとダメですね」
「忘れてはいけません。レイキは大魔王ですよ? 最後の砦なんです。様々な知識を身に着けて、様々な状況に対応できるように、戦い方を磨かなくてはいけませんよ。亜人族との外交も落ち着いてきたので講義の時間をつくりましょう」
「ありがとうございます。……先生は怒っているかと思っていましたよ。いつも通りですね」
「怒る? ……私は別に、いえ、そうですね……」
シャウナはメガネの角度を直す。
「せっかく教えたことを忘れられたら怒りますよ。夜の寝る前にでも忘れていないかチェックしてあげます。答えられなかったら、お仕置きです」
「寝る前ですか。三○分……じゃなくて、半刻くらいならなんとか……」
寝落ちする危険を考えると三○分が限界だ。
とは言え、先生の話は長いからな。
お話が白熱しないように気をつけなければなるまい。
「約束ですよ」
シャウナはニコニコと笑っている。
するりと伸びてきた尻尾が俺の腰に絡みついた。