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第五話 「その後の生存者たち」

 シャウナの住処である技術教室から食堂へと向かう。


 遅くなったけど状況を説明しよう。

 燃える街並みを眺めていたあの日を境に日常はがらりと変わってしまった。


 バイク事故を起こした夜。

 シャウナを連れて学校の寮に戻ってきてテレビをつけると緊急速報が流れていた。


 千葉の房総半島と神奈川県の三浦半島に砂州で繋がった巨大大陸(ミシュリーヌ)が現れて、大地を埋め尽くすほどの魔物がなだれ込んできたのだ。

 中継では、ワゴン車くらいの大きさのアリの大群が市街地を破壊していく様子を映していた。

 時々モザイクもかかっていた。


 驚くべきことに。

 この異変は世界中で起きているようだった。

 ニュースは、アメリカ、フランス、ロシア、中国、と世界の異変を映していく。

 食い入るようにテレビを眺めていると突然真っ暗になってしまった。


 電気が使えなくなったのだ。

 そのうちスマフォはすべて圏外になりラジオもザーザーと雑音が聞こえてくるだけになった。


 情報は学校に避難してきた人々の噂話のみ。

 何の頼りにもならない情報だった。

 すでに日本は魔物に滅ぼされてしまい、廃墟に住む人たちだけが生存者なんだと考える人すらいた。


 さすがに日本政府が無くなってしまうようなことはないと思うんだけどな。

 救助隊は活動していると思っているし、この学校にいれば救助隊はいずれ来るだろうと考えている。

 でも、俺の考えは甘いのだろうか。


 みなとみらいに近い野毛山方面の丘に建設された淵ヶ峰(ふちがみね)高校および周辺地域は、魔物に蹂躙されて多くの人命が失われた。

 我らが母校、淵ヶ峰(ふちがみね)高校では三○人ほどの避難民が救助を待ちながら生活をしている。


 さらに。

 魔物が現れてから街の景色は一変した。

 破壊された街に残された魔物の死骸から奇妙な植物が異常成長して広がり出したのだ。


 植物は林になり森になり密林になり、コンクリートジャングルであった神奈川・東京は肥沃な森林地帯になった。

 淵ヶ峰(ふちがみね)高校の周辺も小さな森があちこちにできており、放っておけばこの辺一帯は森の中だろう。


 シャウナに訪ねたところ、「あれは、昆虫型の魔物に寄生するトレントの幼生です」とのこと。

 加えて、「トレントは体内に貯め込んだ植物の種子を放出して森を作ります。森は急成長するので魔物がたくさん集まってきますよ」と指摘された。


 俺は食料探索を兼ねて淵ヶ峰(ふちがみね)周辺の森を焼いている。

 魔物がこれ以上増えたら困るからね。

 関東全域でこのような状況であるなら焼け石に水かもしれないけど、淵ヶ峰(ふちがみね)高校周りだけでもお掃除するべきだろう。


 また、魔物は地上からだけではない。

 特に危険なのが房総半島方面から現れる、硬いうろこに強靭な四肢、広げると五○メートルにもなる翼をもつ、ドラゴン。

 空中・地上を問わぬ最強の肉食系の魔物であり、言語を操るほどの知性はないが魔術を使う。


 いまの関東地方に安全な地域などなく、散歩をしていたら魔物に頭からまるかじりされてもおかしくないファンタジックな世界だ。


 恐ろしい世界になってしまったものだ。


 俺がこんな解説できる余裕があるのは魔王の称号があるからなんだろう。

 身を護る術のない一般市民であったら恐怖で神経をすり減らしながら救助を渇望するに違いない。


 ふと空を仰ぐ。

 この三か月、飛行機はおろかヘリコプターの音も聞こえてはこない。


「今日もいい天気ですなあ」


 澄み渡るような青と筋がかった雲。

 そして、いつの間にか増えていた白い月と赤い月が空にぽっかり浮いている。


「何がいい天気よ。ボケ老人か、あんたは」


 ぴしゃりと掛けられる少女の声。

 俺は振り返った。

 両手を腰に当てて、気の強そうな瞳にへの字の口。

 不満げな表情で仁王立ちする女子高生の姿があった。


「おや、婆さんや。今日のご飯はまだかね?」


 女子高生の眉がきゅっとつり上がった。


「よーいしょっと」

「ぐえっ」


 可愛らしい気合の声と共に俺の天地は逆さまになった。

 宙を一回転した後、背中から地面に転がされる。


 腰まで伸ばされた黒髪が太陽光で艶やかに煌めく。

 美しき背負い投げである。

 仰向けに寝ている俺を、眉を吊り上げた少女がのぞき込んでいた。


「ちょっとした冗談のたびにアスファルトに投げ飛ばすのやめてもらえませんかね……」

「手加減してるわよ」


 本気で叩きつけられているわけじゃないのはわかっているけど、挨拶代わりのボケに対するツッコミがアグレッシブすぎる。


「おー……、いてて……」


 ようやく引いてきた痛みに顔をしかめつつ立ち上がる。

 俺に躊躇いもなく背負い投げを仕掛けてきたのは女子高生である。


 説明が不十分だったか。

 俺のクラスメイトであり小学生以来の幼馴染でもある女子高生、神水流陽織(かみずるひおり)である。


 年がら年中ゲームに勤しむオタクの俺と、淵ヶ峰(ふちがみね)高校のアーチェリー部のエースである陽織が、幼馴染であるとは釣り合わない話である。

 しかし、男子学生に人気の活発系美少女と対等にお話しできる機会を持っているというのは、なんかこう、鼻高々だ。


「ったく、あんまり呑気なこと言ってないでよ。今日も……なんだから」


 陽織は校舎の裏手から棚引く煙をみて声を潜める。


「また死んだのか」

「うん、お婆さんとあと自殺した学生のカップル」


 淵ヶ峰(ふちがみね)高校では、毎日のようにストレスで死ぬ人と自殺する人、ふらっと失踪する人もいる。


 あの煙は死体を焼いているのだ。

 何故かと言えば、ゾンビという魔物になるからだ。

 ちなみに焼いた後の骨も砕いておかないとスケルトンという魔物になる、とシャウナから説明された。


「がんばれって言えないわね。こんな毎日だと……」

「先が見えないからなあ」


 水はあるけど食料はほとんどない。

 重い病気になっても薬はない。

 食料は学校近くにある店から拝借してくるが、学校周辺のコンビニやスーパーの食料はすでに食い尽くし、遠くの店から取ってこなければならない。


 昼も夜も学校の外には魔物がうようよしている。

 探しにいった先で魔物に殺されてしまう人もいる。


 救助も来ない。

 航空機による食糧投下みたいな事もなく、見捨てられているのではないかと思ってしまうくらいだ。


 この状況下で前向きに生きられる人間はよほどの精神力か生きる理由が明確な人であろう。

 淵ヶ峰(ふちがみね)高校の空気は最悪であった。


「救助隊を見つけに行くって言ってたアレ。何か進展あったか?」

「……特にないわ。羽田空港のほうに自衛隊とか集まっているって言うのは現地まで行かないとわからないし、困ったわね」


 つい四日程前にこの避難所に逃げてきた集団がそんな話をしていた。

 その話を信じて陽織は山下公園まで徒歩で行ってきたらしい。


「あ、そうそう。玲樹にもらったお守り、役に立ったわよ。ゴブリンに追いかけられたんだけどうまく撒けたわ」


 陽織はワイシャツに隠れていた首紐を引っ張る。


 革の紐の先端には小さな宝石を埋め込んだ木彫りのお守りがぶら下がっている。

 このお守りは、三浦半島の先にある巨大大陸の村で譲ってもらった装飾品だ。

 鑑定魔術(アナライズ)で調べたところ、魔物を遠ざける効果のあるマジックアイテムらしい。


「そりゃ良かった。お前が死んだら悲しいからな」

「そ、そう……心配してくれてるんだ」


 陽織はうろたえつつお守りを握りしめる。


「? 当たり前だろ」


 何故挙動不審になるのか。

 俺のことを投げ技用の人形くらいにしか考えていない女子高生とは言え、幼馴染である。


 隣家に住んでおり、幼少時にはお風呂に一緒に入れられ、同じ布団で寝かされた幼馴染である。

 寮生活となった今でも、家に帰れば互いの家で夕飯をご馳走になったり、手製の弁当をもらったりする。

 俺と陽織の母も仲が良いため家族ぐるみの付き合いがある。


 完全無欠のパーフェクトな幼馴染なのだ。


 魔物に食われて死にました何て聞いた日には俺はショックを受けるだろう。

 殺した魔物は魔術で木っ端みじんにしてやるに違いない。

 陽織なら魔力をギリギリまで使い切る蘇生魔術(リザレクション)を使うことも躊躇いはしない。

 だが、俺の蘇生魔術(リザレクション)は死体が必要だ。

 腕や足がないくらいなら大丈夫だと思うが、頭がないとか、遺体の損傷がひどいと蘇生できない。

 当たり前だけど、腕とか足だけでも蘇生できない。


「魔術のこともあるし、ここじゃお前しか気楽に話せる相手がいないからな」


 俺が魔術を使えることは陽織以外の避難民には秘密にしている。

 見た目が普通じゃないシャウナはともかく、俺が魔術を使っていれば変な目で見られるし、余計なことを頼まれるかもしれない。

 魔術が使えるからってムリな要求をされたり、出来ないからって罵倒されたりするのは御免被る。


 薄情だけどしょうがないだろ。

 陽織は俺の秘密を知りつつも無茶な要求をしてくることもない。

 たまに救助隊の探索を手伝って欲しいと言うがそれくらいならお安い御用だ。


「俺は陽織に助けられているし死んでほしくないんだ。だから、何かあったら言ってくれ。ぜったい手伝うから」

「……うん。ありがと……」


 陽織は俯きながらモゴモゴと礼を言った。

 俺は陽織が背負っている物に気づいて話題を変えた。


「弓、どうしたんだ? いつも持っているのと違うな」


 一目見て美しい弓だと思った。

 形はアーチェリーで使うようなコンパウンドボウに似ている。

 本体や滑車は不思議な光沢を放つ金属で作られている。

 ケーブルにも見たことのない素材が使われている。


 こんな弓をうちの学校のアーチェリー部は持っていただろうか。


「ああ、これ? シャウナが作ってくれたの。良かったらどうぞって」

「へぇ、先生は元々鍛冶師って話だからな。良かったじゃん」


 シャウナは模擬戦する以外、技術教室に引き籠っている。

 やることと言えば、図書室から借りてきた本を読み漁ること。

 もう一つ、武器を作ることだ。

 武器だけじゃないかな。

 シャウナは、剣、弓、胸当て、ブレスレット、何でも作ることができた。

 でも何かが気に入らないのか制作しては鋳潰してしまう。


 陽織がもらったのは制作した武器の一つなんだろう。


「良かったけどねぇ……、シャウナが何を考えているのかもわからないし、ちょっと不安だわ。この弓もどうして作ってくれたのかわかんないし」


 シャウナは日本語がわからない。

 俺は言語魔術(ハイパーランゲージ)のおかげで会話をすることができるが、陽織を含めて淵ヶ峰(ふちがみね)高校の人とは会話ができない。

 そのためかシャウナは避難民と関わらないようにしているし避難民も距離を取っている。


 ところが、陽織はシャウナと俺が仲良くしているのを知って、独自にコミュニケーションに努め、異世界交流を成し遂げた。

 陽織が言うには、シャウナが掛けている眼鏡は読めない言語を翻訳してくれる機能がついているらしい。

 シャウナは魔物の大陸の文字で書き、陽織は日本語で書き、シャウナの眼鏡を交換しあって会話をしているんだとか。


「どういう話をしてたんだ?」

「私が、魔物の気配を察知できるようになった、とか。集中すると遠くに在るものが良く見えたりするようになったって言ったの。そしたら……、すごく驚いて、狩人の称号を習得していますよって教えてくれたのよ」

「称号を? すごいじゃないか!」

「うん、ありがと」


 えへへ、と陽織は照れ笑いを見せる。


 陽織は、魔物と戦えないことに悩んでいた。

 学校の友達が魔物に襲われているのに助けることができなかったという負い目にしばらく落ち込んでいたのを知っている。


 学校ではアーチェリー部に在籍する陽織。

 陽織の実家は古流武術の道場を開いていおり、陽織のお母さんが師範、陽織も大人も舌を巻くほどの武術の使い手である。

 痴漢を撃退したり、更衣室に忍び込んだ変質者を叩きのめしたり、武勇伝をいくつか持つ正義感の塊のような幼馴染だ。

 友達を置いて逃げなくてはいけなかったのは辛かったと思う。


 だが、魔物は武闘家であろうとも厳しいだろう。

 教師の中で剣道の範士なんて人がいたが、魔物に腕を齧られ、足を齧られ、バリバリと食べられてしまっていた。

 あんな結末を陽織に迎えてほしくない。

 陽織の友達はかわいそうだけど、よくぞ逃げてくれたと俺は思っている。


 陽織は立ち直ってからずっと弓の練習をしている。

 遠距離攻撃であれば魔物へ一方的に攻撃することができる。

 称号を持たない陽織でも弱い魔物であれば倒すことができると考えたのだろう。

 その努力が報われた結果が、狩人の称号なのだろう。


「先生が驚いていたくらいだから、弓をくれたのはお祝いなんじゃないのか?」

「お祝いか。そう……、そうね」


 陽織は無理やりと言う感じではあったが納得したようだ。


「じゃあ玲樹もなんかお祝いしてよ。お祝い」

「俺が、か。いきなり言われてもな……」


 気の利いたアクセサリーなど持っているはずもなく。

 おでこにチューしてやろうか、と提案すると真っ赤な顔で、恥ずかしいからやめて、と怒られた。


「じゃあね、私のお願い事をひとつ叶えるってので、どお?」

「陽織が満足するならそれでいいよ」

「約束よ、後でお願いするから」

「おう」


 何をお願いされるのかはわからないけど、無理難題を押し付けられるようなことはないだろう。

 陽織は俺の事をよくわかっているからな。


「ところで、何か用事か?」


 陽織は思い出したというように手を叩いた。


「いけない、忘れてた。ご飯作ったから呼びに来たの。お腹、空いてるでしょ?」

「おお、いつもありがとな」

「どういたしまして」


 陽織は嬉しそうニッコリと笑う。

 淵ヶ峰(ふちがみね)高校の男子学生共を虜にした笑顔は健在である。

 やはり、この幼馴染は笑ってくれている瞬間が一番だ。


「ちなみに今日のご飯は美味しいのか?」


 笑顔がぎこちなく引きつる。

 陽織はすっと視線を反らした。


 陽織の名誉のために言っておくと、陽織は料理上手だ。

 問題は食材にあるのだ。

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