第四十五話 「神業」
新しく建設した宿場町。
そこへ左翼軍が難民を連れてくると一挙に慌ただしくなった。
肩を貸されて歩く者。
腕を抑えて歩く者。
即席の担架に毛布を掛けられたまま運ばれてくる者。
たちまち一帯は野戦病院のような有様になる。
思ったより怪我をしている人が多い。
怒号。
呻き声。
そして、激痛に喘ぐ声が聞こえてくる。
セリアの凛々とした声が喧騒に負けずに響き渡る。
「重傷者は教会へ運ぶのです! 軽傷の者、意識のある者は広場へ! 急ぎなさい!」
俺は後ろに控えているエイルにひそひそと話しかける。
「エイル、そんなに魔物が多かったのか? 怪我人が多すぎるような気がするけど」
「数も多かったけど乱戦だったからねえ……。これでもけっこう頑張ったんだよ?」
エイルは悲しそうに目を伏せる。
言い方が良くなかった。
エイルがサボっていたとか、手抜きをしたんじゃないか、と問い詰めたようになってしまった。
慌てて否定する。
「いやいやいや、ごめん、責めているわけじゃないんだ」
俺は魔術の追尾や座標指定があるから誤射など起きないけど、あれを他人にまで求めるのは酷というものだ。
広場ではローブ姿の兵士が負傷者に治癒魔術を掛けている。
出血や状態異常ならば治癒魔術で十分。
しかし、手足を失った者は治癒魔術で治療すると不自由な生活を強いられる。
部位欠損の治療は教会で大金を払って治療してもらうのが普通の流れなんだろうけど、ここで見ていると手を出してしまいそうになる。
教会の仕事を奪うことになるからやってはいけないんだけどね。
セリア曰く。
俺が手を出していいのは、奇跡を願う者だけ、だそうだ。
「レイキ、教会へ来てもらえるかしら? 重傷者を見てほしいの」
「わかった。すぐ行く」
セリアに乞われ、俺たちは教会へと向かった。
教会には血生臭いような鼻に突く臭いが垂れ込めていた。
強烈な臭いではないが服に染みつきそうだ。
信者が座る長椅子だけでなく、床にも所狭しと人が寝かされている。
皆ピクリとも動かない。
動き出した時はゾンビになっているんじゃないかな、と思ってしまうような人もいる。
精神統一霊術がなければ嘔吐していたかもしれない。
俺は床の隙間を縫って足を進める。
寝かされている人は難民も多いが、冒険者が多く見える。
左翼側にいたのは冒険者の部隊だったか。
「冒険者はパーティの中に治癒術師を連れていることは稀なの。治癒術師として腕が高ければ、冒険者などやらなくとも稼げますからね。ここに寝ている者たちはアイテム頼りのパーティだったようですわ」
「こっちは冒険者部隊を徴用しているのか?」
「いいえ。あくまで自主的に集まってもらうように告知を出しただけよ」
とは言え責任を感じる。
俺たちが出陣するから冒険者たちは依頼を受けてきたわけだ。
治癒術師を連れていないパーティは参加禁止よ、とかできなかったものか。
中央の通路の先には説教台がある。
その前にいる男が俺たちの姿に気が付いた。
冒険者ギルドの長だ。
「何をしに現れた……!」
本日は畏怖魔術を発動していない。
そのためか、冒険者ギルドの長は流暢に言葉をしゃべる。
そこに。
氷の刃のようなセリアの言葉が突き刺さった。
「魔王軍総大将にずいぶんな口のきき方ですね。弁えなさい」
冒険者ギルドの長は言葉に詰まる。
歯を食いしばりつつも、素直に頭を下げた。
「……失礼を、致しました。お許しを……」
気にするな、と言ってやりたいところだけど魔王様の言葉じゃないな。
もっと傲慢に振る舞わないといけない。
「気になるのか、俺が現れた理由が?」
俺は冒険者ギルドの長の横を通り過ぎる。
天井を見上げたまま息絶えた冒険者の骸の前に立つ。
「せっかく助けてやった奴隷がロクに働きもせずに死んだら困るだろう。まだまだ働いてもらわねばな」
俺は蘇生魔術を掛けるために骸の前で膝立ちになる。
冒険者ギルドの長が絶叫する。
「なに――!? まさか……、不死者として使うつもりか!?」
俺はズルっと足を滑らせそうになる。
死体にダイブをかますところだった。
違ぇぇぇぇぇ、そうじゃねえよ!
誤解を招く発言だったけど不死者にするなんて一言も口にしていないじゃないか。
風評被害だよ。
冥王姫のせいだ。
勘違いしている冒険者ギルドの長は必死で叫んでいる。
「ま、待ってくれ! 彼らはちゃんと埋葬をしてやりたい……、人間として生を全うさせてやってくれ、頼む!」
俺はセリアに念話魔術を送る。
彼に俺の考えをきちんと説明してあげて欲しい、と伝えた。
セリアは小さく頷く。
シャリンと剣を抜き放つと冒険者ギルドの長の首元に突きつけた。
踏み出そうとしていた足が下がる。
「お下がりなさい。大魔王様の為すことに異を唱えることは許されない」
「ぐ……、悪魔め……!」
うぉーい!? ちゃんと説明しろよ、セリア!
冒険者ギルドの長が凄い目で睨んでくるじゃないか。
……いいや、もう知らない。
さっさと生き返らせてしまおう。
俺は蘇生魔術を発動する。
掌から溢れ出る光の礫が冒険者の骸に染み込んでいく。
傷が塞がり失われた四肢が見る間に再生する。
肌は土気色から健康的な肌色へと戻った。
そして、心臓が動き出す。
「聖王姫クラス、それ以上の完全な蘇生魔術……! 何故……!?」
「死体を囲う趣味などない。それに、この程度の魔術、魔力消費はないに等しいからな」
冒険者ギルドの長は言葉なく立ち尽くす。
周囲から畏敬の眼差しが向けられ、パラパラと近くの難民の人が俺に手を合わせてくる。
俺は仏さまじゃないのでお祈りはやめようか。
蘇生させた冒険者が上半身を起こす。
呆けた顔のまま問いかけてきた。
「なんで、俺を、生き返らせてくれたんだ……?」
「俺の命令により戦っていたのだ。死んでしまうとは哀れだが、今一度生きる機会を与えてやる。次は命を大事にするんだな」
ガンガン行こうぜ、は禁止だぞ。
俺の目の届かないところで死んだら蘇生できないんだからな。
俺は周囲を睥睨する。
「次だ。ゾンビになって蘇られたら堪らんからな……さっさと終わらすぞ」
セリアは承知しました、と言うと教会にいる者へ告げた。
「聞きましたわね。蘇生させる者を順番に見て回るので、死体の傍を空けなさい。それと死にかけた者がいるならば連れてくるといいわ」
何人かの冒険者と難民が教会から飛び出していく。
思い当たる人物がいるのだろう。
でも、あんまり難易度を上げないでくれると助かる。
再構築魔術を使えないから、死体も残らない死に方をした人は完全な蘇生をできないんだ。
爪の先でもあればいいんだけどね。
俺は教会に運び込まれた遺体を次々と蘇生魔術で復活させていく。
難民の犠牲者をすべて救うことはできなかったが、出陣した五○○○名の軍勢は一人も欠けることなく蘇ることができた。
犠牲者、〇名……ってことで良いよね。
そして、翌日、翌々日、と進軍して主要街道へと到達した。
約三日の工程で主要街道までの街道を繋げることができた。
俺の頑張りのおかげだと思う。
また、主要街道から魔王国までの工程に宿場町が三つできた。
これまたテキトーな名前が付けられることとなり、主要街道から魔王国に向かって、始の魔王街、中の魔王街、奥の魔王街、と命名された。
魔王街には難民を二○○○人ほど移住させ、今回同道した貴族たちに領地として分配することにした。
この魔王街があれば難民たちも魔物から逃れつつ魔王国を目指すことができるだろう。
すべての後始末を終えたのは一週間ほど。
一件落着である。
あ、補足しておく。
俺はいつもの決裁書類に加えて、魔王街の決裁書類を山積みにされて、マジ泣きそうだった。
――また逃げようかな。