第四十四話 「魔王式公共事業」
俺は腕を組んで見守っている。
何をって?
目の前にズラリと彫像のように並ぶ軍勢を眺めている。
チリチリと眉間が焼けつくような感覚にソワソワする。
この場にいる五○○○名の視線が俺に集中しているのだ。
俺は独り言つ。
――こんなの精神統一霊術を発動していなかったら走って逃げるわ。
軍勢の内訳は次の通り。
まず、漆黒の革鎧に長剣と弓を持たされたエルフとダークエルフの軍勢。
先頭に立つエルフとダークエルフは黒と赤に染められた戦場旗を翻し、胸を張って立っている。
およそ五○○名の彼らは直属の魔王軍らしい。
シャウナが拵えた揃いの魔法武具に身を固めた兵士である。
続いて。
装備もバラバラ、戦場旗もバラバラ、ただし数だけは軍勢の大半締める人族の軍隊。
およそ三○○○名にもなる彼らは領地をもつ貴族たちの軍隊だ。
貴族ごとの手勢でまとまっているため、歩兵のみの中隊規模もいれば、騎馬と弓兵を連れている大隊規模もいる。
最後は装備どころか人種まで揃わない。
全員が小隊レベルのまとまりしかない武装集団の塊が一五○○名。
先頭に立つのは冒険者ギルド長と煌びやかな装備に身を固めた細身の男だ。
お察しの通り。
依頼で集まった冒険者たちの軍隊である。
冒険者部隊に出資しているのは商人ギルドなのかな。
冒険者ギルド長の隣に立つ細身の男は商人ギルドからのお目付け役っぽい。
セリアが後ろを振り返りながら言った。
「揃ったみたいようですから、大魔王様からの出陣のお言葉で進軍しましょうか」
「えー……、いきなり振るなよな……」
俺はセリアの召喚した、サモン・ライディング・グランドドラゴンの背中にある。
首の付け根辺りにセリアの操舵鞍があり、背中の鞍は屋根付きの座席になっていて、傍付きにエイルが立っている。
アウローラも来たがっていたけど、セリアの穴を埋めるために残るしかなかった。
正確に言えばじゃんけんで負けたからだけど。
まあ、それはいい。
「仕事始めの号令は大事だよ、ご主人様」
エイルに促されて渋々立ち上がる。
アウローラの言葉遣いを思い出す、彼女なら何と言うだろう。
それっぽい言葉を頭の中で捩じ上げる。
俺は声に魔力を乗せて拡声器代わりにすると、口を開いた。
「これより街道を整備する。諸君らは魔物の掃討と難民の救助に専念せよ。また、襲撃を受けていた敵勢力が現れた場合、俺が対処する。……では、進軍せよ」
セリアが声高に叫ぶ。
「全軍進め!」
各所で進軍開始ーッ!、と号令が上がる。
横並びに整列していた軍勢が、右翼側左翼側の末端から進み始める。
おお、これは歴史本で見たことがあるぞ。
鶴翼陣形というやつだ。
中央は俺が街道を整備するために開けておく必要があり、左右から魔物か難民が現れたら即座に対応するというわけだ。
おっと、感心している場合じゃない。
俺が仕事をしないと軍勢が先に進めない。
まずは平原の整地だ。
大地噴出魔術の規模、座標、効果、を調整して発動する。
深さ一メートル。
横幅二○メートルほどに渡って草木ごと大地を攪拌する。
柔らかくなった土を念力魔術で除去。
綺麗なくぼみが出来上がる。
俺は 魔力魂を掌に集める。
巨大な正方形の石材を宙に生成した。
進軍する軍勢の中からどよめきが聞こえてくるが、無視。
一瞬で正六角柱に切り分けると、マッチ棒を立てるみたいに窪みに隙間なく敷き詰めていく。
瞬きする間に百メートルの街道が出来上がった。
頑丈さはどうだろうか。
「セリア、グランドドラゴンに歩かせてもらえないか?」
「壊れてしまいますわ。グランドドラゴンは街を蹂躙するために使うような魔物ですのよ?」
「もし壊れたらすぐ直すから、ちょっとやってみてくれよ」
「もう……、知りませんからね」
セリアはサモン・ライディング・グランドドラゴンを一歩進ませる。
地を駆けるグランドドラゴンは攻城櫓のように大きく重い。
彼が乗って耐えられるならば申し分ないはずだ。
ズシン、ズシン、と重量感を与える足音が響く。
サモン・ライディング・グランドドラゴンが歩いた場所を見やる。
街道にひび割れや歪みはなさそうだ。
「……問題、なさそうですわ。いったいどんな石材を使いましたの?」
「聖鉱岩って魔物を寄せ付けない頑丈な石があるってシャウナに借りた本に書いてあったから、其れを」
「一抱えで万の軍勢が養えるほど高価なものを街道に敷き詰めないでちょうだい!」
セリアの文句を全力スルーしておく。
街道には明かりもないといけないな。
俺は魔力を吸収して明かりを生み出す鉱石を街灯替わりにポツポツと立てていく。
「あぁぁぁぁぁ、またそんな貴重な宝石を……!? 盗まれてしまいます!」
珍しく取り乱すセリア。
隣にいるエイルは首を傾げる。
「魔王様が設置した設備を盗んでただで済むと思っている人がいるなら、ずいぶんと勇気のある人だと思うけどね。平気じゃない?」
「そうそう。盗む奴なんていないさ」
「魔力のほうはどうなんですの? こんな大規模な魔術を使っていては魔力切れになるのでは……」
「この程度なら魔力回復能力で即回復するから平気だぞ」
「はぁ……非常識ですわ……」
セリアはそれっきり黙ってしまう。
「よし、この調子でガンガン舗装するぞ! エイル、目的地点までの誘導と方向修正をよろしくな」
「任されたよ、ご主人様」
俺はペースを上げて街道の整備に乗り出した。
サモン・ライディング・グランドドラゴンの歩く速度に合わせて、整地、掘削、敷設、を繰り返す。
街道の長さは一キロになり、五キロになり、一五キロに達する。
ふいに、俺は後ろを振り返る。
ずいぶんと熱中していたようだ。
西日に照らされる魔王国は小さくなっている。
魔王国の正門から伸びる白い街道がキラキラと大河のように煌めいている。
我ながらいい仕事をしたと思う。
と、そのとき。
左翼側から火球魔術を利用した狼煙が上がった。
大規模の魔物の群れとぶつかった時の合図だ。
さらに喚声、さらに剣戟の音、さらに魔法の爆発音。
戦場の音が聞こえてきた。
しばらくして、火球魔術が三発、天に打ち上げられる。
あの合図は難民を見つけた知らせだ。
セリアの声が飛ぶ。
「レイキ、舗装を中断してください。恐らく難民に惹かれて集まってきた魔物とぶつかったんでしょう」
「わかった。援護に行くか?」
立ち上がりかける俺をやんわりと抱き止める者がいる。
耳元で囁くようにエイルが言う。
「大将はむやみに前にでないものだよ。ボクがいこう」
「そうね、効果的に行きましょう。エイル、もし、戦闘後に死者が出ていたら連絡をくださいな」
「了解したよ」
エイルは左手から液体金属のような物質が振りまかれる。
金属が音を立てて形を成していく。
完成したのは、一人用のハングライダーのような飛行装置だ。
メー○ェみたいだ。
いいな、俺も乗りたい。
それから。
エイルの右腕には武骨なガトリング砲が装着される。
エイルは掛け声ひとつで飛行装置に飛び乗る。
「ぃよっと……行ってくるね~……」
メイド服をはためかせてエイルの姿はあっという間に左翼に消えていった。
「レイキ、戦闘の片づけをしていると夜になるわ。右翼側には野営の準備を出します。今日はここで一夜を明かしましょう」
「わかった。俺は寝泊まりする家を用意するよ」
「ええ、お願い……す、る、わ……って、ぇぇえ!?」
今日は慌てふためき過ぎじゃないのか、セリア。
落ち着け……大丈夫、俺が使うチート能力はだいたいこんなもんだよ、喚くほどのことじゃねぇよ。
「驚くなよ。魔王国も一日で造っただろ」
俺は街道を通り抜けるような宿場町を作り出した。
ちょうど十五キロ地点で一個の宿場町ならばちょうどいいだろう。
ここに住んでもらう人は難民の中から希望者を募ればいい。
「野営の準備をお願いして街を作る人はいませんわ……」
やや疲れた調子でセリアは言った。
しかし、すぐさま我を取り戻す。
右翼側の軍隊へと指示を出すために伝令を呼びつけた。
左翼側の戦闘が終われば難民と負傷者含む左翼側の軍隊もやってくるだろう。
俺はライフラインの構築を万全にしておくことにした。