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第四十一話 「不可避」

 人族の数はエルフ族・ダークエルフ族と比べると段違いである。

 数万人の人族が集まったこの場所はすでに小さな街になっていた。

 スラムのようなテントには汚い商店が並び、食料やら雑貨やら販売されている。


「凄い、逞しいな」

 露店に並んでいる野菜や肉を眺める。

 野菜は平原や森で取れた野草が中心で、肉は魔物や連れてきた家畜で賄われている。

 塩を初めとする調味料はシャウナに言わせると高めだそうだ。

 値段が高いのは補給ができないからかな。


「ニホンジンが特殊なだけですよ。待っていても彼らを助けてくれる者は誰も居ません。しいて言うなら王族が助けてくれますが、ここの難民たちの中に貴族はいますが王族はいないようです。貴族は自領地の領民しか考えにありませんし、土地なし貴族には民を守るなんて思考は一片もないでしょう。自力で生き残っていくしかありません」

「そうなんですか」


 シャウナ曰く。

 ここにいる難民の多くは王都に住む者たちだろうと言う。

「貴族の領地に住む領民はほぼ農民です。商店を営む者や雇われる者たちしか見当たらないようですから、彼らは王都に住んでいた者たちでしょう。貴族に雇われている兵士や召使たちも同様ですね」

「誰にも頼れないって辛いね……」

「あんな状況でも俺たちは救助がくるって信じていたからなあ……」

 俺たち日本人は政府がきっと何とかしてくれる、と頼りにしている。

 だからこそ淵ヶ峰(ふちがみね)高校では特に行動することもなく救助を待ち続けている人たちが多かった。

 シャウナの言う通り特殊な考え方なんだろう。


 念話魔術(テレパシー)で連絡を取っていたシャウナが教えてくれる。

「セリアとアウローラが主だった権力者を広場に集めたそうです」

 さてと、本番だ。

 深呼吸する。

「気合を入れていくとするか……」

「ファイトだよ、玲樹!」

 陽織がファイティングポーズを決める。

「まかせろ」

 俺は親指を立てて応えた。

 最後の交渉もバッチリと決めてみせる。


 テントも露店もない平原。

 ここは人族が取り決めをするときに使っているそうだ。


 人族は厄介な相手だと言う話だ。

 最初から全力でやろう。

 俺はエルフ族が大勢気絶した一歩手前くらいの畏怖魔術(フィアー)を発動。

 いつものアウローラの立ち居振る舞いを思い出しつつ歩き出す。


 広場に進み出る俺をセリアが迎える。

「魔王様、人族の長を集めましたわ」

 魔王様ってあなたも魔王様じゃなかったっけか。

 まあ、その場のノリと言うものか。


「うむ、ご苦労」

 俺も偉そうに返事をする。

 背後で吹き出しそうになった陽織が咳をして誤魔化していた。


 シャウナと陽織を左右に控えさせて、その後ろをセリアとアウローラを固めてもらう。

 俺は集められた人族の権力者たちの前に立った。


 護衛らしい人を除くと、二○か、二五人くらいかな。

 顔が一様に強張っている。


「そう怯えるな。俺はお前らにこの場所を立ち退いてもらうために来ただけだ。素直に従うならば殺しはしない」


 一人の初老の男が声を上げた。

 腰に帯剣した立派な体躯を持つ男だ。

「こ、ここは、魔獣の平原。冒険者ギルドで管轄されている狩場だ。我々が立ち退きを命令される言われはない……!」

 そうだ、そうだ、と同調する声が上がる。

 この初老の男は冒険者ギルドとやらの関係者なのかな。


 セリアがつつっと寄ってきて耳元で囁いた。

「彼は冒険者ギルドと呼ばれる冒険者を束ねる組織のギルドマスターで、難民キャンプの冒険者を統率しているわ」

 冒険者ギルドの関係者かと思ったらギルドマスターなんだ。

 という事は、魔獣の平原がギルドに管理されているってのも嘘じゃないわけか。


 あらら、どうしよう。

 勝手にエルフとダークエルフの住処を作ってしまった。

 罰金を払えとか言われたら困る。

 管理をしているなら売地とでも看板を立てていてほしいものである。


 俺は淡々と言葉を返す。

「構わんよ。動かなければ、アレに踏み殺されるだけの話だからな。どいてくれとお願いしているわけじゃあない、忠告しているだけだ」


 と、そこへ男の震える声が掛かる。

「待ってくれ、魔王よ! 見れば其方は人族から称号を得た魔王と見た。同じ人族として我らを助けてくれ! ただで助けろとは言わん、我が国の客将、将軍でもよい! 国を動かせるほどの権力を与えるぞ!」

 やせ気味の体に立派な衣服を纏った男だ。

 ガタガタと体を震わせながら懸命に声を嗄らすものだから、裏返った声が耳に痛い。

 正直聞くに堪えないが畏怖魔術(フィアー)の影響下にあるのだから仕方がないのかな。


「奴は貴族だ。人族の中では一番大きな勢力になる」

 アウローラが耳打ちして教えてくれる。


 髪や肌も清潔に整えられておりこんな辺鄙な場所だと言うのに生活水準が高い。

 お付の兵士の数もこの場にいる者たちのなかで一番多い。

 権力があるというのは嘘じゃないのが良くわかる。

 けど、俺に交渉してくるにはパンチが足りないな。


「滅びた国の将軍など願い下げだ。そんなもの何の価値がある。国を復興させてから、褒美をやろうなどと戯けたことを抜かすわけではないだろうな」

 貴族の男は言葉を詰まらせる。

 おいおい、図星なのか……。

 その報酬で仕事を受ける人がどこに居ると言うんだ。


「貴族様はいつまで貴族様でいらっしゃるおつもりなのやら……、困ったものですな」

 声のしたほうへ振り向く。

 思わず二度見してしまう。


 樽が歩いてきたのかと思った。

 ゆったりとした衣服を来た太っちょの男が前に出てきた。

 貴族の男とは異なり、ずいぶんと煌びやかな服を着ている。

 これは、あれだな、悪徳商人だろう。


 ひそひそとシャウナが教えてくれる。

「彼は商人ギルドのギルドマスターですね。先ほど見ていた露店を仕切っている男です」


 商人ギルドマスターはやや芝居がかった口調で訴える。

「魔王様、我らは侵略者共に追われ住む場所も食べる物もない哀れな難民なのです。南に住んでいた亜人たちに施しを与えたと聞き及んでおります。どうか、どうか、我らにも住処と食べ物を与えてくださらないでしょうか。もちろん、対価をお支払いいたします。金に女、奴隷でも何でもお支払いいたしましょう」

「耳が早いな」

「情報こそ金になりますから」


 エルフ族と人族のキャンプはヴィーンゴルヴの端から端の距離がある。

 俺たちは闘気推進闘術(ブースト)で移動してきたから素早く移動できたが、歩いて移動して来たら半日は掛かる距離だ。

 商人ギルドマスターは足の速い諜報員みたいな人材を持っているのかもしれない。


 俺は背後のヴィーンゴルヴ、傍らの四人を意識しつつ、鼻で笑う。

「生憎だが、俺は金や女に困ってはいない。それに、俺は魔王だ。貴様の要求など何一つ受けず、すべてを奪い取ることもできるぞ」

 俺が凄んでみせると、商人ギルドマスターは顔を真っ青にして飛び退いた。


 誰が誰の女になったんですか、と怒られてしまいそうだが、とりあえず今を凌ぐために使わせてもらう。

 あとで皆に謝っておかないと怖いことになりそうだ。


 冒険者ギルドマスター、貴族の男、商人ギルドマスター。

 それに続く者は現れない。


 もう少し俺の意向を反映させやすい意見が飛び出してきてほしかった。

 いまのままだと念力魔術(サイコキネシス)を使った数万人の大移動を敢行しなくてはならなくなる。


 理想は、人族の権力者から魔王への忠誠とか服従を条件とした申し出があればよかったんだよなあ。

 そうしたら、その心意気や良しとか、魔王の家臣としてこの土地を統治してみせよー、とか言って街と農地を作成して丸投げてしまおうと思っていた。

 王様がいない状態でこちらから提案をしてしまうと、権力者が我も我もと統治の権利に群がってしまうと考えていた。

 それは困る。

 せっかく用意した街や農地を巡って戦争を起こしかねない。

 あくまで自己犠牲の強い人物にすべてを押し付ける必要があるのだ。


 俺は立ち去る素振りを見せる。

「さて、どかぬと言うのならそれで構わん。俺の要求は伝えた。従うも従わぬも貴様ら人族に判断に任せよう」


「待って、待ってください!」

 一人の女性が走り出てくる。


 やや薄汚れているが、亜麻色の髪を流した姿は、見る者をハッとさせる美しさを秘めている。

 ほつれた紺色の修道服を見ると豊かな生活でもなさそうだ。

 胸元には十字のお守りを下げているところを見ると、聖職者だろうかと推測する。


 アウローラが首を傾げる。

「服装を見るに僧正(ビショップ)クラスの人間だが……気づかなかったな。あまり権力に縁のない人間と見える」


僧正(ビショップ)より上の人がいるってことか?」

「否、権力のある聖職者は見当たらなかった。恐らく興味がないのであろうな。真面目な聖職者だ」

 真面目な聖職者ってのが普通でないと困るんだけどな。

 ともかくこの女性は権力とは無縁と言うことだ。

 求めていた人材だけど、権力がないと統治は任せられない。


 僧正(ビショップ)と思しき女性は俺の足に縋りつく。

 アウローラとセリアが動こうとするが、俺は手で制した。

「俺を呼び止めて何を求めるのだ? 言ってみろ」


「お願いです。助けてください。このままでは、貧しい人々は皆死んでしまいます。食べる物も買えず、平原の安全な場所には住めず、もう限界なんです。……服従をしろと言うのなら従います。魂を寄越せと言うのなら、私の魂を捧げます……。どうか、助けて――」


 貴族の男が。

 商人ギルドマスターが。

 冒険者ギルドマスターが。

 どこかの誰かが、叫び、罵り声を上げた。

「冗談ではないわ! 街の僧正(ビショップ)風情が何をぬかす!」

「聖職者ともあろう者がなんたることか、魔王に服従などと……恥を知れ!」

「引っ込んでいろ! 我らが交渉をしているのだ、失敗したらなんとする!」


 僧正(ビショップ)と思しき女性は喧騒に負けぬ声を張り上げる。

「あなた方は、金と力と権力を手放さないことに必死なだけでしょう! そんな交渉に付き合っている暇なんて私たちにはないんです! いまにも魔物に食われそうで、すぐにも飢えで死にそうな人がいるんです!」


 平原の広場は大混乱に陥った。

「生意気な!」

「あの女を黙らせろ!」

「捕えろ! 僧正(ビショップ)の称号などはく奪してくれる!」

 兵士が動き出そうとしたところで俺は動きだした。


 宙で魔力を暴発させる。

 空気を引き裂く大轟音が場に静寂をもたらす。

「黙れ」


 俺の声がしんとした広場に通る。

「服従をすると言ったな。その言葉に偽りはないのか? どのような要求を受けたとしても従うという事だな?」

「……はい、し、従います……」

 僧正(ビショップ)と思しき女性は、青ざめた顔をしながらも懸命に答えた。


 ここからさらに良い条件は出てこない気がする。

 あーあ、理想通りとはいかなかった。

 この女性の要求を飲むと、用意した街を統治しなければならない。

 皆に心の中で謝っておく。


「そうか、そうか……服従を誓うと言うのなら助けてやらんでもないぞ。他の人族にも伝えるといい、魔王に服従するのであれば、住処と食料を提供してやるとな」


 俺は畏怖魔術(フィアー)を強めながら、喚いていた者たちに言い放つ。

「もちろん人族の誇りにかけて従わぬと言うのなら構わんぞ。魔獣の平原で好きに暮らすといい。うっかり踏みつぶしてしまうかもしれないがな」


 そして。

 俺は、エルフの森とダークエルフの森のちょうど境になる位置に街を建設した。

 三条の城壁に囲まれた城下町である。


 外側の城壁内は、農地・農園・放牧場とした。

 真ん中のの城壁内は、商業区・工業区・居住区とした。

 中央には貴族など特権階級の住む高級住宅街とし、兵舎や厩、そのほか行政区としている。

 あと城下町の中心には魔獣の平原を見渡せるどでかい城が建っている。

 街並みは僧正(ビショップ)と思しき女性から拝借させてもらった。


 ただし、エイルやシギンの力を借りて、上下水道や浄水施設、緑地帯などの構想を盛り込んでいる。

 不衛生な街にして病気が蔓延したりすると嫌だしね。

 現代日本で利用されていた街の利便性を吸収したハイブリットなミシュリーヌ城下町の誕生である。


「すまん、結局こうなった……」

 俺は素直に謝った。


 一仕事終えた俺に待ち構えていたのは、陽織の頬を掻く困り顔であり、シャウナの頭を抱えた姿であり、アウローラの怒気の込められた笑顔であり、セリアの予想してましたわと言わんばかりの呆れ顔であった。

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