第四十話 「魔王無双ふたたび」
地上に降りるためヴィーンゴルヴの昇降機に乗り込む。
乗るのは、俺、陽織、アウローラ、セリア、シャウナである。
ライルは戦場の後片付けがあるので居残りだ。
地上に到着するまでの間に難民について詳しく説明してもらった。
まず、難民の人種である。
すでに言語魔術が使える、陽織、アウローラ、セリア、によって調査されていた。
第一の難民、エルフ族。
ミシュリーヌ南西部の森林地帯に住む種族だ。
故郷を焼き払われて生き残りが魔獣の平原にやってきたのが始まりらしい。
第二の難民、ダークエルフ族。
ミシュリーヌ南東部の森林地帯に住む種族。
境遇はエルフ族と同じ。
一部の戦士が抵抗を続けているらしいが、非戦闘員はほとんど魔獣の平原に逃げているらしい。
第三の難民、人族。
これが少々厄介だ。
五つの国の難民がごちゃまぜに避難しているらしく、エルフ族やダークエルフ族のように王族がいない。
貴族の派閥や各ギルド、各村落ごとにまとまっているらしく諍いが絶えない。
平原のどこに住むかだけでも争っているらしい。
めんどくさいことこの上ない。
その他、細かい種族がいるが上記三つの種族のどれかに属しているので分類は三つで良いとのこと。
「要するにヴィーンゴルヴが歩けるように移動してもらえばいいんだよな?」
「簡単な話ではありませんわ。移動させないためにわざわざ足元に住処を置いているのかもしれませんので」
「なるほどね」
セリアの指摘は最もだ。
俺が血も涙もない人だったら難民を踏みつぶして移動していく。
難民も踏みつぶされることを覚悟のうえでヴィーンゴルヴの足元に住んでおり、侵略者の攻撃から守ってもらおうとしている。
ムリヤリ難民をどかすにしても何万人と言う数だ。
皆が協力すればできないこともないだろうけど死人がでるかもしれない。
確かに、シャウナの言う通り判断の難しい問題だ。
逆に言うと俺の判断を待っててくれたっていうことだよな。
「俺がどういう対処をしても、皆は協力してくれるってことで……良いのかな?」
「私は玲樹を信じているけど、何をするつもりなの?」
「難民の支援をしようと思ってる」
長いため息が聞こえてきた。
アウローラである。
「レイキ。余が二つの選択を提示しよう。その結果も予想してやる」
アウローラは一本目の指を立てる。
「ひとつ。支援するのは良い。ヴィーンゴルヴの足元から難民をどかせられるだろう。だが、アーシル人に対して行ったガイスト対策で起きたことの二の舞になるだろう。さらに問題なのは、アーシル人たちを支えていたような生活基盤がまったくないことだ。難民たちの衣食住をどのように提供する? ヴィーンゴルヴに支援を求めることは可能だが、物資提供をはじめたら止めることはできんぞ?」
続けて、アウローラは二本目の指を立てた。
「ふたつ。魔王の力を使って難民共を追い払う。余らにはそこまでの芸当はできないが、レイキならば死人を出さずに熟せよう。これの物資提供は一回限り施しをすれば終わりでもよい。情けを掛けると言った感じであろうな……。悪いことは言わん、二つ目の方法が良いと思うぞ」
念力魔術を使えば何万人の移動もできるかもしれない。
ただ、放置すれば殺されてしまうかもしれない人々だ。
さすがに可哀想である。
なかなか頷かない俺を見て、陽織がポリポリと頬を掻きながら言葉を挟む。
「私もシャウナとエルフの王様に会ってきたけど。凄い貫禄のある人だったよ。王様なわけだし交渉事で勝負ってのは、やめておいた方がいいんじゃない?」
シャウナも同意してくる。
「……そうですね。レイキはそこまで話術が得意ではありませんし、不満かもしれませんけどふたつめの案のほうが良いと思います」
良くわかった。
概ね俺の交渉力は全くもって信頼されていないと言うわけだ。
ここらで一発、名誉挽回をしなくてはなるまい。
「だいじょうぶ、俺だって学んでいるんだ。まかせとけ!」
俺は自信たっぷりに言い放った。
がんばってね、と応援する声もない。
八の胡乱げな瞳がジトーッと向けられるのみである。
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最初に訪れたのはエルフ族のキャンプだ。
彼らが占拠するのはヴィーンゴルヴの後ろ右足部分に当たる。
俺が陽織たちを引き連れて近づいていくと、弓を持ったエルフの若者が警戒を露わに叫ぶ。
「何者だ! ここはエルフ族の縄張りだぞ、立ち去れ!」
いきなり障害だ。
でも、だいじょうぶ。問題ない。
俺は畏怖魔術を発動させる。
畏怖魔術は暗黒魔術で相手の精神力の強さで掛かりが変わる。
そのため魔力が高い相手や精神の成熟した相手には効果が薄い。
だが、使用するのは魔力総量が桁違いの魔王様である。
エルフの若者の顔が途端に真っ青に変わる。
こうかはばつぐんだ。
若干、陽織たちからも距離を取られるのは辛いけどね。
効果範囲は限定できるけど効果対象の限定ができないんだよね。
魔術の設定もまだまだ甘いな。
ついでに闘気障壁魔術と闘気掌も発動しておく。
ゆっくりと、堂々と、エルフの集落へと歩いていく。
アウローラの言葉遣いを意識しながら居丈高に話しかける。
「魔王が会いに来たと王に伝えろ。こんな場所に居座られると邪魔で仕方がないのでね」
普段ならこんなこっぱずかしい言葉遣いできるわけがない。
事前に精神を安定させる霊術、精神統一霊術を掛けておいた。
精神統一霊術は感情の起伏を抑えて、冷静さを保つ効果がある。
上がり症の人には垂涎の霊術だね。
エルフの若者は転がるようにキャンプの奥へ走っていく。
キャンプからは続々とエルフの兵士が飛び出してくる。
が、ちらりと視線を向けるとたちまち足を竦ませて立ち止まってしまう。
畏怖魔術の威力は申し分ない。
しばらくすると豪奢な杖を持った一人の男が歩み出てきた。
渋いおじ様風のエルフだ。
額に宝冠をつけているからこの人が王様なのかな。
畏怖魔術を至近距離から浴びているのに顔色一つ変わらない。
凄い人だな。
宝冠をつけたエルフが問う。
「このエルフの集落に何用だ。魔王よ」
「邪魔だから失せろと言っている。このまま我が城を歩かせたら汚い血で足が汚れるからな」
俺は畏怖魔術の威力をさらに高める。
ざわりと空気がどよめいた。
「……失せろと言われても行く当てもない。魔王よ、取引をしないか?」
「言ってみろ」
宝冠をつけたエルフは懐から蜂蜜色の小瓶を取り出した。
鑑定魔術で確認すると、エリクサーと表示された。
再生魔術と同等の効果がある薬みたいだ。
「エルフ族に伝わる秘伝の薬だ。これの製造法をやろう。その代わり、我々エルフ族を救ってほしい」
――えー……しょぼくない?
正直いらない。
ていうか再生魔術レベルの製法の価値がわかったところで役に立たない。
こっちは再構築魔術持ちがいるのだ。
アウローラが怒声を張り上げる。
「エリクサーの製法如きで庇護を受けようなどと、戯けたことを――! 話にならんわ!」
「我らにはこれが精いっぱいなのだ。森を焼け出されて逃げ延びた者たちしかいないのだから」
「落ち着け、アウローラ。エルフ族は出せるものがないというのだ。仕方あるまい」
俺は内心ドキドキしながらアウローラを下がらせる。
普段はこんな口の利き方をしないからあとで怒られるじゃないだろうかと冷や冷やする。
「では……」
「そうだな。差し出すぬものがないのであれば用はない。邪魔者は殺して片付けるとしよう」
俺は最大級の魔力を込めて畏怖魔術をぶっ放した。
強烈な魔力の波動が駆け抜ける。
ほとんどのエルフがその場に倒れ伏す。
数人のエルフは膝をつき、宝冠をつけたエルフは杖に縋りつき、堪えている。
右手に魔力を集中させる。
赤黒い雷光が掌から迸る。
別に何かの魔術を発動させるわけではなく、闘気掌に魔力だけを通して其れっぽく見せているだけである。
でも、いまにも何かの魔術を発動させそうな感じに見えるだろう。
「ま、まて! 待ってくれ、我々には本当に何も……!」
「未来永劫、魔王のどのような要求にも絶対に服従するというのなら。助けてやらんでもないぞ」
「馬鹿な……そのような事、我の一存では決められぬ!?」
「お前はエルフ族の王だと聞いているぞ。決められぬわけがあるまい、決められないのなら、やはり一族諸共死ぬしかないな」
これで従ってくれるなら良し。
ダメなら広範囲の電撃魔術で全員を気絶させてから遠くの安全そうな場所にまとめて捨ててこようと考えている。
捨ててきたとしても物資提供はするつもりだ。
超強気交渉。
グナとの交渉で学んだが、優しく優しく触れ合おうとするとべったりと甘えられてしまう。
多少強引にでも主導権を握ってしまったほうがいいんじゃないかなと俺は考えたのだ。
宝冠をつけたエルフは歯を食いしばり俺を睨みつけていた。
だが、最後には、折れた。
「わかった、従う……。皆を殺さないでくれ」
「最初から素直に従えば良いものを。さて、救ってほしいという事だったか。エルフ族の住処と食料があれば問題ないか?」
「……五○○○人ほどになる」
「なるほど」
俺は思案する。
住処と食料を支援するとは言え、毎度毎度こちらから何かを用意して提供するのは手間だ。
できれば自給自足をしてほしい。
「エルフの王、お前たちの住処は食料が豊富だったのか?」
「そこで暮らしていれば森から出る必要はなかった」
となれば、エルフたちの故郷を復活させると住処と食料を確保できるんじゃないだろうか。
「少し故郷の情報を寄越せ」
俺は宝冠をつけたエルフに近寄ると、記憶読込魔術を掛ける。
エルフの記憶から豊かな大森林の光景が流れ込んでくる。
「よし、行くぞ。エルフの王、お前も来い」
俺は陽織たちに加えて、エルフの王と数人のエルフを引き連れて歩き出した。
目指すのはヴィーンゴルヴから少々離れた魔獣の平原のど真ん中だ。
いい加減歩き疲れた頃、エルフの王が不審げに問いかけてくる。
「こんなところに連れてきてどうするつもりだ?」
「お前らの住処を用意してやろうと言うんだ。もうちょっと感謝の念を示したらどうなんだ」
彼の言う通りヴィーンゴルヴの進行方向からも外れているしこの辺りでいいだろう。
俺は掌を平原についた。
潤滑魂を使った生命の創造は初めてなので上手くいくか少し不安だ。
俺がやりたいこと。
それはエルフたちが住んでいた故郷の森を再生させることだ。
記憶読込魔術で手に入れた情報を頼りに、潤滑魂で植物、大地、清水、あらゆるものを情報に沿って再現していく。
エルフの若者が叫ぶ。
「見ろ、森が……! 我らの森が!」
大地にふっくらと芽をだした植物は急激に成長していく。
苗木は若木へ。
若木は巨木へ。
平原の一角を凄まじい速度で木々が覆い隠していく。
広さは山手線内側程度だろうか。
魔獣の平原の一割にも満たない面積だが立派な森が誕生した。
宝冠をつけたエルフはカッと目を見開いている。
そんなに瞼を開けたら目玉が零れ落ちるだろう、と心配になる。
「どうやって……!? 失われた我らの森を生み出したと言うのか……! そんな、そんなことが!」
いちいち説明するのも面倒なので無視だ。
「この森はお前らにやる、好きに使え。……約束を忘れるなよ」
俺は取り乱すエルフの王の肩をポンと叩いて通り過ぎていく。
お次はダークエルフ族だ。
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ダークエルフ族はヴィーンゴルヴの後ろ左足部分にキャンプがある。
エルフ族と仲が悪いのでちょうど反対側に拠点を作ったらしい。
キャンプに入るなりダークエルフ族の兵士たちに取り囲まれる。
全員が槍で武装している。
どうやら俺たちが来ることをわかっていたみたいだ。
「ようこそ、ダークエルフ族の村へ。歓迎しようじゃないか魔王」
槍衾を割って一人の男が出てくる。
浅黒い肌には黒い文様がびっしりと彫り込まれている。
オラオラ系の兄ちゃんといった雰囲気のダークエルフ。
俺が苦手とするタイプの性格だけど、精神統一霊術のおかげで心はざわめかない。
額にはエルフ族の王がつけていたようなサークレットを嵌めている。
彼がダークエルフの王様らしい。
「オレ達ダークエルフ族にも森を寄越せ。エルフ族に用意したような森だ、報酬は金、力、女、何でも用意してやるぞ」
「ほう、見ていたのか」
どうやらエルフの村を監視していたらしい。
森を与えてもらったのを見て自分たちにも用意してもらおうという算段なのか。
でも、人にものを頼む態度じゃないよね。
これはお仕置きですわ。
「だが、お前たちが要求できる立場にあると思っているのか? 何も与えず、すべてを奪い取ってやってもいいんだぞ」
俺は有無を言わさず魔術を放つ。
重力霊術。
対象範囲内のすべてに加重力を掛ける霊術をダークエルフ族の集落に叩き込んだ。
ズンッと地面が沈み込む。
テントがぐしゃりと潰れ、その場にいたすべてのダークエルフ族が地面に這いつくばった。
後ろにいる陽織たちには心の中で謝っておく。
彼女たちは強いからよろめくくらいで耐えられるだろう。
「ぐ、がぁ……何を、しやがったぁぁあああ……」
呻き声を上げながらもがくダークエルフの王様の目の前に腰を下ろす。
「助けを乞うならマシな言葉を用意しておくんだったな。一族諸共死ぬか、未来永劫に魔王に服従するか、選べ」
「ほざけ……!」
ダークエルフの王様は果敢にも槍を突き出してきた。
が、闘気障壁闘術に阻まれてあっさりと槍は砕け散った。
「バカなッ、魔法武器が粉々に……!?」
「そんな武器が利くとでも思ったのか。おめでたい奴だな」
俺は掌を天に掲げる。
稲妻を発生させる球体がいくつも掌に集まり始める。
「服従する気はないなら、死んでもらうしかないな」
ちょっとイラッとしてしまったので本気の電撃魔術の発動準備に入る。
全員気絶させたら、召喚魔術で呼び出した魔物たちに運ばせて、再生させたダークエルフの森にぽいっと捨ててきてくれるわ。
「……! ぐ、待て、待ちやがれ……! 従えば、命の保証をしてくれるんだろうな……?」
「エルフ族と同じ待遇にしてやる」
「……わかった。ダークエルフ族は魔王に忠誠を誓う……」
「じゃあ、お前の故郷の記録を読ませてもらうぞ。森の再生に必要だからな」
俺はダークエルフの王様の頭をわっしと掴む。
記憶読込魔術を発動する。
ダークエルフの記憶から流れてきた光景は湿地帯と霧に包まれた森だ。
エルフの森とはだいぶ様相が異なるが離れた場所につくれば問題ないだろう。
重力霊術を解除するとダークエルフたちに命令する。
「ついてこい。お前らの住処を用意してやる」
ダークエルフ族の森はエルフ族と喧嘩にならないように同じくらいのサイズで再生した。
距離も離れているので森が広がったとしてもくっつくことはないだろう。
エルフ族とダークエルフ族。
両種族を速やかにヴィーンゴルヴの足元から撤収させることに成功した。
鮮やかな手並みではなかっただろうか。
俺は後ろについてきているはずの皆へ振り返る。
「どうかね、俺の交渉術は?」
「交渉ってより、脅迫……、かな」
と、陽織が言う。
良いとも悪いとも言い難いと複雑な顔をしている。
「余は感動した。実に魔王らしい手腕である……素晴らしいぞ、うむ……実に、素晴らしい」
アウローラはやや興奮気味だった。
俺の交渉術は彼女には受けたようだ。
「魔術を使うなら一言欲しかったですけどね……、良かったのではありませんか」
一人泥まみれになっているのはシャウナだ。
重力霊術で地面に磔にされてしまったらしく、鼻の先に泥がついていた。
ハンカチで鼻の頭をぬぐいつつ、清潔魔術で綺麗にしてあげる。
「あとは人族ですわ。一番まとまりがないので苦労するかと思います」
「そうだな」
セリアの忠告に、俺は鷹揚に頷いた。
人族が集まっているのはヴィーンゴルヴの先頭になる。
さて、最後の交渉だ。