第三十八話 「超強化」
本章は、シギンの視点で書かれています。
シギンは潤滑魂を解放する。
掌に集束していた薄青色の光が消えていく。
「……こんなものですか」
シギンの目の前には一人の青年が寝ている。
流 玲樹である。
闘気爆散闘術により塵も残さず消滅してしまった彼だが、陽織が合流したことにより再構築魔術で肉体を再生してもらっていた。
陽織は再構築魔術で蘇生されたことにより、神獣イルミンスールの魂の記憶をコピーして神技を習得している。
ここまではレーキの想定していたことだ。
しかし、とある女が余計なことを言ったために妙なことになっていた。
とある女とは、アウローラだ。
「こいつの無茶のたびに死なれていては叶わん。再生するだけでなく強靭な肉体を与えることはできないのか?」
強靭な肉体を与える、という意見。
その場にいた全員が一致していた。
シャウナ、陽織、エイル、アウローラ、セリア、そしてシギンである。
目的は違えど全員が玲樹を強くしたいと思っていたのだ。
こうして本人の与り知らぬところで改造計画が開始された。
が、各々の意見が合わない。
「このままでもいいんだけどさ。なんか面白みが感じられないんだよね、ご主人様はもっと格好いい肉体のほうが気に入ると思うんだけどな」
「エイルさんの意見に賛成です」
そう言ってシギンはエイルと共同制作した強化装備を取り付けようとする。
レーキ傍らに置かれているのは巨大な兵器、さらにカイザー・ガイストを思わせる装甲である。
余談であるが。
玲樹が見ていたなら次のように評したであろう。
今日から俺は、どこぞの勇○王か、武○神姫だな、と。
巨大な兵器など、不明なユニットが接続されました、と血涙を流してネタに走るであろう。
なので、陽織、シャウナ、は強弁に反対した。
「玲樹に人間やめさせないでちょうだい! こんなもんつけたら後々困るでしょうが!」
「レイキはあまり目立つことを好みません。いずれニホンジンの社会に戻ることを考えるならば、いまの人間の体をベースに考えるべきだと思います」
「却下だ。その鉄塊を装備させるのはあきらめろ」
最後はアウローラも参戦したことで、三対二で強化装備の装着は見送られたのであった。
あくまで人類の姿形と精神を保ったまま強化されることとなった。
「残念だなあ……」
まだ諦めきれていないエイルにセリアが苦言を諭す。
「いまのままで良いではありませんか。わたくしたちが束になって掛かったとしても敵いませんのよ?」
セリアの言う通り戦闘力は高い。
シギンも戦える兵士だと自負しているが、自分の持てる全戦力を投入してもレーキを倒すことは無理だ。
ここにいる全員がすべての力を出し切って挑んでも正面から叩き潰されてしまう。
「具体的にはどうなったんだっけ?」
陽織の質問に答える。
「潤滑魂の操作能力、潤滑魂と魔力の統合管理能力、魔力総量の増大、アーシル人の生命を生み出す能力、シュバルツ・ブリードの能力付与による魔術攻撃の無効化……このくらいでしょうか」
「反則も大概ですね」
シャウナの一言に皆が納得する。
が、当初の予定通りレーキに強靭な肉体を与えるという目標は達成できた。
「改造は終わりましたけど、レーキの体に馴染むまで休息が必要です。目覚めるのはもう少しあとになります」
アウローラは踵を回す。
あとを追うように陽織も続いた。
「良い。レイキが目覚めるまでに外の問題をなんとかしなくてはな……」
「ヴィーンゴルヴの足の修理は終わりそうなんだっけ?」
「足のほうは問題ないらしい。だが……」
医療室の扉をくぐった二人の会話が遠ざかっていく。
エイルとシャウナもまた医療室を後にする。
「ボクはヴィーンゴルヴに展開してある魔力障壁魔術の魔法陣の研究に戻るよ。さらに巨大なものが必要になるかもしれないからね」
「私も潤滑魂の研究に戻ります」
残ったのは、セリアとシギンだ。
「行かないんですか?」
「わたくしは、特にやることがありませんので……」
セリアは覇王姫時代の不死者の体になっている。
陽織の再構築魔術を受けることにより、消滅してしまった肉体を取り戻してもらったのだ。
だが、先日アウローラと戦った時に敗北を喫している。
新たな目標と肉体を得た友人に負けたことにより思う事があるのかもしれない。
シギンは善意から提案をしてみる。
「改造ならいつでも承りますよ?」
「……お断りです!」
歯をむき出して拒否られる。
レーキには奨めるのに己が改造されるのは嫌らしい。
そりゃ、他人だものね。
好きなことを言えるというものだよね。
「セリアさん。あたしは悩みを抱えたことがないのでお力になれることはありません。ただ、ひとつ言わせてもらうなら、愚痴を垂れるわけでもなく深刻そうな顔でウロウロされると困ります。対処方法がありません」
シギンは先を続ける。
「アウローラさんにもいろいろ助言を頂いて目標が定まったと聞いています。歩きはじめたらどうですか?」
「そう、ですわね……わかっています」
セリアは納得していなさそうな声で理解したような口を利いて去っていく。
その黄昏た背中を見送りながらぼそっと呟いた。
「人間はめんどくさいですね。そうは思いませんか、シギン」
すると、シギンにしか聞こえないもう一人のアーシル人の声が聞こえてくる。
「あたしがドライ過ぎる? はて、シギンの肉体の乾燥状態には余念がないつもりですけど」
どこからか聞こえてくるため息に、シギンは頭を傾げるのであった。