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第四話 「元魔王様の個人授業」

 シャウナと出会ってから三ヵ月の月日が流れた。


 俺はシャウナにいろいろと質問をした。

 どこから来たのか。

 魔術とは一体何なのか。

 しれっと尻尾を触ってもいいか、と頼んでみた。


 シャウナは親切でいろいろな疑問にすべて答えてくれた。


 ミシュリーヌと呼ばれる異世界について。

 ミシュリーヌは魔術と闘術が発達した世界であること。

 シャウナは獣人族という種族であること。


 そして。

 恥ずかしそうにふさふさの尻尾を触らせてくれた。

 根元を方をちょっと引っ張ってみたら顔をざっくりと引っかかれた。


 シャウナはミシュリーヌから転移魔術(テレポーション)で逃げてきたと言う。

 全身の怪我の事と何から逃げていたのかを聞いてみると、「あとで教えてあげましょう」と薄い笑みを浮かべた。


 毎日朝になるとシャウナに質問をしにいく。

 いつしか質問は日課となり、魔術講義の時間となった。


 今日もシャウナの魔術講義がはじまる。


「先生、称号についてもう一度教えてください」

「いいですよ、称号とは……」


 先生もといシャウナ曰く。

 すべての生命体は条件を満たすと称号を習得できる。

 おさらいとして魔王の称号についても教えてもらう。


 魔術を極め、その身に宿す魔力を極限まで高めた者が得る称号、魔王。

 魔王はすべての魔術を使える。

 また、魔力が向上して自動で回復する能力を持つ。


 素晴らしいチート能力ではないかと喜びたいところだが、これはミシュリーヌでのお話。


「ニホンジンは弱いです。レイキは特に貧弱ですから魔術を過信しないように。いいですね?」

「はい……、先生」


 ひでぇ言われようであるが否定できない事実だ。

 甘んじて受け入れよう。


 魔力も闘気もない世界でろくな運動もせずに怠惰な日々を過ごしてきた高校生にはすべてを薙ぎ払う超絶能力は宿るはずもなく……。

 俺は人類が持っていなかった魔力を少々と基本的な魔術を無詠唱で使えるようになっただけであった。

 上級の魔術も使えるには使えるが発動に必要な魔力が足りない。

 リアル、MPが足りない、てやつだ。

 イオ○ズンは使えない。


「でも、蘇生魔術(リザレクション)はなんで使えたんですか? 上級の魔術っぽいですけど」

「魔術は魔力消費量によって効果が変わります。蘇生魔術(リザレクション)は効果を最低にすれば魔力量が少なくとも発動できます。私の遺体は損傷が少なかったので効果の低い蘇生魔術(リザレクション)でも復活できたんです」

「なるほど。勉強になります、先生」


 シャウナはジトッとした目で俺を見やる。


「……いつも言っていますが、私を先生と呼ぶ必要はありませんよ」

「そうはいきませんよ、先生は俺の先生ですから」


 シャウナは眼鏡の目元を抑える。

 諦めたようにため息をついた。


「……まあ、あなたなら平気かもしれませんね。他に聞きたいことは?」


「魔術の無詠唱と詠唱でどう違うのか教えてください」

「では、実践してみましょうか」


 魔術は、規模、座標、効果、を指定して効果に見合った魔力を消費することで初めて発動する。


「詠唱呪文は、規模、座標、効果、がすべて固定されています。例えば……、小さき明かりよ、我が手に……ライト」


 シャウナの右掌の上に白い球体が現れて周囲を照らす。


「無詠唱は、規模、座標、効果、をイメージで指定します。このように……」


 シャウナの左の人差し指の先に小さな炎が灯る。


「一見すると無詠唱魔術のほうが有利に思えますが弱点もある。レイキはわかっていますね?」

「イメージに失敗すると発動しなかったり、狙った魔術の効果が発動しないことです」

「正解です。レイキは魔術をよく失敗させていましたからね、良くわかるでしょう」


 俺は模擬戦でさんざん経験していた。

 平常時なら問題なく無詠唱魔術は発動するが、焦りや痛みなど精神的に不安定な時に発動しないことがあった。

 加えて、イメージを不確かなまま魔術を発動させるとエライことになる。


 魔術一発で魔力のほとんどを持っていかれたり。

 自分の頭の上で発動して爆発したり。


 さらに、俺はすべての魔術を使える。

 使える魔術が多すぎて何の魔術を発動させるのかイメージが固まらない問題があった。

 そのため、一か月くらいはひたすら魔術を安定して発動させる訓練をしていた。


「あれだけ練習したので呪文の不発はもうありませんよ」

「慢心はいけませんよ。呪文を発動させない手段はいくらでもあります。この前も経験したでしょう」


 以前、模擬戦の最中にシャウナに腕をもぎ取られたことがある。

 あれは痛かった。

 全身から汗が噴き出て涙がボタボタ流れて、……ああ、思い出したくもない。

 あの時はあまりの激痛に魔術を使えず芋虫のように蹲っていた。


 シャウナは呆れつつ再生魔術(リジェネレイト)を掛けてくれたが、放置されていたら出血で死んでいたかもしれない。


 それ以来、精神力、精神力、とスポコン漫画のようにシャウナは言ってくる。

 天○飯だって腕飛ばされたら激痛に叫んでたじゃないか。

 腕が無くなっても耐えられる精神力ってどんだけだ。


 しかし。

 同じような羽目にならないように、痛み対策はすでに実施済みだ。


 俺は戦闘中の妨害に対応すべく、自分に痛覚遮断魔術(アンペイン)を掛けている。

 痛みがゼロになるせいで致命傷に気づかずに戦ってしまう危険性はあるが、接近戦になるまえに片を付ければ問題なしだ。


 でも、シャウナはそれが気に食わないようだ。


「痛いのは生きている証拠です。痛みが消えるのは死んだ時だけです」

「そんなご無体な……」


 ミシュリーヌの人たちは治癒魔術(キュア)再生魔術(リジェネレイト)が使えるからなのか訓練でも容赦がない。

 死ななきゃ平気でしょって考え方、やめてほしい。


「話を戻しましょう。魔術は、規模、座標、効果、を指定しないと発動しないことは説明しましたが、一部の特殊な魔術はその限りではありません」

 シャウナは二本の指を立てる。


「技巧魔術と超魔術です。この二つは、称号を得ることで使えるようになるため詠唱呪文がありません。また、技巧魔術の中には一部の種族しか習得できないものもあります。まずは、技巧魔術を説明します」


 シャウナは一本目の指を折る。

「技巧魔術は習得すると自動で効果を発揮します。レイキがミシュリーヌの言語と文字を扱えるのは技巧魔術のひとつである言語魔術(ハイパーランゲージ)のおかげですが、特に魔術を発動しているつもりはないですよね」


「そうですね。魔力の消費もないです」

 言語魔術(ハイパーランゲージ)は全世界に存在する種族・生物の言語を翻訳・通訳してくれる。


「技巧魔術は、発動条件がない、または、魔力を消費しない、と言った色々な特性があります。その代わり使用者の魔力総量や魔術素養によって規模と効果が指定されます」


 技巧魔術には、遠視魔術(クレアボヤンス)探知魔術(サーチ)鑑定魔術(アナライズ)清潔魔術(リフレッシュ)言語魔術(ハイパーランゲージ)、などある。


 シャウナは二本目の指を折る。

「超魔術は、規模、座標、効果、を指定しなければ発動しないことは一緒です。わざわざ区分けされているのは、いまだに研究途上の魔術であるためですね」

「よくわからない魔術ってことですか?」

「その通りです。召喚魔術(サモン)などは最たるものでしょう。召喚される魔物たちはどこから来ているのかいまだにわかりません」


 召喚魔術(サモン)は世界に棲む魔物から伝説の魔物まで呼び出して使役させることができる。

 召喚された魔物は召喚獣と呼ばれ、召喚者の命令に忠実に従い、役目を終えると魔力に戻り、死亡すると召喚時の魔力を消耗する。

 知性のある召喚獣は助言や知識を授けてくれるらしい。


 召喚時と召喚中は魔力を消費するためせいぜい五体しか召喚できないが、本当の魔王は召喚魔術(サモン)を使って軍勢と呼べるほどの魔物を従えるらしい。


「ところで。召喚魔術(サモン)で遊んでいたりはしていませんね?」


 シャウナがじぃっと俺の目を見つめてくるので、にこっと笑ってみる。

 氷のような鋭い視線は変わらず射抜いてくる。


「もちろんですよ」

「本当にしていないんですね?」

「……してないですよ」


 嘘を吐く。

 試したんだよな。

 まあ、こっそりと返しておけばわかりっこないさ。


 シャウナはスンスンと鼻を鳴らすと、冷ややかな笑みを浮かべる。


「獣人族は鼻が良く効きます。獣人族だけが使用できる技巧魔術、嗅覚魔術(ハウンドセンス)が使えるからです。レイキ……私の所有物を何か持っていますね?」


「うぇ……ちょ、待っ――!?」


 言い訳を考えていたところを組み伏せられ、後ろ手で床に押し付けられていた。


 シャウナが俺の懐をまさぐると折り畳まれた白い布を取り出してきた。

 白い布地には細かな衣裳が施され、質素でありながらさりげないお洒落が表現されていた。

 シャウナのパンツである。


「……違うんです! 違いまッ! これはあああぁぁぁ、ぎぃゃああああ――ッ」


 ボキボキボキッと鈍い音が俺の手首から聞こえた。

 激痛に目元が潤む。


 この女、握力だけで骨を砕きやがった。


召喚魔術(サモン)は現世の生命体に掛けるとレジストされます。ただし身に着けているものははぎ取られたりします。次にやったら首を引っこ抜きますからね」


 痛覚遮断魔術(アンペイン)を掛けてから治癒魔術(キュア)を掛けた。

「……痛ぅ……、口で言ってくださいよ。骨を折るなんてひどい……」

「人のパンツを盗む方がよっぽどですよ!」


 ぷんすこと怒りを露わにするシャウナ。


「盗んでません。事故です」


 毅然とした態度で無実を主張する。

 シャウナの平手打ちに俺の頬は腫れ上がった。


「……まったく、はあ……。魔術の発動条件については以上になります。他に聞きたいことはありますか?」


 数秒間、悩み、意を決して尋ねた。

「……俺は、勇者に勝てますかね……?」


 シャウナが親切に教えてくれるのには理由がある。

 ミシュリーヌには勇者という魔王を狩る人がいる。

 勇者の称号は魔王の称号の居場所がわかるようになっているらしい。


 問題は、すでに勇者は魔王を二人倒しており、三人目のシャウナと戦っている。

 シャウナは勇者との戦いに負けそうになり逃げたところを俺に殺されてしまったのだ。


 いま魔王の称号を持つのは俺。

 勇者は俺を殺しに来るだろうとシャウナは言った。

 それから三ヵ月である。

 俺は明日来るか明後日くるかと勇者の来訪に怯えている。


「いまのレイキの力では瞬殺でしょうね。私にも勝てないのですから」

「ですよね……」


 ああ、魔王の称号なんてフルスイングでどぶ川に投げ捨ててしまいたい。

 称号のせいで安全な場所まで逃げるなんてこともできない。

 もし、安全な場所に勇者が攻めて来たりなんぞしたら迷惑が掛かってしまう。

 自衛隊に助けを求めても敵うかどうかもわからない。


 しかし、魔王の称号を返却しますとか消してくださいとかお願いして本当に無くなってしまったら困るのは俺だ。

 魔術の力がなくなってしまったら魔物の蔓延る日本(デンジャーゾーン)を生き残ることはできない。


 俺はまだ死にたくない。


「いまからでも勇者と和解できないんですか?」

「無理です。魂喰いの剣(ソウルリーパー)で魔王を殺して回っているのが勇者です。問答無用で襲いかかってきますよ」

「魂喰いって……勇者の武器にしては物騒な名前ですね」

「もともとは魔神が持っていた武器です。勇者が魔神を倒した時に奪い取った物と聞いています」


 勇者と言えば魔王を倒す物語が多いけど、実際に魔王になってみれば迷惑な話だった。


「勇者がいつこの地に現れるかはわかりませんが、少しでも鍛えておきなさい。模擬戦くらいなら相手をしましょう」

「……お願いします」


 シャウナに模擬戦で勝ってはじめてスタートラインだ。

 先の見えない話であった。


 会話が尽きた頃、シャウナのお腹がきゅるるるっと可愛らしい音を立てる。


 いまは朝の八時三○分。


 シャウナと話し始めてから二時間近く経っている。

 朝食も食べずにずいぶんと話し込んでしまっていた。


「模擬戦は何か食べてからで頼みます。ついでに先生の朝食をもらってきますよ」

「お願いします。あ、そうですね。かっぷらあめんが残っているようでしたら頂いてきてください。レイキの世界の食べ物はなかなか美味ですから」


「カップ麺ですか……」


 シャウナはこの教室に陣取ってからあまり動いていないように見えるが太ったりはしないのだろうか。

 三ヵ月前に比べるとお腹回りがぽちゃっとしたような気がするんだが。


 気のせいであってほしい。


 やや小麦色のほっそりと引き締まったお腹がたるんでいく様子など見たくはない。

 じぃっとシャウナのお腹を見つめていると毛皮のローブで隠されてしまった。


「なんですか。そんなにおへそを見つめられると恥ずかしいのですが……」


 違うんですよ、シャウナ先生。

 シャウナ先生の魅惑のくびれが不安になっただけなのです。


「先生、カップ麺は油分が多いので太りやすいのですが……だいじょうぶですか?」

「ふと……!? も、問題ありません。そんなにたるんだ生活はしていませんよ」


 胸を張り、力こぶを見せつけるシャウナ。

 しかし、目に見えるこぶは見当たらない。

 釘付けになってしまうのはツンと張りのある胸の膨らみとしゅっと曲線を描く谷間である。


「そっすか。では行ってきます」


 俺は食堂へ向かった。

2016/10/9

主人公の設定を改変しました

当初、魔王と勇者の称号を持っていましたが、魔王の称号のみとしました

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