第三十七話 「消滅」
最後の戦いの後半戦です
ライルはカイザー・ガイストの装甲の残骸を掴む。
「シュバルツ・ブリード、を……使う……」
「馬鹿! あれは調整中だって……」
「シュバルツ・ブリード、起動……!」
ライルはシギンの静止を振り切る。
ライルの言葉に反応して、カイザー・ガイストの装甲の残骸が溶ける。
黒い液状になったカイザー・ガイストの装甲はライルに張り付くとミシミシと装甲に食い込んでいく。
たちまちライルの体は黒い液体に呑み込まれて変貌していく。
腕や脚には筋肉のようなうねりが浮き出る。
手足の先には鋭い爪。
足は鳥類に似た逆関節に変わっていく。
もはやティターンの原型はない。
黒い液体に呑み込まれたライルは二足歩行の化け物のような姿に成り果てた。
「ぐ、く……グルォォォォォォ!」
ライルが吠える。
赤くギラギラと輝く単眼が俺を睨む。
その瞳にライルの意思は感じられない。
俺は思わず後ずさり。
シギンへ振り返る。
「おいおいおいおい……、どういうこったい」
「シュバルツ・ブリードは、微小構造体としてのガイストを強化したものです。ニヴル・ガイストの強化版ですが、装備することで身体強化を狙う目的があったんですけど……」
「けど!?」
「ガイストの本能が強く出てしまってコントロールができない仕様です」
「ライルの奴、後先考えなさすぎだろ!」
黒い液状の物質。
あれはガイストの強化版だとするのなら、闘気掌越しにも触れるのは危険な香りがする。
ガイストに感染した場合、人類はどうなるんだ?
喉の腫れがひどいですね、お薬出しておきますってレベルじゃないだろう。
高熱が出るのか。
体が黒くなって死ぬのか。
ろくなことにならないのは間違いない。
「ライルはシギンだとか俺だとかの区別はつくのか?」
「んー、レーキさんのことを見ているので敵味方はわかるんじゃないですか?」
「テキトーだなあ、おい……」
どう対処すべきか悩んでいると、シギンが話しかけてきた。
「シュバルツ・ブリードの稼働時間は五分程度です。ライルに搭載されている潤滑魂が枯渇すれば勝手に死滅します。しばらく逃げ回っていればレーキが勝ちますよ」
「そんなこと教えていいのか? 俺が勝ちになったらヴィーンゴルヴを出ていくんだぞ」
シギンは肩を落とす。
「カイザー・ガイストが敗れた時点で勝ち目はないです。レーキさんの事は諦めます」
「諦めてくれるならありがたいけどさ。で、ええっと、潤滑魂が枯渇するとライルはどうなるんだ?」
「通常の潤滑魂の枯渇と異なるので、完全に消滅します。蘇生はできません」
「助けられないのか? っていうか助けろよ」
「あたしの忠告を無視してシュバルツ・ブリードを起動させたんですから当たり前の結果でしょう。まったく、馬鹿なんだから……」
「そんな言い方はないだろう。お前のために戦っているんだぞ」
「あたしはシギンですがフェミニュートでもあります。ライルはあたしの部下として働き、あたしは対価としてシギンの治療をする。お互いの利益のために協力関係にあるだけです」
「じゃあ見殺しなのかよ? シギンの治療はどうなるんだ」
「代わりの体が見つかったら廃棄します」
「廃棄って……」
そんなことを聞くと逃げるに逃げられない。
ライルが死ねばシギンもいずれ死ぬ。
助けてやらなければ、俺も見殺しにしたと同然ってことじゃないか。
ライルが一歩一歩足を踏み出す。
俺は両手に闘気掌を発動させる。
シギンは興味深げに俺とライルを見やる。
「おや、戦うつもりですか?」
「……このまま死なれたら目覚めが悪い」
「馬鹿ですね。あたしとしては、嬉しい結果になるかもしれませんけど」
「馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、言うな。自覚してるよ! 俺は馬鹿なことばっかりやってるけど、性格なんだよ、馬鹿なことやらなかったときに悩むのが嫌なんだ」
「だから馬鹿なんですね」
「うるせー!」
シュバルツ・ブリードがガイスト強化版であるならば、清潔魔術の効果があるはずだ。
ライルに触れずに闘術を当てればいいのだ。
俺は召喚魔術を発動。
サモン・リビンググローブを召喚する。
サモン・リビンググローブは人間が装備する手甲が動き出した魔物である。
これを装着してライルに触れれば真っ先にガイストに感染するのは、サモン・リビンググローブだ。
ライルの動きは遅い。
足の感覚を確かめるように、ゆっくりと、慎重に、俺の目の前まで歩いてくる。
赤い単眼が真上から見下ろしてくる。
ぬぅっとライルの黒い左腕が伸ばされる。
物を取るように自然な動きだ。
俺は右手で腕を掴みとると、闘気掌と清潔魔術を流し込む。
ライルの体が震えた。
黒い液体が嫌がって身をよじる。
効いている。
俺はさらに闘気掌と清潔魔術を押し込んだ。
が、突如としてライルの体から黒い液体が剥がれ落ちた。
そして餅のように膨れ上がった。
「なんだ!?」
黒い液体が俺に襲いかかってきた。
闘気障壁闘術で防御するが、ジュっと言う音で溶かされる。
右手の闘気掌で体を守る。
しかし、すでに右腕の肘の辺りまで黒い液体が食いついている。
えいやっと気合いを入れて右腕を切り落として、すぐさま治癒魔術で出血を止めた。
俺の右腕を吸収したシュバルツ・ブリードは、水風船の如く、ブクブクと膨らんでいく。
「この野郎……いきなり、なんなんだ」
「変異です! レーキさんの闘気と魔力、それに人類の遺伝子を取り込んだから……!」
シュバルツ・ブリードは方向転換する。
全身をみなぎらせて動力炉に張り付いた。
青白い雷光が迸る。
動力炉が不規則に明滅して、出力が落ちていく。
あれは、潤滑魂を食っているのか。
「ま、まずいです。このままじゃヴィーンゴルヴが。止めないと……」
「飛剣閃闘術で吹き飛ばす!」
シギンと俺が動きだすと、シュバルツ・ブリードが分裂する。
シギンは足を。
俺は腹にべったりと張り付いた。
「あぐ!?、潤滑魂に反応してる」
「やばい、魔力が吸われているぞ!」
俺はともかくシギンはまずい。
すべての潤滑魂を吸われたら消滅してしまう。
「こっち、こいよ!」
俺は左手に魔力を集める。
シギンに張り付いていたシュバルツ・ブリードが首をもたげる。
ズルズルと地面を這ってくる。
「レーキさん……」
「お前は離れてろ!」
シギンを怒鳴り付けて追い払う。
さて。
シュバルツ・ブリードを倒すにはどうするか。
いまあるものを確認する。
俺はシュバルツ・ブリードに食われてる。
ライルの姿は見えている。
死んでいないけどシュバルツ・ブリードに下半身を食われてる。
男とロボが黒い液体まみれのシチュエーションなんて誰が得するんだ。
戦闘力はどうだろう。
闘気は変換したものが大量にある。
魔力は食われているので残量がヤバイ。
て言うか、ヴィーンゴルヴの魔方陣の維持が危険になってくる。
「レイキ! 遅くなった!」
そこへ。
救世主が現れた。
「アウローラか」
俺が入ってきた隔壁からアウローラが駆け込んでくる。
エクスとモニーもいる。
「なんですの、あれは……?」
その後ろにはセリアがいる。
もとの姿に戻っているけど、いったい誰がガイストを治療したんだ。
さらに後ろから人が現れる。
ふさふさとした尻尾を揺らしなから、その人物はシュバルツ・ブリードを見上げる。
「レイキはいつもとんでもないものとばかり戦っていますね……」
シャウナ・レイヴァース。
神獣イルミンスールとの戦いから離ればなれになっていたシャウナとの再会の瞬間である。
「どうしてここが……?」
「私が! 私が見つけたんだよ、玲樹!」
ババンと効果音が飛び出そうな勢いで叫ぶのは女子高生である。
俺の幼なじみの神水流 陽織だ。
「正確な座標を算出したのはボクだけどね。ひさしぶりだね、ご主人様」
ひょっこりと陽織の影から現れたのは、エイル。
学校の避難民を送り届けてから合流したのか。
俺を探してくれていたんだと思うと涙ぐんでしまう。
「はは……、ひさしぶり」
蚊帳の外になってしまったのが気にくわないのか。
アウローラが差すような口調で割り込んでくる。
「貴様ら、感動の再会をしている場合ではないぞ。あれをどうするのだ!」
作戦はある。
皆がいるなら俺の生還率は上がったも同然だ。
「皆の魔力を全部くれ! でもって、魔力供給魔術したらすぐ離れてくれ!」
アウローラは俺がやりたいことに気づいたのか。
神妙な顔つきで問いかけてくる。
「信じて良いのだな……?」
「ああ、エイルがいれば治してくれるだろ」
完全に丸投げる。
しかしながら、エイルは嫌な顔一つせず胸を叩く。
「なんだか凄い期待されているね。ボクはいつでも全力でご主人様をサポートするよ」
「おう、頼んだ」
「あの、レーキさん。動力炉が……!」
動力炉の青い光は黒く淀んできている。
時間がない。
「急げ、魔力を!」
全員の手に触れる。
ありったけの魔力を渡してもらう。
……三割ってところか。
満タンには程遠いがなんとかなるだろう。
俺は皆を遠ざけると、寝転がっているライルを蹴り飛ばした。
「起きろ、ライル!」
「うぐ、レーキか勝敗は……?」
「お前のやらかしたアレをなんとかしてからな。潤滑魂生成器を使って、潤滑魂を一瞬だけでも集約させられるか?」
ライルはシュバルツ・ブリードを見て絶句する。
だが、すぐにも自分を取り戻す。
「……ああ、可能だ。そのあとはどうする?」
「ちょいと黄泉のツアーにつきあってもらうかな」
「戻ってこれるのか?」
「たぶんね」
ライルはシギンをじっと見つめる。
シギンの様子が、雰囲気が、変化する。
大人びた表情が消えた。
あれが本来のシギンの素顔か。
「ライル、レーキさんに協力してあげて。ライルが壊れちゃっても、あたしがぜったいに直してあげるから。ぜったいにぜったいにまた会えるから」
「シギン……」
そこへエクスの声が割り込む。
「ライル……、俺はがっかりだぜ? そりゃあ、斥侯役の紙装甲ティターンに護衛はまかせられねぇって気持ちとか、軽い野郎だから信用ならねぇって思われていたのは俺のせいだけどよ。俺とお前とモ二―はチームだろ? チームブラボーじゃねぇか」
「そうだよぉ! いつもライルは一人で突っ走っていくじゃん! もっと頼ってよ……」
「……すまない。俺は戦線を離脱する。シギンの護衛を、頼む……」
「了解だぜ、ライル」
「オッケー! 任せて!」
ライルは小さく頷いた。
エクス、モニー、と視線を移し、俺へと戻ってくる。
「……レーキ、お前を信じよう。すぐに開始するのか?」
「十秒くれ」
俺は闘術の効果と座標を変更する。
まず、膨大な爆発エネルギーが周囲に飛び散らないように変更。
百メートル四方の空間に集約されるように修正した。
座標は俺を中心に変更。
この範囲ならば皆にも影響はないし、動力炉にも被害は出ない。
「やってくれ、ライル!」
「了解! 潤滑魂生成器を臨界起動させる!」
ライルの体から大量の潤滑魂が生まれる。
体が青白い燐光に包まれる。
潤滑魂生成器が限界を超えた出力を発揮して、一瞬にして動力炉に匹敵にする潤滑魂を発生させた。
俺は気力変換霊術を発動。
すべての魔力を闘気に変換する。
クルリとシュバルツ・ブリードがこちらを見た。
旨そうなものがあると言いたげな反応だ。
いいぞ、喰らいつけよ。
まとめてドカンとやってやる。
シュバルツ・ブリードが全身を丸める。
俊敏な動きで体を持ち上げると、俺とライルの上に覆いかぶさってきた。
黒い液体に飲まれる寸前、俺は闘気爆散魔術を発動させた。
俺の左手から閃光が広がる。
視界は真っ白に染まり、意識が途切れた。
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ミシュリーヌ史上。
異世界が融合してからは全異世界史上ということになるであろうが。
史上最大級の闘気が闘気爆散魔術により解き放たれた。
その爆発力は神獣イルミンスールの開花によって発生する魔力衝撃波の約一○○○倍。
地球であればユーラシア大陸が半分吹き飛ぶ威力である。
しかし、その威力でありながら破壊の範囲は最小規模になった。
使用者が爆発範囲を限定したからである。
動力炉の隣に出現した真っ白な球体の中で破壊の衝撃が荒れ狂っている。
一○分程度存在していた真っ白な球体は静かに収束していく。
球体があった場所にはきれいに削り取られたお椀型のクレーターだけが残され、爆発に巻き込まれたすべての物質は光の中に消え去った。