第三十六話 「幼神の守護者」
最後の戦いの前半戦です
俺はサモン・リビングソードをすべて送還する。
戦いを放棄したわけじゃない。
カイザー・ガイストに質問をしたかったのだ。
「なんで、シギンとフェミニュートを融合させようなんて思ったんだ?」
俺が戦意を解いたからだろうか。
カイザー・ガイストも武器を下ろす。
「……シギンを助けるためだ。彼女はガイストとは別に不治の病に侵されていた。病状は悪化し、父親に会えぬまま死ぬかと思っていた。だが、絶望する私の前に……、フェミニュートが現れた」
「シギンと融合したフェミニュートか」
「そうだ。フェミニュートは私に交渉を持ちかけてきた。ガイストハウトの実験台になる代わりに、シギンの不治の病の進行を止めてくれると、治療の研究をしてくれると。アーシル人は知らぬ間に実験台にされていたので、断っていても実験台になるのは変わらなかったかもしれないが、私は了承した。もう一度、父親に合わせてやりたかったからな……」
「そのことをシギンは知っているのか? エクスとモ二―は?」
「シギンは最後の夜にその話をした。なんとか承知はしてもらえたよ。エクスとモ二―は事実を知らない。私が独断で決めたことだ」
俺がシギンを見やると、彼女はその通りだと肯定する。
「あたしだって鬼や悪魔じゃないんです。ティターンだって生きている種族だから命の危険があるような実験は了承をとったライルから試しています。アーシル人やティターンは何にも知らないまま実験していますけど、おかげで抗体を持っているから、その辺にウロウロしているニヴル・ガイストによって死に至ることはありません。……実験の記憶を消したり、実験動物をおびき寄せる餌として使う事はあるんですけどね」
何にも知らない人を害がないからといって勝手に実験するのもひどいと思うけどな。
フェミニュート的な視線からだと問題ないらしい。
「俺は……、私はシギンを守るためならば何でもする。フェミニュートの手先となって兵士となって戦うことも厭わない。シギンを助けるためだ。大人しく捕まってもらおう」
カイザー・ガイストが再び戦闘姿勢に入る。
背部ブースターから高く鋭い排気音を唸らせる。
「俺は了承もらってないのに捕まえられそうなんだけど?」
「命の保証と生活の保障じゃ不十分ですか? アーシル人の女の子もより取り見取りだったと思いますけど……、グナから色々お膳立てさせたんですよ」
「グナにやらせてたのはお前かよ……。俺の要求は、ヴィーンゴルヴを出て仲間と合流することなんだよ。ずっとこの町にいるわけにもいかんし、実験動物になるのはごめんだ」
交渉決裂である。
「いくぞ、レーキ!」
カイザー・ガイストが飛翔する。
高速で移動しながら、下腕に装備したリヴォルヴァーカノンとチェーンガンで十字掃射する。
俺は闘気障壁闘術で難なく防御。
召喚魔術を発動する。
呼び出すのは三体の魔物だ。
まず、エイル戦で使用したサモン・インテリジェンスセイバー。
そして。
初召喚、サモン・アイギスシールド。
リビングシールド系最強の魔法生物で、正面には勇ましい戦装束の女神のレリーフが彫り込まれた体全体を覆うほど巨大で重厚な盾である。
「挨拶はいい。アイギスシールドは左右を防御。セイバーは接近してきたら反撃。全員に俺の闘気を付与するから上手く使え!」
俺の言葉を聞いて、サモン・アイギスシールドは左右に展開。
視線の届かない部分を防御に回る。
サモン・インテリジェンスセイバーは闘気を刀身に漲らせて黄金色に輝いた。
俺はシギンにさりげなく注意を向けておく。
ティターンの火器では闘気障壁闘術を貫通できない。
仕掛けてくるならばシギンからだと思うのだ。
アウローラもシギンに警戒を示していた。
カイザー・ガイストが上空から叫ぶ。
「シギンには戦わせん。私がいる限り、シギンが戦闘に参加することはない」
シギンもヒラヒラと手を振って応える。
「彼の言うように過保護気味に守られていますので。あたしが直接攻撃するのは絶対に負けない戦いだけですよ」
「……敵から言われたことを信用するとでも思ってんのかよ」
シギンはにっこり笑う。
「信じる信じないは、レーキさんの自由ですから」
「余所見するのも自由だな」
上空から急降下してきたカイザー・ガイスト。
俺が見上げると、アサルトライフルとショットガンを構えて肉薄する黒い影が映った。
至近距離からのフルオート射撃。
闘気障壁闘術の表面に弾丸が跳ね回る。
零距離で当てられた散弾が四方に散らばっていく。
「いくらやったって効かないぞ。俺は亀になっていればノーダメージで居られるんだ。ライルは俺の攻撃を防ぐ手段があるのか?」
俺はあえて反撃をしない。
力の差を見せつけて無血勝利で終わらせたい。
アウローラとセリアを連れて悠々とヴィーンゴルヴを出ていきたい。
ライルもいい奴だったし傷つけたくないのだ。
すると。
カイザー・ガイストは二対四腕に装備していたすべての火器を捨てた。
腕を腰に構える。
「銃火器は効果なし。潤滑魂力場を使用した、近接戦闘に移行する」
「許可します」
カイザー・ガイストの全身から青白い光が溢れる。
俺の闘気掌のような噴出炎が装甲を包み込む。
特に手の先端部分に光が集約していく。
次の瞬間。
カイザー・ガイストの姿が消えた。
「砕け散れ!」
背後からカイザー・ガイストの声が聞こえた。
俺は咄嗟に屈んだ。
遅れて、サモン・アイギスシールドが覆いかぶさってくる。
カイザー・ガイストの右拳がサモン・アイギスシールドを砕いた。
白銀煌めく。
サモン・アイギスシールドの破片が視界を流れていく。
カイザー・ガイストの拳は闘気障壁闘術を貫いて額を掠めていく。
サモン・インテリジェンスセイバーが反撃する。
黄金色の刀身を真っ直ぐに突き入れる。
だが、カイザー・ガイストはブーストを噴かして、飛び下がっていた。
一撃で闘気障壁闘術とサモン・アイギスシールドを砕かれた。
俺の闘気障壁闘術は、俺と同等の魔力か闘気をもつ者でなければ破壊できない。
潤滑魂力場とは一体何なんだ?
「なん、だ……そりゃ」
つーっと何かが頬を伝って顎に垂れる。
袖で拭うと真っ赤な血が流れていた。
カイザー・ガイストの拳で額が切れてしまったらしい。
「レーキさんは魔力供給魔術を使って、潤滑魂を補充していましたよね。魔力と潤滑魂は似ているものですが異なるエネルギーです」
「何が違うってんだ?」
「密度です。魔力は所持者の所有する総魔力量によって密度が変わりますが、潤滑魂は使用者のコントロールによって密度の調整が可能なエネルギーです」
カイザー・ガイストが補足する。
「私は任意の部位に対して潤滑魂を集約させることが可能だ。拳に高集約させた潤滑魂でレーキの闘気障壁闘術を砕いた。もはやノーダメージとはいかんぞ?」
「さらにカイザー・ガイストの全身にはガイストハオトで覆われています。触れれば触れるほど、魔力を失いますよ」
ほんのわずかに掠っただけなのに。
魔力をかなり奪われている。
膨大な魔力があるとはいえ、闘気に変換しているので現在の魔力量は四割程度。
掠っただけで半分持ってかれた。
残魔力量は二割くらい。
俺はサモン・アイギスシールドを引っ込める。
代わりにサモン・インテリジェンスセイバーを二本召喚しなおした。
合計三本のサモン・インテリジェンスセイバーを用意して闘気を渡す。
「防御を捨てるか。潔いが……自殺行為だな。お前の目では、私の動きは見えないはず、素で殴られれば体が爆散するかもしれないぞ?」
「そう思うなら手加減してくれよな」
俺は念話魔術で命令を下しつつ、サモン・インテリジェンスセイバーたちに大量の闘気を渡す。
最後に謝っておいた。
「手加減はしない」
カイザー・ガイストが消える。
超高速の移動に入ったらもはや目には映らない。
もしくは潤滑魂力場を使った移動術なのかもしれないけど。
どっちだろうと構いやしない。
「終わりだ!」
斜め後ろ。
左肩のあたりからカイザー・ガイストの声が聞こえてきた。
ちりっと肌がざわつく感覚。
俺は振り返らずに、ただ、謝った。
「悪ぃ……三人ともよろしく頼む」
サモン・インテリジェンスセイバーたちは、気にするな、と言葉を残す。
背中越しに灼熱の閃光が膨れ上がる。
大気をつんざく大爆発。
俺は闘気障壁闘術を砕かれない。
ガシャンと誰かが膝をつく音。
俺は結果を見定めるべく、カイザー・ガイストの様子を窺う。
「馬鹿な。自分の召喚獣を、自爆させるなど……惨い真似を!」
「召喚獣は死ぬわけじゃないんだよ。それに、ちゃんとお願いしているし、謝ってるさ」
サモン・インテリジェンスセイバーたちに下した命令。
それは、すべての闘気を使って闘気爆散闘術を使うこと。
全闘気を破壊力に換算するこの技であれば、カイザー・ガイストが突っ込んでくるタイミングだけ考えていれば回避されない。
カイザー・ガイストの腕は見るも無惨に破損していた。
残る腕はあと一本だ。
さて、ここからが本当に試練。
何せ俺はコミュ障のゲーマー高校生。
アウローラと喫茶店で話していたような駆け引きなんてやったことないんだからな。
「カイザー・ガイスト、潤滑魂生成器で腕部の再生を……」
「ちょっと待った!」
そう来るだろうと思っていた。
俺はシギンの命令に横槍を入れた。
「俺達は殺しあいをしたいわけじゃないんだ。回復だの再生だのはなしにしようぜ。俺だって額のケガは治してないだろ?」
「ならば、どうやって勝負を決める?」
俺は右手に闘気を集中させる。
闘気掌をドンと突き上げる。
「男なら一発勝負だろ? こいよ、大将」
「従う必要はないです。消耗させて仕留めたほうが確実です!」
「俺も魔力回復があるんだ。延々と戦っていたらうっかり動力炉に被害がでるかもしれない。それに、俺の戦い方は見せた通り、召喚獣を特攻させて自爆させまくる。次はシギンも巻き添えくうかもしれないな?」
心臓がバクバクしている。
長期戦になると不利なのは俺だ。
霊術の気力転換霊術は変換率が等価ではない。
魔力消費量が大きく爆発力はあるけど持続性がない。
硬くて強いけど、とても早いのである。
「騙されません。カイザー・ガイスト、修復を急いで!」
「……いいだろう、受けてやる」
「カイザー!」
「シギン、お前の安全が最優先だ」
「そう思わせる罠です! 明らかに誘われているんんですよ!」
「罠だとしてもお前のためならば受ける」
「隊長の命令が聞けないの!」
「シギンの安全が最上位とされる場合、私には命令拒否権がある」
シギンはイライラと地面を蹴る。
俺とカイザー・ガイストは対峙する。
「どうすれば勝ちとする?」
「戦闘不能ならいいよ。お前にぶん殴られたら俺は瀕死だしな」
「承知した。真っ向からいかせてもらおう!」
カイザー・ガイストは残された上腕の右拳に潤滑魂力場を凝縮させていく。
俺は闘気掌にありったけの闘気を注ぎ込む。
舞台には乗せた。
あとは勝負あるのみ。
静寂。
俺とカイザー・ガイストは機を図る。
一秒。
十秒。
……三十秒。
そして、凍てついた空間が刹那に動き出す。
真正面。
「終わりだ!」
カイザー・ガイストの拳が迫る。
裏をかいて真後ろから殴られたりするとやばかったから助かる。
正面から来てくれるなら拳を振り抜く瞬間は姿が見える。
俺は闘気掌で、カイザー・ガイストの拳を受け止めるだけでいいのだ。
潤滑魂力場と闘気が衝突する。
「何故、受け止められる――! 先ほどは砕いたはず!」
「それは、潤滑魂を魔術で吸いとっているからだよ」
俺は自信たっぷりに言ってやった。
口の悪いある男の顔が過ぎる。
「闘術には奥義がある。複数の効果を持たせて発動させられるんだよ。それと、同じように魔術の効果を闘術に乗せることもできるんだ」
勇者の技を使わせてもらった。
この闘気掌はただの闘術にあらず。
魔力吸収魔術と清潔魔術の効果を併せ持つ、闘気掌だ。
「終わりなのは、お前だ! ライル!」
俺はカイザー・ガイストの拳を握りつぶす。
闘気掌の闘気がカイザー・ガイストの腕を伝っていく。
「ぐがぁぁぁぁぁぁ――!」
カイザー・ガイストは全身に闘気を浴びて吹っ飛ばされた。
転がりながら装甲が剥離していく。
清潔魔術の効果がガイストハオトを破壊しているのだろう。
スクラップと化したカイザー・ガイストからティターンが転がり落ちてくる。
ライルだ。
カイザー・ガイストは強化装甲のようなものでライルはカイザー・ガイストを装着していたのか。
シギンの呻く声が聞こえてくる。
「まさか、そんなデータは……」
「そりゃそうだ。俺の魔王のデータを送っていたフェミニュートは、この報告を上げる前に倒しちゃったからな」
「く……!」
「ま、まだだ……、私は、シギンを、守らねば……」
ライルが残骸と化したカイザー・ガイストに手を掛ける。
まだやる気なのか。
俺は闘気掌を発動させると、身構えた。