第三十五話 「歩む者、佇む者」
本章は、セリアの視点で書かれています。
ガイストに支配されていても、セリアは意識を保っていた。
シギンに言われるがまま隔壁の門番となり、アウローラと出遭い、目の前で振るわれる剣戟を眺める。
アウローラとセリアの戦いは続いていた。
すでに通路は全壊。
いまにも崩落しそうな排水管の残骸を足場につばぜり合いをする。
第三者が見れば熾烈な戦いに見えるかもしれない。
が、セリアから見ればダラダラと剣を交わしているだけに見える。
ガイストがセリアの体を動かしているからなのか。
セリアに戦う気がないからなのか。
理由はわからないけれど、やる気のない戦いであった。
セリアは疲れていた。
とてつもない徒労感を抱えていた。
肉体的にではなく精神的にだ。
趣味に時間を忘れても、戦いに時間を忘れても、ふと瞬間に思い返すのは勇者に殺される前の光景。
セリアを守る騎士。
イニアス・オブシディアン。
彼の言葉と向けられる剣。
そして、揺るがぬ意思を秘めた黒い瞳。
記憶の中で何度も彼の言葉が再生される。
――セリア、人は人によって統治されるべきです。
イニアスの付き合いは長い。
父の統治時代から一○○年連れ添う馴染みの深い存在だ。
彼の言葉は裏切りだとも思った。
私達の為したことはなんだったのかと。
積み上げてきたものが目の前で粉々に砕かれて踏みにじられたかのようだ。
セリアは疲れてしまったのだ。
人による統治。
そんなことをすれば、竜王国は滅びる。
何年後か、何十年後か、何百年後か、わからないが確実に滅びの時代を迎えるだろう。
滅びの時代には多くの民が死ぬだろう。
そんなことになるとわかっていてどうして任せられると言うのか。
イニアスもわかっているはずなのに、何故、人に統治を任せるなどと言うのか。
「セリア、意識があるようだな」
何度目かのつばぜり合いの時、アウローラが話しかけてきた。
「ありましてよ」
答えた。
一言も口を利いていなかったから気づかなかったが、口は動かせるようだ。
「良くわかりましたわね」
「兜を剥いだら情けない面構えをしていたからな」
言われて、視界が広いことを知る。
いつの間にか兜を割られていた。
アウローラが本気ならば、頭が半分になっているだろう。
アウローラはセリアを救うつもりで戦っているのだといまさらながら理解した。
さて、今自分はどんな顔をさらしているのだろう。
覇王姫なのか。
ただの少女なのか。
まさか、さめざめと泣いてはいないだろうか。
もしかすると揶揄われているだけかもしれない。
セリアは悪態を返す。
「情けない顔で悪うございましたね」
「弱々しいお前も可愛いぞ」
「……余計なお世話です!」
言葉を交わすうちに気づいた。
アウローラの姿はずいぶんと様変わりしていた。
神気を持ち以前より強くなっている。
さらに憎らしいのは、とても晴れやかな表情で戦う意思に満ち満ちていることだ。
殺戮と嗜虐にうつつを抜かす冥王姫の姿はない。
「アウローラ。貴方、称号が……」
ガイストが勝手に鑑定魔術を使うので、称号が読めた。
アウローラの戦神姫の称号に驚愕した。
「そこまでレイキに尽くすつもりなの? いったい何故……?」
「気に入ったからだ。余は国も民もない。好きなように生き、好きなように愛し、好きなように命を賭ける。余はレイキのために生きると決めたのだ」
「気楽な王女様で羨ましいですわ……」
「お前は考えすぎなだけだと思うがな」
互いに剣を弾く。
「しばらく休んだらどうだ、セリア。疲れただろう」
「わたくしは休んでおりますけど」
「王を休んだらどうだと言っている」
セリアの頭がこんがらがった。
王を休むとはどういう意味なのか。
アウローラは色ボケが過ぎて頭がおかしくなったのだろうか。
「貴様、無礼なことを思ったであろう?」
「気のせいですわ」
セリアは咳払いひとつでごまかした。
「王を休めと言うのは、しばらく竜王国のことは忘れろと言うことだ。お前が必要になれば、向こうから助力を求めてくる」
「裏切りを働いたのに困ったら助けてくれと? わたくしは都合の良い女ではありませんよ」
「良いではないか。寛容も王の器だぞ」
「裏切りを許しては秩序が……!」
「そこは上手いこと何かを考えよ。とにかく、イニアスが会いに来たら話を聞いてやれ。それまでは、王はやめだ」
「話を聞いてどうすると……」
「知らん。お前が考えよ。だが、イニアスの話はちゃんと聞いてやれ」
はちゃめちゃである。
が、要するにイニアスときちんと話をしろと言いたいのだろう。
セリアは黙る。
イニアスの話を聞く。
聞いてからどうするかは、そのときに考える。
言われてみればイニアスは人の統治について何も知らないわけではない。
結果が見えているはずだ。
それでも人の統治を目指した。
何故なのか。
絶対に無理だと分かっているのにどうして裏切ったのか。
ふわりと思いが沸き上がる。
あのときは勇者がおり言葉を交わす余裕などなかった。
彼は何を思っていたのだろうか。
「……おい、早とちりするな。お前からは絶対に会いに行くなよ。向こうが来るのを待つんだ」
「何故ですの?」
アウローラは尊大に笑う。
「都合の良い女にはなりたくないのであろう。それが駆け引きと言うものだ」
疲労が少し抜けた気がする。
行き当たりばったりとは言え目的ができたからだろうか。
王を休むのは受け入れがたいが、どのみち竜王国のためにできることなどない。
せいぜい自分の力を強くしておくくらいのことだ。
セリアは己の自由が効かない体を見下ろした。
「……わかりました。まずは、この体をなんとかしないといけませんね」
「良い。で、どうにかならんのか? いい加減チャンバラも飽きてきたぞ」
セリアとアウローラは会話中も戦い続けている。
もはや通路はなくなっていた。
隣接するどこかの区画に破壊の爪痕を残しながら移動している。
「そう言われましても。ガイストを取り除いて頂かないと指一本動かせないですわ」
「うーむ、レイキも戦いが長引いておるようだしな」
と、そこへ平和な声が聞こえてきた。
「あ~~~、セリアたち、居たよ~~~! こっちこっち!」
「通路がぶっ壊れてたから探しやすかったけどよ……修理するヤツ、ダルいぞ、コレ」
破壊された排水管をよじ登ってきたのは、モニーとエクスだ。
体はスポーツカラーのままである。
ガイストに汚染されていないと言うことなのだろうか。
「お前たち、どうしてここに?」
「俺達は案内役だぜ」
そう言うと、エクスは後ろを見る。
排水管に手をかける人物が、よいしょっと可愛らしい声を出して身を乗り出してきた。