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第三十四話 「炉心突入」

 炉心までの距離は直線にして数十キロ。

 体力のない虚弱な高校生にはしんどい道程なので、アウローラの召還獣、サモン・ライディング・スレイプニルに跨がっている。

 照明魔術(ライト)で照らされているとは言え、一寸先は真っ暗闇だ。

 その排水管の中を全力疾走で爆走するのだ。

 正直に言わせてもらえば半端なく怖い。

 さらに。

 なんの前触れもなく排水管が途切れると、サモン・ライディング・スレイプニルは隣の管へ跳躍するのだ。

 ふわりと浮き上がる感覚に股関がひゅんとなる。


「……まだ、着かないのかな……」

 俺は何度目かになる問い掛けをアウローラに投げる。

「さっきからそればかりだな。だが、一理ある。そろそろ、排水管を壊して動力炉の通路に入ったほうが良いかもしれんな。……この辺りか」

 俺が作った地図を見ながら、アウローラが足を止める。

「この排水管の下は、動力炉に続く通路に出られる。地図の通りならばな」

「じゃあ、サックリ壊すか」

 俺はサモン・ライディング・スレイプニルからヒラリと飛び降りる。

 排水管の緩やかなカーブに足をついて、ズルンと足を滑らせた。


 盛大な水飛沫を上げる。

 俺はわずかに流れる排水に頭から突っ込んだ。

「何をやっているのだ……」

 呆れ顔のアウローラに引っ張り上げられる。

「馬に揺られて足が痺れてた……」

「軟弱な、いずれ余が鍛えてやろう」


 鍛えてやると言われて思い出すのはシャウナのスパルタ訓練だ。

 ミシュリーヌの人は手加減を知らない。

「……死なない程度によろしくな」

 後ろで、「どういうことだ? 死ぬような目に合わねば強くなれんぞ?」と言うアウローラの声は聞かなかったことにした。


 俺は魔術を発動する。

 最大集束水閃魔術フルチャージウォータースラストを排水管へと叩き付ける。

 が、高圧縮された水の刃は排水管に触れる直前に水蒸気となって消え失せてしまった。

 魔術無効化の処理が施されているようだ。


「余が闘術で破壊しよう」

「いや、試してみたいんだ。任せてくれ」

 前に出ようとするアウローラを制する。


 俺は霊術、気力変換霊術(エクスチェンジ)を発動させる。

 エキドナからもらった霊術は無詠唱で使うことができる。

 魔力を闘気に変換すると掌からガスバーナーのように放出する。


 闘気掌(フォースフィンガー)

 もっとも簡単な闘術のひとつで、闘気で強化した拳で殴ったり切り裂いたりする技だ。

 これを全身で放出すると闘気障壁闘術(シールド)になる。

 俺が手刀を排水管に突き入れるとトロトロのバターに指を入れたかのように貫通した。

 そのまま円を描いて大穴を開ける。


 アウローラは虚つかれた顔をしていた。

「……闘気を持っていないと思っていたが?」

「エキドナに霊術を教えて貰ったんだ。魔力を闘気に変換できる術だよ」

「あの膨大な魔力を闘気に変換できるというのか……」

 アウローラは言葉を失っていた。

「シギンには魔術が効かないみたいだし、ほんと、エキドナさまさまだよ」

 いつかは闘気を使いたいと思っていたし良い魔術を貰えたもんだ。


 俺は大穴から通路へと飛び降りる。

 かなり高さがある。

 天上から床までまっ逆さまに落ちると足の骨が折れそうだ。

 今度はヘマしないように、念力魔術(テレキネシス)で、空中に足場を作りながら床に降り立つ。

 隣にアウローラが軽やかに着地した。


「こちらの動きはお見通しだったようだな。手間が省けてよい」

 アウローラは腰の剣を抜き放つ。

 神気を流した剣がにわかに白く輝きはじめる。


 待ち構えていたように通路の照明が点灯した。

 広大な通路。

 その端から端まで順繰りに明るくなっていく。

 視界の最奥。

 隔壁の手前に人が立っている。


 セリアだ。

 いつものドレス姿ではない。

 重厚な鎧に身を包み、額を防護するサークレットを装着しているため、口元以外が隠されている。

 ガイストに侵食されたのか。

 鎧、サークレット、槍、が艶のない黒に染め上げられている。

 肌も褐色になっている。


 俺が足を踏み出そうとするのを、アウローラが剣で遮る。

「あやつの相手は余がする」

「二人で戦った方が無力化するのが楽なんじゃないのか? どのみちシギンを倒さないとガイストの除去は難しいだろ」

「そうだ。だから、余が相手をして時間を稼ぐ。レイキはシギンを倒せ。……余は……」

 アウローラは言葉を続けるのを躊躇う。

 悔しそうに先を続けた。

「余はレイキと共に戦いたい。だが、余はレイキの足を引っ張るかもしれないと思うとな……」

 珍しく弱気な発言だ。

 アウローラなら、レイキが余を守ってくれれば何の問題もなかろう、などと言うかと思っていた。

 それに戦神姫の称号も手に入れたのだから戦闘力は底上げされたんじゃないのかな。


「アウローラは強くなったじゃないか。神気だって使えるようになっているし」

「シギンは力を隠しているような気がするのだ。もし全力で来られたら太刀打ちできるかわからぬ。お前の戦神姫になると言ったものの、余はまだ、隣で戦えるような強さがない」


 そんなことはない、一緒に戦おう。

 戦いの経験で埋められる強さもある。

 なんて声を掛けるべきかと悩んだけど、やめた。


 俺は気力変換霊術(エクスチェンジ)した闘気で闘気障壁闘術(シールド)を発動させれば、並大抵の攻撃はすべて防ぐことができる。

 核ミサイルを撃ちこまれても防ぐことができると思っている。

 シギンが強くてもアウローラを守りながら戦うことはできる。

 けど、そんな戦いはアウローラが望んでいないのだろう。


「わかったよ。なるべく早く片付けるから、セリアを押さえておいてくれよな」

「ああ、まかせよ――!」

 俺が隔壁に向かって走る。

 アウローラがセリアに向かって駆ける。

 セリアが動いた。


 俺の通り抜けようとする空間を二条の銀閃が交差した。

 立て続けに轟音。

 通路が砕け散り、破片が宙を舞う。

 縦横に無数の亀裂が奔った。

 壁の配管が破裂して水が噴き出す。

 破壊の波が大気を揺さぶるたびに、通路の照明が明滅する。


 俺の背後では甲高い金属の衝撃音が絶え間なく聞こえてくる。

 アウローラが互角に斬り結んでいるのか、セリアが押しているのか。

 どちらかわからない。

 だが。

 任せろと言ったのだ。

 俺はアウローラを信じて振り返らなかった。


 隔壁を闘気掌(フォースフィンガー)で貫く。

 俺はひたすらに動力炉に向かって走った。


 数十分後。

 障害に阻まれることなく、俺は動力炉へと辿りついた。

 最後の隔壁を通り抜ける。


「うわ……広い……」

 俺はお上りさんのように動力炉を見上げてしまう。


 ジオフロントを思わせる広大な領域。

 照明は設置されておらず、各所から雪のように青白い光が降り注ぐ。

 壁と天井を伝うケーブルが一定間隔で脈動している。

 ケーブルの先は中央の球体に接続されており、吸い込まれそうな青い輝きを静かに湛えている。

 あの球体が動力炉というわけだ。


 動力炉の前には、通常のティターンよりも巨大な黒ティターンが鎮座している。

 巨大な黒ティターンの前にはシギンが立っている。

 そして。

 シギンの背後の領域には、十万機の黒ティターンが完全武装で控えていた。

 

「一人で来たんですか? アウローラさんがいれば少しは戦えたかもしれないのに。お馬鹿さんですね」

 ずいぶん遠くにいるはずのシギンの声が良く聞こえた。

 俺はシギンの元まで歩いていく。

「なんで俺が戦えないと思うんだ?」

「あたしは他のフェミニュートの研究成果を共有しています。魔王の存在がデータベースにあって、そこにレーキさんの名前がありました。魔術しか使用できない不完全な魔王である、と。あたしの開発したガイストはティターンにも感染させることができます。ガイストハオトを持つ魔術を無効化するティターンです。レーキさんの天敵というわけですね」


 十万機のティターン。

 あの黒い装甲は塗料ではなくてガイストハオトとやらなのか。

 魔術無効化がどの程度かわからないけど、エイルのバリア発生装置と同レベルだとするなら、最大集束炎閃魔術フルチャージパイロスラストを無効化する。

 魔術でのごり押しは厳しいわけだ。

 さらに、暗黒魔術による状態異常も十万機を同時に相手にするのは無理だ。


「降伏しませんか、レーキさん。あたしとしては地球人から進化したレーキさんを研究できれば満足なので、命の保証はしますよ? もちろんアウローラさんも」


「断る。シギンを倒して、セリアを助ける。そんでもって俺はヴィーンゴルヴを出ていく」

「それは無理ですよ」

「どうしてそう思うんだ?」


 シギンは、「なんでこんなに馬鹿なんだろ、意味わかんない」とぼそっと呟いていた。

 やがて諦めたのか。

 頭を振って仕方なさそうに背後のティターンたちに命令を下す。

「……わかりました。少し痛い思いをしないとわかってもらえないみたいですね」


 十万機のティターンが一斉に武器を構えた。

 アサルトライフルが。

 ロケットランチャーが。

 キャノン砲が。

 スナイパーライフルが。

 ホーミングミサイルが。

 ティターンたちは一糸乱れぬ動きで狙いを定めた。


「頑張って防御してくださいね。ガイストを含む炸薬と弾丸なので、生半可な魔力障壁魔術(プロテクション)は貫通しちゃいますよ」

「やってみろ」

 俺は魔術と闘術の準備をしながら言い放った。

 シギンの目が細められた。

 その瞳に在るのは苛立ちと不快。

「――攻撃(ファイア)

 冷めた声音で攻撃を命じる。


 俺は魔術と闘術を発動させた。

 闘気障壁闘術(シールド)を展開。

 防御を固める。

 ティターンの攻撃で最も早い攻撃はスナイパーライフルだ。

 高速で飛来するライフル弾が闘気障壁闘術(シールド)に弾かれていく。


 間を置かずに召喚魔術(サモン)を発動。

 呼び出すのは、一○○万体のサモン・リビングソード。

 簡単な命令を理解するに過ぎない武器の魔物なら一○○○万体でも召喚できる。

 が、試したいことがあったので一桁減らしている。

 俺の左右に星の数ほどの魔法陣が展開されて、次々とサモン・リビングソードが出現する。


 すべてのサモン・リビングソードに闘気を付与する。

飛剣閃闘術(ソニックブラスター)、放て!」


 リビングソードが与えられた闘気を練り上げると、飛剣閃闘術(ソニックブラスター)を発射した。

 一○○万もの闘気の刃が視界を覆い尽くす。


「は……ぁ……?」

 シギンの息をのむ声と呆けた声が聞こえた。

 津波のように押し寄せる飛剣閃闘術(ソニックブラスター)が、弾道を描くロケットランチャーを呑み込み、ホーミングミサイルを爆散させ、アサルトライフルの弾を溶かしつくす。


 勢い衰えない闘気の刃は、十万機のティターンに襲いかかり、薙ぎ払った。

 吹き飛ばされたティターンたちが宙を舞う。

 衝撃がヴィーンゴルヴを鳴動させた。


「使えるなコレ」

 俺は闘気が使えるようになったが、運動能力は皆無。

 喧嘩の心得もない。

 武器の使い方も知らない。

 闘術を使ったとしても簡単に避けられてしまうだろう。


 そこで、自由自在に動いてくれるリビング系の魔物に闘気を与えることで闘術を使ってもらう方法を考えた。

 自分で覚えている数々の強力な闘術は使えないけど、そこは我慢しよう。

 ガイストは魔術に強い。

 だが、闘術は自前の装甲で防御するしかない。

 俺は闘気障壁闘術(シールド)で防御しながら、サモン・リビングソードに闘気を与えて戦ってもらうだけですべての片が付くのだ。

 呆れるほど有効な戦術だぜ、なんてね。


「驚きました。さらに、進化したんですね。闘気を使えるようになった要因もぜひ研究させてほしいです」

 シギンは無傷だった。

 背後にいた巨大な黒ティターンがシギンを庇うように立っている。


 ちなみに。

 十万機のティターンはすべて倒れている。

 死んでしまった奴もいるかもしれないけど、あとで修復魔術(リペア)してあげるので我慢してほしい。


 シギンは巨大な黒ティターンの足をペタペタと叩く。

「カイザー・ガイスト。出番ですよ、レーキを捕えてください」

「了解だ、隊長」

 カイザー・ガイストと呼ばれたティターンは背中のブースターを展開。

 二本の上腕にアサルトライフルとショットガンを装着。

 二本の下腕にリヴォルヴァーカノンとチェーンガンを装備した。


 俺はカイザー・ガイストの武装よりも、その声に驚いていた。

「……お前、ライルなのか?」

「そうだ」

「お前の隊長はシギンじゃないんだぞ。いいのか?」

「承知している。シギンとフェミニュートの融合を依頼したのは、私だからな」

 カイザー・ガイスト(ライル)は淡々と言い放った。

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