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第三十三話 「姫将軍の素顔」

 俺の足に誰かの足が触れた。

 体温の低い細い足にきゅっと挟まれている感触に目が覚めた。


 朝、のはずだが日が差し込むことはない。

 だっていまは地下空間に召喚した(ミミック)で眠っているからね。

 小さいベッドがやたら狭く感じる。

 何せ俺の左手はベッドからはみ出て落ちているくらいだ。

 横を見ると、アウローラの安らかな寝顔が目の前にあった。


 ――見張りをやってくれるのかと思ったら自分も寝るのかよ。

 俺は心の中で悪態をつく。


 アウローラが俺に足を乗せてきたのは狭いベッドから落ちそうになるからだろう。

 このベッドは二人で寝るには無理がある。


 なんだか肌がスースーする。

 掛け布団をどけると俺は全裸であった。

「なんでだ……?」

 犯人はどうせアウローラだろう。

 横を見ると、アウローラの瞼がぱっちりと開いていた。


 瞳の虹彩がはっきりとわかるくらい近い。

 いつもは鋭い眼光を放つ瞳はどこか眠たそう。

 どこか油断を見せるアウローラの素顔にドキマギするが、ちゃんと言っておかねばならない。

「寝ている人の服を勝手に脱がすんじゃない。失礼だろう」

 親しき中にも礼儀あり、である。


 アウローラは悪びれない。

 小さくあくびをしながら言い放つ。

「寝苦しそうに呻いているから気を利かせてやったのだ。感謝されても不満を言われるのは心外だな」

「お前も裸になる意味はないだろ……」

 布団を捲ったときにアウローラの体も見えてしまった。

 一糸纏わぬ艶姿である。

 もしかして一線超えてしまったのではないかと焦る場面であろうが、寝ぼけていてもそんな真似はしていないと理解できる。

 其れはまだ捨てられていないことを確信している。


「余は寝るときは剣しか持たぬ」

 枕の下からするりと剣を取り出す。

 なんか頭の下が硬いなと思ったらそんなもんを入れてたのか。

「見張りはどうなったんだ?」

「この家に近づく者はミミックが処理するので問題はない。排水管の方は各所にリビングアーマーを配置しておいた。撃破されておらぬから平気だろう」

「そっか……」


 シギンはセリアやティターンを使って俺たちを捜索していないのだろうか。

 隠れられそうな場所は決まっているから、この地下空間にもティターンの手が入ってきてもおかしくないと思っていたけど。

「って、何してるんだよ!?」


 突然、アウローラは俺の上に覆いかぶさってくる。

 ひんやりとした双丘が俺の胸板の上に載せられる。

「余は戦神姫となった。これは余が、レイキのために生きたいと、力を奮いたいと願った結果だ。ならば、心だけでなく身も尽くすべきであろう?」


 アウローラ曰く。

 戦神姫には次のような伝奇が残っているらしい。


 ある天上の神に仕える戦神姫がいた。

 彼女の役目は神の戦争に役立つ兵士を集める役目である。

 しかし、天上に連れていくためには魂だけの存在でなくてはならない。

 戦神姫の役目は目的の兵士を戦場に誘い、戦死させること。

 ある日、神に命ぜられて一人の男を探しに地上へ降りた。

 そしてあろうことか。

 戦神姫は戦死させなくてはならない男に恋をしてしまう。

 悩んだ末に戦神姫は神の命に背く。

 男を戦場で助けたのだ。

 背信に気づいた神は戦神姫から大半の力を奪いとって地上へ追放してしまう。

 戦場の片隅で途方に暮れていた戦神姫。

 そこへ、彼女に救われた男が現れこう言った。

 ――私はあなたのおかげで救われた。どうか、これからも私を支えてくれないか、と。

 こうして地上界に戦神姫は誕生した。

 以後、人の間で戦神姫の称号を習得する者が現れるようになったという。


「かつての王姫の歴史を振り返れば、戦神姫の称号を得る姫は愛する者を守るために称号を得ている。つまり、余とレイキはそういうことだ」

「ええ~……」

 伝奇の内容と相違を感じるので、俺とアウローラは違うだろう。

 俺はアウローラに告白していないしな。

 うん、そうに違いない。

 そう決めた。


 俺はアウローラの肩を優しく押しのける。

「起きよう。これからどうするか、ご飯でも食べながら考えないと」

「……貴様」

 アウローラからメラメラと負のオーラが立ち上る。

 背筋にぐさぐさと突き刺さる眼光を無視しつつ、俺は捨てられていた学生服に着替え始めた。


 ミミックの家の調理場は食料貯蔵庫も兼ねていた。

 しかし、ミシュリーヌには冷蔵庫などない。

 食料貯蔵庫にある食べ物は、インスタント食品とコンビニ弁当をこよなく愛する俺にとって、食べられない物に分類される。

 俺は料理ができないのだ。


 食料貯蔵庫を前に立ち尽くす、俺。

 アウローラが肩越しにぽつりと呟く。

「意外と何でも揃っているものだな」

「え! そうなの!?」

 床の木箱に山積みにされている根野菜はわかる。

 でも、天井からぶら下がっている黒い物体は何なんだ。

 戸棚に積み上げられている麻袋に入っているものも、原材料って感じだ。


「レイキは座って待つが良い。余が調理しよう、旨くはないが食べられる料理はできる」

「王様が料理なんてどこで習うんだよ?」

「余は末娘であったからな。幼いころより魔術や闘術の研鑽を積み、戦争を鼓舞するためのお飾り将軍として育てられた。初陣の頃など役立たずで、調理部隊として兵士の料理を作っていたこともあるのだ」

「へぇ……」


 素直に驚きだった。

 アウローラは尊大な態度と口調で接してくるから、帝王学でも学んで育ってきた生粋の王族なのかと思い込んでいた。

 となるとアウローラの性格はいつ形作られたんだろう。

 エキドナがちらっと言っていた、復讐が、殺戮が、と言っていた時期に生まれた性格なのかな。


 くつくつと煮立つ鍋の音。

 トントントントンと規則正しいリズムで包丁がまな板を叩く音。

 俺はアウローラが調理する様子をのんびりと眺める。

 ああ、なんかボケた老人が介護されているとこんな気分かもしれない。

 まったりとした空間である。


 アウローラは戦乙女(ヴァルキリー)の装備ではなく、衣裳棚に入っていた素朴な服を身に着けている。

 本当の家政婦さんみたいな恰好になっている。

 それが妙に様になっている、なんて言ったら怒られるだろうから言わないけどね。


 くるりとアウローラが振り返る。

 頬が少し赤い。

 目元が潤んでいるのは、……玉ねぎを刻んでいるからか。

「あ、あんまりじろじろ見るんじゃない……気が散る」

「そりゃ、失礼」

 俺は椅子に戻った。

 椅子に座りながらアウローラの様子を眺める。

 刻んだ素材を鍋に落とす仕草も味を調える手並みもずいぶんと手慣れている。

 昔の記憶を頼りにして作業しているにしても上手いもんだなあと感心してしまう。


 三〇分後。

 暖炉の前の丸テーブルには温かな料理が並んでいた。

「……不満か?」

「いや、素直に凄ぇなって……旨そう」

 あの貯蔵庫にあった食材をどうしてここまで立派な料理に仕上げられるのか。

 俺の料理スキルがゼロだからかもしれないけど。


 じゃがいもとにんじんとタマネギのスープ。

 こんがりと焼け目のついた厚切りハム。

 搾りたての果汁。

 そして、ちょっと硬そうなパンがバスケットに収まっている。

 素材名があってるかは知らないよ。

 見た目がそう見えるってだけの話だ。


「いただきます」

「うむ、食すが良い」

 豪勢な朝の食事がはじまった。

 ゆっくりと食事をしながら今後の話をする。


「まず、ヴィーンゴルヴを捨てて逃げるのは却下だよ」

「シギンとセリアと戦うという事だな」

 ヴィーンゴルヴを捨てて逃げることはセリアを置いて逃げることになる。

 さすがに可哀想だ。

 しかも、シギンは野放しの状態になる。

 ヴィーンゴルヴが移動可能な街であることを考えると、いずれどこかで戦うことになるだろう。

 陽織たちと合流してから再戦でも良いかもしれないが今度は逃げられるかもしれない。


「では、どのように攻めるかだ。もっとも簡単な方法はヴィーンゴルヴごと吹き飛ばす方法だが……」

「当たり前だけど却下だからな」

 それに魔術無効化を知っているのだ。

 ヴィーンゴルヴにも対策を施しているだろう。


「ならばシギンを倒してセリアを助ける方法となるな。どうやってシギンを探し出す?」

探知魔術(サーチ)じゃ引っかからないんだよなあ」

 ヴィーンゴルヴ全体に探知魔術(サーチ)を飛ばしているものの両名の反応はない。

 召喚獣を使ってしらみつぶしに探す方法もあるが、動力炉に侵入しようとした召喚獣が排除されたように各個撃破される。

「シギンの研究所を破壊しておびき出すのが良いと思うんだよな。向こうから出てきてもらうんだ」

「良い戦略だな。研究所に当たりはついているのか?」

「怪しいのはやっぱり、動力炉だろうな。動力炉にはきっと何かある」

「以前に邪魔が入った中枢部か。いいだろう、まずは動力炉とやらに向かおうではないか」

 俺が席を立とうとすると。

 アウローラが口を挟む。


「で、余に言う言葉はそれだけか?」


 無心に食べ終わってしまった。

 陽織の料理も美味しいんだけど、アウローラの料理も昔ながらの料理でなかなか美味しいんだよな。

 食べられる料理と言っていたけど粗野な料理じゃなかった。

 食事を頂いたら返すべき言葉がある。

「ごちそうさまでした。非常に美味しかった」


「良い。機会があればまた馳走してやる」

 アウローラは満足げに微笑んだ。

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