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第三十一話 「隠された脅威」

本章は、アウローラの視点で書いています。

 アウローラは剣を正眼に構えている。

 夜風の気持ちよい、静かな夜だ。

 人口浜に響く波音を聞きながら静かに剣を振るう。


 口元には自然に笑みが浮かぶ。

 ニヤニヤと唇が緩んでしまう。


 レイキの事だ。

 圧倒的な力を持ちながら驕ることはない。

 性格は扱いやすく温厚、からかうと乙女のようなうぶな反応を返すところが好みであった。

 弄り甲斐のある性格だけではない。

 誰かを助けたいと思うが故なのか面倒ごとに巻き込まれやすく、力を持つが故に面倒ごとを解決してみせる。

 眺めていてこれほど面白い存在はない。

 もう少し人間的に成長すれば何かを為すかもしれない。

 アウローラはレイキの成長を楽しみに見守っていた。


 が、そうは思わない者もいる。

 サクサクと人口浜を踏みしめる音が聞こえてくる。

 振り返るとセリアが立っていた。

 両腕を組んで不満そうな顔で睨んでいる。


「何用だ、セリア」

「余計な入れ知恵をしましたわね。せっかく使いやすそうな男だと思っていたのに」

「まだ若い男だ。あまり可哀想なことに巻き込んでやるな」

「わたくしが使えば英雄になれますのに……」


 セリアは戦争で使いたいのだろう。

 たった一人で万の悪魔を操る一騎当千の魔王だ。

 セリアと協力すればミシュリーヌを一つの大国にまとめ上げることも夢ではないだろう。

 しかし、人には向き不向きがある。

「人を殺して浮かれる性格には思えんな。心を病んでしまうかもしれん」

「わたくしが支えますわ」

「お前が? イニアスの気持ちの変化がわからなかったお前が、病んでいくレイキをどうやって支えると言うんだ。レイキが病んでどこかに消えるか、レイキを使い潰すのを見ているだけか、目に浮かぶわ」


「イニアスは関係ありませんでしょう」

「あるだろう。お前は良くできるが、人の気持ちがわからん女だ。お前が勇者に負けたのも、イニアスの裏切りがあったせいだと聞いているぞ。イニアスは何故、裏切った?」

「……人は人によって統治されるべきだと……。しかし、そんなことをすれば世代が代わるごとに支配にズレが生じます。いずれ国を衰退させる要因となります」

「イニアスが人に任せたいと思った理由を聞いたか?」


「……いいえ」

「お前がやることは間違っていたことはほぼない。せいぜい、友人の作り方が悪いくらいであろうが……」

「わたくしを貶めたいのか、自分を貶したいのか、言葉を選んではいかがですか」

 盛大なブーメランである。

 セリアの数少ない友人の一人は、アウローラだ。

 もう一人の友人はシャウナである。


 余談であるが当人(シャウナ)が居たら、「あなたたちが勝手に友人認定しただけでしょうが!」と喚くであろうが、本人がいないので抗議する者はいない。


「茶化すな。ともかく、レイキは諦めろ。お前は間違ったことはやらぬが人の気持ちを無視し過ぎる」


 セリアは、「はい、わかりました」などと頷く魂ではない。

「自分の玩具がとられそうだからと言って、それとなく諦めさせようだなんて通用しませんからね」


 アウローラは舌打ちする。

 さすがにセリアを舌先で丸め込むのは無理であった。

「余の為でもあるが、レイキのためでもある」

「わたくしもレイキのためになるように使います」


 驚くほどしつこい。

 本当にセリアはレイキを手に入れたいらしい。

 しかし、譲り難い。

 あれはなかなか手に入る気がしない。

 いま逃せば生きている間には縁がないかもしれない者だ。


 声に力を込めて宣言する。

「……あれは余のものだ」

「……わたくしが使います」

 アウローラの声とセリアの声が被る。


 無言の睨み合いの後。

 バリリと互いの空間にひずみが生じる。

 闘気が激しくぶつかり合ったのだ。


「いいだろう、本気で奪い合うとするか」

「望むところですわ」

 二人の争奪戦はミシュリーヌの王時代以来である。

 あれはいつの頃だったか。

 アウローラは懐かしい争いを思い出す。


 ミスリル銀の鉱脈を含む山をどちらが先に征するかと争ったのが最後だったか。

 最終的に魔術のぶつかり合いにより山が吹き飛んでしまったが……、今回の争奪物(レイキ)は少々のことでは壊れそうにないので心配はないだろう。

 久しぶりに本気で決着をつけなければならないようである。


「つまるところ。レーキさんのことを皆好きなんですね。モテモテです」

 いつの間に。

 アウローラとセリアは声の主へと振り返る。

 波打ち際にシギンが佇んでいた。


「なんだ、シギンもレイキが欲しいのか?」

「ええ、そうですね。とっても欲しいです」

「すでに先約がありますのよ? これ以上ライバルが増えても困りますわ……」

 また余談だが。

 すでに売約済み物件(ひおりのもの)であり、シャウナも手をつけつつある。

 エイルと言う身も心も玲樹に心酔するように改造されてしまった娘もいる。

 ライバルはすでに多くバトルロワイヤルと化している。


「それでお二人はどのようにレーキさんの所有権を決めるつもりだったんですか?」

「ふ、当然。力によって決めるのだ」

 膨れあがる闘気の塊にアウローラの立つ砂浜に小波が立つ。


 シギンはいつのもように頬を膨れさせると不満を漏らす。

「ほどほどにしてくださいね……ヴィーンゴルヴはガイスト研究の実験場なので、壊されると困ります」


「実験場だと? ……どういう意味だ」

「シギン、貴方はガイストに感染して死にかけていたのではなくて?」


 シギンは幼さに似合わない悪い顔を浮かべる。

「いいえ、病気の振りをして誘い込みたかったんですよ。ガイストに汚染された街に入ろうとする人間は、新しい技術か特殊な能力を持つ人間である可能性が高い。アーシル人を使ってガイストの培養と研究を進めつつ、ライルたちのようなティターンを使って人間を探させて、連れてくる……」


「ここは異世界の生命体と技術を研究する、フェミニュートの実験場です。アーシル人たちは気が付いておりませんけどね」


 アウローラは首を傾げた。

 冥王姫として一○○数年間生きてきて初めて聞く種族だ。

「知らんな。どこの種族だ? お前はアーシル人ではないのか?」

「それは、いろいろな事情がありまして。フェミニュートは、様々な異世界を一つの世界としてまとめあげた存在です。あたしたちは異世界に乗り込んでは、異世界の技術の研究をしているのです」


「ふむ、レイキの世界と余らのミシュリーヌ、そしてアーシル人の世界が混じってしまったのはお前らの仕業だったというわけか」

「そういうことになりますね」

「シギンの名も偽名か?」


「いいえ、この子はシギンです。アーシル人の創造の能力が使いやすいので、精神と肉体を融合させてもらったのです」

「それも実験か」

「はい、フェミニュートの目的は生殖に適した雄の確保と生殖可能な肉体の創造ですから」


 シギンを頭の先から足の先まで眺める。

「……その体が生殖に適しているとは思えんが……」

「不潔です! 肉体交渉で子供を作るなんて野蛮人のすることです。採取した生殖細胞の中で基礎能力値の高い個体を選別して、初めて子供は誕生するんです。生殖細胞を採取するならば若い肉体が一番適正なんですよ!」

 信じられないと言わんばかりの物言いだ。

 とりあえずアウローラは何を怒っているのかさっぱり掴めなかった。

 辛うじて伝わって来たのは世界が変われば子供の作り方も異なるらしいことだ。


「それで、レイキの所有者はどのように決めるのですか?」

 セリアは問いかけつつ、手に持つ長大な槍で地を突いた。

 白々しい女だ。

 闘いで決着をつけようと明言しているようなものではないか。


「いいですよ、あたしは力の勝負で構わないです」

 意外。

 真っ先に了承したのはシギンである。


「余らの戦いはヴィーンゴルヴに甚大な被害をもたらすかもしれんぞ」

「それはあり得ないと思っていますよ。どのような勝負を挑まれたとしても、あたしの勝ちは決定していますから」

 シギンは勝ち誇った顔で言う。

 理由はわかっている。


「……この与えられた体に細工があることに余が気づいていないと思うのか?」


 アウローラは人に用意して貰ったものを良く調べる。

 暗殺の危険と隣り合わせの人生だったからだ。

 仕掛けには気がついていた。


「おやおや、気づいてました?」

「潜伏していたガイストは清潔魔術(リフレッシュ)で治療済みですわ」

 セリアも気がついていたようだ。

「では、確めて見ましょう」

 シギンが指をパチリと鳴らした。


 アウローラは咄嗟に飛び退いた。

 利き手で剣を抜き放とうとしたが、腕が内側から食い破られた。

 ボトリと剣をにぎったままの右腕が落ちた。


「馬鹿な……」

 激痛を堪えつつ呻く。

 仕込まれていたガイストの治療はできているはずだ。

 もう一度自分の体に探知魔術(サーチ)を掛けてみるが反応はない。

「二種類のガイストを寄生させておきました。隠れている本命のガイストは探知魔術(サーチ)では引っ掛かりませんよ。ミシュリーヌを研究しているチームから、探知魔術(サーチ)無効化の技術の共有をしましたから。でも、おかしいですね。頭以外の全身に仕込んで置いたのに、セリアさんのようにコントロールができません」


 アウローラはセリアを見やる。

 セリアは無表情のまま棒立ち状態だ。

 洗脳魔術(マインドブラスト)を受けたような感じである。


「余が操られないのは、駆動二輪車に興じているときに大怪我をしたからかもしれんな。治療をするとき、余は再生魔術(リジェネレイト)は使わぬ。人形生成魔術(ゴーレムクリエイト)置換魔術(リプレイス)を使う。寄生虫など仕込まれていたときに一緒に再生するからな」


 人形生成魔術(ゴーレムクリエイト)は文字通り、周辺にある物体、泥や岩、果ては死体を含めて人形を作り出して魂を込める魔術だ。

 アウローラはこれを応用して人工義手や義足を作り出すことができる。

 この人工義手を自分の肉体に対して置換魔術(リプレイス)を掛けると、自分の肉体の構成に基づいて再構築される。

 不死者時代に肉体が壊れた際によく使っていた治療方法だ。


「なるほど。経験の差ですね」


 シギンは無造作に歩いてくる。

「では、力で押さえ込むことにします」


 一息で間合いを詰めたシギンが掬い上げるような蹴りを繰り出す。

「重い……!」

 アウローラは左腕でガードする。

 鈍い音と共に腕が折れた。


 アウローラは魔術を使った。

 至近距離から無詠唱で大地噴出魔術(アーススプレッド)を炸裂させる。

 砂浜を割って鋭い岩が飛び出す。

 しかし、岩はシギンに触れると砂となって消えてしまう。

「魔術の無効化か」

「そうですよ、あたしの体は特別性ですから」


 シギンの肌が褐色に変わっていく。

 衣服を破り捨てると、肌にぴったりと沿うスーツ姿になる。


「ガイストは潤滑魂(マナ)を食料とします。この特性を利用して潤滑魂(マナ)や魔力を利用した攻撃ダメージを無効化する体組織、ガイストハオトです。そして――」

「ぐっ――!」

 首をつかまれた瞬間に強烈な脱力感に見舞われる。


「ガイストハオトには触れたものの魔力を吸収する特性があります」

「それが、どうしたぁぁぁぁぁ!」


 アウローラは魔力障壁魔術(プロテクション)を捨てて、闘気障壁闘術(シールド)を展開。

 シギンを弾き飛ばした。

 人形生成魔術(ゴーレムクリエイト)置換魔術(リプレイス)を掛けて即座に両腕を回復させる。

 足で地面の剣を蹴り上げる。

 回転する剣の柄をつかみ取ると、突進剣閃闘術(チャージスラスト)を放つ。


 迫る剣の切っ先にシギンは動じない。

「障壁対策は万全です。例え闘気障壁闘術(シールド)であろうとも、アウローラさんくらいの強度ならば……」

 シギンは虚空にガトリング砲を創造する。

 砲身が回転すると黒い弾丸が発射された。

 無数の弾丸ひとつひとつがガイストを含む特殊な弾丸である。


 一瞬にしてアウローラの闘気障壁闘術(シールド)を貫通。

 粉々に砕け散った。

 咄嗟に頭だけは腕を交差させて守り抜く。

 手甲が吹き飛ばされ、脚甲が千切れとんだ。

 弾丸が骨を貫通してへし折る。

 折れた足では立つことはできず、膝をついた。


「おのれ……」

 強い。

 本物の自分の体でないことや、いままで不死者の力を最大限に活かして戦ってきたので感覚が戻っていないという言い訳もあるが、シギンは圧倒的に強かった。


 魔力残量も心許ない。

 シギンに触れられたときにかなりの魔力を吸われてしまった。

 治療をしなくてはならないが、治療すると魔力が切れる。


 シギンに創造された体は魔力枯渇で死なないのだろうか?


 出血を止めて骨折を治さなければ満足に戦えない。

 しかし、治療に魔力を使いきってしまうと後がない。

 魔力がなければ戦闘に支障をきたす。

 ジリ貧である。


 ――無念だがここまでか。


 アウローラは観念した。

 一矢報いるべく闘気を全身に圧縮させる。

 せめて異変があったことをレイキに伝えなくてはならない。

 恐らくセリアとシギンを同時に相手にしなければならなくなったとき、レイキと言えども勝利は難しい。

 敵に回るのであれば、いっそ……。


「がぁぁぁ!」

 気合いで立ち上がる。

 闘気推進闘術(ブースト)

 闘気を推進力として、シギン……ではなくセリアに飛びかかる。

 そして、圧縮した闘気を解き放とうとする。

 闘気爆散闘術オーラバニッシュメント

 すべての闘気を解き放ち自分諸共、闘気の爆発に巻き込む自爆技である。


 しかし、闘気を解放しようとするアウローラの視界が遮られる。

 垂れ込めた暗闇の霧が人口浜を覆い隠したのだ。

 暗闇魔術(ダークネス)

 黒い霧の視界を奪う魔術だ。


 セリアの位置が掴めなくなったアウローラはたたらを踏む。

 進むべきか退くべきか逡巡する。

 そこへ、伸ばされた手がアウローラの体を抱きしめた。


 アウローラを抱きしめた者は身をひるがえすと、環境適応魔術(アダプテイション)を掛ける。

 そして、アウローラ引きずって海の中に飛び込んだ。

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