第三十話 「謀」
無事に召喚獣は潜入を果たした。
しかし、動力炉へと繋がる通路は封鎖されていた。
浸水防火対策の隔壁が下ろされており、進めないようにされていたのだ。
中央市街地公園を出て他の動力炉潜入スポット巡りをしたが、どの連絡通路も隔壁が下ろされていた。
グナ大統領が命じて実施したのだろうか。
ヴィーンゴルヴの心臓部なわけでニヴル・ガイストを警戒しての対策と言われればわからなくもないが、ニヴル・ガイストの狙いはアーシル人だ。
動力炉は関係ない。
それとも俺の知らない第三の敵をグナは知っていて対策しているのか。
いくら考えても答えはわからない。
「レイキ、こっちを見よ」
「どう……、もが!?」
どうした、と開きかけた口に甘くて柔らかな物を突っ込まれた。
俺が頼んでいたパフェである。
ほろ苦いチョコレートの味。
甘いクリームと冷たいアイスクリームの食感が広がる。
てゆーか、こらぁ。
半分以上食われてるじゃないか。
「おま、それ、俺の頼んだ……」
「余を置いて下らぬ考えに没頭しているレイキが悪い。もっと余に構え」
反論しかけるが思い直す。
シギンが新しい服を見に行くお守りにセリアが付いていったので、アウローラが休憩兼ねて喫茶店に誘った流れである。
上の空で応対していればそりゃ誰でも機嫌悪くなる。
「……ごめん」
「良い。それで、動力炉がそんなに気になるか?」
「気になるだろ。魔力障壁魔術があるのに、あの隔壁を下ろすのは何でだ? 俺たちの知らない敵がいるとするなら何故教えてくれないんだ」
「教えるはずがなかろう、余らは異国人だぞ。国の大事に関わるなら猶更だ。それに元々アーシル人の問題、レイキに頼るのもおかしな話であろう」
「でも魔方陣のこともあるし、頼ってくれてもいいんじゃないか」
アウローラは盛大なため息を漏らす。
「レイキは何がしたいのだ? 余はわからぬ。魔方陣を構築してヴィーンゴルヴを守ると聞いたときは、この国を支配する準備かと思っていた。ティターンは戦力として申し分ない。アーシル人の能力も有用だ、生活・文化水準も高い。支配するには良い国だ」
一度言葉を切り、話を続ける。
「だが、レイキの行動を見ていたらそのつもりはないとわかった。何のためにこんな面倒をしているのだ?」
「俺は、困っているから助けてあげようと……」
「ならばガイストの治療だけで充分であろう。治療をしてグナから報酬を頂き、それで終わりだ。魔方陣の設置なぞヴィーンゴルヴを拠点にするのでなければ無意味だ。この場から動けなくなるのだぞ?」
「治療だけしてさようならだと、またガイストにやられるだろ。動けなくなることはわかっていたけど、エイル、……日本で別れた仲間がいろいろな研究をしているから、魔法陣を維持する方法を考えて貰おうと思っていたんだよ」
他力本願だが、エイルなら魔力と闘気の研究をしていたので何とかしてくれると思うのだ。
「その仲間はどうやってレイキをさがしに来てくれるのだ? どこにいるのかもわからんのだろうが」
「だから、日本にむかってヴィーンゴルヴを動かしてもらう約束はしてあるよ」
俺だって好き勝手に利用されるのはごめんだ。
ちゃんと要求することはしている。
アウローラは鼻で笑う。
「約束が守られれば良いがな。余ならば適当な口約束で先伸ばすぞ。街を動かすには民の意見を聞かねばならんとか、潤滑魂と充填が思いのほか遅いとかな。養ってやるだけで国の防衛を担ってもらえるのだ。金に女、お飾りの地位を与えて、約束の履行を先伸ばすだろう」
「まさか、約束破りなんてするのかよ」
「約束は破っておらんだろう。『いつ移動するかは約束できん』と言っているのだからな」
「そんなんありかよ……」
「余ならば決して逃がさんよ。レイキ、お前は甘い」
考えすぎなんじゃないのか。
半信半疑の俺にアウローラは指を突きつける。
「家に戻ったらシェイプシフターに聞いてみよ。今日、グナにどのような対応を受けたか。余は間違っているとは思わぬ」
「……そういえば、セリアもお前を本格的に手に入れようとするかもしれん。アレは国と民を思う本物の王だからな。気持ちが固まれば竜王国を立ち上げるために動き始めるだろう。少しくらい粉をかけられているだろう?」
動物園での出来事を思い出す。
本気とも冗談とも言えない話の振り方だったから適当に流していた。
お手伝いを申し出たからチョロい男だと思われていたんだろうか。
同じ年代の少女と思って接してきたアウローラとセリアに急に距離を感じた。
二人は王様だ。
何万人もいる国民の行く末を考えて行動してきた人間だ。
自分の面倒さえろくにみれない高校生の自分とは違う人間なのだ。
「……アウローラもそうなのか? 俺に何か目的があっていっしょに行動しているのか……?」
アウローラの金の瞳がきらりと光る。
「余は強い者が好きだ。だから、レイキの傍にいる。他に目的はない。レイキが弱くなったと思えば、余は何も言わず去るだろう」
その言葉は真実なのか。
真偽看破魔術を掛けてみるものの反応はない。
「真偽看破魔術は思考のすべてを見破ることはできん。駆け引きは目と勘で勝負するものだ」
「俺が魔術を使ったって目でわかるのかよ……」
「レイキはわかりやすいからな」
アウローラはクククッと忍び笑いを返す。
「レイキがどういった世界で生きていたのかは知らん。誰かを助けたいという気持ちもわからんでもない。だが、もう少し相手の裏を考えろ。そして、相手に侮られるな。お前の力を利用しようと集りに来る連中につけこまれるぞ」
「……気をつけるよ。わざわざありがとう」
「礼などいらぬ。女のお前を愛でるのもまた、余の楽しみに過ぎぬ」
アウローラは自然に顔を寄せる。
俺の頬をペロリと舌が這う。
頬についていたクリームを舐めとられた。
視線が集まる。
驚き固まる男。
頬を染めてボーッとする女。
恥ずかしさに顔がぼわっと熱くなった。
「お前な……」
アウローラはニヤリと笑い、俺の顎を撫でる。
「外でシギンたちが待っているようだ。出るとしよう」
アウローラは身支度を整えるとさっさと外へ出て行ってしまった。
「布巾使えよ……」
俺は他にも汚れがついていないかをナプキンで確認する。
そして、勘定を済ませるべく席を立った。
---
夜まで中央市街地で遊んだ後に俺たちはセーフハウスに返ってきた。
いまは性転換魔術を解除して居間で寛いでいた。
グナは昼前に俺を連れて出掛け、夕方頃になって送り届けてくれたらしい。
ちなみに研究の協力をと頼まれたので他のメンツは留守番だったそうな。
俺は俺の報告を受けた。
グナが俺を連れていったのは細菌研究所であった。
そこで清潔魔術を使って細菌を除去する実験に参加したらしい。
時間は一時間くらい。
次は、慰霊祭に出席した。
黙祷と献花が行われて最後にヴィーンゴルヴを救った英雄としてスピーチを頼まれたそうだ。
もし言葉が浮かばないようであったらとスピーチ文を渡された。
内容が不明だったため俺は無難に多くの人が助かったことと救えなかった人への詫びを口にして締めたと言う。
素晴らしいアドリブである。
俺が壇上に立っていたらスピーチ文を読み上げていたかもしれないね。
何が書かれているかわからないのに。
即興で演説までしちゃう俺。
マジ、有能過ぎる。
最後は食事会に招かれた。
ヴィーンゴルヴの政府高官や経済界の重鎮、銀行関係者など。
わかりやすい街の重鎮たちの集まりだ。
美女から幼女から美少女まで、数多の女性陣に取り囲まれたらしい。
どこの出身なのか。
魔術はどこで習ったのか。
魔術を覚えることはできるのか。
次はお部屋で異世界のお話を聞かせていただきたいですわ、と告げてプライベートな連絡先をこっそりと手渡してくる。
より強引に迫ってくる者もいた。
さすがに躱しきれない人は、睡眠魔術でその場を切り抜けたと言う。
最高にグッジョブである。
俺だったらヘトヘトに疲れ切っているであろう難局を乗り越えてきたというのに、俺はケロリとした顔で報告を終えた。
「そっか……いつも悪いな。ゆっくり休んでくれ」
「承知。魔神王様のお役に立つことが我が種族の悦び。もったいないお言葉にございます」
シェイプシフターは擬態を解くとのっぺりとした黒い人型に戻る。
そして光の礫となって消えていった。
さて、どうするか。
アウローラの言う通りだった。
俺は色々な手段で篭絡されようとしているらしい。
ヴィーンゴルヴに永住させようと言うのだろうか。
「あーあ、まいったなぁ……」
俺は頭を抱えてしまった。
さらに面倒なことになる前にヴィーンゴルヴを出るべきだろうか。
もやもやした頭をすっきりさせたい。
窓を開け放して夜の海を眺める。
心の中で日本に帰るのはゆっくりでも大丈夫かなとか、上手い事エイルが見つけてくれるんじゃないかとか、緩いことを考えていた。
俺がここに留まっている限り、陽織たちは心配するだろう。
何手かに分かれて日本を離れて捜索の旅にでてしまうかもしれない。
早く帰らなくてはいけないんじゃないか。
急に不安が首をもたげてくる。
「レーキさん、どうしたんですか?」
「シギンか。悪い、寒かったかな」
窓を開けて外を眺めていたから夜の外気が室内に入り込んでいた。
肌寒く感じさせたかもしれない。
俺はそっと窓を閉める。
ソファに戻ると、隣にちょこんとシギンが腰掛ける。
上目遣いで尋ねてくる。
「外を眺めていましたね。どうしたんですか?」
「ん……、はぐれた先生とか彼女とか友達とか、考えていたんだ。どうしているかなってね」
「そうですか。また、会えるといいですね」
「ああ、はやく帰らないとな」
あえて聞かなかったがシギンの家族はいないのだろうか。
一○歳の子供が一人で生活しているのは日本ならば異常だ。
親が仕事で離れて暮らしているにしても様子見の連絡などあるはずだ。
シギンが親や家族に連絡している様子はない。
家族のように暮らしているのは、ライル、エクス、モ二―、だけだ。
「……シギンはお父さん、お母さんはいないのか?」
「お母さんはあたしを生んだ時に亡くなりました。お父さんは、……旅に出ています。……ごめんなさい、変な表現ですね。お父さんはガイストが現れた頃にあたしの目の前で消えてしまったんです」
「消えた?」
「はい、変なことを言っているかと思いますけど……突然、真っ白な光に包まれて消えてしまったんです。去り際に、絶対に戻ってくる、とだけ……」
奇妙な話である。
「それっきりか?」
「ちょうど一年くらい前の話です」
神隠しという言葉を思い浮かべた。
人が消えて別の場所に現れる事象だ。
地球か異世界転移する世の中だ。
人が異世界転移して何の不思議があろうか。
しかし、一年前となると時期が違うな。
エイルたちフェミニュートが引き起こした異世界転移とは別口だろうか。
「異世界同士が繋がっているいまならどこかで会うかもしれない。もし、旅先で会ったらシギンの場所を伝えてあげるよ」
「本当ですか! ありがとうございます」
ふと、寂しそうに顔を伏せる。
「そうするとレーキさんはヴィーンゴルヴを出てしまうんですよね……」
「近いうちにね」
「……ここに住んだりとか、考えていないんですか?」
「まずは仲間と合流しないといけないからね。グナにも話をして、準備をしないといけないな」
「そうですか……。レーキさんが居なくなると寂しくなりますね」
「ライルたちを忘れてやるなよ。シギンの弟とか妹みたいなもんだろ?」
どっちかというと創造した存在だから子供か。
「どちらかというとあたしが子供のように守られていますけどね」
くすくすと笑いながら、シギンがソファを立つ。
「ライルたちが戻ってこないので見に行ってきます」
「一人で危なくないか?」
「家のすぐ近くですから、平気ですよ」
「わかった。体を冷やさないようにな」
足元が暗いと良くないと思い、照明魔術を掛けてあげた。
カランカランと扉の鈴が鳴る。
シギンが外に出ていった音を聞きつつ、俺はぼんやりとソファに寝転がる。
超インドア派の俺が半日も街の散策で歩き回っていたのだ。
疲れて当然だ。
なんだか眠くなってきた。
「ふわぁ……ぁ、ここで寝てても、まぁ、いいか……」
時刻は八時。
いま寝ると夜中の三時くらいに目が覚めるような気がするが、目覚めたらまたベッドに戻って寝ればいいやと考える。
ソファのクッションを体に乗せて俺は眠ることにした。
あれ、と首を傾げた。
そういえば家の中のどこかでライルたちを見かけた気がしたのだ。
俺はクッションを跳ねのけて居間を出た。
眠気をこらえて地下の駐車場へ降りた。
そこには、整備中のため休眠中のライル、エクス、モニーの姿があった。
整備するのは当然にシギンしかいない。
ライルたちが戻ってこない。
何故、そんなことを言った?
シギンは嘘をついてどこへ向かったんだ?
それとも整備していたことをど忘れしていたのか。
んな馬鹿な。
俺は家を飛び出す。
地面を見る。
シギンの足跡は人口浜へと続いていた。