第二十九話 「ガールズ・ウォーク」
このお話から作中にTS設定が登場します。
苦手な方はざっと読み飛ばしてください。
グナ大統領の用意してくれたセーフハウスは超高級別荘地に建てられていた。
ヴィーンゴルヴの南側はリゾートエリアとして開発されている。
人工浜には透き通るような蒼い海が広がり、背後にはこんもりと生い茂る森林地帯、そしてハイキングコースを完備した人工山が聳えている。
用意された家は三階建てのウッドコテージ。
木の香りが包まれた家の中は都心と変わらない設備が導入されている。
掃除・洗濯・炊事はシギンの用意してくれたサポート種族がすべてやってくれる。
毎日遊び暮らすことを許された至上の生活である。
各々も趣味に精を出している。
アウローラは駆動二輪車にハマッている。
本人は馬に乗りたかったようだが、似たようなもんだと紹介してやるとすぐに跨っていた。
いまでは駆動二輪車に乗りながら的に剣閃闘術を当てる訓練をしている。
この鉄馬が居れば騎馬戦では無敵であるな、と不敵に笑っていた。
そういう用途の乗り物じゃないと思うんだけどな。
あと馬じゃない。
セリアは音楽を嗜んでいる。
特に音響部屋に置かれていた楽器、ピアノとヴァイオリンに興味を引かれたらしい。
どうやらミシュリーヌには楽器はあるが音階が少ない。
これほど多彩な音色を出せる楽器は初めて見ました、と感動していた。
セリアは暇さえあればピアノをヴァイオリンを弾いている。
ただ、魔力を乗せて演奏するのはやめてほしい。
どこからか動物が集まってくるのだ。
虎のような肉食獣がいたときはシギンとモ二―が悲鳴を上げていた。
シギンは政府直属ティターンの性能に刺激を受けて、ライルたちの性能アップに挑戦している。
ティターンは俺たちの世界でいうロボットと同じで体の部品を取り換えることで機能が向上していく。
ライルたちは暇つぶしを兼ねて模擬戦をやっている。
いまならシギンがいるので模擬戦で破損してもすぐ直してもらえるからだ。
俺はどうしているかって?
俺は机に広げたヴィーンゴルヴの地図とにらめっこをしていた。
動力炉への侵入方法をずっと考えているのだ。
「まいったな……、地図を見てるだけじゃ警備状況もわからんし、街中じゃ召喚獣の偵察もどうなるか……」
屋敷の生活は快適だったが、外へ出ることもままならない。
何せヴィーンゴルヴすべてのアーシル人が俺の顔を知っているのだ。
不用意に外を歩けば取り囲まれてしまうことは必至。
グナからも注意を受けている。
安全上の理由から街への外出は連絡を寄越すこと。
そして、政府直属のティターンの警護が付く場合のみと限定されてしまっている。
召喚獣を使うのも問題がある。
召喚獣に対して細かい指示をリアルタイムに出すことはできない。
もし、一般人に見つかったり対処を求められたときは召喚獣の本能に従って対応する。
弱い召喚獣ならば逃げたり隠れたり。
強い召喚獣ならば殺して証拠隠滅を図る。
人ごみに紛れて潜入するのは不得手なのだ。
シェイプシフターと言う手があるが、顔を知られているので使えない。
となれば直接自分が行くしかない。
自分の容姿を変えて潜入するのだ。
姿を変える魔術はいくつか存在する。
違いは肉体を変化させるか、幻で隠すかの二種類。
ティターンたちは捉えた映像をスキャニングする技術を搭載しているらしいので、幻視系の魔術は見破られる危険性があった。
そこで二つの魔術を候補に考える。
ひとつは、変化魔術。
この世に存在する誰かに成りすませる魔術だ。
ただ、今回は動力炉の侵入方法という犯罪なので見知らぬ誰かに罪を擦り付けるのは申し訳ない。
日本人なら誰でもいいかもしれないけど今後どんなことが起きるかわからない。
現実に存在する人に成りすますのはやめよう。
ふたつは、性転換魔術。
自分自身の性別を逆転させる魔術である。
この魔術の効果を受けると髪型や容姿が性別に適したものに変化する。
自分自身の面影を残した別性となるので他人の空似で済まされるだろう。
早速試してみる。
「……変な感じだな」
性転換魔術を掛けてみた感想である。
体つきが一回り細くなった気がする。
背も少しだけ縮んでいる。
その割に、胸と尻の衣服の締め付けがある。
胸のボタンと尻がきついのだ。
姿見に映る自分の姿はさほど変化がないように見えるのに。
まあ、きついだけで歩けるからいいか。
背後に気配を感じる。
振り返ると人影が三人。
「あの……どちら様、ですか……?」
俺の姿を見てシギンが怯えた顔をしている。
知らない人が家の中にいて怖い、と言った感じである。
「貴様……レイキか。何をやっておるのだ?」
アウローラの不審な眼差し。
「まあまあ、とても可愛らしいお嬢さんになりましたのね」
セリアは頬に手を当ててうっとりとほほ笑んでいる。
魔術の心得がある者にしか見破られてはいない様子。
という事は変装はバッチリという事かな。
「俺だよ。玲樹だよ」
「え!? レーキ、さん……? でも、女の人……」
「ヴィーンゴルヴの動力部への侵入経路を考えるために街に行きたいんだ。騒ぎになりそうだから変装してみたんだけど、どうかな?」
「どうかなって……その格好で行くつもりですか?」
不細工だとか美人だとかの感想の前に服装の指摘がきた。
ちょっとワイシャツとズボンはキツキツだけど、ブレザーで隠れているしこれくらいなら許容範囲だろう。
「なんで? 変?」
シギンの頬がぷくっと膨らむ。
これは噴火の三秒前という具合である。
「すっごい変です! もう、こっち来てください! あたしが服を選んであげますから」
「おいおい、引っ張るなって……痛ててて……尻が!」
ズボンを引っぱられると尻の肉がグイグイと食い込んでくる
逆らうことはできず衣裳部屋に連行されてしまう。
「うふふ、面白そうですわ。見に行きましょう」
「街へ行くのであれば余も行こう。アシール人の街の繁栄ぶりを見ておきたい」
俺の後ろにぞろぞろと見学者が続く。
「アウローラさんとセリアさんも街に行くなら着替えなきゃダメですからね!」
シギンの怒りは別方面へ飛び火した。
怒りの矛先を変えるべく俺も援護する。
「それは俺も思う。二人の恰好はこの世界に似合わない」
「これは騎士の正装だぞ。どこがダメだというのだ」
「この服は気に入っておりますのに……」
ハトが豆鉄砲を喰らったかのような顔になっているが、二人の服装はツッコミどころ満載である。
アウローラは騎士鎧に帯剣している。
武装していることについて咎められて職務質問されてもおかしくない。
この世界に銃刀法違反があるのかしらないけど、少なくとも街を歩いているアシール人は武装していない。
セリアはフリルと宝石に彩られた豪奢なドレス姿だ。
武装はしていないものの、バージンロードから逃げてきたのか、と勘違いされかねない。
やはり職務質問は免れないだろう。
「皆、ちゃんとコーディネートしてあげますから待っていてください!」
ファッションデザイナーと化した一○歳児は吠える。
その剣幕に、魔王たちはただただ黙って頷くのみである。
小一時間後。
俺たちはシギンの選んでもらったアーシル人の服に着替えていた。
「良く似合ってますよ!」
シギンはおでこの汗をぬぐい満面の笑みを浮かべる。
服屋の定員さんは皆そう言う。
買ってもらうためにはお世辞も必要だ。
この家に置いてある衣服はすべて無料だけどね。
アウローラは、黒地服の金属アクセで固めた、ロック系。
セリアは、ピンク基調のフリルが可愛い姫系。
俺は、リボンや花柄の目立つガーリッシュ系。
中身が男であることを全力で忘れられている気がする。
胸と尻の締め付けが楽になったのは嬉しいけど、このままでは新しい世界に目覚めそうである。
俺の中の男の部分が戻ってこいと叫んでいる。
救いを求めて視線がさ迷う。
「なんだ?」
アウローラの足先から腰へスマートな尻のラインを眺める。
「似合うでしょうか?」
セリアの鎖骨から吸い込まれそうな胸の谷間へ視線をスライドさせる。
言葉にできない活力がギュィィィンとみなぎっていく。
よし、大丈夫。
まだ耐えられる。
俺は正気に戻った。
「準備もできたことだし出掛けるとするか」
「あたしもついて行っていいですか?」
今日の今日で動力炉に侵入は性急過ぎるかもしれない。
シギンを連れていくならばアウローラとセリアの手綱代わりにもなるだろう。
「今日は下見だからいいよ。侵入経路を確認できたら、買い物でもしながらゆっくりしよう」
「やったーぁい」
シギンが諸手を上げて喜ぶ。
「そういえば、本日はグナさんがいらっしゃる日では? 誰もいないのは問題ではなくて?」
「シェイプシフターを置いておく。俺と、セリア、アウローラ、シギン、全員の代わりをやらせておくよ」
「貴様も悪魔使いが荒いな……」
「まあ、うん、魔王の特権ってことで」
ライルたちは家の留守番を頼んでおく。
シギンの護衛をやりたそうであったが、ティターン同伴はどうしても目立つ。
今回は遠慮してもらうことにした。
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セーフハウスから鉄道を乗り継ぐこと三○分。
俺たちはヴィーンゴルヴのセントラルステーションに降り立った。
広大な駅構内には人が溢れている。
人口が減った街とは思えない密集度である。
「混んでいるな。これの影響かね……」
俺は頭上の電光掲示板を見上げる。
「今回のガイストで亡くなった方への慰霊祭ですね。会場に向かう人がほとんどのようです」
「シギンは出席を考えていなかったのか?」
「あたしは、ガイストに殺された家族がいないので。出席する人も中央市街地に近い区に住んでいる人だけです。出席しない人も多いですよ」
「そういうもんか」
黙祷の放送が流れたら便乗しよう。
世界は違えど悼む心は同じだ。
俺たちは流れる人並みに逆らって繁華街へと足を向けた。
「さすがに空いておりますね」
ヴィーンゴルヴに入国した夜に歩いた通りだ。
人の姿はまばらだ。
カフェテリアに数人の男女がいるくらい。
ショーウインドウを眺める人も数えるくらいしかいない。
俺は人がひしめいているデパートやモールが嫌いなのでちょうどいい。
順番待ちもしないで済むだろう。
「レイキ、まずはどこへ向かう?」
「中央市街地公園……かな。ここの排水設備の一部が動力炉に繋がる通路の真上を通るんだ。召喚獣が通り抜けられるか試してみたい」
「では、参りましょう」
セリアはシギンと手をつなぎ、左腕を俺の右腕に絡ませる。
「ぐ、先手を取られたか」
渋々とアウローラが俺の左腕を奪い取る。
ぴったりとくっつく美少女二人。
しかし傍から見れば奇妙な構図であろう。
「お二人とも。いまの俺は女になっていることをお忘れでないか?」
女三人が仲睦まじく歩いていく様は妙に視線を集める。
シギンと言う幼い子供を連れているとさらに関係性がわからなくなる。
「良いではありませんか。満更でもないでしょう?」
腕を組まれるのは陽織とシャウナに訓練場へ連行されたとき以来であろうか。
現在、あの時に勝るとも劣らない幸せな感触に包まれている。
至福のひと時である。
「レーキさん、エッチな顔をしてます……」
「男ってのはエッチなんだ。永遠の真理だよ」
シギンも好きな男の子ができればわかるとも。
他愛のない話をしながら中央市街地公園へとたどり着く。
公園は人気がない。
俺たちのようにフラリと散歩に訪れた人か小さな出店のサポート種族がいるくらい。
「あそこで売っているものはなんだ?」
「スウィートフロストっていうお菓子です。冷たくて、と~っても甘いんですよ」
「ほぉ、興味がある。食してみるか」
「あ、あたしも食べたいです!」
アウローラがシギンを連れて出店に歩いて行ってしまう。
スウィートフロストか。
アイスクリームみたいなものかな。
目の前にたおやかに手が差し出される。
セリアだ。
「わたくしは動物園というものを見学したいですわ。レイキ、わたくしをエスコートしてくださいな」
「いやいや、俺は動力炉の進入路をだな……」
「良いではありませんか。さぁさ、参りましょう」
セリアは俺の腕を引いて公園の奥へと歩き出してしまう。
公園の奥は生態展示型の屋外動物園が広がっていた。
誰でも見学できるらしく無料である。
「動物園を見たいってなんでまた? ミシュリーヌに動物園というか見学施設みたいな場所はないのか?」
「珍しい魔物を集める者はいましたけど公開している人はいませんね。お金を取るならまだしも……、ここは無料なのでしょう?」
地球の動物園は値段は安いが有料である。
維持費の問題があるからだろうが、ヴィーンゴルヴは交通手段を含め公共施設はすべて無料で利用できる。
セーフハウスのあるリゾートエリアから利用した鉄道も無料だった。
経済活動のほぼすべてをティターンなどのサポート種族が支えているため実現できていると思われる。
シギンに聞いたところによると、アーシル人は国から支給される年金で生活しているらしい。
ベーシックインカム制度のようなもんだろう。
お金がかかるのは趣味だけなんて羨ましい世界である。
セリアがぽつりと呟く。
「豊かな国ですね」
「セリアの国は豊かじゃなかったのか? 覇王姫って呼ばれているなら大国だと思ってたけど」
「国は豊かになりましたけど、豊かな者ばかりではありません。魔物の危険と隣り合わせの生活が普通ですし、他国に攻め込まれると奴隷に落ちるかもしれません。どれだけ苦心しようとも、豊かになる者と、豊かさの犠牲になる者がいるのです」
「……そう思ってるってことは、セリアは変えようしていたんだろ?」
「努力はしましたが、虚しく感じることもあります」
小さな声が返ってきた。
僅かに震えているような空虚に満ちた声色であった。
「良くならなかったのか?」
「……豊かであろうとすれば豊かな土地がいる。土地を開拓すれば魔物との戦いで人が死にます。開拓した土地を豊かにすれば、他国が戦争を仕掛けてきます。これまた人が死にます。何もしなければすべてを奪われて死にます。わたくしは一○○年掛けて国は豊かにしましたが、豊かさの犠牲者は何倍にも増えたのです」
「セリアの国はいまどうなっているんだ?」
「勇者が後始末をしていくとは思えませんし、内乱が起きているかもしれません。一○○年が無駄になってしまいました」
「王様に戻れば建て直しできるんだろ? またやり直せばいいじゃないか」
「ただ戻っても簡単にはいきませんよ。わたくしは竜王の血を失ったせいで、不死ではなくなりましたから」
「戦争とか人殺しは無理だけど土地の開拓くらいなら手伝えると思うけど……」
「それならば――」
セリアの指先が俺の首をしっかりと絡めとる。
「史上最強と言える魔王様と覇王姫の間にお世継ぎを考えて下さる? あなたがわたくしを助けて下さるのなら、すべてを捧げても良いですわ」
「おい……」
そういう話になるのかよ。
俺には彼女がいるし、結婚にはまだ早いし、子供をつくる予定すらないのだ。
童貞を捨てる予定はあるけどね。
「悪ぃ……そういう話はいいや。お断りです」
「何故ですか! このわたくしが、覇王姫が、すべてを捧げると言っているんですよ!」
「俺は結婚とか考えてないの。はい、この話終わり!」
俺は一方的に宣言すると走って逃げだした。
「待ちなさい、レイキ!」
セリアは頭から角を生やさんばかりに柳眉を逆立てる。
逃げる俺を猛然と追いかけてくる。
アウローラと合流するまで追いかけっこは続けられたのであった。