第三話 「夜天光の侵略者」
2016/10/09
第一話、第二話、の続きとして追加しました
爆発音は立て続けに響いた。
近くではなく、かなり遠くの方から聞こえてくる。
「この辺りに森が開けている場所はありますか?」
「坂の先に橋があって、そこは森が切れてる!」
俺は走りだす。
一体何が起きているのだろうか。
花火の音に似ているけれど、まだそんな時期ではない。
橋にたどり着く。
目に飛び込んできた光景に唖然とする。
空が真っ赤に輝いている。
海岸沿いの化学工場・倉庫群が凄まじい轟炎に包まれているのが見える。
真っ黒い煙がもうもうと立ち上がり、星明りの空をどんよりと濁らせていく。
また爆発。
化学工場地帯の一角が閃光に包まれる。
爆発音の所在は工場らしい。
「なん、なんだ……火災ってレベルじゃないぞ……」
炎は工場地帯だけではない。
三浦半島の先端部分も何やら様子がおかしい。
各所から赤い光と煙が立ち上っている。
火事の勢いはどんどん広がっている。
このままでは淵ヶ峰高校付近にも及びそうであった。
「うおっ……!?」
甲高い轟音が頭上を掠めていった。
耳が壊れるかと思った。
見上げると、低空飛行する戦闘機が二機。
うっすらと見えた日の丸から察するに、航空自衛隊のF15のようだ。
アフターバーナーを輝かせて飛翔するF15を追撃する影がある。
巨大な翼を羽ばたかせて飛んでいくのは、鎧のような鱗と禍々しい巨躯、そして鋭い爪を備えた強靭な四肢。
ドラゴン、と呼びたくなる生物である。
翼を羽ばたかせて飛ぶような生き物が、超音速で飛行するジェット戦闘機に追いつけるはずもない。
が、ドラゴンはまるで風に後押しされるかのようにF15に食らいついている。
対してF15は風に見放されたかのように速度が上がらない。
いまにも失速しそうで追いつかれそうだ。
もう一機のF15が旋回してドラゴンの背後を取る。
間髪入れず、空対空ミサイルを発射する。
ドラゴンが魔術を発動する。
巨躯を包み込む真球の障壁が現れる。
空対空ミサイルは障壁に直撃、爆散する。
煙の向こう側からドラゴンが姿を見せた。
無傷である。
空対空ミサイルを発射したF15はそのままバルカン砲を掃射する。
だが、ドラゴンは何の痛痒も示さない。
ドラゴンはさらに魔術を発動させる。
虚空に現れた巨大な火球。
合計六つの火球を前方を逃げるF15に発射した。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
よっつ。
回避し続けるF15は五つ目の火球に翼を奪われた。
錐もみしながらF15は街へと墜落していく。
続けて、バルカン砲を撃ちながら接敵するF15に向かって長い尾をふり下ろした。
すれ違いざまに回避しようとするF15。
尾の一撃を避けきれず空中でバラバラになった。
いまだに噴出炎を吐き出し続けるターボジェットエンジンだけがクルクルと宙を飛んでいく。
戦闘を終えたドラゴンは悠々と空を飛んでいく。
やがて、黒煙に淀む空に見えなくなった。
市街地の上空を戦闘ヘリコプターの編隊が飛んでいく。
横須賀市方面へ向かっているようだ。
日本で何が起きているのか。
ドラゴン何て生き物はどこから現れたのだろう。
呆然としている俺にシャウナの声が届いた。
「レイキ、魔物です」
ブブブと耳障りな音が聞こえた。
硬い音を立てて何かがアスファルトの上に着地する。
見たくない。
見てはいけない。
そんな気持ちに駆られつつ顔を向ける。
アスファルトの上にはカマキリがいた。
俺の背をはるかに超える体長三メートルはあろうかという巨大カマキリだ。
鮮やかな緑の体には昆虫特有の節がある。
クニクニと動く足。
丸々と膨らんだ腹。
巨大な虫が動く様は鳥肌が立つほど不気味であった。
固まっている俺が獲物だと思ったのか。
巨大カマキリが俺に迫る。
振り上げられた緑色の鎌にはベットリと赤い染みがついている。
俺ができたことと言えば、だらしなく腕で顔を守ろうとして、ぎゅっと目を閉じることだけである。
ガキィィィンと甲高い衝突音がした。
俺は驚いて尻もちをついた。
目を開けると、シャウナが巨大カマキリの前に立ち塞がり、鎌の一撃を剣で受け止めていた。
「……まさかと思いますけど。魔物を見るのも初めてですか?」
俺は壊れた人形のようにコクコクと頷く。
「実践訓練といきましょうか。炎閃魔術を使って、ヒュージマンティスを倒してください」
「ど、どうやって……?」
「魔王の称号を継承したときにすべての魔術を覚えたはずです。発動方法は理解しているはずですよ?」
そうか。
俺は蘇生魔術を使えていた。
あの時は人を生き返らせる力はないのかと考えていたはずだ。
炎閃魔術はどんな魔術だったか。
必死に思い出す。
そうそう。
炎閃魔術は熱線を発射する魔術だ。
最大威力で放てば岩をも溶かす炎の魔術。
俺は両手を突き出すと、全力の炎閃魔術を発動させた。
掌から灼熱の光線が迸る。
放たれた熱線はヒュージマンティスの胴体をあっさりと貫通し、両断した。
ボトッと巨大カマキリの上半身が地面に転がる。
遅れて緑色の体液が胴体から噴き出した。
「上出来です」
シャウナは小さな拍手をする。
これは現実なのだろうか。
原付バイクで走っていて事故った後に見ている夢なんじゃなかろうか。
燃え盛る街並み。
アスファルトに転がる魔物の死骸。
いまだに熱を持つ掌。
現実味のない現実が否応もなく突きつけられる。
こうして俺の異世界転移は始まった。
そして、異世界転移したのは俺だけでも日本だけでもないことを後々知ることになる。