第二十八話 「VIP待遇」
六日目の朝。
動力炉をどうするかなあ、とぼんやりと考えつつ顔を洗う。
キッチン&ダイニングへ戻ると、シギンがニュースを見ていた。
「おはようございます、レーキさん。魔法陣のことニュースでやってましたよ」
「何て言ってたんだ?」
「政府のニヴル・ガイスト対策ということで放送されてました。ヴィーンゴルヴから外へ出ない限りは安心だそうです」
「ティターンたちはしっかり伝えてくれたみたいだな」
「それと、レーキさんがどこの誰なのか捜索されています。治療して走り回っていたから皆が顔を覚えちゃったんですね」
「うぇ……マジかよ」
窓から外を眺める。
アーシル人が活動をはじめたことでヴィーンゴルヴが本来の姿を取り戻しつつある。
遠視魔術で歓楽街を眺めてみる。
街には家族や恋人同士でショッピングに勤しむアーシル人がいる。
アーシル人が活動していなくても、その他のサポートする種族が支えていたからこそ、彼らの生活はスムーズに回っている。
ゴーストタウンだった一週間前が嘘のようである。
遠視魔術の視線を変えようとしてギクリと固まる。
ビルの壁面に設置された巨大モニターに俺の姿が大写しになっている。
モニターの文字にはこう書かれている。
『ヴィーンゴルヴを救った英雄はどこに? 情報を求む』
別のモニターでは別の文字が表示される。
『アーシル人を救った彼に心からの感謝を!』
文字がスライドして次々と入れ替わっていく。
これでは外出できないのではないだろうか。
だから、ヒーローって奴は変身スーツがあるんだね、勉強になったよ。
「でも、レーキさんが魔法陣を維持してくれるから安全なのに。勝手に政府の対策だなんて、なんだか失礼じゃありませんか」
シギンは頬を膨らませて怒っていた。
「政府はてんやわんやなんだろう。市民の説明を先にすべきってことで放送したのかもしれないし……、そう怒ることもないよ」
人もずいぶん減ってるので、政府を正常な状態に戻すのさえ大変だろう。
多少の手違いや不備は寛容でありたい。
玄関のインターフォンが鳴らされた。
「はーい、あたしが出ますね」
シギンが戸口へパタパタと走っていく。
探知魔術によると玄関にティターンが三機。
外にはリムジンが停車している。
要人警護のようにリムジンの周辺に三小隊の計九機のティターンが配置されている。
「レーキさん、お客さんです」
シギンの声に振り返る。
そこには黒塗りのティターンが控えていた。
足を揃え、敬礼する。
「ナガレ・レーキ様ですね。大統領がぜひお会いしたいと申しております。急なお話ですが、ご同行頂いてもよろしいでしょうか」
「仲間がいるんだけどいっしょに連れて行ってもいいかな?」
「勿論でございます」
「じゃあ、支度をするので外で待っていてくれ」
「承知いたしました。お待ちしております」
黒塗りのティターンが踵を返し出ていった。
シギンが握りこぶしでプルプルと震えている。
「見ましたか、レーキさん! 黒いカラーリングのティターンは政府直属部隊のティターンなんですよ。TVでしか見たことないです! 凄いですよ、デザインも繊細だし、性能もあたしが創造したライルたちよりも高めです。ああ、あたしもああいうのが創造できれば競技で優勝できるのに……!」
大興奮である。
ピョンピョンとその場で跳ねまわり、興奮のあまり鼻息が荒い。
階下の住人に迷惑になってしまう。
「落ち着け、そんなに跳ね回るとスカートがまくれ上がるぞ」
矢継ぎ早にまくしたてるシギンをなだめる。
「これが興奮せずにいられますか! レーキさん、あたしとライルたちも連れて行ってください!」
「そのつもりだよ。アウローラとセリアも連れていきたいから、呼んできてくれないか?」
「わっかりましたー!」
シギンが奥の部屋に駆けていく。
「ああ、走ると……」
そして、ドテッと段差で気躓いた。
言わんこっちゃない。
「隊長ぉぉぉぉぉ!」
ライルの絶叫がこだまする。
「うるっさいなぁぁぁ~~~~、ライル、朝っからなんなの!」
「隊長がやられた! 潤滑魂キットを頼む!」
「やられてねぇよ……転んだだけじゃねーか……」
ライルの大声で休眠モードだったモ二―とエクスが文句を言っている。
起きてもらうところだったからちょうどいい。
「ふぇ……痛ぃです……」
おでこを真っ赤に腫らせたシギンが涙目で起き上がる。
ついでに呼びにいった人物が部屋から顔を覗かせる。
「なんだ、騒々しいぞ! 余の眠りを妨げるものは万死に値する!」
「貴方が寝坊しすぎなのではありませんか?」
寝ぼけ眼で部屋からでてきたのはアウローラだ。
セリアはすでに身支度を整えていたようで、いつものドレス姿である。
シギンを抱き起しながら、治癒魔術を掛ける。
赤いたんこぶの腫れが即座に引いていく。
「ご苦労様。皆起こしてくれてありがとうな」
「ぅぅ……不本意です……」
賑やかな朝であった。
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俺たちは迎えのリムジンに乗せられて大統領府へ向かう事となった。
白いリムジンが高速道を走っていく。
ティターン防衛部隊が二小隊ばかり並走して警護についている。
俺たちはテーブルを挟んで顔を突き合わせている。
メンツは八人。
俺、の左にシギン、右にアウローラ、セリア、と続く。
離れて、ライル、エクス、モ二―だ。
ここがリムジンの中とはとても思えない。
これだけの人数が詰め込まれていて尚広い。
さらに驚くべきは車内の設備だ。
腰掛けているのはふかふかのソファ。
テーブルにはキンキンに冷えた果汁に作り立てのサンドイッチ。
暑くもなく肌寒くない良さげな空調。
果汁が波立つような揺れもない。
窓の外で流れる景色がなければ会議室か接待室と見紛うほどの内装だ。
朝食を食べ損ねた俺たちは、用意された食事を頬張りつつ、大統領の話に耳を傾けている。
向かいに座る女性、彼女がこそ大統領である。
「私は、グナ・薊。ヴィーンゴルヴの大統領なの。ナガレ・レーキ君、貴方を歓迎するわ」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
女性の服装は皺ひとつない真っ白な服。
スーツとは異なるが、意匠のボタンと襟付きの上着に足のラインが美しいズボン姿。
細い目と柔和な唇から優しそうな印象を受ける。
シャウナとは違うおっとりお姉さんタイプだな。
大勢の人間に話すことに慣れているのか、場にいる七人へ目を合わせながら語る。
「この度は我が国を救っていただいてありがとうございました。ティターン防衛部隊から事情は聞いておりますけれど、もう一度ナガレ君の口から事実を聞かせてほしいの。宜しいかしら」
「わかりました」
俺はヴィーンゴルヴを訪れてから実行したことを説明する。
清潔魔術を使ったアーシル人の治療。
魔力障壁魔術の魔法陣の構築。
動力炉で異変を感じたことも伝えておく。
「……なるほど。ヴィーンゴルヴのために尽力して頂いてありがとうございます。どれも魔術を使って解決されているようですが、アーシル人にも使用できるものでしょうか?」
「どうなんでしょうね。潤滑魂と魔力は同じようなものだとわかっていますけど、アーシル人が魔術を覚えられるかどうかはわかりません」
魔術は魔力がないと覚えられない。
潤滑魂が魔力で代用できるならば、魔術も覚えられるような気もするけど。
魔術の詳細はよく知らないからな。
シャウナが恋しくなる。
「そうですか……。抑制剤に代わる、ガイストの特効薬研究は今後も続けていかねばなりません。清潔魔術の解析のためご研究に協力頂けませんか?」
「魔法陣の件があるのでしばらくヴィーンゴルヴに滞在する予定でいます。その間であればいいですよ。人体実験とかはごめんですけどね」
「そんな真似は致しません。それに、研究協力の報酬に加えて、滞在期間中の経費や雑費、居住場所等必要な物はすべてご用意します。ゆっくりとヴィーンゴルヴの観光をして頂ければと考えております」
「そこまでしてもらえるので?」
「救国の英雄ですもの」
グナは気持ちの良い笑顔を見せる。
が、俺には絶対に逃がしませんよ、と顔に書いてある気がした。
俺が心変わりしてヴィーンゴルヴを飛び出して行ったりすれば、ニヴル・ガイストの脅威に晒されることになるのだ。
気持ちはわかる。
ここで至れ尽くせりの対応で機嫌を取っておこうと言うのだろう。
しかし、感謝を述べて報酬を受け取ってしまうのは損だ。
俺はまだ要求できる立場のはずだ。
「……ひとつ、お願いがあるんですが聞いてもらえますか?」
「あまり無茶な要求でなければ早急に対応致しますわ」
「ヴィーンゴルヴを動かしてほしいんです。方角は、北北西」
俺は空を飛べる召喚獣を使ってヴィーンゴルヴ周辺地域を調査していた。
そして海岸である漂着物を発見していた。
それは、日本語表記の看板。
潮の流れについて調べてみたところ、ヴィーンゴルヴの北から流れてくる海流があることもわかった。
現在位置が不明だが目の前に広がる大海原のどこかに日本列島がある可能性が高い。
さらに北北西の方角にぼんやりとだが大陸の陰が見えているのだ。
日本列島でないことは間違いないが、関東のすぐ向かい側にミシュリーヌの大陸があったことを考えると、ミシュリーヌの大陸かもしれない。
このミシュリーヌの大陸に沿って北上していけば日本列島にたどり着くのではないか。
そんなことを漠然と考えていた。
「移動ですか。少々問題がありまして、現在はヴィーンゴルヴの設備に潤滑魂を充填することが急務になっていますので、すぐに移動することは……、申し訳ありません」
都市すべての潤滑魂ゲージが赤になっていたのだ。
当然の対応か。
「どれくらい掛かりそうですか?」
「……急がせたとしても、一か月は」
「そのくらいなら全然待ちますよ」
グナはほっとした表情を見せる。
機嫌を損ねたのではないかと思われたのかもしれない。
俺はそんなに狭量じゃないよ、なんでもかんでも頼まれるとヘソを曲げるかもしれないけど。
「ありがとうございます。では、潤滑魂の充填が完了次第に移動を致しますわ」
頼んでみるものだ。
少しでも日本に近づいていれば、陽織、シャウナ、エイル、と合流も楽になるはずだ。
もしかすると不通になっている念話魔術が通るかもしれない。
「北北西には何かございますの?」
「俺の故郷があるかもしれないんです。仲間とも合流しないといけませんので、少しでも近づきたいんです」
「なるほど。お仲間と合流できたらご紹介下さい。滞在場所を提供致しますので」
グナは畳みかけるように言葉を繋げる。
さりげなく手を握られる。
「お仲間だけでなく、ご家族と移住されたいと希望でしたら遠慮なく。何でしたら新居の都合や挙式の予定があるならば場所も探させましょう。いかがですか?」
「……ハハ、ハ……、いえいえ結構です……」
目が怖い。
切実と言うか鬼気迫ると言うか強烈な目力を感じる。
サンドイッチが食べれないのでやんわりと手を振りほどいていく。
じりじりとソファに深く座って距離を取る。
話がずいぶん跳んだな。
引っ越しはともかく挙式とは。
まだ俺はそんな年齢じゃない。
話題に上がらなかったけど動力炉はどうなったのだろうか。
まだ放置されているのかな。
疑問に思って尋ねてみる。
「ところで、ヴィーンゴルヴの動力炉はどうなっているんですか? 俺たちはあの場所は後回しにしていたんですけど何かありましたか?」
グナはきょとんとした顔を見せた。
「動力炉、ですか? 問題なく稼働しておりますよ。少なくとも潤滑魂の充填は完了して、都市への供給が始まっていると報告を受けています」
「ニヴル・ガイストの調査を動力部だけはしていないので、俺が入って調査することはできますか?」
初めて、グナの表情に陰りが見えた。
「申し訳ありませんが、動力部の立ち入りは大統領も認められていないのです。入場するためのコードの入手にも議会の承認が必要になります。それに、承認を得られても入場できるのは動力部の手前まで。整備を担当するティターンだけが動力部まで入ることが許されているのです」
「そうですか。では、仕方がありませんね」
俺は素直に引き下がった。
グナに真偽魔術をずっと掛けていたので嘘でないことはわかる。
と、するとどういうことなのか。
俺の召喚獣が殺されたのはまぎれもない事実だ。
ヴィーンゴルヴの動力部を見てみたい。
何もないならそれでいいけど、ニヴル・ガイストが潜んでいたら嫌だしな。
俺はサンドイッチを摘まみながら動力部への侵入方法を考え始めた。