第二十六話 「防衛計画」
翌日の朝。
キッチン&ダイニングにて一同は顔合わせをしていた。
はじめにシギンが丁寧にお辞儀をして自己紹介を始めた。
「助けてくれてありがとうございます。ライルたちに聞いていると思いますけど、あたしの名前はシギン。シギン・菫と言います」
まだ小学生くらいだと言うのに礼儀正しい子である。
「こちらこそ。俺は、流玲樹だ」
ついでに二人を紹介する。
「アウローラだ。よろしく頼む」
「セリアと申します。どうぞよろしく」
これまでの経緯を簡単に説明する。
地球のこと、ミシュリーヌのこと、アーシル人のこと。
アウローラとセリアのこと。
俺がヴィーンゴルヴにやってきた理由。
ただ、エイルたちが作り出した世界だけは理解できなかったようだ。
しょうがないよね。
俺たちは仮想世界にいるんだよ、と言われても意味が分からない。
いまは後回しでいい。
「早速なんだけど、ニヴル・ガイスト対策について話をしたいんだ」
俺はガラステーブルの上に紙を広げた。
「これはヴィーンゴルヴの設計図? 機密情報ではないのか、これは」
ライルが驚くのも無理はない。
俺が広げた縦二メートル横四メートルの紙には、びっしりとヴィーンゴルヴの外観設計から内部構造まで書き込まれている。
市街地のライフライン、ヴィーンゴルヴの動力部、さらには大統領府の間取りまですべてだ。
「魔術で昨日書いたんだ。内容は間違いないよ」
地図魔術と写本魔術を使った地図作製術。
俺が魔術の保存設定を利用できるからこそ使える技である。
「凄ぇ、なんでもできるんだな、レーキは!」
「フハハ、それほどでもないよ」
エクスに褒められて鼻高々である。
「はぁぁぁ……、自分の住む家の下がこんなになってるなんて知りませんでした」
マジマジと地図を見つめてシギンは呟く。
その気持ちはよくわかる。
東京や大阪も地下鉄やら地下デパがあちこちに繋がっているから案内図がなければ迷宮同然。
俺は案内図通りに歩いていても出口に出れなかった男だがね。
案内板を中途半端に設置するのやめよう、マジで。
「でもさぁ、コレ……全然読めないんだけど」
モ二―が地図の文字を指さす。
地図の各所に記載されている名前はすべて漢字とカタカナ表記である。
アウローラとセリアは魔王の称号持ちだから言語魔術で読むことができるが、アシール人とティターンには謎の言語となる。
「……すまん。忘れてた」
「地図は正しいのです。不明点は都度注釈を入れれば問題ありませんよ。レイキ、説明をお願いします」
セリアに慰められて気を取り戻す。
そうだな。
地図内容があっていれば説明はできる。
「……その通り。まず、やらないといけないことを優先順位でまとめてみた」
①ニヴル・ガイストを侵入させないバリアの作成
②アシール人の治療
③ヴィーンゴルヴへの潤滑魂供給
この三つが最優先課題である。
「あの、アシール人の治療が最優先でないのはなんでですか……?」
シギンの疑問はもっともだ。
人命が二番手なのは理由がある。
「最優先にしたいけど。ニヴル・ガイスト対策ができてないとジリ貧になるかもしれないなと思ってさ」
先に治療をはじめると、健康なアシール人に惹かれてニヴル・ガイストが集まってくるかもしれない。
そうなると防衛が忙しくなるし、治療した人がまた感染する可能性もある。
他の作業に滞りが出るかもしれなかった。
「優先順位をつけてあるけど、バリアと治療は並行してやるつもりだから。安心して」
「はい、ありがとうございます!」
シギンは納得したと笑顔を見せる。
素直ないい子である。
「ニヴル・ガイストの侵入を防ぐバリアについてなんだけど、まだいい案がない。ヴィーンゴルヴにはバリア発生装置のようなものはないのか?」
「バリアとかファンタジーのお話だよ! ムリムリ!」
モ二―が両手で×印をつくる。
こんな優秀なロボットがいるのにバリアがないとは。
ロボットが居ればバリアがあるだろうって発想は俺の思い込みか。
「うーん。そっか……」
セリアとアウローラに尋ねる。
「広い土地を防護する魔力障壁魔術ってないのか?」
「神気障壁魔術は土地を防護できますけど……、わたくしも街ほど巨大なものに掛けることはできませんね」
「余は知っているぞ。少々大がかりだが、魔力障壁魔術を土地に掛ける方法がある」
「どういうものなんだ?」
アウローラは宙に円を描く。
「魔法陣を作るのだ」
「魔法陣?」
「うむ、魔法陣は陣の外枠部分に魔術式を刻んでいく。魔法陣を発動させると外枠より内側の土地に魔術効果が発動する」
「それは使えそうだな」
「だが、通常の魔術の数百倍近く魔力を消耗する点と魔術式を一行でも破壊されると効果がなくなることだ。レイキの魔力に頼りきりになるぞ?」
「応急処置だから構わない。魔力消耗ってどれくらいで考えてみればいいのかな?」
「レイキなら一週間は維持できるだろう。休養を取るなら、考える必要はあるまい」
つまり余裕ってことか。
しばらくヴィーンゴルヴから動けなくなるのが困るけど、アーシル人に頼んでヴィーンゴルヴを日本に移動してもらう手もある。
アーシル人たちと相談だね。
「問題は魔術式の防衛か……」
召喚魔術で呼び出した召喚獣に守らせてもいいけど、さすがに戦闘になった時に魔力が足りなくなる気がするな。
「それは我々に任せてもらおう」
ライルが言うにはヴィーンゴルヴにはティターン防衛部隊がいる。
彼らを説得して魔術式を防衛する部隊を配備してもらう段取りをつけると言う。
「おい、ライル。俺らは競技用ティターンだ。軍の奴らが従ってくれるとは思えんぜ?」
「アシール人がいない今、命令系統は部隊ごとの自己判断に委ねられている。シギンと共に説得すれば効果もあるはずだ」
「ガイストの治療ができるってスグ分ってもらえるもんね!」
説得云々は彼らに任せる。
俺は次の議題へと話を進めた。
「アシール人の治療は俺がやる。清潔魔術と魔力障壁魔術が使えることが前提だし、ガイストの二次感染の心配があるからな」
「……レーキさんに頼るしかないのはわかっています。けど、一人で治療するには人数が多すぎませんか?」
探知魔術で検索したところ、生き残っているアシール人は約二○○万人。
一日五○人治療したとして何年かかるんだと言う話だ。
大丈夫だ、問題ない。
フラグじゃないぞ。
ちゃんと我に秘策あり、だ。
「細かい話は実際にやるときに説明するよ」
けっこう魔力を消費する作戦だから、魔力障壁魔術の魔法陣でどれほど魔力を消耗するかで判断しよう。
「最後に、この地図を見てくれ。動力部だ」
全員が地図をのぞき込む。
俺が指差すのはヴィーンゴルヴの脚部の真上。
脚部の根元である中央部に動力がある。
駆動原理はよくわからないが、ティターンと同じような構造で作られており潤滑魂を燃料にして動いているようだ。
「都市への潤滑魂供給は、動力部に潤滑魂を注ぎ込めば勝手にやってくれるはずだ。だから、後回しにしてる」
セリアが地図の白地箇所をなぞる。
「動力部への通路が空白になっていますのね?」
「……地図魔術を使っていた召喚獣が殺されたみたいでここまでしか地図にできていない。ここに何かいるかもしれないと考えると、最後に回した方がいいかなって思ったんだ」
サッと緊張が奔る。
一番に警戒を露わにしたのはライルたちだ。
「敵、か? ヴィーンゴルヴの巡回は徹底されているはずだが……」
「わからない。探知魔術で調べたけど動力部にニヴル・ガイストの反応はないんだ。実際に行ってみないとな……」
以上で説明はお終いだ。
「えーっと、何かある?」
ライルが立ち上がる。
「我々は先にティターン防衛部隊に作戦概要を展開して、協力を求めてくる」
続いて、エクスとモニーも付いていく。
「わかった。俺たちは魔法陣の設置場所を考えておく」
「宜しく頼む」
協力要請が上手くいかなかったらシギンに連絡する、と言って三機は出掛けていった。
話がつくまでに魔方陣を描く場所を考えておかないといけない。
手頃な場所を聞いておこう。
「アウローラ、魔方陣を設置する場所に条件とかあるのか?」
ため息を吐かれた。
「どうかしたか?」
「なに、戦えない余の身が不甲斐ないと思ってな。何とかならぬものか」
「わたくしも肉体が在ればお役に立てますのに……」
俺がディスられているわけじゃないらしい。
紛らわしいタイミングはやめていただきたい。
「ちなみに、どういう肉体だったらいいんだ?」
「自分の体が一番だが再生する手段がない」
アウローラ曰く。
自分の体は(セリアも含めて)浄化されてしまったらしい。
不死者は肉体的な死から解放されているが、魂を入れている肉体を破壊されてしまった場合、生き返る術がないそうだ。
死んでいるのに生き返ると言うのは変な表現だが、そういうことだ。
「転生魔術は?」
「転生してしまったら記憶も魔力も闘気もすべて消える。人生をやり直したいわけではない」
「うーん、魔術じゃどうしようもないな、そりゃ……」
魔法人形作成魔術という魔術はあるが、あれは中身が存在するので駄目だ。
そこへ、おずおずと声が上がる。
「あの……、あたしの潤滑魂で新しい肉体を創造してみましょうか?、異世界の方に馴染むかはわかりませんけど……」
シギンだ。
「神の御業だな。可能なのか?」
「はい。アウローラさんとセリアさん、今二人が見えている姿を創造してみます」
シギンが目を閉じる。
ぼんやりと淡い光に包まれた掌をふぅっと息を吹き込む。
すると、薄青色の光が寄り集まって形を作り上げていく。
シギンの傍にアウローラとセリアに瓜二つの肉体が創造された。
「本当はここから潤滑魂を命の形に吹き込んでいくんですけど、そうすると新しい生命体になってしまいます。この肉体で大丈夫ですか?」
「うむ、やってみよう」
「試してみましょうか」
アウローラとセリアは一度光の礫に戻る。
そして、肉体の胸元に滑り込んだ。
薄青色の光消えて二人が床に降り立つ。
パチリと瞼が開いた。
「ふむ、悪くないな」
アウローラは掌を開いたり閉じたりして体の感覚を確かめている。
確かに悪くない。
鎧の上からでは分かり辛かったが細身の肉体には鍛え抜かれた筋肉がある。
そして筋肉支えられた豊かなふくらみが二つ実っている。
思わず手を合わせたくなる。
神の作り出したもう彫像と見紛う美しさであるからだ。
眼福である。
「驚きました……、生きていた時そのままの体と変わらないくらいですね」
セリアは四肢を確かめ、背中を見返り、背中まで伸びた白金髪をなびかせる。
驚きである。
淑女然たるドレスの下にはあれ程の肉体が隠されていようとは神をも欺く所業である。
浮き出るような筋肉はないものの弛んでいる肉はない。
だが、巨大である。
おそらく鷲掴んだとしても両手から零れ落ちるであろう。
眼福である。
「身体の具合はどうですか?」
「悪くない。闘気が使えるようになったのが大きいな、これならば戦える」
新しい身体は概ね好評だ。
ただ、失われた能力もあるようだ。
「不死性は失われてしまいましたね。あと、わたくしは神獣の血がなくなったので神気を使えないようです」
「ごめんなさい、異世界の身体はどのように構成されているかわからなかったんです」
「いいえ、こちらこそお礼を言わせてください。不死の呪いから解放してくれて、ありがとうございます」
「うむ、ようやく人並みになれたな。礼を言う」
アウローラとセリアは魔術で衣服を召喚すると素早く着替える。
魅惑の肢体は隠されてしまった、残念。
そして、二人と目が会う。
薄い笑みを浮かべるアウローラとセリアが俺の前に立った。
「楽しんだかね、レイキ?」
「楽しみましたか、レイキ?」
ひやりと汗が伝い落ちる。
ここは紳士な対応で乗り切ろう。
「いまのは不可抗力です。魔術の鍛練のためには潤滑魂の技術を見ておきたかったんです」
「本音はどうなのですか?」
さらりと真偽看破魔術を掛けられたことに気がつかず、
「とても揉み堪えがあると思いました、加えて、お二人とも細い体なのに腰は安産型体型ですから子供ができても安心ですね。良いものを拝ませてもらえたので、素晴らしい一日になりそうです」
あっさりとゲロった。
慌てて魔術無効化魔術を掛けるも遅すぎる。
「ちょ!? いまのは卑怯……!」
「黙れ。甘んじて受け入れよ」
「ふふ、お約束と言うものですね」
高速のビンタが左右から襲いかかる。
俺の頬には綺麗なカエデ模様がくっきりと残された。
「……それじゃあ、作業にかかろうか」
俺は痛む頬をさすりながら号令を出した。