第二十四話 「神と巨人の街」
俺が落ちてきた砂浜で出会った機械人形たち。
軍人タイプの機械人形は、ライル。
女の子声の機械人形は、モ二―。
ブレイクダンスを踊っていた機械人形は、エクス。
機械人形たちはティターンと呼ばれる種族で、己の主人のために街から街へ薬を探しているそうだ。
「その薬、抑制剤だっけ? 見つかったのか?」
ライルは力なく首を振る。
「周辺に点在する街から抑制剤は発見できなかった。使用済みの薬が大量に落ちていたため使い切ってしまったと思われる」
砂浜で襲いかかってきた黒い獣、ニヴル・ガイスト。
あれは意思を持つ微小構造体の群体で、生命体に寄生して、死に至らしめる。
現在ティターンたちの住む世界では、ニヴル・ガイストが猛威を振るっており、いくつもの街が全滅していると言うのだ。
感染後の致死率は一○○パーセント。
治療薬はない。
感染した場合は肉体の侵食速度を鈍くする抑制剤を投与し続けるしかない。
とは言え、抑制剤を飲まなければ半年で死に、抑制剤を飲み続ければ一年で死ぬ。
生きられる時間はあまりにも短い。
「もっと遠出しないとダメなのかな……、このままじゃ、たいちょ……死んじゃうよぉ」
「モ二―、隊長が死んじまったら俺らも死ぬんだぜ? 縁起でもねえ」
「でも、もう、限界だよぉ! 抑制剤の在庫がなかったら……! ぅぅぅぅぅ、ヤダよぉ、たいちょぉ……」
見た目スタイリッシュな機械人形が、目元を押さえてうりんうりんしている様はどこかシュールである。
でも、ずっと眺めていると可愛らしい女の子に見えてくる不思議。
ハッ――。
目をこする。
俺、疲れてるのかな。
彼らの主人は抑制剤が切れて三か月経過しているらしい。
ニヴル・ガイストの侵食が進み意識の混濁あり、非常に危険な状態になっている。
俺は三機に声を掛ける。
「なぁ、ちょっと相談なんだが」
「なんだ、少年」
「俺を隊長さんに会わせてもらえないか? 魔術で力になれるかもしれない」
「魔術……、異世界の力か」
ライルは腕を組む。
俺を隊長さんに合わせるのは難しいのだろうか。
まあ、魔術がどうこうよりも俺が危険人物でないかという視点だと思う。
先程の戦闘でわかったのは、本気で戦えば機械人形たちを倒すのはさほど難しくない。
逆に機械人形たちは俺が暴れだしたら自分の身を守るどころか隊長さんを守ることもできない。
「腹割ってはなそうぜ、ライル。正直言って奇跡に頼るしかないくらいヤバいシチュエーションだぜ?」
「ライル……、レーキは悪い人じゃないと思うよ」
「そういうことじゃない。ガイストに感染してしまう危険があるんだぞ。迂闊に頼んで死んでしまったら申し訳が立たない」
二次感染を心配してくれたらしい。
砂浜で寝ていた人を保護してくれるような機械たちである。
人を疑うことなど知らないのかもしれない。
「感染は魔術で防げる。俺も手探りになるけど、自分の安全は確保しながらやるから大丈夫だ」
「……ううむ……しかし」
ライルは腕を組んだまま微動だにしない。
長い沈黙が続く。
そして。
「……わかった」
ライルは申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまない、どうか隊長を助けてほしい……頼む」
「いいよ、気にしないでくれ。……でも、話を振っておいてなんだけど期待しすぎないでくれよな」
魔術の力がどこまで通用するのかわからない。
転移魔術させた陽織とシャウナの事も気にかかる。
日本へ戻らなければという焦りもある。
でも、いまの俺は魔王としてかなりの力があると思う。
学校にいたときとは違うのだ。
助けられそうな人がいるならば助けてあげたい、俺はそう考えていた。
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海洋都市ヴィーンゴルヴ。
ティターンのほか様々な種族が住む都市国家である。
都市国家を運営するのは、ヴィーンゴルヴに住む種族を産み出した種族、アーシル人。
ニヴル・ガイストによって滅亡しかけている種族だ。
海洋都市の徒歩での入国方法は貨物昇降機のみ。
俺と機械人形たちは巨大な昇降機に乗ってヴィーンゴルヴの外観を眺めている。
夕日がとうに水平線の向こう側に隠れてしまっており、暗い海面を照らすのはサーチライトと赤色灯である。
「なんだありゃ……、この街は移動できるのか?」
ヴィーンゴルヴは巨大な甲板の上に街が建設されていた。
甲板形状は雪の結晶のように左右対称になっており、連結できるジョイントポイントが先端に設置されている。
さらに、驚くのは足があることだ。
六本の強靭な脚部が甲板を支えており、俺は移動できるのかと疑問を持ったのだ。
「そうだよぉ、ゲーム開催が近くなると対戦相手の街まで歩いていくんだ。対戦フィールドをつくるために街と街は結合できるように設計されているんだよ!」
「ゲーム?」
「ウォーゲームだよ。ラグナロク・トーナメントって言ってね、私たちティターンがチームを組んで戦うんだぁ!」
ロボット同士のサバイバルゲームのようなものだろうか。
「面白そうだな」
俺もオンラインゲーマーの端くれ。
一時期はTPSに熱中していたこともある。
上手ではなかったが好きなジャンルだ。
貴様にはノーマルが似合いだ、とか煽られて発狂しかけたり。
忍者プレイする軽量機にバックスタブを決められて激昂しかけたり。
……あんまりいい思い出がないな。
でも、楽しかったことは間違いない。
モ二―はつまらなさそうにショットガンをクルクルと弄んでいる。
「でも、ガイストが出現してからは開催されていないんだ。……あーあ、体が鈍っちゃうなぁ」
「そろそろヴィーンゴルヴだ。防衛機構は働いているが完全ではない。ガイストに襲撃される危険もあるから注意してくれ」
ライルの忠告に気を引き締める。
貨物昇降機が停止する。
鉄条網と鉄板の二重扉が開かれた。
「ぉぉ……」
思わず感嘆の声が出た。
夜闇に浮かび上がる幻想的な都市がそこにはあった。
背の高い白亜のビルディングが立ち並ぶ通り。
通りの道は一階部分がすべてテラス持ちのお店になっている。
延々と伸びる通りは綺麗に剪定された緑地帯が続き、人口川のせせらぎが耳に心地よい。
交通網は区分けされていてお店と同じ位置はすべて歩道。
歩道の頭上に半透明の高架があり、レールが敷かれているので恐らく鉄道。
高架の一番上が片側四車線の道路になっている。
美しいところばかりに目が付くが、すぐに違和感に気が付く。
誰もいない。
居るのは、ライルたちのような機械人形ばかりである。
ライルが通りの先を指さす。
「隊長の住まいは向こうだ。急ごう」
俺たちは静まり返った通りを歩いていく。
「建物がすごい綺麗だよな。ティターンたちが修繕や補修をしているのか?」
「いや? してないぜ。潤滑魂が残っている限りは摩耗や劣化はしねーんだ。本当は潤滑魂補給をしてもらわにゃあならんけど、アーシル人は全員やられちまってるからな。……俺のコレ見えるか?」
エクスが胸元を指さす。
彼のマニュピレーターが差すのは赤くペインティングされた装甲版だけである。
「何もないように見えるけど……」
「ありゃ、異世界人には見えないのかね?」
「ちょっとまってくれ」
俺は鑑定魔術を掛ける。
面倒なので、鑑定魔術の発動座標を自分の左目にする。
これで、左目で見たものすべてが鑑定魔術を掛けた状態になる。
すると。
エクスの胸元にはゲージが見えた。
ゲームの耐久値を表示するようなステータスゲージだ。
「潤滑魂残量って表示されてるな?」
「そうそう、潤滑魂だ。アーシル人に生み出されたものはすべて潤滑魂で動いている。ヴィーンゴルヴのすべてに潤滑魂があり、潤滑魂残量がゼロになると一気に崩壊が始まるってわけだ」
俺は周囲を見渡す。
「ぅえ!? そこら中が真っ赤じゃないか!」
ビルから道路、街路樹から地面の土に至るまで、すべてが赤色ゲージ。
はじめて気が付いたが機械人形たちも潤滑魂残量が半分以下になっており黄色ゲージになっている。
途端に足元が崩れていくような不安感に襲われる。
「ハハハ――! そうビビるなよ、レーキ。崩壊間近だけど半年くらいは平気だぜ」
「驚かすなよな」
「わりーわりー。いまんところ、アーシル人がガイストにやられちまってるから潤滑魂が供給されてねーんだ。ヴィーンゴルヴ全体が潤滑魂切れを起こしそうになっているってことさ」
「一刻も早く治療が必要だな。エクスたちは潤滑魂が他の建造物に比べると多いけど、何か回復手段を持っているのか?」
そこへモ二―が割って入ってくる。
「はいはーい、私が潤滑魂キットを持ってるから皆はそれで回復しているんだよぉ!」
先頭を歩いていたライルが補足する。
「だが、潤滑魂キットも在庫切れ。我々の活動限界も近いというわけだ」
潤滑魂、か。
潤滑魂がどういうエネルギーなのか不明だが、魔力で代用できるのであれば魔力供給魔術で補給できる。
あとは治癒魔術、再生魔術、修復魔術、あたりで効果があるかという感じかな。
いろいろ試してみないとわからない。
「……目標地点に到着、ここだ」
ライルが見上げる建物は海を臨むマンション。
三○階立てのベランダ庭付きの高級感溢れる仕様である。
マンションも悪くないが、この付近は立派な戸建ても多く見える。
まるでハリウッドスターの邸宅のようだ。
セレブである。
俺たちはマンションのエレベーターで最上階へ。
連絡通路の末端に位置する角部屋へ進む。
ライルが右手を戸口のコンソールに翳すと、ピー音と共に解錠された。
「入ってくれ」
「お邪魔します」
マンションは戸口や廊下がティターンのサイズで建設されているから広く感じる。
自動ドアを通り抜けて玄関へ。
ぞろぞろと室内へ入っていくと、自然に室内の照明が点灯した。
玄関から直接通じるキッチン&ダイニングへと入る。
窓側に機械人形たちの整備に使われるのか、金属製のハンガーが設置されている。
埃一つなくピシッと整頓された部屋はまるでモデルルームのようだ。
「レーキ、ここで準備を整えてくれ。ガイストは生命体に感染しているとき襲いかかってくることはない。だが、体液感染、空気感染、することが確認されている。もし防ぐ手立てがないのであれば防護服を用意するが……、どうする?」
「いや、大丈夫」
ニヴル・ガイスト対策の魔術を次々と発動させていく。
闘術・魔術を防ぐ魔力障壁魔術、これは必須。
状態異常に対する抵抗力を上げる抵抗魔術、ウイルスが状態異常か不明だけど必須。
あとは空気感染、体液感染、への対策か。
風壁魔術、火壁魔術であれば完璧だけど、ここは室内だから大参事になる。
悩んだ末に、精霊化魔術を掛けた。
「わっ!? レーキが半透明になった!」
精霊化魔術は、体を魔力に変換することで物質を透過できる。
副次効果で、体が魔力で構成されているので肺呼吸や皮膚呼吸が不用になり、空気感染を防げる。
また、肉体がないので体液感染も防げる。
……防げるはず、たぶんね。
常に鑑定魔術で防護できているか確認しよう。
安全だとわかってから作業開始だ。
「準備できた」
「では、いくぞ。狭いからエクサとモ二―は待機だ」
「オッケー!」
「了解だぜ、ライル」
キッチン&ダイニングを通り抜けて奥のベッドルームへ向かう。
「ベッドルームは無菌室に改造してある。手前の小部屋で滅菌処理をしてから入室するようになっている」
促されるまま小部屋に入る。
両側から風を当てられて埃を払い落とされ、続いてレーザーを当てられて全身を殺菌された。
消毒が完了しました、と音声が流れると、小部屋の扉が開かれる。
ベッドルームの空気が流れ込んできた。
鑑定魔術で周囲の空気を観察する。
混じっている。
空気洗浄機は正常に働いているのかもしれないが、患者から放出される微量のニヴル・ガイストが空気中に漂っている。
魔力障壁魔術の表面に目を凝らす。
鑑定魔術がミクロの生命体を検知した。
ニヴル・ガイストと思われる極小のウイルスが障壁を攻撃をしている。
しかし、障壁にダメージはない。
安全は証明された。
ニヴル・ガイストは魔力障壁魔術で防ぐことができる。
という事は、闘気障壁闘術でも防御できるだろう。
後から入ってきたライルが心配そうに声を掛けてくる。
「問題ないか?」
「ああ、ニヴル・ガイストは魔力障壁魔術で防御できる。あとは治療方法だけだな」
ベッドの上に横たわる人物。
ライルは誇らしげに紹介する。
「この人が俺たちの創造主であり、隊長でもある……、シギン・菫だ」
「え……」
皆が隊長、隊長、と言いまくるから髭面のおっさんを想像していた。
少なくとも男だと思っていた。
ベッドに横たわるのは女性である。
女性と言うほど成熟していない。
十歳くらいのあどけない顔をした少女であった。