第二十一話 「魔王の挑戦」
第一章の最終話です
長すぎるので分割しました
勇者はグラウンドの中央から動かない。
剣を地面に差して佇んでいる。
勇者があそこから動かないのは、こちらが挑んでくるのを待っているんだろうな。
俺は天上を浮かぶ飛行物体を見上げる。
「あれってなんだかわかるか?」
「フェミニュートの戦略機動要塞のひとつだよ。どこかの部隊が勇者に乗っ取られちゃったみたいだね。精神攻撃に弱いって致命的だなあ……」
「あれって攻撃してくるのか?」
「攻撃はできるけど、……勇者が下にいるんだからそれはないんじゃないかな?」
勇者は魂喰いの剣で、魔王を殺すことが目的だ。
いきなり上からズドンってことはないって信じていいのだろうか。
俺は陽織、シャウナ、エイル、に向き直る。
「勇者との戦いは俺と陽織でやる。陽織、大丈夫そうか?」
「まかせて」
陽織は親指を立てて応える。
神獣の開花は不安だけど、目の前に勇者がいるのだ。
やらない手はない。
「先生は、勇者を倒せるタイミングや剣を奪い取れるタイミングがあったら攻撃をお願いします」
「はい、……ご武運を」
シャウナは鍛え上げた魂喰いの剣砕きの剣を掲げて、頷いた。
最後のエイルに頼みごとをする。
「エイル、避難所の人たちをどういう手段でもいいから連れて逃げてほしい。できれば、自衛隊とか駐屯している街まで連れて行ってくれ」
エイルは頬をぷくっと膨らませた。
「ボクは仲間外れかい?」
「悪い」
「……不服はあるけど、任されたよ」
エイルは戦力になるが、避難所の人たちをこのままにしておくのはまずい。
最悪の場合は俺と陽織とシャウナは死んでしまうわけだからね。
各々が保健室から出発しようとすると、エイルが引き止める。
「ちょっと待って、皆。これを持っていくといい」
エイルから手渡されたのは銀色の腕輪だった。
「これは?」
「ご主人様との戦いで使っていたバリア発生装置さ。一定の魔力と闘気のダメージを無効化する。もちろん、通常の衝撃も吸収する優れものさ。何かの役に立つかもしれない」
「ありがとう」
俺は腕輪を右腕に装着する。
「……いちおー、もらっとく」
「私も慣れた装備で戦いたいので持っておくだけにします」
陽織とシャウナはポケットにしまう。
洗脳されたとは言え、敵だったエイルは信用できないのかもしれない。
俺はバリア発生装置の力を体感しているからこそ装備しているわけだしね。
俺には追加でナイフを渡された。
俺の魔術障壁魔術を破壊したナイフだ。
体育のバスケで突き指するような俺に近接戦闘しろというのかね。
「役に立つかはわからないけど渡しておくよ。死なないように、ご主人様」
エイルは俺の顎に手を添えると、頬についばむ様な口づけをする。
「ああーーーっ!?」
陽織の口があんぐりと開いている。
エイルはクスッと笑うと保健室を出て行ってしまった。
「玲樹!」
「うぉ!?」
陽織が俺の頭を掴む。
グキィと首が嫌な音を立てる。
勢いよく押し付けられた唇の柔らかさを堪能する前に、前歯に鋭い衝撃が奔った。
熱烈な接吻である。
俺と陽織は互いに口を押さえて蹲る羽目になった。
「……ちっ……」
その横をシャウナが憎々しげに舌打ちしながら通り過ぎていった。
何とも締まらない出陣風景であった。
---
保健室を出て昇降口へ。
校舎の下駄箱前で服装をチェックする。
エイルにもらった腕輪とナイフを確認。
事前に、魔法障壁魔術、抵抗魔術、を掛けておく。
「準備オッケーだよな?」
「うん」
陽織は肩に漆黒の蔦と黄金の葉が絡みついた木刀を担いでいる。
闘気障壁闘術を事前に展開している。
準備万端だ。
「行くぞ」
「うん……!」
昇降口からグラウンドへまっすぐ歩いていく。
勇者がこちらに気が付いた。
地面に差した剣を引き抜き、一振り。
闘気の風が吹き抜けてグラウンドに一筋の線を刻む。
「誰だテメェは……、シャウナ・レイヴァースはどうした」
勇者の第一声を聞いて、凄ぇイケメンボイスだな、と思ってしまった。
声だけではない。
顔もイケメンだ。
髪型も長髪に片側だけドレッドヘアにしたような感じでヴィジュアル系ボーカルみたいな雰囲気。
服装は細身のズボンにコート。
ジャラっとしたアクセサリーは魔法道具か何かだろうか。
でも、あんまり若く見えない。
二○後半から三○代くらいに見える。
剣を見る。
黒い半透明のオーラが脈動する不気味な刀身だ。
あれが、魂喰いの剣なのか。
腰にも剣を差している。
二刀流だとしたら障壁破砕剣閃からの、追撃に注意が必要だな。
「シカトかよ。聞いてんのか、クソガキが」
「ずいぶんガラが悪いんだな……、あんたが勇者なのか?」
「そうだ。俺様が勇者だ」
人違いではないらしい。
しかし、勇者の○○だと名乗らないんだな。
ミシュリーヌに勇者は一人しかいないのだろうか。
「質問、してもいいか?」
「ああぁ? なんだ?」
「なんで、魔王を殺すんだ? 聞いた話じゃ、魔王って言っても悪いことをしているわけじゃないみたいじゃないか」
「テメェには関係のないこった……と言いたいところだが、興味があるなら教えてやる」
「俺は異世界から召喚された勇者だ。元の世界に帰るのに大量の魔力がいるんだが……、効率的に魔力を集める方法が魂喰いの剣で狩った魂を魔力に変換することだとわかった。この世界でもっとも強い魂を持つのは魔王とか勇者だからな。さすがに勇者殺しをすると煩い奴らが沸いてきそうなんで、魔王殺しからはじめたってわけだ。テメェをぶっ殺せばようやく魔力が溜まる、理解出来たらとっとと死んでくれや」
俺は勇者を身振りで制す。
「待てよ。俺を殺すより、俺が異世界送還に協力するとか、どうだ? 俺は魔力総量には自信があるぞ?」
魔王と勇者の戦いの前の交渉はセオリーだよね。
わしの味方になれば世界の半分をやろう、みたいな。
「そこまで言うなら見てやろうじゃねえか。 ――鑑定魔術。……ほう、言うだけの魔力はあるな。でも、お前のだけじゃ足りねえよ」
そう都合良くはいかないか。
勇者と魔王の交渉が上手くいった話を見たことがない。
でもさ。
もっと話し合いをして、世界を半分に分け合えば、割りと平和に事は済んだんじゃないのかな。
「どうしても駄目か?」
「あきらめて、死ね」
気配が変わった。
大地が震えるほどの闘気を爆発させて、勇者が腰の剣を抜いて突進してきた。
やはり勇者は二刀流使いのようだ。
陽織は木刀を構えた。
俺は魔術を発動させた。
俺の放った最大集束炎閃魔術を勇者が剣の腹で弾き飛ばした。
閃光が空のかなたへ消えていく。
陽織が前にでる。
俺はつかず離れず陽織の背中に陣取った。
陽織が前衛で勇者の攻撃を受け止める役で、俺が後衛で勇者への攻撃をする役だ。
勇者が気合と共に剣を振るう。
剣閃が見えない。
刃の暴風が吹き荒れた。
勇者の二刀が的確に心臓を狙ってくる。
障壁破砕剣閃の一閃で、俺の魔術障壁魔術が砕ける。
そこへ、魂喰いの剣の神速剣閃闘術が襲いかかる。
「……っ、このっ」
陽織の木刀が魂喰いの剣を受け流す。
でも、対応しきれない。
速さが違いすぎる。
まるで、勇者が何人もいるかのような動きだ。
勇者の太刀筋のいくつかは俺と陽織の障壁魔術を切り裂いてくる。
勇者の速さを殺すには手数で押し潰す。
俺は魔術障壁魔術を再構築しつつ、多段炎閃魔術を撃ち続けた。
雨霰と炎閃魔術が降り注ぐ。
幸いなことに俺の魔力総量は勇者の闘気総量を勝るらしい。
勇者は俺の魔術攻撃を防御か回避する必要がある。
「ち、めんどくせぇな……!」
勇者の防御が追い付かなくなってきた。
ついに、炎閃魔術が数発ヒットして、勇者の闘気障壁闘術を貫く。
隙をついて陽織の掌打が勇者の胸元をしたたかに打った。
勇者が口の端から血を流す。
「面白ぇな、ハハハ。そんな魔術の使い方する野郎ははじめて見たぜ」
「そうかい。このまま、押し切らせてもらうかな!」
勇者の口に笑みが浮かぶ。
「お礼に良いもの見せてやるよ」
勇者が二刀を構えた。
「玲樹! 防御して!」
勇者が地面を這うように走る。
二刀流の連続突き。
闘術、連続刺突剣閃闘術。
しかし。
俺は魔術障壁魔術で守られている。
陽織も闘気障壁闘術で守られている。
まず、障壁破砕剣閃で障壁を壊さないとダメージを与えられない。
何故、そんな無駄なことをする?
勇者の突きが陽織の闘気障壁闘術を破壊した。
「え?」
次の突きが、俺の魔術障壁魔術を砕いた。
「は?」
勇者の声が聞こえる。
「闘術には、奥義ってのがあってな。二つの闘術の効果を持たせることも出来るんだぜ? 魔術で同じようなことが出来るのは知らなかったけどな」
そんなんありかよ!?
俺も誰かにそんなことを言われているかも知れないが、やられている側は叫びたくなる。
俺は魔術障壁魔術を再構築し続けた。
作り、砕かれ、を何度繰り返したのか。
俺の構築が遅れた。
「あ……」
剣の切っ先が迫る。
俺の前に小柄な体が割り込んだ。
鮮血が飛び散る。
魂喰いの剣が深々と陽織の胸を抉った。
強烈な突きに小柄な体が弾き飛ばされた。
吹っ飛ばされた陽織を抱きとめるものの勢いは殺せない。
後ろに向かって地面を滑っていき、ようやく止まった。
「良かった……玲樹が死んだら、終わり、だもんね……」
陽織の制服がじわじわと赤く染まっていく。
あっという間にスカートまで血に染まり地面に血だまりをつくった。
ふらりと陽織の体が傾いた。
俺は崩れ落ちる陽織をゆっくりと地面に寝転がらせた。
「すぐ、治す……死ぬなよ……!」
俺が再生魔術を掛けようとすると、陽織は小さく首を振る。
「……ごめん、ね。もう、……限界なの。でも、計画通り、でしょ……?」
限界。
その言葉の意味することは、神獣を抑えきれないということか。
確かに結果だけを見れば計画通りだけど、陽織が勇者に殺されるのは予定外だろう。
言葉を飲み込み、血塗れの手を握る。
「わかったよ。あとは、任せとけ……!」
「……うん、待ってる……よ……」
陽織の苦しそうな呼吸音が止まった。
腕が力なく地面に落ちた。
陽織に蘇生魔術を掛ける。
無論、陽織の体は治っても心臓が動くことはない。
魂が奪われたのだ。
いつの間にか勇者が俺のことを見下ろしていた。
「順番が変わっちまったな。まあ、これで……」
勇者が剣を振り上げた。
これで?
これで終わりなはずがないだろう。
疾風の如く、影が躍り出た。
「――がっ!?」
勇者が振り上げた腕が宙を舞う。
シャウナだ。
シャウナは、勇者の腕を斬り落とし、魂喰いの剣を奪い取っていた。
勇者が鬼の形相で振り返る。
「くそがぁぁぁ、シャウナ・レイヴァァァァーーーース!!!!!」
絶叫する、勇者。
しかし、すぐには反撃せず再生魔術で回復を優先した。
その間にシャウナは距離をとる。
垂れ下がる勇者の腕を捨てて、魂喰いの剣を地面に固定した。
「これで、終わりです――!」
シャウナは、己の鍛えた剣を振りかぶった。
そのとき俺は気がついた。
勇者が嗤っていることに。
シャウナの剣が振り抜かれる。
激突する、魂喰いの剣と魂喰いの剣砕きの剣。
そして、ガラスが砕けるように儚い音を立てて折れた。
魂喰いの剣砕きの剣は根元からへし折れた。
剣の先端がくるくると宙を舞い、俺の足下に刺さった。