第二話 「今宵は魔王日和」
2016/10/09
第一話の続きとして追加しました
渦巻く光の礫が消える。
獣耳の女の腕を取る。
トクン、トクン、と脈を感じる。
生き返った。
そう実感するとドッと疲れが出た。
俺はどうやら人殺しにならずに済んだようだ。
俺の使った蘇生魔術は、死体を生き返らせる力があるらしい。
聞いたことも見たこともない知識が浮かんでくる。
力は設定値が存在する。
規模、力が発動する範囲の指定。
座標、力が発動する中心の指定。
効果、力が発動する威力の指定。
規模、座標、効果をイメージすると力を発動できるらしい。
この知識を得られたのは頭痛のおかげだと思う。
原因がそれくらいしか思い浮かばない。
獣耳の女が呻く。
俺の腕を振りほどき、身じろぎをする。
長いまつ毛がピクピクと動いたかと思うと、ゆっくりと目を覚ました。
「……あなたは……?」
「その、なんて言えばいいのかな。バイクで跳ねてしまって、不思議な力で生き返らせたんだ。殺すつもりはなくて……事故なんだ、ごめん!」
俺は土下座の勢いで頭を下げる。
事故だの故意じゃないだの言ったところで殺したのは間違いないのだ。
俺は罵りの言葉に怯えながら獣耳の女の反応を待った。
獣耳の女は傍らに膝をつく。
優しく肩を叩く。
「謝らないでください。こうして生き返らせてもらったんですから、文句は言いませんよ。ありがとうございます」
俺はこわごわと顔を上げる。
獣耳の女は淑やかな笑みを見せる。
予想に反して獣耳の女の反応は柔らかいものだった。
御礼まで言われてしまった。
「……ああ、ありがとう……」
喉のつっかえが取れた。
安堵のため息をつく。
しかし、生き返らせたと言って自然に受け入られるものなのか。
獣耳の女にとっては死体が生き返るのは驚く事ではないのだろうか。
獣耳の女は周囲を見渡しながら尋ねてくる。
「ところで。ここはどこですか? ミシュリーヌのどのあたりになるんでしょう?」
「ミシュ、リーヌ……? ここは日本。日本の神奈川県の横浜市だ」
「ニホン……?」
お互いに顔を見合わせて疑問符を浮かべた。
なんとなく予想できた反応だった。
獣耳に獣尾をもつ人である。
間違いなく地球人ではない。
日本に居るのに「ここはどこですか」などと尋ねてくるのは、記憶喪失か介護施設からの逃亡者か。
その他はなんだ。
奇天烈な発想を持ってくるならば、アニメやゲームでいうところの異世界転移者って人かな。
こんな可愛らしい異世界転移者ならば大歓迎である。
俺が妄想に耽っていると、獣耳の女が俺の目をのぞき込むように見つめてくる。
「ニホン……、カナガワ……。ふむ、嘘ではないようですね」
獣耳の女は腰の剣を確かめると、くるりと踵を返す。
「私はミシュリーヌに戻らなければなりません。では……」
「ちょ、ちょっと待って!」
スタスタと歩き去ろうとする獣耳の女を引き止める。
「なんですか?」
「ミシュリーヌに戻るって言ったって、そんな国も君みたいな人種も聞いたことも見たこともない。どうやって帰るっていうんだ」
「聞いたことがない? あなたは魔術を使っていましたし、ミシュリーヌのどこかであることは間違いないと思っていますが」
「俺はこの力を使えたのは君を殺してしまってからだぞ。俺たちの世界に魔術なんてもんはない」
「魔術を知らない……? ふむ……」
獣耳の女は胸元からメガネを取り出して掛ける。
メガネを掛けると知的な女教師のような雰囲気となる。
獣耳の女は自分の体の確認をする。
腕を撫で、お腹をさすり、怪我になっていた場所を次々と癒していく。
自然に魔術とやらを使っているんだろう。
が、ピタリと動きが止まる。
「魔王の称号が失われている……?」
獣耳の女の鋭利な眼差しがオレを貫く。
怖い空気に俺はビクついてしまう。
「な、なんです……?」
「あなた、いままでに称号を習得したことは?」
「そもそも称号が何なのか……」
そういうことですか、と獣耳の女が呟く。
どういうことなのか、と説明を求めたくなる。
俺の心を知ってか知らずか補足をしてくれる。
「あなたは私を殺したことで、魔王の称号を継承したようですね。だから魔術が使えるんです」
「ま、魔王の、称号……?」
俺は今日から魔王様になったようである。
我が腕の中で息絶えるがよい、と人に向かって言い放てる職業になったわけだ。
ぜんぜん嬉しくない。
ただ、魔術は良いな。
魔術と聞いて俺はワクワクしてしまった。
何せ魔術である。
遠くの町に一瞬でワープしたり、透明になったりできるわけである。
魔術が使えると聞いて心躍らないゲーマーはいない。
「考えが変わりました。私はあなたについていきます。もし、他にも質問があるのなら答えますよ?」
「ええっと、それじゃあ……お名前は? 俺は流、流 玲樹です」
「シャウナ・レイヴァース。シャウナと呼んでください」
よろしく、と互いに握手を交わす。
その直後。
ドォンと腹に響く様な轟音が鳴り渡った。