第十九話 「第三勢力」
俺、流玲樹は学校の屋上で目を覚ました。
目を覚ましたという表現は難しいかもしれない。
学校の屋上で召喚魔術を試していた俺も、エイルの電撃銃で気絶させられた俺も、流玲樹であったのだから。
俺は召喚魔術で悪魔を呼び出す実験を続けていた。
陽織と一緒だとついつい遊んでしまうのでこっそりと屋上で実験をしていたのだ。
俺が呼び出したのは、シェイプシフターと呼ばれる生物の姿を真似ることができる悪魔だ。
召喚したシェイプシフターの擬態の完成度を知るために、陽織やシャウナの使いっぱしり役を任せてみることにした。
結果はバレなかった。
怪しまれはしたけどツッコミはなかった。
シェイプシフターは、見た目はもちろん、性格、知識、経験、称号を擬態した生命体と共有する能力を持つ悪魔である。
さらに、モニターの切り替えスイッチのようにシェイプシフターの体と自分の体を意識だけ交換することができる。
補えない部分もあるけどね。
俺とシェイプシフターの違いと言えば、魔力総量が違いすぎるところ。
シャウナに呼ばれたときは、魔力供給魔術で魔力が満タンまで回復できなかったので焦ったが、「疲れているのですね」と労われただけである。
陽織もじぃっとこちらを見ていたが俺と話し始めると気にならなくなっていたようだった。
ちなみに、シェイプシフターで擬態している体を操作している間は、本体のほうにシェイプシフターがいるので最低限の自衛はしてもらえる。
潜入捜査やおとり捜査で大活躍してくれそうなシェイプシフターである。
話を戻そう。
偶然とは言えエイルの罠を回避できた。
が、シャウナと陽織は念話魔術に応えない。
すでに捕まってしまったのだろうか。
神獣を倒した部隊もいることだし、エイルにも指示を出せる部下のような存在がいるのだろうか。
不用意に姿を晒しているのはまずいかもしれない。
俺は自分に迷彩魔術を掛ける
続けて、探知魔術を学校全体に飛ばすが、避難民以外の検索結果はなし。
エイルはまだ食堂にいるはずだからおかしな話である。
魔術の解析が終わったと言っていたから探知魔術に引っかからないようにする方法を見つけたのだろうか。
となると、エイルを見失うのはまずい。
俺は隠密行動向きの召喚獣を呼び出すことにする。
魔法陣から現れたのは三匹。
二足歩行の黒いトカゲのような姿をした魔物、シャドウサーバント。
影から影へと移動できる能力を持っている。
誰が誰だかわからなくなりそうなので、小さい奴をチビ、顔に傷がある奴をスカー、目が大きい奴をギョロ、と呼ぶことにした。
「食堂にいるエイルを尾行する。二匹は陽織とシャウナを探してくれ、敵を見つけた場合は攻撃せず知らせるんだ」
グルゥと小さく鳴くとスカーが先行して進み始めた。
チビとギョロはスルスルと影の中に溶けていき気配が遠ざかっていった。
食堂に到着する。
すでにエイルと俺はいなかった。
探知魔術をもう一度飛ばしてみるが反応はない。
「どこに行ったかわかるか?」
「グゥゥ……」
スカーは申し訳なさそうに首を振る。
完全に手詰まり感。
シェイプシフターを送還してエイルの動きを待つという手もあるけど、警戒されてしまうのは痛い。
俺と陽織とシャウナを捕らえていると思い込んだエイルは油断しているだろう。
と、そこにチビから連絡がきた。
――旧校舎の地下に入り口あり。
俺とスカーは急ぎ旧校舎へと向かった。
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旧校舎は淵ヶ峰高校で一番古い校舎だ。
老朽化と耐震強度の問題から一般教室は設置されておらず、理科実験器具や古書、卒業生たちの備品やトロフィーが保管されている。
当然のことだが避難民が利用することはないし近寄りもしない。
在校生である俺と陽織も入ることはほぼない。
入学してから三回ってところだろう。
秘密基地を作るには都合の良い場所だったに違いない。
「……いつの間にこんな物作ってたんだ」
地下教室の端をぶち抜いて鋼鉄製の巨大な扉が設置されている。
扉の横にはコンソールと監視カメラが設置されており、秘密情報部のエージェントでもなければコッソリ潜入は無理だ。
素直に魔術の力に頼ることにする。
迷彩魔術のおかげで監視カメラには映らない。
熱赤外線センサーがあったらどうなるのか。
氷結魔術で自分の体を氷漬けにする?
いやいや……ナンセンス過ぎる。
セキュリティは解錠魔術でたぶん開くことはできるが、あの鋼鉄製の扉が昇降すれば音が響くだろう。
絶対に気づかれる。
ん、そうか。
精霊化魔術があった。
精霊化魔術は、己の体を魔力に変換して精霊のように物質を透過できる能力を得る。
迷彩魔術と精霊化魔術を併用すれば、発見されることなく扉を開けることなく侵入できるはずだ。
シャドウサーバントたちは連れていけないのでこの場で送還。
単身で壁をすり抜けていく。
景色が一変した。
白い床、白い壁、プラスチックのようなツルツルとしたフロアが広がっている。
通路はなくフロアとフロアが繋がっているような構成で施設は作られているようだ。
ツンとするアルコール臭。
フロアのど真ん中には試験管のお化けみたいなカプセルが並び、中身にグロテスクな生物が詰め込まれている。
すべて死んでいる。
ドラゴン、マンドラゴラ、ゴブリン、ジャイアントスパイダー、他多数。
その中に人間がいた。
男、女、若い、老い、も関係ない。
これは避難民だろうか。
見たことある人は行方不明になった人たちだ。
失踪したと思われていた人はエイルが誘拐していたってことか。
迷彩魔術と精霊化魔術を解除。
続けて召喚魔術を使う。
リビング系の知性を持つレベルの高い魔物を召喚する。
サモン・インテリジェンスセイバー。
魔法陣の中から銀色の刀身を持つ片刃の長剣が姿を現す。
「私をこの場にて呼び出すか。さすが魔神王だな」
青白いオーラを発するサモン・インテリジェンスセイバーは渋い男声で話し始めた。
「俺の事を知ってるのか?」
「……まだ知らんさ。言え、貴様は私に何を求める」
「仲間が捕まっているんだ。敵を倒すのを手伝って欲しい」
「承知した。……この城内にある生命体の反応は貴様を含めて五だ。敵は複数か?」
「もし仲間が捕まっているとすると三人は味方だ」
「三人は固まっているな。……こっちだ」
サモン・インテリジェンスセイバーは宙を滑るように移動していく。
俺は置いて行かれないように駆け足でついていく。
「俺の探知魔術だと引っかからないんだけどどうやって調べているんだ?」
「この城内は魔術封じの結界が設置されているのだろう。私も魔術は使えなくなっているので、気配探知闘術を使った。この場で高度な召喚魔術を使える貴様が異常なのだ」
「なんで召喚魔術は使えて探知魔術がダメなんだろうな」
「知らん。私は門外漢だ」
フロアを跨ぐと中身が空のカプセルが続く。
いや、空じゃないのか。
隣のカプセルを見ると小さな肉の塊が浮いている。
奥のカプセルに従って肉の塊は大きくなっていく。
うぇ、……嫌な予感しかしない。
エイルが言っていた実験の失敗作でも飾ってあるのだろうか。
目を合わせないようにうつむき加減で走り抜ける。
「いたぞ。アレか?」
最奥に設置されたカプセル。
透き通った青い液体に満たされたカプセル。
その中に、シャウナとエイルと俺を発見した。
両腕と両足は結束バンドで固定されているため目覚めても逃げることはできない。
口には酸素マスクのような器具が取り付けられ、腕には透明なチューブに繋がる針が刺さっている。
三人とも起きているのか寝ているのかわからない、ボンヤリとした表情のまま虚空を見つめている。
「貴様が二人いるぞ」
「シェイプシフターなんだ。いちいち外に出すのは面倒だし、送還しちゃおう」
美少女と美女はともかく、自分の生まれたままの姿など見ても何の面白みもない、魔力の海に帰るが良い。
俺もといシェイプシフターは光の礫となって消える。
「インテリジェンスセイバー、このガラスを壊せるか? ……あと呼びにくいからセイバーって呼んでいいか」
「問題ない。好きに呼べ」
サモン・インテリジェンスセイバーは、カプセルのガラスに刃を当てると円を描くように切り裂く。
人が通り抜けられるほどの穴から青い液体がドロリと流れ出てくる。
二人を助けるべくカプセルへ近寄ろうとするのをサモン・インテリジェンスセイバーが制する。
「待て、その液体に触れるな。魔力と闘気を阻害する成分が含まれているようだ……。触れずに二人を助けろ」
「お前滅茶苦茶言いやがるな」
「……貴様は超魔術が使えるだろう、念力魔術は発動方法を工夫すれば細かい作業も可能だ」
「ええ~……」
念力魔術を試したことがあるが、自分の力で持ち上げられない大きな物を動かすような魔術だ。
重機の代わりに使う魔術だと思っていた。
「まだ敵に動きはない。良い機会だ。練習してみろ」
言われるままに念力魔術を使ってみる。
細かい作業をするためには発生する効果を小さくしないとダメだろう。
座標は移動先の指定しかできない。
やっぱり物を動かすくらいにしか使えんだろう、コレ。
「……指を使う作業をするときを思い出せ。読書をするとき、文字を書くとき、手をどのようにして使っている」
「そりゃあ……」
ページを捲る。
ペンを握る。
紙を押さえる……。
「そうか。念力魔術は発動している間、力が掛かりっぱなしになるのか。座標を固定にすれば……!」
すぐさま実践する。
念力魔術で陽織の体に発動させる。
座標は移動先を固定にすることで、体を持ち上げる力を作り出す。
次に腕に刺さっている針を抜くために、腕を念力魔術で押さえる。
続けて念力魔術でチューブを引き抜く。
腕にぷくりと浮かぶ血の滴。
出血を止めるべく治癒魔術を掛ける。
あとは簡単。
拘束する結束バンドを炎閃魔術で焼き切ると、念力魔術で陽織を床へと下ろした。
清潔魔術で体を綺麗にしてやってからブレザーを被せてあげた。
シャウナも同様に救出してワイシャツを被せた。
鼻先がムズムズした。
盛大なくしゃみを一つ。
「うぅ……寒ぃ……この建物冷えすぎだろ」
シャツ一枚ではヒンヤリとした建物内では辛い。
「休憩している暇はないぞ、上だ!」
サモン・インテリジェンスセイバーが俺の頭目掛けて刀身を切り上げる。
硬い金属音が俺の背後で響いた。
背後に向かって炎閃魔術を発射するが手応えなし。
振り返れば、軽やかな動きで床に着地するエイルの姿があった。
服装は普段のメイド服ではない。
全身をピッチリと覆うSF映画のパイロットスーツのような恰好だ。
両手には駆動音のする厚みのあるナイフを持っている。
「転移魔術に、オリハルコン製の私を砕く武器……厄介な相手だな」
「お前、体が……。今直す」
俺はサモン・インテリジェンスセイバーに修復魔術を掛ける。
欠けてしまった刃と亀裂の入った刀身がみるみる再生していく。
「魔術じゃないよ、技術だよ。ボクのような戦闘員が身に着けるスーツには短距離転送機と粒子武器庫を搭載しているのさ」
エイルの右腕に銀色液体金属のような物質がまとわりつく。
「まさか脱出されるとは思ってなかったよ。レイキ君は体半分くらい吹っ飛ばさないと大人しくしてくれないかな」
早回し映像のように機器が、ガチン、カシャンと金属音を鳴らして組み上がっていく。
ガラス人形のように細いエイルには似つかわしくない、武骨で、巨大な、武器が出現する。
六門の砲身を束ねた機関砲だ。
体を半分?
粉微塵になる予感しかないぞ。
「回避しろ」
「ぜったいにダメだ!」
背後には陽織とシャウナがいる。
逃げるわけにはいかない。
「承知した。――闘気障壁闘術」
サモン・インテリジェンスセイバーが闘気障壁闘術を展開する。
俺も倣って魔力障壁魔術を作りだす。
甲高いモーター音。
高速回転する銃身から撃ちだされた弾丸はいとも容易く闘気障壁闘術を貫いた。
貫通した弾丸は魔力障壁魔術にぶち当たると、微細なヒビを作る。
薄氷が割れるかのようにひび割れが広がっていく。
「うぉぉわぁぁぁ!?」
とんでもない威力だ。
全力の陽織より強いかもしれない。
魔力障壁魔術に倍の魔力を注ぎ込みようやくひび割れを止める。
高速で撃ちこまれる弾丸は魔力障壁魔術に阻まれてフロア内を跳ね回る。
壁が。
床が。
カプセルが。
荒れ狂う弾丸に、抉れ、砕け、飛び散り、壊れていく。
「へぇ、……魔力と闘気を分解する粒子を弾丸に仕込んであるのに耐えるんだ。レイキ君は本当に凄いなあ――!」
俺は答えない。
エイルを近寄らせないように炎閃魔術で弾幕を張る。
対するエイルは、余裕の表情で炎閃魔術を素で受ける。
炎閃魔術はエイルの手前で塵の如く消え去ってしまった。
「バリア!? これならどうだ!」
最大集束炎閃魔術をエイルに向けて発射する。
しかし、エイルの直前で霞のように霧散してしまう。
「魔術の無効化は万全さ。大陸を消し飛ばすような魔術でない限り効かないよ」
「マジかよ……」
エイルの攻撃は終わらない。
フロアの天井から妙な機械が飛び出す。
噴霧器のような機械の先端から半透明の煙が吹き出してきた。
大量が煙が溢れだし、目や鼻に酷い痛みが奔る。
催涙ガスだ。
「……ゴホッ、ゴホッ、セイバー。天井を」
「承知した」
サモン・インテリジェンスセイバーは弾雨の隙間を軽やかに飛翔し、ガス噴霧機を破壊する。
すぐさま風壁魔術で煙を散らして解毒魔術を掛ける。
重ねて抵抗魔術を俺と陽織とシャウナに掛ける。
「魔神王、奴の魔術無効化を貫通できる魔術はないのか」
「……あんな硬いバリア無理だ!」
エイルのバリア内で魔術を発動させようとしたが失敗している。
バリアの外側からエイルにダメージを与えなければならないのだ。
バリアの強度を打ち破るほどの出力があるならば可能であるが、最大集束炎魔術で貫通できなかった。
「ならば、魔術は力技だけの技術ではない。暗黒魔術を使え」
「……おお、そうだった!」
ビボルダーにも教えてもらったではないか。
が、エイルはガスマスクなしで催涙ガスの中にいた。
バリアに状態異常を無効化する効果があるのだろうか。
もしくはエイルに状態異常の耐性があるのか。
猛毒魔術、麻痺魔術、睡眠魔術、混乱魔術に対する耐性は持っていると考えるのが無難だろう。
思考する。
身体に影響する状態異常が効かないならば、精神に影響する状態異常ならばどうだろう。
思い出すのはビボルダーの言葉だ。
暗黒魔術の中には視線を合わせれば効果がでる魔術がある、と。
一撃でエイルを無効化できそうな状態異常魔術は、洗脳魔術だろうか。
洗脳魔術は、視線を合わせた相手の精神を破壊する魔術だ。
完全に決まれば廃人にできる。
治癒するには精神治癒魔術を掛ければよい。
問題は、視線を合わせる距離はどの程度まで接近しなければいけないかってこと。
ひとまず洗脳魔術を発動。
エイルの目を見つめる。
余裕の笑みでウインクを返された。
もっと近づかないとダメらしい。
俺はちらりとサモン・インテリジェンスセイバーを見た。
頼みづらい……。
そんな俺の視線に気づいたのか、サモン・インテリジェンスセイバーは言った。
「フ……、使い捨てにされても私は幻影に過ぎん。気にするな」
幻影か。
俺はニヒルな笑みを浮かべるおっさんの幻影が見えたよ。
本当に召喚獣はどこからやってきているのだろう。
俺のことを知っているみたいだし、未来の俺のことを知っているのかな。
よし、無駄な思考はここまで。
気合を入れよう。
「オッケー、こっちで注意を引くから死角から攻撃な」
「承知した」
「うぉぉぉぉ!」
俺はエイルに向かって走りながら、多段炎魔術を準備する。
狙いはエイルではなく、エイルのバリアぎりぎりの床と壁。
三○の熱線が宙を貫く。
狙い通りに着弾した炎の閃光は、床と壁を溶かして、エイルの足場を崩した。
エイルがたたらを踏む。
「おおっと。やるねぇ、レイキ君。でも、狙いはわかっているよ」
エイルは崩れた姿勢のまま背後に機関砲を向ける。
忍び寄っていたサモン・インテリジェンスセイバーを即座に破壊する。
魔力が消耗する感覚。
サモン・インテリジェンスセイバーは消滅した。
「おつかれさま。盾がなければレイキ君を狩るのは簡単さ」
瞬間移動で俺の目の前に移動してきたエイル。
右手に持ち替えていたナイフを振り下ろし、魔力障壁魔術を一撃で砕く。
どうやら障壁破砕剣閃のような効果がある武器らしい。
左手には電撃銃が握られている。
俺とエイルの視線が鼻の先で交差する。
「ぇ……?」
エイルの体がびくんっと跳ね、目が不自然にキョトキョトを彷徨う。
「な、ん……」
「残念だったな。魔術は攻撃魔術だけじゃないんだぜ」
両手の武器が蒸発するように消え失せると、エイルが床に倒れ伏した。
「ふぅぅぅ……」
長い息を吐く。
額をぬぐうと汗で濡れている。
シャツを見れば背中まで汗が伝い落ちていった。
冷や汗である。
精神治癒魔術を施すまでエイルが動き出すことはない。
が、不安なので泥縄魔術で手錠と足錠を掛けてからついでに目隠しをしておいた。
エイルの正体は何者なのか。
陽織とシャウナが目覚めるまで時間がありそうだし問い詰めるとしようか。