表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/132

第百二十三話 「リンドブルム防衛戦8」


 リンドブルム城下町の西区。

 庶民と貴族たちの流行を支える華やかな商店街でも戦いが繰り広げられていた。


 --- シャウナ視点


 叩きつけるような雨が降り注いでいる。

 ほんの数歩先の視界すら見えないほどの激しさだった。


 雨だけではない。

 この身体が木の葉のように吹き飛ばされてしまいそうな突風も吹き荒れていた。


 シャウナは荒れた呼吸を整える。


 イルミンスールと戦いはじめて数時間。

 上空の熱気と地上の空気のせいで気温と湿度はサウナのようだ。


 蒸し上がりそうな蒸気に全身は汗だくで気持ち悪い。

 戦い続けで空腹だ。

 体力、気力、魔力と底が見えてきている。


 だが、それはイルミンスールも同じこと。


 ――左手からの殺気。

 シャウナは思考を振り払い、闘気に包まれた剣に妖気を流し込んで強化する。


「――大地よ、唸れ。地殻大海嘯(クラストウェイヴ)!」


 魔術の文言が聞こえた。

 濁流が噴き上がり、粉砕された岩盤がせりあがり、壁のように立ちあがった。

 岩と水の壁がシャウナを呑み込まんと迫りくる。


 シャウナは落ち着いて対処する。

 屋根の上を駆けだして地殻大海嘯(クラストウェイヴ)に向かって突き進む。


「妖気剣、連続刺突剣閃闘術(ミリオンスラッシュ)!」


 刺突から放たれた幾千の衝撃波が地殻大海嘯(クラストウェイヴ)に大穴を穿つ。

 その先に身を隠していた者、イルミンスールの姿を露わにする。


 イルミンスールは連続刺突剣閃闘術(ミリオンスラッシュ)が途切れた隙を狙って次の魔術を放つ。


「――凍りの礫よ。烈風雪嵐弾(ゲイルブリザード)


 眼前に氷塊が生み出され、突きの姿勢で固まっているシャウナに撃ちだされる。

 だが、この姿勢からでも闘術は放てる。

 シャウナは突きの姿勢のまま地を蹴って前へと進む。


「その程度の魔術で!」


 突きの技から突きの技へ。

 妖気剣、噴流四段突闘術(ガストクアドスピナー)へと繋げる。

 かつての獣王姫シャウナ・レイヴァースとは違い、妖狐マサキを取り込んだシャウナの身体能力は神獣を圧倒するものへと昇華している。


 繰り出された妖気と闘気の螺旋は氷の塊を豪快に破砕する。

 煌めく氷片を切り裂いて、気の螺旋がイルミンスールの脇腹を深く抉りとった。


「ぐっ……! はぁ!」


 イルミンスールは無詠唱で魔刃輪舞魔術(ティアリングハロー)を生み出す。

 白く輝く光輪が虚空に放たれ、大気を裂く擦過音を上げてシャウナに殺到する。


「む……!」


 シャウナは魔法障壁魔術(プロテクション)で相殺。

 殺しきれなかった魔力の刃を剣で斬り払った。


 噴流四段突闘術(ガストクアドスピナー)の一撃で弾き飛ばされたイルミンスールは、独楽のように回転しながら時計塔に激突。

 時計塔をへし折って、隣にあった民家の屋根に叩きつけられた。

 遅れて時計塔が傾いで、泥水の小川となった街路に激しい水柱を立てる。


 シャウナはイルミンスールを追って屋根に降り立つ。

 イルミンスールは濡れそぼった髪を払い、傷を癒しながら立ち上がる。


「フ……フ……フ……。見間違えたの、獣王姫。お主を変えたのは、あの男か、この世界か」


「そんなに変わりましたか?」


「廃墟で会った頃とはな」


「ああ……」


 廃墟、というとレイキとヒオリがドラゴンと戦っていた『ハネダクウコウ』と呼ばれる場所の事だろう。


 あの時は勇者を殺すことだけで頭がいっぱいだった。

 利用できるものは利用して不必要ならば殺す、そんな思考に囚われながら殺伐と行動していたと思う。

 何も知らないレイキとヒオリを利用して勇者を倒そうと思うくらい心に余裕はなかった。


 結果として、レイキはイルミンスールやフェミニュートと言った難敵に遭遇しながらも勇者を退けた。

 シャウナの命を救い、セリアとアウローラの魂を解放してみせた。


 シャウナは心の底から感謝した。

 と、同時にレイキとヒオリに強烈な罪悪感を覚えてもやもやとしていた。


 幸いにしてレイキとヒオリはシャウナの行為を許してくれている。

 まだシャウナは負い目を感じていることはあるが、出来るだけ外に出さないように己を戒めながらレイキとヒオリの力になれるように日々尽力している。


 訂正しよう。

 レイキの一番を何かの弾みで奪い取ったとしても、負い目は感じないが――。


「そうですね。あの頃の私とは違います」


「ク……ク……ク……、面白いな。やはり、人は飽きぬ。妾はおぬしをもっと眺めていたいぞ」


 イルミンスールは艶やかな笑みを浮かべる。


 冗談じゃない。

 いままでも関わりあるたびにろくでもない目に合っている。


 人によっては見惚れる微笑も、イルミンスールの本性を知るシャウナにとっては鬱陶しいだけ。

 シャウナは乱暴に剣を振って威嚇した。


「お断りです。セリアに応援にもいかなくてはいけませんし、……イルミンスール、あなたはここで倒します」


 イルミンスールは肩を竦めてため息をつく。

 答えは分っていただろうし、答えを聞いたところでイルミンスールが行動を変えることはない。


「良かろう。間に合うのか、間に合わぬのか、どのような未来に至るのか。――リヴァイアサンの願いも、シームルグの心も、大魔王の行動も、妾はいつまでも眺めていよう」


 イルミンスールは低い声で笑いながら、面と向かっては言えぬがな、と小さく付け加えた。


「この場で消滅するかもしれないと言うのに呑気ですね。それとも、私に殺されることはないと?」


「妾は勝てぬ。言われるがままに時間稼ぎをするのが精一杯よ。だが、消えることはない」


「そうですか」


 イルミンスールは魂だけで行動できる。

 妖気剣を使えば魂ごと砕けるが、もしかすると他にもイルミンスールの不死性を保つ何かがあるのかもしれない。


「では、終わりにしましょう」


「フ……フ……フ……、やってみせよ」


 シャウナは剣を構える。

 魔術と闘術の撃ちあいでは互いに相殺しあって致命傷にならないことは先の戦いでわかっている。

 妖気と闘気を刃にじっくりと集めて束ねていく。


 イルミンスールが斬りかかってきた場合には回避に専念して対処するつもりでいた。

 しかし、イルミンスールは微動だにしない。


 神気を体内にため込んで何かをしようとしているのはわかるのだが、シャウナの攻撃準備を邪魔するわけでもなく静かに眺めている。


 考えられるのは、開花。

 この場でイルミンスールが開花すれば魔力衝撃波によってリンドブルム城や街は更地となる。

 シャウナの技で威力を抑え込むことはできるだろうが、……やはり城下町の半分は吹き飛ぶだろう。


 ただ、開花するのであれば人型でシャウナと戦う必要などなかったはず。

 イルミンスールは大樹の姿のほうが強い。


 何故、人型の姿で戦っているのだろうか。

 リヴァイアサンの指示を受けているから?

 シームルグのように魔法を習得しており、切り札を隠し持っている?


 じわりと汗が額を伝う。


「来ないのか、獣王姫よ」


 シャウナの剣は幾重にも重ねられた妖気と闘気によって目にも眩い蒼白に輝いている。

 この一太刀はシャウナが扱える魔術や闘術を上回る一撃を与えられるだろう。


 対するイルミンスールは、彼女の身体は輪郭を際立たせるように深緑の煌めきを纏っていた。


 一度も見たことのない姿だ。

 神気による技なのか、それとも防御の技なのか、はたまた返し技なのか。


 こちらの攻撃を誘うような口振りからすると、防御技か反撃技なのだろう。

 だが、妖気を纏うシャウナの技は神気防御障壁(サンクチュアリ)を貫通できる。イルミンスールの技が神気に頼るものであるならば押し負けることは絶対にない。


「言われずとも――ッ!」


 シャウナは一歩踏み出した。

 闘気推進闘術(ブースト)で加速する。景色が一直線となって流れ去り、雨と空気の壁を突き抜けて、音速を越えた。

 シャウナの立っていた家屋が粉々に吹き飛んだ。

 空気が波打つような衝撃波によって周囲の街並みがぐにゃりと撓んで弾ける。


「イルミンスール、覚悟!!!」


 並の生物であれば目にも映らぬ速度で肉薄した、シャウナ。

 イルミンスールは目で追っていた。


 しかし。

 イルミンスールは何をするでもなく、両手をゆったりと広げて、超音速の一突きが胸元に突き刺さるのを黙って眺めていた。


 シャウナの剣がイルミンスールを貫く。

 シャウナの背後から追いかけてきた衝撃波が轟き、周囲の家々と街路を抉り取っていった。


 イルミンスールが立っていた屋根はそのまま残っている。

 シャウナの渾身の一撃を受けても微動だにすることなく、しっかりと受け止めていた。


「……ふむ、この技は、……何というのだ? 魔術でも闘術でもない、魔法とも違うようだな……」


 ダメージがないのか。

 シャウナは必殺の技を受けても平然としているイルミンスールに冷汗を覚える。


 何の痛痒も示さないイルミンスールであったが、突如、左腕が深緑の粒子となって崩れ落ちる。

 次いで右足もつま先からゆっくりと消え去っていく。


「安心せよ、おぬしの技は確かに妾を殺しきった。じきにこの肉体は消えてなくなる」


 イルミンスールの言う通り。

 彼女の身体はどんどんと深緑の粒子となって大嵐に呑み込まれて見えなくなっていく。


 これは、最後の会話ということなのだろうか。

 シャウナは剣に力を込めたままじっくりと言葉を紡ぐ。


「…………妖術と呼ばれる異世界の力を取り入れた、もとは闘術です」


「なるほど。――異世界は広いな。面白い」


「何故、抵抗をしなかったのですか? 私の技を、防御もせずに……、……――ッ!?」


 シャウナはイルミンスールから零れ落ちていく深緑の粒子を掬い取る。

 掬い取ったモノを見て息をのむ。

 掌にあるものは、小さな小さな、何の変哲もない植物の種子であった。


「フ……フ……フ……、気づいたか」


「これは、あなたの……!」


「左様。はじめは力のない者たちだから死んでしまうだろうが。神獣となる、いずれ至る者たちの種子だ」


「神気を溜めていたのはこのためにですか。魂ごと肉体が破壊されることを見越して……」


「それだけではないぞ、獣王姫よ。おぬしが技を繰り出すのはわかっておった、その力を種子たちに学ばせたかった。ここにいる神獣と違い、異世界の脅威をよく知ったであろう、身に取り込んだであろう、……きっと強き神獣となるであろう、……フ……フ……フ」


 その言葉が最後となった。

 顎から下がサラサラと崩れ去り、翠玉の瞳がまだ何かを告げていたが、伝わらぬまま深緑の粒子となって散っていった。


 魔術を使って焼き払うにしてももう遅い。

 イルミンスールの種子のほとんどは空の彼方へ飛んで行ってしまった。そして、どこかの地で芽吹き、成長し、立ちはだかるのだろう。


 いや、違うかもしれない。

 神獣イルミンスールは人の生きざまを眺めて愉しむ性格だった。つまり、復活したらやることは決まっている。

 それが何時のことになるのやら到底わからないけれど。


 リンドブルム城から戦いの音が聞こえてくる。

 城壁が崩れ、尖塔が根本からへし折れるのが見えた。


 戦いはまだ終わっていない。まだ大将戦が控えているのだ。遅れるわけにはいかない。


「人手不足でしょうか、信頼してくれているのでしょうか。私だけ援護がないのは寂しいですよ、レイキ……」


 シャウナは愚痴をこぼしつつ、リンドブルム城へ向かって走りだす。


 残る神獣は二体、リヴァイアサンとシームルグを残すのみ。

 リンドブルムを舞台にした神獣戦はゆっくりと終焉に向かいつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ