第百二十二話 「リンドブルム防衛戦7」
---アウローラ視点
睨みあう一匹と二人。
先に動いたのはマリルーであった。
「称号システム、起動。ソードビットに魔神姫の称号をインストール……、実行。魔術攻撃、開始」
マリルーが命令を下すと、彼女の背後に控えていた六本の剣に変化が起きる。
鑑定魔術で見ていれば分かることだが、見えていた称号が剣神姫から魔神姫へと変更されている。
魔神姫の称号を持つソードビットは、一斉に烈風雪嵐弾を展開。
中空に大岩ほどもある氷塊が無数に生成された。
硬質な輝きを太陽光にキラキラと反射する氷塊は視界を埋め尽くすが如し。
そして。
氷塊は白く輝く突風となって縦横無尽に撃ち込まれた。
「面白れェ、俺様と魔術の撃ちあいをするかよ! ブッとびやがれ――ッ!」
フェニックスは大きく翼を羽ばたかせて急上昇。
烈風獄炎弾を展開して豪雨の如く撃ち放った。
氷と炎の魔術がぶつかり合い、入道雲を思わせる水蒸気が膨れ上がる。
次いで空を揺さぶる猛烈な衝撃波が吹き荒れた。
アウローラは衝撃波から身を守りながら魔術の応酬合戦を眺めていた。
「……ッ! 凄まじいが、あれではフェニックスは倒せんぞ……」
「承知している」
マリルーがアウローラの隣へと飛んでくる。
「アレは不死身なのだろう? 我が相手をする間に倒す術を考えてほしい」
アウローラは深々とため息をつく。
「……簡単に言うな。ミシュリーヌでは滅ぼせないとまで言われた生物だぞ」
神獣フェニックス。
不死鳥と呼ばれるこの生物はかつて古獣との戦いや王姫・神姫との戦いの中でもたびたび登場し、好戦的で、獰猛。
また、記録によれば何度も死んでいる。
だが、厄介なことにぜったいに消滅しない。
幾度となく滅ぼしてもフェニックスは無傷で復活するのだ。
たいがい戦いを挑んだ者は消耗し、最後には力尽きてフェニックスに喰われる。
逃げおおせた者はいても勝てた者は皆無だ。
アウローラを不死者へと変えた古獣エキドナも勝てなかった。
「ラテラノ・アニムスの技、魔法はどうなのだ? フェニックスに有効ではないのか?」
「考えはあるが、……効果のほどはわからん。あとは奴の魔術が邪魔で手が出せん」
魔法はあらゆる障壁、その他の防御手段を透過する特性を付与できる。
しかし、攻撃による相殺を防ぐことはできない弱点があった。
アウローラが魔法攻撃を仕掛けても手数の勝負でフェニックスに撃ち負けてしまう。
「ならばフェニックスの魔術は我が対処しよう」
「ふむ。……では、もう一つ頼みたい」
アウローラはそっと耳打ちをする。
しかし、マリルーはアウローラの作戦に懐疑的であった。
「魔神姫のソードビットと魔神王の我が居れば容易いが、……かつて聖王姫が同じ手を使っていたはず。効果はあるのか?」
「余に考えがある」
「承知した。召喚魔術、発動。――出でよ、鏡の精霊共」
マリルーは周囲に鏡の精霊と呼ばれる魔物を次々と呼び出していく。
鏡の精霊は、透明な水晶を束ねたような姿をした鉱物生命体で、自我はない。
野生に存在するものは深い森の奥で清水と魔力を啜りながら、ゆったりと中空を漂っているだけの無害な魔物である。
ただし、高い魔力を持っており魔術を得意とするため、リビング系の魔物のように召喚魔術用に適した魔物と言える。
マリルーの呼び出した鏡の精霊は千体。
呼び出された鏡の精霊に魔術を重ね掛けしていく。
「迷彩魔術、発動」
マリルーの周囲にいた鏡の精霊たちが空気に溶けるように消えていく。
あっさりとやってのけたマリルーの手際にアウローラは満足そうに頷いた。
「よし、配置は先に指示したとおりに頼むぞ!」
「承知した、……が、作戦の意図が不明だ。戦神姫、貴卿の説明が曖昧でわかりづらい。改善せよ」
理解不能と言いたげに首をかしげているマリルーに背を向ける。
「やればわかる、行くぞ!」
アウローラは強引に話を切り上げる。
背中の翼を羽ばたかせて、フェニックスの真正面から斬りこんでいく。
「仕方がない。……支援攻撃、開始」
背後でマリルーの声が聞こえる。
そして、アウローラを追い抜いて幾重もの闘気の塊、闘気弾闘術が放たれる。
フェニックスの烈風獄炎弾はソードビットによって抑え込まれていた。
間隙を突いたマリルーの闘気弾闘術がフェニックスの神気障壁魔術に直撃して白光が迸る。
フェニックスの神気障壁魔術を削れている証だ。
「うぜェな! チマチマと、うっとうしィんだよォ!」
フェニックスが攻撃のリズムを変える。
烈風獄炎弾に紛れて、焼却旋風魔術を機雷のように宙に撒く。
直撃を受けたソードビットの一本が熔解して大爆発を起こした。
煙幕にはちょうど良い。
爆炎と黒煙に紛れてアウローラがフェニックスへと急接近。
魔法に障壁を透過させるように力を込めて、あらん限りの闘気を振り絞る。
「魔法剣、巌塞両断闘術。――翔ろ!」
裂帛の一刀。
アウローラはアニムス・オルガヌムの剣に闘気を纏わせて、巌塞両断闘術を繰り出す。
さらに、巌塞両断闘術を剣の先から光線の如く発射する。
巌塞両断闘術は、人間の武器では手に負えないような巨大な魔物を斬るための闘術だ。刀身から身の丈を遥かに超える闘気の刃を形成し、力任せに叩きつけることで、魔物の巨躯を名の如く真っ二つに切り裂く。
分厚く重みのある闘気の刃は風車の羽ほどもある巨大さ。
その巌塞両断闘術の刃が高速回転しながらフェニックスの胸元へと吸い込まれていく。
「ハッ、ヘボ闘術なんざ効くかよ!」
「それはどうだろうな!」
巌塞両断闘術はあっさりとフェニックスの神気障壁魔術をすり抜ける。
フェニックスの胸に巨大な風穴を開けて貫通していった。
刹那にフェニックスの体が弾けとぶ。
ハラハラと炎の残骸が中空に散らばっていった。
が、……フェニックスの残骸の一欠けらが炎の塊となって膨れ上がる。
「再生するぞ! 備えろ!」
「把握した。魔法で殺しても意味はないということか」
マリルーは小さく頷く。
予備のソードビットを一基コンテナから射出する。
炎の塊を割ってフェニックスが飛び出してくる。
復活の余波で熱風があたりに吹き荒れた。
「クックッククク、一キル、だなァ。てめえらは古獣のスコアを越えられるかねェ――」
フェニックスには遊戯感覚、死など何の痛痒を覚えないと言ったところか。
「ふん! 幾千、幾万に切り刻んでくれる!」
縦横無尽に剣を振るう。
五連撃の巌塞両断闘術が天を翔けて、フェニックスに迫る。
「ヒャッハッハハハ――! オラッ、ドンドン来いよォ!」
フェニックスは防御は無駄だと知ったのか両翼を広げて巌塞両断闘術を全身で受け入れる。
正面から闘気の刃に切り裂かれ、フェニックスの体は細切れになって四散する。
「熱くなりすぎるな、戦神姫。フェニックスは消耗を狙っている。魔法を使用した攻撃でも、フェニックスは倒せない」
マリルーの忠告ににやりと口元を吊り上げる。
アウローラは予想通りの展開に会心の笑みを浮かべた。
「いいや、これでよい……! 配置は済んでいるな?」
「問題ない」
「フフフフフ……ッ! 忌まわしき記憶も、良き経験であるな!」
アウローラは魔法でカードを生成しながら叫んだ。
「やれ、マリルー!」
「承知した。すべての迷彩魔術、解除。精霊共、魔術紋を描け」
マリルーが鏡の精霊に発動させていた迷彩魔術を解く。
すると、鏡の精霊たちが空に一斉に姿を見せる。
太陽の光に燦然と輝く水晶の煌めき。
鏡の精霊たちは命じられた魔術紋を一斉に自身の水晶の中に描きだす。
ひとつひとつの魔術紋が、輝き、繋がり、描く、その形は六芒星。
鏡の精霊は高純度の水晶を持つ鉱物生命体。
ミシュリーヌの錬金術師には、捕まえた鏡の精霊を水晶球に加工して生きた魔道具にする者もいる。
聖王姫は鏡の精霊の特性を生かして、とあるアンデットの王姫を浄化させる魔法陣を構築したことがあった。
聖王姫の策は失敗に終わったのだが、アウローラはそれを思い出した。
問題は魔法陣の作成に時間が掛かることだが、玲樹が解決策をすでに考案している。
以前、玲樹がヴィーンゴルヴに魔法陣を利用した魔力障壁魔術を構築したことがあった。
ティターン族を大量動員して魔法陣を作り上げた手法をもとに、鏡の精霊を使役することにしたのだ。
「なんだァ?」
頭だけを再生をしながら怪訝な声を漏らすフェニックス。
すべての下準備が整ったところでアウローラは魔法を発動させた。
「魔法陣、神気障壁魔術!」
鏡の精霊によって生み出された魔術紋が静謐な蒼の光を放ち、一本につながる。
立体六芒星の形で作られた神気障壁魔術はフェニックスを完全に閉じ込めた。
「クク、神姫になったから一丁前に神気障壁魔術か! こんなもん、砕けねェわけがねェだろうが……!」
フェニックスは左足を高速で再生させると鋭い爪に闘気を纏わせる。
並の城塞ならば一撃で砕く爪の一撃を立体六芒星の神気障壁魔術に叩き込んだ。
目が眩むような激しい閃光が迸る。
しかし。
障壁の表面に突き立てられたフェニックスの爪は白光を散らしながら弾かれていた。
「ああァ――ッ!? なんで砕けねェ!?」
「神気障壁魔術を魔法で強化した。魔術や闘術は当然、霊術でも破壊できんよ」
さらに、アウローラは用意していた三枚の魔法を左手に広げる。
「魔法陣よ、――反射せよ!」
立体六芒星の神気障壁魔術に閉じ込められたのはフェニックスだけではない。
アウローラが放っていた巌塞両断闘術も取り込まれている。
本来であれば巌塞両断闘術は障壁をすり抜けていってしまう。
だが、魔法陣に反射の効果を加えたことで巌塞両断闘術は障壁に弾かれて反転。
再びフェニックスに襲いかかった。
「――ッ、――ッ!!!」
フェニックスの体が切り裂かれてバラバラに飛び散る。
体を再生しようとするたびに四方八方から襲いかかる巌塞両断闘術に無尽に斬られていく。
「魔法陣よ、――圧砕せよ!」
アウローラの手の中で二枚目のカードが輝いて弾ける。
立体六芒星の神気障壁魔術は、ギシギシと軋みながら小さくなっていく。
だが、アウローラは立体六芒星の神気障壁魔術を壊したりはしない。
ちょうど掌に収まる程度まで圧縮すると立体六芒星の神気障壁魔術をつかみ取った。
「理解した。殺すも消滅もできないのであれば、封印してしまおうというわけか。初手は確認だったわけだ」
「理解が早くて何よりだ」
フェニックスが再生する位置を任意で選べるのであれば封印できない。
まずはフェニックスを再生方法を把握するために一度殺して、体の一部を起点とする復活しかできないことを確かめたのだ。
マリルーはアウローラの掌で転がされている立体六芒星を観察する。
立体六芒星の神気障壁魔術は鏡の精霊の水晶から蒼い光が零れ落ちてくる。
立体六芒星の中心では炎の散っている。
障壁に反射する巌塞両断闘術の白い火花が瞬いている。
何も知らぬものが見れば美しい宝飾品か芸術品かと目を奪われることだろう。
「まだ生きているのか?」
「まだな。が、いずれ死ぬかもしれん。魔法の使えぬフェニックスは魔法障壁を破壊できん。飛来する巌塞両断闘術はフェニックスの再生を許さない、永遠にな」
ついでに召喚されている鏡の精霊はマリルーから譲ってもらう。
魔力消費や召喚権限をいつまでも彼女の負担にしておくのは問題があるからだ。
召喚魔術の権限譲渡を終えたマリルーは疑問を口にする。
「そうか。しかし、魔法の維持は大変ではないのか? 貴卿とて永遠に生きるわけではないだろう?」
良い指摘だ。
だが、魔力枯渇の問題は解決している。
「魔法陣よ、――吸収せよ」
アウローラは最後の魔法のカードを切る。
魔力吸収魔術の効果によってフェニックスからじわじわと魔力を奪い取っているのを感じる。
「魔法陣の維持にはフェニックスの魔力を使わせてもらおう。時間の問題は、……まぁ、いずれは余の子に託すのもよいかもしれん」
マリルーはアウローラの鎧に覆われたお腹をじっと見つめる。
「……いるのか?」
わからない。
少なくとも居ると自覚するほどではないが、居てほしいと思う気持ちは強い。
「やることをやっているのだ。居てもらわねば困るな、――ハハハハハッ」
アウローラの哄笑は天空に響き渡る。
何はともあれマリルーの任務は達成された。
通信機器を起動させてオメガへ繋げる。
『マリルーですか。どうしました?』
「――報告する」
フェニックスとの戦闘は終了。
アウローラは無事に保護、二人はそのままセリアの支援に向かうとの連絡をオメガへと伝えた。
残る神獣は三体。
しかし、オメガの懸命な探索にもかかわらず、リヴァイアサンの姿はいまだ見つかっていなかった。