第十三話 「新たな脅威」
本章は、シャウナ・レイヴァースの視点で書かれています。
世界の理は変わった。
シャウナが世界の変化を強く感じたのは三度だ。
一度目は、死んで魔王の称号を失ったとき。
称号には決まりがある。
称号は、習得、譲渡、継承、により得ることができる。
基本は、習得によって称号を得る。
魔術を詠唱して発動できれば、魔術師の称号を習得できる。
剣術書を参考に受け流しの型を成功させれば、剣術士の称号を習得できる。
次に称号は譲渡できる。
譲渡できるため売買が行われている。
例えば。
癒術士、魔術士、剣術士、弓術士、など戦争の兵士としてすぐに使い物になる称号は人気が高い。
ただ、称号を売ってしまうと再度習得することはできないので食うに困った人がやる最後の手段だ。
また、特殊な称号や上級の称号は譲渡できない。
最後に称号は継承できる。
死の間際に子供や弟子に魔術や闘術を受け継がせたいときに利用される。
条件は過酷だ。
まず、継承させたい人物に殺されないといけない。
殺される人物が復活すると称号は戻ってしまうので蘇生魔法で復活することはできない。
さらに、継承される人物は一つも称号を所持していない場合に限られる。
継承の恩恵は大きい。
継承で身に着けた魔術や闘術は、書を購入して呪文や型を暗記する必要はない。
また、継承した魔術は無詠唱で使うことができる。
先にも触れたけれど、特殊な称号を継承することはできない。
例えば、魔王の称号とか。
何故、ナガレ・レイキは魔王の称号を継承できたのだろう。
シャウナは勇者との戦いで瀕死となり、転移魔術で逃走し、転移直後にレイキに殺された。
レイキは称号を持っていないニホンジンであった。
称号は継承される。
しかし、シャウナは蘇生魔術で復活した。
魔王の称号は戻ってくるはずだ。
「ま、返してほしいかと言われるといらないんですけどね」
召喚魔術や魔力回復能力を失ったのは少々残念であるが、称号目当てに勇者が襲ってくることを考えると手放せたことは喜ばしいくらいだ。
世界の変化を強く感じた二度目は、ニホンジンの少女が称号を得たとき。
カントーと呼ばれる地域に住むニホンジンなる種族。
魔力や闘気は無く、身体能力はゴブリンやオーク並、科学技術という力は持っていたが道具の力に過ぎない。
多くのニホンジンは魔物に無力であり救助を待っていた。
ニホンジンの中に一人変わった少女がいた。
カミズル・ヒオリ。
彼女は自分の能力の限界を把握し、魔物との戦い方を良く考えており、戦いにセンスを感じた。
だが、魔力も闘気もないニホンジンだ。
魔物に殺されてしまうのも時間の問題かと思われた。
ある日のこと、少女は狩人と言う称号を得たと報告してきた。
衝撃を受けた。
狩人の称号自体は大した称号ではない。
山の民や農民の子供でも持っている称号で珍しくもなんともない。
魔力も闘気も持たないニホンジンが称号を獲得できたことに驚いた。
ミシュリーヌではありえないことだ。
ミシュリーヌでも魔力と闘気を持たない無気力児がたまに生まれることがある。
無気力児は何故か称号を得られない。
まず、譲渡ができない。
育てて称号を習得させようとしても、食事が摂れずに赤子のうちに衰弱して死んでしまう。
継承をさせるとショック死を起こす。
理由はいまだわかっていない。
が、魔力と闘気がなければ称号は習得できない、これはミシュリーヌの常識だった。
そして、世界の変化を強く感じた三度目はいま目の前で起きている。
簡素なベッドの上で、二人の男女が身を寄せ合って眠っている。
男はナガレ・レイキ。
女はカミズル・ヒオリ。
世界の理の変化を感じさせたニホンジンだ。
シャウナはレイキを観察する。
焼け焦げた服からするとドラゴンと戦ったのは間違いない。
ぼろきれとなったズボンの下の皮膚を撫でる。
すると、炭化していた肌の表面が剥がれると健康的な皮膚が見えた。
全身に火傷があったように見えるが、傷痕すらなく完治している。
体に掛けられた上着をめくる。
左腕には骨折に対する処置が為されていた。
骨折を魔術で治したなら腕の添木などする必要ないはず。
火傷の手当ても、だ。
レイキは最低レベルの治癒魔術すら使えないほど魔力を消耗していたと思われる。
何故、怪我が完治しているのだろう。
それに最低レベルの治癒魔術すら使えないほど魔力を消耗していたとするならば魔力枯渇状態になっている。
魔力が空っぽの状態を魔力枯渇状態と言う。
ミシュリーヌの人間は魔力枯渇か闘気枯渇に陥るとショックで死ぬ。
何故、生きているのだろう。
ニホンジンは魔力も闘気も持たない種族、枯渇しても死なないのか?
気になる点はまだある。
レイキはズタボロにもかかわらず、ヒオリに火傷一つないのはどういうわけなのか。
レイキとは別行動だったという可能性はあるが……。
しかし、衣服や髪には焦げ跡がある。
とすれば、ヒオリは狩人の称号を持っていたから闘気を使って防御したわけだ。
「ふむぅ、もう少し調べてみますか」
シャウナはポケットから金の華奢なメガネを取り出した。
これは、全知全識の水晶鏡と呼ばれる魔法道具。
水晶鏡に属性魔術を伝導させると、異なる情報を読み取ることができる優れたアイテムである。
火魔術は、気と力を読み取る。
水魔術は、言語を翻訳する。
土魔術は、称号を読み取る。
風魔術は、アイテムの鑑定ができる。
シャウナは火魔術を込めてはレイキを見た。
ちなみに、魔力であれば蒼、闘気であれば赤、と色がでる。
レイキの体からは透き通るような蒼い輝きが太陽フレアのように迸っている。
あまりの輝きに目を焼かれそうになり、顔を背けた。
「っ!? ……っとと、この魔力はいったい……?」
魔力が多いなどと言うレベルではない、桁違いだ。
シャウナの魔力量の数十倍はある。
たった一日の間に何が起きたというのだろう。
視線を横へ、ヒオリを見る。
こちらも予想外だった。
ヒオリの体はうっすらと白金の光に包まれていた。
白は、神気。
神気はミシュリーヌに太古より生きる神獣にのみ備わる特別な気だ。
勇者に殺されてしまった親友は神気を扱うことができた。
親友によると、闘気と魔力をぐーんと貯めて、ぎゅっと固めて、ばばんと放出すると神気になると言っていたが……。
意味が分からない、。
説明下手にもほどがある。
理解できる言葉でお願いします、と言ったら怒っていた。
いま思えば、親友は神獣の血を引く種族であったから神気を扱えるのではないかと考えている。
だが、ヒオリは神獣とは何の関連性もない。
「もしや何か称号に変化が……?」
水晶鏡に土魔術を流し込み、ヒオリの称号を見た。
「これは――」
無数の称号に冷や汗が噴き出す。
最後に目に留まった称号に戦慄が奔る。
神獣。
神獣の称号がカミズル・ヒオリに刻まれていた。
眠っていたかに見えた女が薄目を開ける。
『フ……フ……フ……、妾に気づいたか。獣王姫よ。久しいな』
尻尾と耳がぶわっと逆立つ。
シャウナは魔力と闘気を全開放。
瞬時に臨戦態勢を整えた。
「……神獣、イルミンスール……」
ミシュリーヌ創世記より生きる太古の獣、神獣。
天を裂き、地を隆起させ、海を創る、と言われるほど絶大な力を持つ生命体。
シャウナの力では到底太刀打ちできない存在が神獣である。
が、シャウナは気づいた。
イルミンスールがどうしてカミズル・ヒオリの中に在るのか。
警戒を解く。
「こんな脆弱な体にしがみついて悪足掻きですか。どうしてそんな有様なのか気になりますけど、消滅できないのなら私が止めを差してあげましょうか」
イルミンスールは死にかけていた。
イルミンスールはミシュリーヌ大陸の中央に生えている巨大な樹木の神獣である。
雲を突き抜けるほどの枝と山ほどもある幹を持つ大樹。
カミズル・ヒオリの中にイルミンスールがいるのは、何らかの理由で本体を破壊されて、魂だけで行動しているからだ。
よく見れば魂も疲弊しており、シャウナがカミズル・ヒオリの肉体もろとも破壊してしまえば、イルミンスールを滅ぼすことができそうであった。
『悪足掻きではないぞよ。この体、頂戴できる手はずになっておるのでな』
「奪った……? いや、取引をしたのですね」
『然り。この女の願いに応え、頂いたのよ。この男を助けてほしいという願いと引き換えにな』
納得した。
弱ったりとは言え神獣。
死にかけた人間一人を回復させるのは簡単だったはずだ。
「男の治療をしただけですか?」
『魔力の通りが悪いので体を弄ったが不都合でもあったかの? ちぃっと魔力を注ぎ過ぎた気もするが、生きておるし良かろう。強うなって困ることなどありはせん』
膨大な魔力は神獣のせいだった。
勇者との戦いを見据えれば悪い話でもない。
が、さらに先を考えるならば余計なことをと思わないでもない。
腰の剣を抜き放つと闘気を込めて振り上げる。
「まあ、良いです。何かと邪魔をされるのも鬱陶しいので、開花する前に滅びなさい」
神獣は災害のようなものでいつ何時自らの前に立ち塞がるかわからない。
倒せるならば倒しておくべきだった。
それに太古の勇者は神獣を屠り、武神の称号を得たと記述されていた。
勇者との再戦を思えば、新たな力を得るために殺さぬ手はない。
『一向に構わんぞ。完全ではないがこの場で開花するだけの話だからのぉ……フ……フ……フ……』
ヒオリの頭に剣を振り下ろそうとするのを、止めた。
開花はイルミンスールが復活するときに発生する現象である。
シャウナも歴史書で呼んだ知識だけだったが、イルミンスールが開花して大樹として復活するとき、強力な魔力衝撃波が発生する。
魔力衝撃波は小国を吹き飛ばして荒野に変えるほどの威力を持つ。
巨大樹が根を張るのに邪魔なものをすべて除去するため魔力衝撃波を発生させていると言われている。
魔力衝撃波の直撃を受ければシャウナもただでは済まない。
体も魂も残らずに消滅する。
「嘘ですね。開花するには十分に神気が溜まっていないとできないはず」
『ならばその剣を振り下ろすが良い』
「――っ」
シャウナは動けなかった。
勇者との再戦を果たした後であれば躊躇いもなく剣を振り下ろしたであろう。
だが。
いまはできない。
まだ死ぬわけにはいかない理由がある。
シャウナは闘気を霧散させると剣を収めた。
『賢明ぞな』
「イルミンスール、貴方は何故ここにいるの?」
『察しておろう。肉体を完膚なきまでに破壊され、魂までも疲弊した。あとは大樹の根に沿って地下を逃げて、遠きこの地にて地上に出た。この女を依代に選んだのはここより先には進めぬからよ』
「この先の霊峰に陣取っているフェニックスですか」
『左様』
レイキに聞いたところによるとフジと言う山が西にそびえている。
どうやらフジの頂に神獣、フェニックスが陣どっていることはシャウナも感じていた。
余談であるが。
避難所のレイキとヒオリは救助が来ない来ないと嘆いているが、フェニックスが己の領域を通り抜けようとする者を許すはずがない。
少なくとも西から救助が来ないのは当たり前だった。
「大樹を破壊した者は誰ですか。勇者ですか?」
『アレは愚かな者であるが妾に戦いを挑むほど無謀ではない。……見たことのない者共であった、無数の城が襲いかかってきおった』
「城が?」
『神技で撃滅したが数が多すぎる。妾の神気防御障壁を突破し、大樹を破壊せし攻撃は、どのような魔術よりも強かった』
「そいつらの目的はなんでしたか?」
『知らぬ』
興味がない様子だ。
イルミンスールに限らず神獣は勝手気ままに生きている。
退屈を癒す事柄にしか興味を持たない。
神獣にとって退屈を癒すことと言えば、闘争か、蹂躙か、はたまた想像もつかない事だ。
シャウナはイルミンスールから尋ねることは諦めた。
わかったことは神獣を屠るほどの強さを持つ者がいるらしいこと。
無数の城というものがわからないが、ニホンジンが持つ科学技術の武器か何かだろうか。
勇者以外にも警戒をしなくてはならない。
「それで、イルミンスール。貴方はいつ復活するつもりですか?」
『この女しだいかの、はたまた男か』
「それはどういう意味?」
『この男と女は互いに愛しあっておる。その行く末を眺めていたい』
「ヒオリとレイキが愛しあっているからなんだと言うの」
『開花すれば依代の女は死ぬ。男が傍にいれば巻き込まれて死んでしまうであろう、女は選択を迫られる。男から逃げるのか、それとも心中するのか。いったいどのような選択をするであろうな。そして、どのような気持ちで死を迎えるのであろうな。男が事実を知ったときどのように行動するかも興味深い。結末を思うだけで愉快であると思わぬか?』
イルミンスールは、ニタリと笑う。
「趣味が悪い……、どうせ適当に見飽きたら開花して、両方殺すのでしょう」
『下らぬ結末になりそうであればな。だが、お前様が絡むと話は変わる。他人事のように言うておるが、お前さんも見ていて飽きぬぞ。勝てぬとわかっておるのに勇者に挑むのは友のため。捨てようか捨てまいか悩みつつも魔王の卵を育てておるのは僅かな希望にすがるため。……いまのお主ならば、勇者に命を狙われることもあるまいに難儀なことじゃ』
「黙れ。人の心を勝手に覗くな」
『おお、怖い怖い……。さて妾はこの娘が起きている間は表には出られぬ故、そろそろ退散するとしよう。せいぜい妾を楽しませるがよい』
イルミンスールの気配が消える。
イルミンスールの言葉に、心の奥底に沈めていた激情が湧き上がってきた。
ギリっと奥歯を噛みしめる。
シャウナには親友が二人いた。
覇王姫セリアと冥王姫アウローラ。
どちらも王として国を治め、民をまとめ、平和な時を過ごしていた。
しかし、勇者に殺された。
二人は不死なので殺されたというのはおかしいか。
勇者の魂喰いの剣に囚われてしまった。
あの剣を砕かなくては二人を救い出すことはできない。
もちろん、シャウナも魔王だ。
勇者に殺されてしまう危険があった。
しかし、親友を助けるためならば命を懸けることを惜しみたくなかった。
勇者を殺し、生き残り、親友を救う。
シャウナは己を鼓舞して勇者との決戦に臨んだ。
しかし、勇者は強かった。
それはそうだ。
シャウナはセリアよりもアウローラよりも弱い。
いくつもの罠や味方を用意して臨んだ決戦ではボロボロに負けた。
すべては破壊され、皆死んだ。
何もかも捨てて逃げるしかなかった。
もう勇者に勝つ望みはないかと思われたが、ひょんなことから魔王の称号を奪われた。
そして、策とも言えない下劣な作戦を閃いた。
魔王の称号を奪った少年に、魔術を教え、勇者の脅威を教え、戦いを教えた。
レイキは勇者戦での囮だ。
シャウナは気配を殺して勇者の隙を待つのだ。
レイキは一瞬で殺されてしまうだろう。
だが、勇者はレイキを殺すことに意識が向く。
一秒くらいはシャウナの存在を忘れるだろう。
たった一秒、されど一秒。
一秒の隙があれば、魂喰いの剣を砕くことができる秘策があった。
神獣に強化されたレイキであれば、もしかすると勇者相手に一分くらいは持ちこたえるかもしれない。
ヒオリも神獣イルミンスールの称号を使えるならば少しは役に立つだろう。
だが、不安も増えた。
神獣イルミンスールの開花が起きてしまえば、勇者と戦う前に全てが終わってしまう。
勇者との戦いに備えて作戦を練り直す必要があった。
と、思考が中断される。
「シャウナ~、シャウナ~、お~い。助けてよ、ちょ、わ!? 死ぬ、死んじゃうよ!」
ベッドのある部屋の外から間抜けな声が聞こえてくる。
シャウナはやれやれと肩をすくめつつ助けを求める主のもとへ向かう。
「こらっ、ボクは餌じゃないぞ。あっちへいけ! しっしっ!」
半壊した建物の中で魔物と追いかけっこをしている女がいる。
エイルと名乗る錬金術師だ。
レイキとヒオリの件はエイルから聞いた。
エイルが言うには、じいぴいえす、なる物をレイキに取り付けていたので場所がわかったとのこと。
技巧魔術にある、探知魔術のようなものらしい。
エイルは私の姿を見つけると全速力で走ってきた。
「遅いよ! 死ぬかと思ったじゃないか」
「……逃げ回りながら助けを呼べるのだから余裕ではありませんか?」
エイルは息も切らしていないし汗一つかいていない。
体を鍛えているようには見えないが、錬金術師は道具を使って戦う魔術師のようなものだ。
戦闘に役立つ道具を使っているのだろう。
エイルが引き付けていた魔物はゾンビだ。
レイキが倒したであろうドラゴンの屍が動き出した魔物、ドラゴンゾンビである。
「逃げるのと戦うのは別だよ、早く倒してくれないかな!?」
「そうですね」
ドラゴンゾンビはブレスを吐く。
生前は炎の吐息を使うが、ゾンビになると毒の吐息を使う。
ドラゴンゾンビのブレスは毒と酸を含むので、あらゆる物を溶かして生き物の肉を腐らせてしまう。
また、下手にドラゴンゾンビの肉体を破壊させると毒の塊がまき散らされるので非常に厄介である。
ドラゴンゾンビは強力な炎魔術で焼き尽くすのが一番だ。
シャウナは呪文の詠唱に入った。
「――炎の化身よ、地獄より生まれし至上の灼熱よ、
我が前に立ち塞がりし者共に力を見せつけよ、
すべてを滅するその力をいま解き放て――、焼却旋風」
ドラゴンゾンビを中心に炎が渦を巻いて膨れ上がる。
炎は一瞬のうちに竜巻となりドラゴンゾンビを呑み込んだ。
「うわお……。魔術って、すごいね」
わずか五秒。
ドラゴンゾンビを焼却すると炎は収束して消えていった。
ハラハラと舞い落ちる灰が静かに降り注ぐ。
「戻りましょう」
「はあい、ボクがレイキを担ぐからヒオリをお願いするよ」
「……寄越しなさい、私がレイキを運びます」
「おや、二人とも運べって言われるかと思ったよ」
エイルはお道化た口調で答える。
シャウナは玲樹を抱え上げると、無視して旅客ターミナルを出る。
さて、これからどうすべきか。
シャウナは策を考え始めた。