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第百十八話 「リンドブルム防衛戦3」

 レギンレイヴにて待機していた玲樹のもとへ一本の念話魔術(テレパシー)が届いた。


「もしもし? 玲樹、聞こえてる?」


 声の主は、陽織だ。

 玲樹は間髪入れず返事をする。


「陽織か! 無事だったか!」


「いちおうね。手荒な援軍だったけど……。早速で悪いんだけどね、お願いがあるの」


 真珠のネックレスが欲しいの、みたいなノリでおねだりをされるのは悪くない。嫁の願いを叶えるのは夫の甲斐性というものだろう。

 大体のお願いごとならば二つ返事でオッケーをだすが、果たしてどんなお願いだというのか。


「ええと、どんなお願いなんだ?」


 俺はドキドキとワクワク感を胸に抱いつつ陽織のお願いを待っていたが、次なる言葉に俺は仰天する羽目になった。


「ちょっと待てよ! それは、危なすぎるだろ!」


 陽織のお願いは、カイゼリンに気力猛毒化の攻撃許可を出せ、というものだった。

 陽織を死に追いやった技である。

 当然のことながら許可を出すわけにはいかない。


「俺の夢の話は聞いていただろ?」


「知ってるわよ。それでも、気力猛毒化に効果があるならやったほうがいいでしょ?」


 ざわざわと波立つ心が精神統一霊術(クールマインド)で無理矢理に鎮められていく。しかしながら、心の動揺がすべて消えるのかと言えばそうでもない。

 なんでそんな危険なことを、と叫びそうになるのを抑えつつ、陽織の声に耳を傾ける。


「他に手はないのか?」


「普通の攻撃じゃあティアマットにダメージが通らないんだもん。私もカイゼリンも、いまのままじゃ倒せないわ」


「……そ、そうは、言ってもさ。陽織は、毒で」


 やはり俺の見た夢は信用されていないのだろうか。

 過去を覗き見たのはアウローラだけなので、信じきれないのは仕方ないかもしれないけど、長い付き合いである陽織にはどこか勝手な期待を寄せていた。


 そんな俺の心情を読み取ったのか。

 陽織の必死の声が聞こえてくる。


「違うわよ! わかってる、信じてないわけじゃないの! 私だって死にたくないけど……、いまティアマットを止められなかったらセリアが死ぬかもしれない。私はオメガがいるなら助かる可能性あるでしょ?」


「う……それは、そうだけど……、ちょっと待って」


 俺は椅子に座っているオメガに声をかける。


「オメガ、聞いてくれ」


 オメガは監視システムから送られてくるデータをもとに神獣たちの動きを逐一追いかけている。

 オメガは電子端末から顔を上げると首を傾げた。


「何か問題でも起きましたか?」


「問題と言えば問題なんだけどな……」


 ティアマットを倒せずに苦戦していること。

 通常の攻撃が効果がないので気力猛毒化を使ってティアマットを攻撃したいこと。

 カイゼリンの傍には陽織がいて気力猛毒化の影響が心配なこと。

 俺はひとつひとつをオメガに説明すると、確認をとるように尋ねた。


「もし、陽織に気力猛毒化の影響が出てしまったら、治療することはできるか?」


 オメガは顎に手を当てると難しいと言わんばかりに唸る。


「……百パーセント、とは約束できかねます。話を聞く限り、ヒオリさんに感染したニヴル・ガイストは変異してしまったのですよね?」


 シームルグの夢の中の光景を思いだす。

 隔離された部屋で陽織には手も触れることさえできなかった悔しさが蘇る。


「魔力のある人物は傍に寄れないくらい、だったな」


「ふむ……。戦闘が終わり次第、陽織さんを回収。異常がないかどうかを確認して不測の事態に備えることは可能です。未知の変異体だとしても発見が早ければ対処できます」


 ただし、とオメガは前置きをする。


「私のラボに運ぶことになりますので、ヒオリさんが承諾しつつ、ナガレさんが私を信用してくださるならば……ですがね」


 オメガたちと共闘を誓った以上、信用するしないを語ることはない。

 まったく警戒しないわけじゃないが、オメガはいまのところおかしな素振りを見せていない。

 協力できることは惜しみなくするし、治療をしてくれるというのなら全面的に信頼する。


「俺は構わない」


「ヒオリさんはどうでしょうか?」


 あなただけの問題ではないですよ、と釘を刺された。

 もちろん重々承知しているつもりだ。


「そこは説得するさ」


 俺は念話魔術(テレパシー)を再開して陽織へと話しかける。


「悪い、お待たせ。気力猛毒化を使うならお願いがある」


「お願い? 何よ」


「戦闘が終わったら即座にこちらに戻ってきて、オメガから体に異常が起きていないかを見てもらってほしい。念のためだ」


「……私はカイゼリンと戦ってボコボコにされたんだけど?」


「わかってる……」


 陽織はカイゼリン・ガイストと直接戦っている。オメガに良い印象があるはずもないし、俺が思うよりも折り合いをつけるのが難しいだろう。

 さらに、オメガに体を見てもらうのはまな板の鯉になったようなものだ。


 敵対した相手に無防備に体を明け渡せと言われて、すぐに納得できるはずもない。

 しかし、陽織にもしものことがあったのなら命を救えるのはオメガしか頼れないのだ。


 どうにか感情を飲み込んでほしかった。

 でも、俺には陽織に対して命令なんてできないし、黙って言うことを聞けとも言えない。


 俺はただただ万感の思いを言葉を込める。


「頼むよ、……陽織」


 一秒、二秒、三秒、と経過してから長いため息が聞こえてきた。


「……わかったわよ。健康診断嫌いなんだけどなあ」


「そんな軽い話じゃないと思うんだけどな」


 念話魔術(テレパシー)で聞こえてくるのんきな陽織の声に乾いた笑いが漏れる。


「じゃあ、使ってもらうわよ」


「ああ、オメガから命令してもらう。また、あとで」


 陽織との会話を切ると、オメガへ振り返る。


「話はまとまったよ。カイゼリンに許可を出してやってくれないか?」


「承知しました。もしものときは、尽力させてもらいます」


 オメガは耳元に手を当てると黙る。

 右目の光がパチパチと小刻みに明滅する。やがて、右目の点滅が収まると、椅子に深く座りなおした。


「カイゼリンに指示を出しました。ティアマットに気力猛毒化を実行させます」


「ああ、よろしく頼む」


 不安だ。

 真っ先に戦場へ飛び出していけないことに苛立ちを感じてしまう。


 遠視魔術(クレアボヤンス)で戦場を眺めたいが、他の神獣たちに逆探知される危険がある。

 皆の戦いぶりを眺めることすら許されないとは。

 俺は見えるはずのないリンドブルム城下町を、ティアマットとの戦いの趨勢を、晴れない気持ちを抱えながら静かに思い浮かべた。

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