第百十四話 「スニーキングトリッパー」
オメガたちと同盟を組んでからの行動は迅速だった。
レギンレイヴに食料品や物資を積み込むように指示しつつ、大魔王が不在であることがバレないようにドッペルゲンガーに業務を任せ、魔王国の防衛体制を整えた。
そして同盟を組んでから三日目の早朝、レギンレイヴは魔王国を出発した。
セリアたちの五日遅れの出発となるが、こちらは五日、向こうは二週間の旅程だ。
十分に追いつける。
座って待っているだけで竜王国にたどり着けると思うと安心感が込み上げてくる。
朝食兼の昼食を摂りながら、広くもない部屋にそれぞれ腰を落ち着ける面子を眺める。
「まさかこのメンバーで共同生活することになるとはなあ……」
冷凍レトルトの炒飯を食べつつ呟くと、向かいに座っていたオメガが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ハハハ、申し訳ありません。私たちは高速飛行機を所有していないもので」
ちなみに、オメガはずっと手持ちの電子端末とにらめっこしている。
すでに竜王国内に自立型の監視機械を配備させているようで、神獣たちの捜索をしてもらっているのだ。
「必要なさそうな連中ばかりだしな」
レギンレイヴの共同生活スペースには二人の姿が居ない。
部屋が狭いことを嫌がったカイゼリンと他のメンバーに気を使って外に出たマリルーだ。
すでに一○時間以上もレギンレイヴと飛び続けているが疲労や補給を訴えることもない。
本人たち曰く。
戦闘機動をしない限り、魔力や闘気の消費は回復量より低いそうな。
機械の磨耗を気にしなければ永遠に飛び続けることができるんだとか。
勇者だけが人間で共に生活するなかで噛み合わないことはないのだろうか。
ふとした疑問を口にすると、意外にも返答があった。
「……こいつらと行動するのは手を組むときだけだ。四六時中一緒にいるわけじゃねぇ。……だから、まあ、囲んで飯を食うのも久しぶりだな」
勇者は一番離れた席でインスタントラーメンを啜り、俺の隣ではラテラノが熱々のグラタンをふぅふぅと冷ましながら食べている。
「お前ってそんなキャラだったっけ……」
ずいぶんと感傷的な勇者の言葉に手が止まる。
出会った時の言動や一人で行動していたこともあって一匹狼なのだと思い込んでいた。
「てめぇは俺のことをなんだと思ってやがるんだ。もとの世界には置いてきちまった仲間や家族がいるんだよ」
仲間や家族がいるのか。
もしかすると結婚していて子供とかいるのだろうか。
それとも兄弟や親なのか。
興味は尽きなかったが、大して仲良くもない相手に掘り下げて聞くのは躊躇われる。
別の機会に聞くとしよう。
聞きたいことは他にもあるのだ。
ひとつは、まだ勇者は魔王の命を狙っているのかどうか。
魂喰いの剣は粉砕してやったが、似たようなアイテムが異世界には存在しているかもしれないし、また命を狙われるとか勘弁してもらいたい。
「ところで、……魂喰いの剣なしで、帰る方法は見つかったのかよ?」
俺が言わんとすることが理解できたのか、勇者は鼻で笑う。
「安心しろ。もうお前らの命に用はねぇよ。……オメガが現実世界に戻ったら、次元転移装置とやらを製造してくれる契約になってる。そうだな?」
勇者が眼光を飛ばす先には、オメガがいる。
「ええ、その通りです。勇者さんを送り届けるための装置を作ることが、協力関係の報酬ですからね」
そんなもの作れるのかはさておき。
勇者がオメガに協力しているのは元の世界に戻してもらえる約束があったからってことか。
「ん、待てよ。じゃあ、なんでお前は俺の事をいつも目の仇にしてるんだよ!」
「ムカツくからだ。お前が邪魔してなけりゃ俺様は無敗だった」
ギラリと殺気のこもった視線を向けられて天井を仰ぐ。
要するにそれは。
「逆恨みかよ……」
空になった冷凍チャーハンの容器をゴミ箱に放り込む。
勇者とラテラノも食べ終わったところなので、容器を回収して滅砕掌で処分しておく。
昨晩からレトルトオンリー生活なのでしっかりと証拠隠滅しておかないと陽織とアウローラあたりが煩そうだからな。
インスタントで味気のない昼食時間が終わり手持無沙汰となる。
勇者は無言で席を立つとレギンレイヴの後部ハッチへと消えていった。
勇者は誰と話すこともなく後部ハッチにある小さな窓から外を眺めつづけるのがお決まりのポジションだ。
次に話すのは夕食時くらいか。
「さて、どうするかなあ……」
大きく伸びをしながらぼんやりと呟く。
すると、背後から唐突に声がした。
「大魔王の脳波パターンを精査。退屈を感じていると指摘」
「ぅお!? 戻ってきてたのか……、カイゼリン」
振り返れば無表情な美人顔が目の前にある。
感情のない黒の瞳がじぃぃっと俺の事を見つめている。
「以下、提案。模擬戦闘を実施を希望。……大魔王、貴方と戦いたい」
「またか……、昨日もそればっかりだったじゃないか」
カイゼリン・ガイスト。
今後はカイゼリンと呼ぶけど、彼女は飛行の最中もたびたび模擬戦闘をしたいと言っていたのだ。
数時間置きに同じようなことを提案してくるので少々うんざりしてきている。
「返答は如何に。戦いは良い気晴らしになると、再度、提案する」
カイゼリンは手加減して戦える相手ではない。
新しい戦い方を考えるにはうってつけの相手ではあるのだが、下手に破壊してしまってオメガに迷惑を掛けたくないし、修理のために時間を取られるのも馬鹿らしい。
「ナガレさん、もしかしてカイゼリンを破壊してしまう事を気にしていますか?」
ふっと、オメガが電子端末から顔を上げる。
こちらの会話を聞いていたのか、俺の心配ごとについて理解してくれていた。
「うーん、まあ、な。移動が優先だから余計な手間を増やしたくないしさ」
「心配はいりませんよ。粉々に吹き飛ばされでもしない限りは時間を掛けずに修理ができます。……私の手間は増えますが、徹夜をしなくてはならないほどではないので」
「以下、同調。ワタシはちょちょいのパッパでオメガが修復するので問題ありません」
ふんふんと頷くカイゼリン。
彼女はもっとオメガの苦労を理解したほうが良いと思うが、オメガが良いと言っているなら俺は関知しないことにしよう。
あくまで仕方なくだ。
本当は嫌なんだけどしょうがないから模擬戦をするんだよ、と言う体で答える。
「……はぁ、わかったよ。いっちょやるか」
だが、俺の言葉に待っていましたとばかりに割り込んでくる奴がいた。
「面白そうな話だ、我も混ぜてもらおう。よもやカイゼリンに承知して我を拒むこともあるまいな?」
「お前もかい!」
声の主はマリルーである。
カイゼリンが船内に戻ってきたので追ってきたのだろう。
口元にはうっすらと笑みを浮かべており、口には出さないまでも戦いたかったことは明白だ。
なんでこんなバトルジャンキー共ばかりなんだ。
マリルーは良識的な思考の持ち主だと思っていたのに株が急降下だよ。
「何だ、不服か? 」
「俺は平和主義なの。戦わないで済むなら戦いたくない人なんだよ」
マリルーは肩を竦める。
少々怖い顔つきで俺の鼻先に指を突きつけた。
「それは弱者の理論だぞ。平和とは戦いに勝利してはじめて得られるものだ。戦わない者に平和などない」
「……はいはい、わかりましたよ。カイゼリンとやったらマリルーな」
目の前にある人差し指を押しのける。
性転換魔術で女の姿になって、創造神の指環を指先に嵌めた。
前回のリヴァイアサン戦ではお粗末な空中戦だったから、この機会に完全な飛行をマスターしておかなくてはいけない。
意気込みを新たにカイゼリンとマリルーを誘う。
「よし、準備オッケーだ。行こう」
反応がない。
ついて来ないのは何故かと振り返ると、感情的な反応の薄い二人が珍しく、驚いていた。
「以下、困惑。大魔王が女になった。……理解不能」
「そ、その姿は……素晴ら、いや、うむ……、どう、どういうことなのだ――!?」
性転換魔術の姿を見せるのは初めてだったからだろうか。
カイゼリンは無表情ながら目を大きく見開いている。
マリルーは上擦った声音でこちらを食い入るように見つめている。
「魔法を使った戦闘訓練したくてさ。魔法は女にならないと使えないんだよ。違和感があるかもしれないけど我慢……、ちょ、ぅおい!?」
突然、抱きつきかねない勢いで飛びついてきたマリルーにギョッとする。
「そんなことはない! その姿のままで居てくれても何も問題ないぞ。むしろ……うむ、うむ……、そのままが一番良いに違いない!」
「何なんだよ、お前は……」
マリルーが手の甲を指先で撫でまわすのでこそばゆい。
豹変ぶりに唖然としつつやんわりと手を振りほどく。
最後に。
無言でこちらの様子を窺っていたラテラノが席を立つ。
「私は見学する。戦い方を参考にする、……いい?」
「いいけど。外は寒いから風邪を引かないようにな」
ラテラノは魔法で厚手のマフラーを呼び出すと首にくるりと巻き付ける。
「大丈夫。暖かくしておく」
こうして一同は雲海の空へと繰り出すこととなった。
模擬戦の結果?
それは当然、カイゼリン戦、マリルー戦ともに俺の勝利だった。
オメガが色々と戦闘力向上のために改良を施しているみたいだけどまだまだ俺には及ばないな。
余談だけど。
負けたことが悔しかったのか、カイゼリンとマリルーに装備の改良を要求されたせいで、オメガの作業量が爆上げになっていた。
寝る間際に、もうちょっといい勝負になるくらいに手加減をお願いします、と愚痴をこぼされてしまった。
そうはいっても手加減するのは難しいんだよな。
あいつら結構強いんだもの。