第百十三話 「神獣+α」
--- リヴァイアサン視点
曇天の空からハラハラと粉雪が舞い落ちる。
ひんやりとした冷気の垂れ込める森には雪が深く積もっている。
竜王国北西部、不落葉樹の森。
名の通り一年中葉をつけた木々だけの森で、雪が深く積もった冬の森でも視界が悪く、森の奥深くでは地面にあまり光が届かないような場所だ。
その森に四の人影がある。
人型形態のリヴァイアサン、シームルグ、フェニックス、イルミンスール、である。
リヴァイアサンは脳裏に描いていたスケジュールが、またひとつ進んだことに満足そうに頷く。
「ここまでは計画通りだな。問題なく進行している」
この計画は、覇王姫セリアに宿っているティアマットの力を回収するものだ。
ティアマットが息絶えた地に埋められていた骨を使い、ティアマットのドラゴンゾンビを作り出して竜王国で暴れさせる。
本来のティアマットの性能に比べれば雲泥の力量であるが、竜王国は何の対処もできていない。
策に困った貴族たちは、イニアス・オブシディアンとセリア・ラナ・カルセドニーを引っ張り出してくると予想していた。
案の定。
イニアスは魔王国に旅立ち、セリアを引き連れて、竜王国を目指していることが監視の魔物からわかっている。
竜王国に誘い込んだセリアを食い殺し、力を回収すれば計画は成功だ。
ただ、障害はある。
セリアは冥王姫アウローラと獣王姫シャウナ、さらに異世界人の女を一名つれている。
さらに、大魔王も別ルートから竜王国を目指しているだろう。
しかし、問題はない。
大魔王とその配下がいたとしても、神獣四匹で戦えば五分であると踏んでいる。
その五分を覆す新たな力についてもこちらは所持している。
勝てない戦いではないはずだ。
と、横手から男の声が割り込んでくる。
「待てよォ、リヴ。疑問なく話を進めようとしていやがるが、俺は納得してないぜェ?」
「……何を納得していないんだ。フェニックス」
口元に獰猛な笑みを浮かべる男、フェニックスを睨みつける。
リヴァイアサンはフェニックスが嫌いだ。
それは神を殺した場において起きた出来事が原因である。
フェニックスは神を殺した場を盗み見ており、周囲の獣たちに触れ回らない約束の元に神の肉を喰らった、弱みを握る存在であるからだ。
いまでこそ力はリヴァイアサンのほうが上であるため表だって逆らう気配はないが、フェニックスはいつもこちらの動きを注意深く観察している。
リヴァイアサンにとって最も油断のならない相手であった。
「ティアマットの力を宿す女。そいつを喰っちまうのはお前さんがやる必要はねーだろってことだ。神獣の管理外にある力が問題なだけであって、誰の力になってもいいんじゃねーのか?」
ティアマットの力を誰が吸収するか、この指摘はあると思っていた。
シームルグは力に興味のない性格をしている。
イルミンスールは臆病で戦いには向かない。
よって何もなければティアマットの力はリヴァイアサンが頂こうと考えていた。
ただ、フェニックスに吸収されるとリヴァイアサンと力が拮抗する可能性がある。
それは正直なところ避けたい事態である。
「我でなくとも構わないが、……それならばイルミンスールにでも吸収させれば戦力の向上になると思うがね」
余計なことはいうなよ、と思いつつ終始無言であったイルミンスールに視線を向ける。
イルミンスールの肩がぎくりと強張る。
「……妾は、別に、……強くなりたいわけでは……」
……期待をするだけ無駄か。
聞きたくないとあからさまにため息をついてやると、イルミンスールは俯いて黙ってしまう。
フェニックスもイルミンスールに詰め寄ると、振り上げた掌からボボボッと炎を散らして威圧する。
「お前ぇはすっこんでろよ! また、根っこから丸焼きにして喰っちまうぞ!」
「――ひっ、ぅ、……や、やめて……」
「やめなさい、フェニックス。仲間同士よ」
怯えて震え出したイルミンスールを庇い、シームルグが一歩前にでる。
フェニックスの視線から守るように背中へと隠した。
「へっ、わぁーったよ、シム姐さん。ちょっと揶揄っただけじゃねェか、なァ?」
「貴方はやりすぎなのよ」
揶揄っただけってわけでもないが、な。
実際、イルミンスールはフェニックスに襲われて喰われかけているのは事実だ。
フェニックスは隙あらば力をつけようと貪欲に生きている。
ティアマットも以前襲われたことがあると聞いている。
そういうところが信用できないのだ。
「いいだろう。ティアマットの力は早い者勝ちでよい」
「そうかい。じゃあ、好きにやらせてもらうとするぜェ……」
リヴァイアサンの想定ではフェニックスがティアマットの力を手に入れて、アトランティス・ステルラを強奪することまでは考えて計画を組んでいる。
現状、計画の修正を考えるまでもない。
最も警戒すべきは別にいるのだ。
「やーねー、内輪揉めなんかしていて平気なわけ? 余裕ねえ」
噂をすれば。
森の奥から女の声が聞こえてくる。
リヴァイアサンを含め、全員の視線が集中する。
真っ白な雪の上を素足で歩いてくる。
汚れ一つない真っ白なワンピースは明らかに周囲の風景から浮いており、凍え死んでもおかしくないような薄着であるが、女は全く頓着しない。
「……いつものことだ。お前の気にすることではない」
「あらそお、気心知れたお仲間っていいわねえ」
白ワンピースの女は信じてもいないような素振りでまとめると、クスクスと笑う。
笑いながらポケットから小さな輝きを取り出す。
リヴァイアサンに歩み寄ると、幾何学模様を描きながら回転する物体を手渡した。
「お願いされた通り、アトランティス・ステルラの欠片をひとつに戻してあげたわよ。あとは力を解放すれば好きな願いを叶えられるわ。ただし、ティアマットの力を吸収してから使わないと、ティアマットの力は手に入らなくなってしまうわ。気をつけてちょうだいね」
「我等に協力する理由は聞いているが、……信用してよいのだろうな」
「もちろんよ。大魔王を倒したいのはあなた達だけじゃないのよ。彼らが共同戦線を組むなら、こちらも、ね。わかるでしょう?」
白ワンピースの女はウインクひとつ、後は察してくれと言わんばかりに手を合わせる。
得体のしれない女であるが、アトランティス・ステルラの深い知識や大魔王への対策についてずいぶん情報をもらっている。
あまり疑り深くなるのも失礼になるとわかっているのだが……。
得体が知れなさ過ぎて恐ろしい女である。
「私はこれで失礼するわ。あとは、上手に、やっていただけると。とぉ~っても助かるわ」
「……協力、感謝する」
最後に謝辞を述べる。
もう会う事もないだろうが、この女はどこからか顛末を見届けるのであろう。
「いいえ、それでは。ごきげんよう――」
白ワンピースの女は優雅に一礼すると、空気に溶けるようにその場から消え去った。
まるで何も居なかったかのように雪の上には足跡一つ残っていない。
あとは、ただ、覇王姫セリアが現れるのをじっと待つのみ。
リヴァイアサンは受け取ったアトランティス・ステルラを掌で転がしながら、来るべき戦いに備えて思いを巡らせていた。