第百八話 「支援と協力」
会議室にはセリアと白銀の金属鎧がいた。
イニアス・オブシディアンは全身鎧姿であった。
部屋の中くらい鎧を脱いだらどうなんだと思ったが、すぐに違和感を感じた。
全身鎧の兜の奥には誰もいない。
暗いがらんどうが広がっていた。
俺の様子に気づいたのか。
アウローラが念話魔術を飛ばしてくる。
「イニアスはリビングアーマーだ。セリアと共に生きるために、魔物になったと聞いたことがある」
「マジかよ……」
セリアの知り合いだから普通の人間ではないと思っていたけど、リビングアーマーだとは思わなかった。
よく魔王国に入国出来たな。
と言うか、この国も兵士もよく入国させようと思ったな。
魔王国の警備体制が少し不安になってきた。
それはさておき。
驚いていてばかりでもいられない。
精神統一霊術を発動させると、形ばかりは大魔王らしく挨拶をする。
「イニアス・オブシディアン殿かな。魔王国へようこそ、……留守にしていたので挨拶が遅れてしまった。申し訳ない」
すると、イニアスも礼をして応える。
「……こちらこそ。突然の訪問にも関わらず時間を空けてもらえたこと、感謝致します」
挨拶も交わしてファーストコンタクトはバッチリだ。
さて、どうしよう。
セリアを竜王国から追い出したくせに助けて欲しいなんて厚かましいんだよ、と文句をつけるべきか。
それとも、セリアに竜王国を助けたいか聞いてから対応を決めるか。
セリアの様子をちらりと伺う。
セリアはふて腐れた顔のままそっぽを向いている。
怒っていないで説明をしてほしいんだけど、ピリピリとした雰囲気からこの場で話しかけるのは躊躇われる。
いま考えられるのは、セリアにとって不利な条件で話がまとまってしまった、そんな感じか。
ひとまずイニアスに話を振ってみる。
「イニアス殿、竜王国では神獣ティアマットが復活して暴れているそうだな。魔王国に参られたのは支援を依頼するためと聞いているが、どのような援助をご所望かな? セリアにはすでに話されていると思うが、今一度お話願いたい。支援をするか否かを決定するのは私なのでね」
セリアに決定権利はないよ、とさらりと釘を指しておく。
すると、イニアスは肩を落として首を振る。
実に勿体ぶった仕草で言った。
「セリア様は個人的に竜王国を支援してくださると約束を頂きましたが、……魔王国としては支援をしない判断をするやもしれないということですか。残念ですな。大魔王様はセリア様の主人であるわけですから協力して頂けると思っておりました」
どうやらセリアが単独で竜王国を支援する約束をしたらしい。
セリアは竜王国に恨みはないのだろうか。
「魔王国が支援をすると思うか、イニアス殿。聞けば竜王国はセリアを王位から退位させて、さらには魂喰いの剣に魂を封じていたと言うではないか。常識的に考えて支援を受けられると思う方が厚かましいのではないかな」
「竜王国の未来については意見が合わずに衝突することとなりましたが、竜王国が滅ぶとなれば話は別にございます。セリア様も私も竜王国を第一と考えて生きていますので、存亡の危機となれば協力するのも当然となりましょう」
「協力か……、その割にはセリアは不服そうな顔をしているが?」
セリアの顔を見れば喜んで竜王国に協力しているようには見えない。
何か脅し文句でいう事を聞かせているのではないか。
俺は含みを持たせてイニアスを睨みつけるも、涼しい顔で言い返される。
「命を奪い合いをした相手です。頭で理解していても、わだかまりなく協力をしあうと言うのはなかなか難しい、という事です。ご理解いただきたい」
「……セリアも竜王国を救うためなら仕方ないと思っているのか?」
セリアに声を掛けてみる。
竜王国に対するイニアスとセリアの想いは俺にはわからない。
心を殺してまで協力し合うほどの大事な物だってことなんだろうか。
長い事黙ったままであったが、ポツリとセリアが言葉を返す。
「……ええ、そうですわ」
うーむ、嫌々ながらも竜王国に行きたい、となれば無理やり引き留めるのは良くないか。
釈然としないものを感じつつも俺は竜王国の支援について前向きに考え始めた。
念話魔術を発動。
イニアスに違和感を覚えられないよう、手短にアウローラと陽織に話しかける。
「竜王国を支援しようと思う。……二人はどう思う?」
陽織とアウローラは目を見合わす。
「あんまりいい感じはしないかな。私たちは別に構わないけど、……竜王国の様子がよくわからないから、うーん、向こうに行ったら行ったで面倒なことになると思うよ?」
「うむ。イニアスは竜王国の使者としてきているが、竜王国の支配者ではない。何らかの見返りを得たいとするなら竜王国にいる連中に渡りをつける必要がある。ここで支援を約束するとタダ働きになるだろうな」
「そうか……、じゃあ金がかかりそうな支援はやめよう。セリアに護衛をつけて竜王国にいってもらおうか」
「護衛だと? 誰をつけると言うんだ?」
「強い人だよ」
俺は念話魔術を打ち切り、イニアスに向き直る。
「いいだろう……、竜王国を支援しようじゃないか。先行してセリアとセリアに護衛をつけてイニアス殿に同行させたいと思うが、如何かな?」
「護衛……ですか。失礼ながら、セリア様に匹敵するほどの力を持つ者でなければ、ティアマットとの戦闘は厳しいかと思われますが……、強い戦士をお貸しいただけるのですか?」
「当然だ。急ぎかとは思うが本日は魔王国で休まれるが良い。明日の朝には出立できるように準備させる」
俺は自信たっぷりに頷いた。
ティアマットどころか竜王国を震え上がらせるような護衛をつけてやる。
セリアは我慢しているみたいだが、俺は竜王国の厚かましい態度に怒りすら感じているのだ。
少しばかりの嫌がらせをしてやらないと気が済まない。
俺は踵を返す。
退出前に皆に指示を出しておく。
「では、失礼する。……陽織、エイルが居ないからイニアス殿に部屋を宛がってくれ。アウローラは竜王国の支援について官僚たちに説明を頼む。セリアは話がある、……魔王国に戻ってくるまでの話を聞きたい」
全員が動き出す。
陽織は会議室の外にいたメイドを呼びつけると、イニアスを客室に用意するように命令する。
アウローラは一礼して会議室を後にする。
官僚たちを集めるべく近くの伝令兵に声を掛けていた。
セリアは俺の後ろについてくる。
会議室を退出したところで肩越しに話しかけてきた。
「……竜王国をどうするつもりですの? 滅ぼすつもりならば、わたくしは……」
「そんなことするわけないだろ。夜にでも皆を集めて説明するよ。それよりも、魔王国に戻ってくるまでの話を聞きたいんだ。……マリルーと会ったんだろ? 伝言とかあったのかなってね」
「どうして、それを?」
セリアはきょとんとした顔をする。
何故、知っているのかと言いたそうだ。
「何となくね」
キベルネテスからコンタクトがありそうな気がしていたのだ。
俺は思い出す。
途端にこめかみから電流が走るような頭痛がしてくる。
シームルグの夢の出来事を思い出そうとすると毎回こんな激痛が襲ってくるのは勘弁してほしいところだが、ブツクサ言っていられない。
シームルグに見せられた夢ではキベルネテスたちと敵対することになっていた。
キベルネテスは几帳面な性格をしている。
わざわざ通信機器まで手渡した相手にいきなり敵対することはないはずだ。
シームルグに見せられた夢ではわからなかったが、敵対関係になる前に話をしているはずだ。
セリアが聞いている伝言の返答を間違えると、敵対関係になってしまう。
そんな予感がしていた。
セリアは周囲に聞き耳を立てているような人物がいないことを確認しつつ、耳元でそっと呟く。
「マリルーから伝言ですわ。……同盟の件、早急に考えてもらいたい、と。同盟とは一体どういうことですか?」
俺とキベルネテスが同盟を組むか否かを問われていることは誰も知らない。
皆は良い思い出のない機械人たちだ。
同盟の件を説明するだけでも一波乱ありそうだ。
「……夜に説明するよ」
俺自身、まだ確信を持てないことが多い。
いまわかっているのは竜王国で神獣たちとの決着をつけることになるだろうってことだけだ。
シームルグに見せられた未来の夢。
あれを回避するための一手を少しずつ打っていく。
俺は夢の中で会った出来事を反芻しながら何が足りなかったのかをゆっくりと思い出しはじめた。