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第百七話 「竜王国の思惑」

 --- イニアス視点


 イニアス・オブシディアンは白銀の鎧を軋ませながら身じろぎをする。


 かつて、覇王姫セリアと共に竜王国の繁栄を誓い、一○○年もの間ともに戦場を駆け、そして裏切った男。

 イニアスはセリアと同様に人族ではない。

 老いることのない不死の魔物、リビングアーマーである。


 生ける身体を失って長い年月が過ぎ去ったが、同じ姿勢のままでいると体がぎこちなく感じるのは変わらない。

 わずかに残された人間の感性がそう思わせるんだろう。


 魔王城を訪ね、豪奢な客間に通されて、セリアと話すこと数時間。

 いささか苦戦をしたものの思惑通りの展開になりつつあり、イニアスは心の中で安堵の吐息をついていた。

 さらにセリアをその気にさせるために言葉を重ねていく。


「セリア、君が恨んでいるのはわかる。でも、ティアマットを放置すれば竜王国は滅びる。君が命をかけて守り続けてきた竜王国のために力を貸してくれないか」


「……いまさら力を貸せとは……、いささか都合が良すぎではありませんか。わたくしと勇者を戦わせて竜王国を奪ったことを忘れたとは言わせませんよ」


 セリアの声音に冷たい殺気が込められている。

 当然だ。

 イニアスは問答無用で殺されてもおかしくない仕打ちをしている。


「わかっているとも。でも、竜王国を助けてくれそうな相手に心当たりはなくてね」


 セリアは殺気をにじませたまま冷徹な微笑みを浮かべる。


「わたくしが素直に竜王国を助けるとでも? 弱り切ったいまなら竜王国を奪い返すことだってできますわ」


「それを為せば竜王国はティアマットに加えて戦乱で荒れ果てる。君が積み上げてきた竜王国の遺産が灰燼となり、衰退する。そんなことは望んじゃいないだろう」


「……わたくしが竜王国を助けないと言ったらどうしますか」


 愚問だ。

 イニアスは理解している。

 セリアの態度は虚勢に過ぎない。

 彼女が竜王国を見捨てることは絶対に出来ないと知っているからだ。


「君は竜王国を助ける。たとえ何の恩恵もなくてもね、……僕も君も先王カーライル様の想いに縛られている。竜王国を救わない、と言う選択はできない」


 イニアスはセリアの戴冠を思い出していた。

 遠い、遠い、記憶の彼方にある光景だ。


 竜王国の一二代目の王である、カーライル・ラナ・カルセドニー。

 彼は幼かったセリアとセリアの従士であったイニアスに竜王国の未来を託した。


 かつての竜王国は小国だった。

 神獣ティアマットの力のおかげで他国に攻められることはなかったが、森林と山岳に囲まれた小さな国の力はたかが知れている。

 竜王国が攻められなかったのは神獣ティアマットの血を引く王族が恐れられていたからであるが、神獣ティアマットの威光も時代が進めば進むほど薄れていった。


 セリアの戴冠式は最悪の瞬間であったと思う。

 何せ、竜王国は隣国の軍事国家に攻められて陥落寸前。

 竜王国の王都リンドブルムは炎に包まれ、僅かに残った軍勢は市民を避難させるために王都を離れている。

 兵もいない、孤立した王。

 それがセリアの王としての最初だった。


 イニアスとセリアは瀕死のカーライルからすべてを聞いた。


 カーライルはセリアが神獣の血を強く引き強大な力を持っていたことを知っていた。

 そして、自分の代で隣国が竜王国を滅ぼすべく攻めてくるだろうことも予見していた。


 強い王が必要だった。

 自分ではなく幼いセリアが王に相応しいとも思っていた。


 しかし、セリアはまだ一三歳という若さ。

 王位を譲るにも若すぎるし、将軍として戦いに使うわけにもいかなかった。


 それに、セリアを王として認めさせて国民の支持を一気に得るためには、英雄性を持たせなければとカーライルは考えていた。


 故にカーライルはセリアを厳しく教育した。

 王としての振る舞いを教え、淑女の作法を学ばせ、武を鍛えさせ、智を叩き込んだ。

 すべては竜王国のために。

 滅びる竜王国を救う英雄とさせるためにセリアを育てあげた。


 すべてを知ったセリアは、わかりました。竜王国の未来はわたくしが導きます、と伝えた。

 カーライルは、すまない、と涙をにじませるとそのまま息絶えた。


 セリアがもっと幼ければ子供らしい我儘で竜王国を捨てることもできたかもしれない。

 しかし、セリアはカーライルの教育によって王として育てられてしまった。


 他の考え方はできないように育てられていた。


 渋面のセリアにイニアスは繰り返し、説く。


「もちろん、竜王国を見捨てるも救うも自由だ。どうするかは任せるさ」


「わたくしが見捨てられないと知って、よくも任せるなどと言えたものですね……」


「何の報酬も約束できないからね……、お願いをして、任せるとしか言えないじゃないか」


 イニアスはセリアに竜王国を救ったあとの見返りを何も約束していない。

 タダ働きである。


「……わたくしをティアマット討伐に使おうと考えたのは貴族たちね。貴方はわたくしを動かすためだけに遣わされた、ていの良い使いっぱしりなんでしょう?」


 鋭い指摘だった。

 その通りなだけに言い返す言葉もない。


 セリア亡き後、竜王国は有力な貴族たちによる貴族議会によって運営されている。


 セリアの統治下では思うように権力を振りかざせなかった貴族たちは、いま我が余の春とばかりに竜王国を支配している。


 だが、貴族たちは大事なことを失念していた。


 国を統治することはできる。

 しかし、セリアは統治する能力だけでなく災悪を退ける力を持っていたが、貴族たちにそのような力はない。

 魔物くらいならともかく、機械人の勢力や神獣といった存在に対しては無力であり、ただただ無為な論争と対策案を付き合わせるだけしかできなかった。


 侵略者たちの対策に困った貴族議会はイニアスを呼び出した。

 貴族議会は魔王国でセリアが大魔王と結婚したことを知って、侵略者対策にセリアを使うべくイニアスに依頼したのだ。


 セリアを説得し、あわよくば魔王国の力を利用して、ティアマットを倒す。

 魔王国を統治する大魔王は甘い性格であるそうだから、戦力を借り受けても大した要求もしないだろう。

 貴族議会は概ねそのような思惑であった。


 政治から離れて隠遁生活を送っていたイニアスをわざわざ呼び出したのは、貴族たちの全員がセリアに出会った瞬間その場で殺されるかもしれないと思っていたからだ。


 貴族議会の考えに落胆したものの、人族が考えた末に導きだした結論だと言うのなら、イニアスは助けてやるべきだろうと思っていた。


 人が人を統治する姿が一番正しいと考えたのは、他ならぬイニアスなのだから。


「……困ったときだけ頼りきりでも構わない。人が選んだ結論ならば、僕は全力で助けるだけさ。さぁ、セリア。竜王国へ帰ろう」


 イニアスは白銀の手甲に覆われた掌を差し出す。

 その手を見つめて、セリアは動かない。


 彼女の表情には見覚えがある。

 そう、あの悔しそうな悲しそうな顔は負けを認めたくないときの顔だ。


 そのとき、部屋の扉が叩かれた。


「アウローラだ。入るぞ」


 両開きの扉を大きく開け放ち男女三人が入ってくる。


 先頭の女はアウローラだ。

 以前に戦場で会ったことがある。


 もう一人の黒髪の女ははじめて見る。

 恐らく大魔王の四人いる妻の一人であろう。

 セリアに匹敵する強い神気を持ち、身のこなしから察するに何らかの武術を習得していることは間違いない。


 そして、最後に現れた男。

 イニアスは反射的に身構えそうになる体を必死で抑える。

 生身の体であれば冷や汗のひとつでも流れ落ちていたかもしれない。


 これほど強大な魔力を持つ生物をいまだかつて見たことがない。

 イニアスがもっとも強いと思う生物は神獣たちだが、あの化物たちを遥かに越える魔力を持つ生物がいることに驚嘆した。


 魔王国を一夜で作り上げたとか、エルフやダークエルフの森を再生させたなどと言った話は、大魔王の力を誇張する噂に過ぎないと考えていた。

 が、これほどの魔力を持つ者ならば神の如き力を振るえたとしてもおかしくはない。


 イニアスは己を叱咤する。


 ここに魔王国の大魔王とセリアが揃っているのだ。

 竜王国のためにティアマットと戦わせるための交渉の場が用意されたと考えればいい。


 イニアスは震え出しそうになった心を今一度引き締めると、大魔王に向き直った。

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