第百四話 「滅却」
マギアの隙間を抜けて青空へ飛び出した。
眼下を見渡す。
黒いマギアに覆い尽くされた世界が広がっている。
まるで大陸全土が蝗害に見舞われているかのような有様だ。
「二人とも。……このマギアを、倒していこうと思う」
二人は驚いた顔を見せた。
この時間停止を掛けている間に距離を取って逃げてしまおうと考えていたに違いなかった。
「え……、これをですか? 数が多すぎます。反撃はないかもしれませんけど、何日かかるか……」
「それでもだ。ここで倒しておかないと大変なことになる」
シームルグの夢で見た光景。
マギアが魔王国を襲ってアウローラとラテラノが死んでしまう世界。
あれが現実に起こるとは思えないがどうにも引きずられてしまう。
これを放置して逃げると取り返しのつかないことになる、そう、思わせる何かがある。
漠然とした不安に逃げるという選択肢を取れずにいた。
「どうして、そこまでマギアを倒すことにこだわるんですか? 妖狐マサキや妖獣のアグボウは残念でしたが、冷たい言い方ですけど、……仇討ちをするほど深い関係では――」
シームルグの夢の件を話すべきだろうか。
あれは夢幻で気にする必要はありません、と一蹴されてしまうだろうか。
逡巡の後、俺は話さないことに決めた。
「……あのマギアを放置したままで魔王国を離れるのは危険だと思うんだ。神獣も追いかけないといけないし、ここで倒しておいた方が安全だろ?」
「それは、そうですが……」
いまいち説得力がなかったのかシャウナは言い淀む。
ちらりとのぞき込む様な視線。
シャウナはソワソワとした様子で見つめてくる。
もしかすると隠し事はお見通しなのかもしれない。
「ナガレ、倒す手はあるの?」
「……いちおうね」
これだけのマギアを一撃で消滅させることができる魔術を知っている。
隕石召喚霊術
あの霊術を使えば間違いなくマギアの大群を倒すことができるはずだ。
問題は、隕石が落下した衝撃で発生するであろう二次災害をどうやって防ぐか。
いま思いつく案は一つ。
巨大バリケードで落下地点を囲んでしまい、上空から広範囲に重力霊術を発動させて、飛び散る破片や土砂を押し込めてしまうことだ。
しかし、今考えた速攻案だから穴も多い。
巨大バリケードの高さはどうする。
幅は?
厚みは?
隕石落下の破壊エネルギーで生じる津波は巨大バリケードで抑えられると仮定しよう。
だが、同時に発生する地殻津波を重力霊術如きで抑えることができるのか?
俺がマギア滅却の方法を考えている間も、シャウナは不安そうな顔でこちらを伺っている。
もう少し丁寧に説明して説得しなければいけないだろうか。
が、ラテラノがその役を買ってくれた。
「シャウナ、倒せるならマギアを倒しておくべき。時間を置けばどんどん増えてしまう」
ラテラノの言葉にシャウナは目を閉じる。
深い嘆息と諦めの声で答えた。
「……わかりました。ですが、無茶はしないでくださいね」
「ああ、だいじょうぶ」
両手が塞がっていると不便のため、シャウナに首に腕を回して足に乗るようにお願いする。
抱えたままだと魔術を使えないのだ。
まずは、バリケードを制作する。
潤滑魂で金剛鉄を大量に生成。
ぐんと減る魔力を気にせずに巨大な防壁を制作する。
「これは……!?」
「大きい」
一枚。
長さ一○○キロメートル、高さ一○キロメートル、厚さ五○○メートル。
壁の両端には溝をつくり、パズルピースのように嵌めこむことができるように作ってある。
「移動するぞ」
こいつを順繰りにつなぎ合わせて巨大な壁を作り上げていく。
「この金剛鉄が発見させたら、ミシュリーヌ全土の鍛冶師は卒倒するかもしれませんね……、宝の山ですよ、これは」
「騒動になる前に解体するよ。まあ、……これから放つ魔術に耐え切れればだけどね」
数十時間を掛けて巨大バリケードを一周させる。
隕石召喚霊術の発動位置は巨大バリケードの中央付近とする。
俺たちは被害を受けないように巨大バリケードの外側、二○キロメートルほど離れた位置に陣取った。
「二人とも障壁をしっかり張っておいてくれよ」
二人が頷き、魔法障壁と妖気障壁を張り巡らせる。
俺も対消滅障壁魔術を発動させる。
「やるぞ! 時間停止、解除――!」
時間停止を解除。
一瞬で世界の色彩が戻り、あらゆる物が動き始める。
巨大バリケードは天辺が空きっぱなしになっているので時間を置けばマギアの大群は這い上がってくるだろう。
間髪入れず、隕石召喚霊術を発動。
突如として突風が吹き荒れる。
細かな塵が上空に向かって吸い上げられていく。
巨大バリケードの上空には青空を切り裂くように裂け目が広がっている。
裂け目の奥は冷たい闇が広がっており、闇の奥では無数の星が瞬いているのが見えている。
あれは宇宙空間なのだろうか。
見上げていると真っ赤に輝く隕石が裂け目から引きずり出されてくる。
凄まじい大きさだ。
いつぞや霊術の目録で見た隕石召喚霊術は、五八○メートルくらいって書いてなかったっけか。
この隕石は直径が五キロメートルくらいある。
そこへ緊張をはらんだラテラノの声が飛んだ。
「マギアが来た。応戦する」
巨大バリケードの天辺から何かが飛び出してきた。
数は少ない。
合計六体の魔法少女型のマギアたちだ。
「悪い。ラテラノ、頼む」
俺は隕石召喚霊術の制御に加えて、重力霊術の発動もしなくてはならない。
戦う余裕はなかった。
シャウナは妖気障壁を展開。
俺に飛んでくる魔法少女型のマギアの攻撃を防ぐための盾となる。
ラテラノはカードを生み出すと、先手とばかりに炎の矢を放った。
戦いは二人に任せ、俺は隕石召喚霊術の制御に意識を集中させる。
天井の裂け目から現れた隕石は眩い輝きと共に落下してくる。
ビリビリと大気が震えて肌が痛む。
炎を纏い、細かな破片を剥離させながら、隕石は巨大バリケードの中央へと突き進む。
隕石が巨大バリケードの中に吸い込まれた瞬間、隕石召喚霊術の制御を手放す。
次いで重力霊術を発動。
巨大バリケード周辺の重力を一○○倍に変更した。
遠目からでもわかるほど、巨大バリケードが海中に沈みこんだ。
海底に置かれていた巨大バリケードが四分の一ほど海底にめり込んでしまったらしい。
そして。
隕石の軌跡が巨大バリケードの向こうへ消える。
刹那。
世界が震えた。
全身を打ちのめすような轟きが駆け抜けていく。
金剛鉄の巨大バリケードが内側から押し出されるように膨らんだ。
猛烈な勢いで亀裂が入る。
遅れて、重力霊術の重力を突き抜けて、大量の土砂が噴き上げた。
あの土砂が大気中に滞留すると大気汚染となってしまう。
急ぎ、重力霊術の威力を一○○○倍に引き上げて、土砂の噴出をせき止める。
が、重力に耐え切れずに巨大バリケードがさらに破損してしまった。
巨大バリケードの亀裂から赤黒い何かがドロドロと溢れだしてくる。
海に到達すると真っ白な水蒸気が積乱雲のように立ち上る。
あれは、溶岩だ。
隕石の衝突によって溶解した大地が巨大バリケードの中から流れ出しているらしい。
重力霊術の制御を右手だけで行う。
左手で修復魔術を発動、巨大バリケードの補修に魔力を割く。
体の内からガリガリと魔力が削れていく感覚。
「うぐぅぅぅ……!?」
軽い立ちくらみを感じる。
ここまで急激に魔力を消費するのは久しぶりかもしれない。
以前、古獣エキドナを呼び出して以来か。
「私の魔力程度では役に立たないかもしれませんが、使ってください……!」
俺の魔力消耗にいち早く気が付いて、シャウナが魔力供給魔術を掛けてくれる。
こんなところでへばっていられないな。
「サンキュ、……もうひと踏ん張りだ」
俺は残された魔力を使い切る勢いで重力霊術を発動し続けた。
大気を震わせていた地鳴りが次第に小さくなっていく。
隕石召喚霊術の破壊エネルギーが収束し始めたのだ。
重力霊術の威力を少しずつ弱めていく。
巨大バリケードを溢れ出てくる溶岩も勢い衰え、噴き上がる土砂はなくなっている。
「レイキ、こっちは終わった」
「何とか、なったみたいだな……」
探知魔術で周囲のマギアの様子を観察した。
無数に存在していたマギアの反応は綺麗に消え去っている。
隕石召喚霊術の隕石に巻き込まれたか。
噴き上がる土砂に引き裂かれたか。
重力霊術の超重力に押し潰されたか。
溢れ出た溶岩に焼き尽くされたか。
定かではないけれどすべてのマギアを倒すことに成功したわけだ。
ドッと疲れが出てきた。
魔王国までどれくらいで戻れるだろうか。
戻ったらまずは、ベッドに寝転がってぐっすりと眠りたかった。
「魔王国へ戻ろう。セリアも心配だし、神獣のことも考えないと」
「そうですね、……無事で居てくれるといいのですが」
「セリアは強い。マリルーという女も悪人には見えなかった。きっと、大丈夫」
俺たちは巨大バリケードの残骸の後始末をして、すぐさま魔王国への帰途へついた。