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第百三話 「忘れられた神」

 魔法少女型のマギアの攻撃が迫る最中、不思議な感覚に包まれていた。

 世界がゆっくりと動いて見えた。

 タキサイキア現象とか言う、周りがスローモーションに見えるやつだ。


 俺は目の前の光景に魅入っていた。


 ラテラノが魔法少女型のマギアの攻撃を受け止める。

 魔法障壁に蜘蛛の巣状のひび割れが走ったかと思うと粉々に砕け散った。

 辛うじて敵の攻撃を相殺する。

 しかし、衝撃にラテラノの小さな体が弾き飛ばされた。


 地面を跳ねるラテラノの体をシャウナが抱き止める。

 キラリと光るものがラテラノの耳から零れ落ちて、ゆっくりと視界の隅を流れていく。

 耳飾りだ。

 ラテラノの身に着けていた耳飾りが衝撃で外れてしまったらしい。


 どうでもいい疑問が頭を過る。


 ……あれは、耳飾りだったか?

 頭に激痛が奔る。


 先程のシームルグに悪夢を見せられてから記憶がおかしかった。

 知らないはずの事を知っている。

 どこで知り得たのかわからない情報を断片的に覚えている。


 咄嗟に、俺は対消滅弾魔術(タスラム)を止めて耳飾りを掴み取った。

 これは耳飾りではない。


 爪飾り(ネイルリング)だ。

 アニムス・オルガヌムのネイルリングだ。


 バチッと火花が迸るように、ここではない別の光景がサブリミナルとして再生される。


 燃え盛る魔王国の情景が思い出される。

 あれは、機神姫マリルーとの戦いのことだ。


 ――すぐに終わるさ、瞬きする間にね。

 ――魔法と言えども万能じゃないってわけだ。


 召喚魔術(サモン)で呼び出された魔神王は、パチン、と指を鳴らして……。


「レイキ、マギアが!」


 シャウナの悲鳴に現実世界へ引き戻された。


 対消滅弾魔術(タスラム)を止めたことでマギアたちを抑えるものがなくなった。

 せり上がった波が崩れるようにマギアたちが覆いかぶさってくる。

 中天にあった唯一の青空が、いま消えようとしている。


 ラテラノは呆然とマギアを見上げ、シャウナは障壁を張って何とか守ろうとしてくれる。

 一瞬の内に行動を起こす。


 性転換魔術(トランスセクシャル)を発動。

 女へと姿を変える。

 右の中指と親指にアニムス・オルガヌムのネイルリングを嵌めた。


 すると、いままで静かな輝きを放っていたアニムス・オルガヌムのネイルリングに変化が起きた。

 リングの先端に白金の輝きが生まれる。

 誰かの記憶が流れ込んでくる。


 これは、かつての使い手の記憶だろうか。

 それとも、アニムス・オルガヌムの制作者の記憶だろうか。


 魔神王は時間停止を体得したわけじゃなかったのだ。


 俺は英雄憑依霊術ヒロイックアクティベーションを発動させた。

 アニムス・オルガヌムのネイルリングから流れてきた記憶を得て、魔法少女の英雄を呼び覚ます。


 指をパチンと鳴らした。


「時間停止、発動――!」


 すべてが凍りつく。

 世界の色が失われて灰色となり、マギアも、シャウナも、ラテラノも、あらゆる時の流れが停止した。


 灰色となった世界で荒い息をはく。

 上手くいって良かったと、本当にやばかったと、二つの感情がない交ぜになって心臓がバクバクと跳ね回っていた。


「久しいわね、この魔法が使われるのは」


 アニムス・オルガヌムのネイルリングから声が聞こえてきた。

 クスクスと笑いながら先を続ける。


「使った人は魔法少女ですらなくて、女の子でもないなんて、なんて面白いのかしら。あたしが寝ている間に世界はずいぶんと変わってしまったのね」


 女と言うにはどこか幼い雰囲気を残した声なので、もしかすると少女なのかもしれない。


 息を整えながら尋ねた。


「……お前は、誰だ?」


「あたしは、シエナ・デア・アニムス。魔法の世界を創りだした魔法少女よ」


 初代の魔法少女様がなんでこんな道具に中に潜んでいるんだろう。

 もしかして、封印されし○○、みたいな感じで呼び覚ましてはいけない者だったりするのだろうか。


「何でまた、この指輪の中に?」

「……んふふふふふふ、どうしてそんなに警戒するのかしら?」


「そりゃあ、ラテラノは知らなかったみたいだし。道具に封印されているのは危険なものってのは相場だろ」


 ランプの魔神然り。

 パンドラの箱然り。


 初代の魔法少女とは名ばかりで災悪の塊だったのかもしれないし。


「失礼な人ね。ここに在るのは、シエナ・デア・アニムスそのものではないわ。魔法の知識が詰まった思念だけが封印されているのよ」

「魔法の知識?」


「そう。この至高のアニムス・オルガヌム、創造神の指環(デア・スピーリトゥス)には生前のシエナが知っていたすべての魔法の知識が納められているわ」


「そんな大事なものに何で誰も気づかないんだよ!?」


創造神の指環(デア・スピーリトゥス)の真なる力を引き出すには、あたしと同等のアニムスを必要とするわ。貴女はその条件を満たしていた、と言うだけの話よ」


 そういうことならば話は理解した。

 魔力総量だけには自信がある。

 シエナ・デア・アニムスはよほど強力な魔法少女だったんだなあ、としみじみと思う。


「でも、不思議ね。貴女、知識を得る前に時間停止の魔法を使ったわ。どうして知っていたの?」

「前に見たことがあってね……」


 使い方は英雄憑依霊術ヒロイックアクティベーションがなければわからなかった。

 さらには魔神王が使っていた場面を見ていなかったら、おもいつきもしなかっただろう。


「ふぅん、まあ、いいわ。あたしの役目はこれで終わり。いま忙しいんでしょ? 何とか頑張ってね」

「他人事だな!?」

「あたしには関係ないもん」


 創造神の指環(デア・スピーリトゥス)から聞こえてくる声が無邪気に笑う。


「貴女、もともと強いんでしょ。あたしの魔法で切り抜けて見せなさいよ。それだけの力があるはずよ」


 ずいぶんと高い評価をつけてくれたものだ。

 でも、できなければ俺たちの人生はここでおしまい。

 時間停止の魔法が解けた瞬間に俺たちはマギアに喰われて死ぬことになる。


 不思議と絶望感はない。

 脱出の算段は頭の中で組み上がりつつあるからだ。


「……何とかしてみせるさ」


 もう、シエナ・デア・アニムスの声は聞こえない。

 創造神の指環(デア・スピーリトゥス)は静かに輝くのみである。


 俺は行動を開始する。


 まずは時間停止の魔法を一部解除する。

 シャウナとラテラノに近寄ると、その肩に触れた。


 すると、二人の体に色彩が戻ってきた。


「これは、いったい……、ひゃ!? レイキ、いつの間に後ろに?」

「……女になってる」


 それぞれ感想を述べる二人。

 たが、問答は後回しだ。


「質問はあとだ、脱出するぞ」


 俺はフィンガースナップで魔法を発動させる。

 黄金のカードが指先から現れる。


 使用者に浮遊と飛行の効果を与える魔法だ。

 ラテラノと特訓をしていたときよりもスムーズに魔法を発動できるようになっている。


「ラテラノは飛べるか?」

「飛べる」


 ラテラノも魔法を発動させるとふわりと浮かび上がる。


「シャウナ、ちょっと失礼」

「あ、ありがとうございます……」


 俺はシャウナを抱え上げる。

 お姫様抱っこである。


 ちょっと恥ずかしそうに頬を染めている、シャウナ。

 そういえば、こんなシチュエーションはいままでになかったな。

 しばし、シャウナと見つめあっていると。


「イチャイチャは禁止」


 ズズズイとラテラノが鼻先に指を突きつけてきた。

 あまり感情の浮かばない顔に苛立ちがあるのは気のせいだと思いたい。

 咳払いをして誤魔化す。


「……よし、いくぞ!」


 ラテラノと共に中天を目指して飛び立った。

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